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70. 激情
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一段下りる毎に、地下から聞こえる奇声や笑い声が段々と大きくなっていく。
その不快な音にテイトが顔を顰めると、突然水を打ったような静寂が訪れた。
先程まで騒がしいほどに聞こえていた声が一切消え去ったため、テイトが驚いて周囲を見回すと、数歩前を歩いていたレヒトが徐に振り返った。
「煩かったから防音魔法をかけといた。で、どの部屋だ?」
「あ、ありがとうございます。一番手前の部屋です」
先に階段を下りきったレヒトは目的の部屋の前で立ち止まると、腕を組んで扉を見遣った。
テイトは質素な造りのその扉の正面に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「レンリさんを連れてきました」
返ってきたのは沈黙だった。
信じてもらえてないのだろうと察して、テイトはレンリに視線を送った。
「……アルマ」
レンリが一言発すると、部屋の中から微かに物音が聞こえた。
「――レン、リ」
次いで掠れた声がした。
以前の自信に満ちた様子からは遠くかけ離れたその弱々しさに、テイトは僅かに戸惑いを覚えた。
「……ほんとにそこにいるの? 扉を開けて、確認させて」
レンリが判断を仰ぐようにこちらを見つめたが、テイトはどう答えるべきか分からずに目を伏せた。
彼女の身の安全を考えるならば、扉を開けずにこのまま話を継続する方がいい。
しかし。
「開けたらいいんじゃないか?」
「……レヒトさん」
「勿論、レンリが構わないって言うならだけど」
「私は大丈夫です」
「彼女もこう言ってる。後は何が心配なんだ?」
レヒトは無表情のままテイトに問いかけた。
何が心配なんだと訊かれても、残虐非道な相手と対面するのだ、不安しかないのは当然のことであった。
「この部屋の中にいる奴は魔法が使えないけど、廊下にいる俺たちは使える。俺たちの優勢は揺るがない」
「そう、ですけど」
「それとも、この扉を開けたら中の奴は飛び出てくるのか?」
「軽い拘束具をしているので、開けたところでそれを外さないことには出られませんが」
「じゃあ、いいじゃん」
軽々しく言ってくれる、と苦い気持ちになりながらテイトは唇を噛んだ。
ただでさえシンの意に背いて行動しているのだ。
軽率な行動は避けたいところだが、と考えながらテイトは慎重に言葉を選んだ。
「……この扉を開けたら、君がどうしてこんなことをしたのか、全部話してくれる?」
「本当にそこに彼女がいるのなら」
その返答に、テイトは意志を固めた。
「レンリさん、念のためレヒトさんの後ろにいてもらえますか?」
「……分かりました」
レンリは何か言いたげな様子ながらも大人しくレヒトの背後に移動し、