神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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SIDE. ヨン 想望 6

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「ヨン様! まだなのでしょうか!?」

 同じことをこうも口うるさく繰り返されては、いよいよ呆れを通り越してうんざりしてきたため、思わずジト目で男を睨み付けてしまった。

「……昨日、僕がなんて言ったか覚えてる?」
「勿論ですとも! 昨日はまだと仰っていました! ですから、本日改めて確認させていただいています!」

 溜息が漏れた。

「……昨日も言ったけど、許可が出せる時は僕から言う。次また同じ質問をしたら、殺すから」
「酷いことを仰る! 他の者を実験したところで、ただただつまらないだけだと言うのに……」

 大の男のしょんぼりしたような姿を見せられても、正直気持ちが悪いだけである。
 あれからまだ一週間も経っていないというのに、こいつは毎日《竜の子》がもう実験に耐え得るかどうかを確認しに来る。
 本当に、いい加減にしてほしかった。

 トボトボと歩く後ろ姿を見送ってから、もう一度溜息を吐いた。
 何故あの気にくわない男の相手をしてまで彼女のことを庇っているのか、自分でもその理由はよく分からなかった。

 昨日の様子を見るに、体力的な面は戻っていないにしても、別段彼女が弱っている様子はなかった。
 助けられた分はもう既に返したはずで、これ以上彼女を自由にしておく必要もないはずである。
 そもそも、赤の他人である彼女に借りを返す必要すら本来なかったのではなかろうか。

 名前のない感情を持て余しながら、足はいつの間にか隣の部屋へと向かっていた。
 昨日と同じようにノックもせずに入り込むと、信者の女が顔を青くして部屋の隅へと下がったのが見えた。
 騒がしい声が聞こえなかったためまさか在室しているとは思わず、そこで初めて女が素直に言いつけを守っていることを知った。

 《竜の子》は驚いたようにこちらを見つめている。
 そこに、いつも他者から向けられるような恐怖や憎悪の感情は一切見当たらず、少しだけ動揺してしまった。

「どうされましたか?」
「……お茶の相手を探してるんでしょ?」

 適当に告げると、彼女は数度目を瞬いた後に柔らかく微笑んで見せた。
 自分だけに向けられた笑顔にまた胸がざわつき、その動揺を隠すようにわざと大きな音を立てて席に着いた。

「どういう風の吹き回しですか?」
「……別に、そんなんじゃないよ」

 何が嬉しいのか、彼女はニコニコと笑いながらすぐ傍の席に腰を下ろした。

「クエレブレの情報も、特に持ち合わせていませんよ」
「そういうことでもないよ」

 的外れなことを言う様子に、そう言えば彼女は《クエレブレ》と名乗る集団の仲間だったと今更ながらに思い出した。

 そうこう考えているうちに、信者の女がテーブルの上にお茶菓子を並べ始めていた。
 続けて紅茶を淹れようティーポットを傾けたが、その手は目に見えて震えており、このまま淹れたら殆どこぼれるのではないかと他人事ながらに思うほどであった。

「私にさせてほしいのだけれど、ダメ?」
「え、あ、い、いえ、どうぞ」

 流石に見かねたのか、自然な動作でティーポットを受け取った少女はこれまた綺麗な所作で紅茶を注ぎ、ありがとうと告げて流れるようにティーポットを手渡した。
 女はそれを受け取ると、俯いたまま配膳台と共に部屋の端へと下がった。

「……ねぇ、あんたは邪魔だから出てって」
「え、は、はい。かしこまりました」

 女は緊張した面持ちで、しかし少女に心配そうな視線を向けながら静々と退出していった。
 扉の閉まる音を聞いてから、僕は目の前のカップを彼女の前に突き出した。

「毒味して」
「毒味?」

 不思議そうに首を傾けた少女は、僕が刺客に狙われていたことを思い出したのか、素直にカップを受け取ると躊躇なく口をつけた。
 コクリと細い喉が動いたのを確認してようやく、僕は渡していたカップを手元に戻した。

「貴方の方こそ、きちんと食事が取れていないのでは?」

 心配そうな声音で尋ねられたのが、なんだかむず痒かった。

「……関係ないでしょ」
「それは、そうかもしれませんが……」

 少女は目を伏せたが、不意に何かを思いついたかのようにぱっと顔を上げた。

「では、一緒に食事でもしますか?」
「は?」
「今日から固形の物も出してくれていますし」
 毒味もしますよ、と微笑まれていよいよ戸惑ってしまった。

「僕に媚びてどうするつもり? 何が望みなの?」
「……分からないことが、怖いのですか?」
「何を言ってるの?」

 その瞳は真っ直ぐに僕を貫き、逸らすことすら許さないような強さがあった。

「私が怖いのであれば、私の命も握ってくださって構いませんよ」

 くしゃりと表情が歪んだのが自分でも分かった。

「怖い? 僕が、君を?」
「違いましたか?」
「お前なんてすぐに殺せるのに、怖いはずないじゃん」
「私は貴方が怖かったです。恐怖の対象に相対して、私が虚勢を張る姿と、貴方が乱暴な言葉で他者を支配しようとする姿は、形は違えどどこか似ていると思いました」

 思わず、がたりと大きな音を立てて席から立ち上がった。
 心臓はドキドキと大きく脈打っている。
 それなのに、目の前の少女は変わらずあの瞳で僕を見ている。

「っ見当違いもいいとこだよ。お前に僕の何が分かるって言うの」
「何も分かりません。理解するためには対話しかありませんから」
「それならっ」
「だから、貴方がここに来てくれて嬉しかった。私と話すことを望んでくれたのでしょう?」

 そう嬉しそうに微笑まれると、徐々に毒気が抜かれていくようで、浮き上がっていた身体はゆっくりと椅子に沈んでいった。

「……それは、思考がおめでた過ぎるんじゃない?」
「そうですか?」
「……それに、言われなくてもいずれ命は縛るつもりだよ。君には他の有用性があったから、制約のせいで死んだら困ると思って今はまだ保留にしてるだけ」
「そうなんですね」
「でも……どっちにしろ、君はすぐに死んじゃいそう」

 本当にそう思った。
 命令に背いたら命を散らすように紋を刻んだとしても、彼女はそれを何の障害とも思わず刃向かってきそうである。

「それは、そうかもしれませんね」

 自分のことなのに真剣な顔で肯定している様子が可笑しくて、図らずも笑みが漏れた。

「そこは、その図太い神経でどうにかできるよう考えたら?」
「どうにかできるでしょうか」
「さぁね」

 目の前の紅茶に口をつけながら答えた。
 不思議と、それはいつもより味があるように感じた。

「君は、対話すれば理解できるって言ったけど……僕は話すことに意味なんてないと思う。人は簡単に嘘を吐くから」
「意味はありますよ。嘘を吐かれたとしても、その嘘も含めて、その人自身なのだと分かるでしょう」
「……信じて、裏切られても同じこと言える?」

 考えるように目を伏せる少女をじっと観察してみた。
 きれい事ばかり並べる彼女は、この世界の綺麗な部分しか目にしていないのだと思った。
 しかし、不意に上げられた瞳には強い光が灯っていた。

「内容に寄ります」
「内容?」
「誰かのための嘘の可能性もありますから。それは、慈しみから来る優しい嘘でしょう」
「じゃあ、悪意のある嘘だったら?」
「その時は、その方との付き合い方を改めるだけです」

 虫も殺せないような顔をして、案外冷たいところもあるのだと思わず面食らってしまった。
 彼女なら、なんとなくその嘘も許してしまうのではないかと思っていた。

「付き合いを絶ったり、断罪したりはしないの?」
「縁は必要があれば繋がり、不必要であれば自然と途切れるものですから、無理に行動を起こす必要はないと思っています」

 紅茶を飲みながら、なんだかんだ彼女との会話を楽しんでいる自分に気付き、少し複雑な気持ちになって頬杖をついた手で口元を隠した。

「……ねぇ。名前は、レンリだっけ?」
「はい。貴方は、ヨン、でしたか」
「うん、今はそう名乗ってる。――……夕食は何時?」
「え?」

 戸惑ったような声に、耐えきれず視線を逸らした。
 微かに笑われたような気もしたが、それは決してこちらを嘲るものではなかった。

「十八時です。ご一緒してくださるのですか?」
「気が向いたらね」

 言いながら、気恥ずかしさを覚えて立ち上がった。
 目を合わすことすらなんだか気まずくて、下を向いたまま一直線に扉を目指した。

「苦手なものなどありませんか? ミアに伝えておきます」
「特にないよ」

 早口でそれだけ告げて部屋を出ると、先程追い出した信者の女と目が合った。
 部屋の正面で祈るように両手を握り合わせていた女は、僕のことを視界に入れた途端にパッと姿勢を正した。
 いつもは避けられる側なのに、柄にもなく先に視線を逸らしたのは僕の方だった。

 苛々していたはずなのに、いつの間にかそんな感情は消え去っていた。
 寧ろ、穴が空いていたかのようにずっと満たされなかった心が、ほんの少しだけ潤ったような気さえしていた。
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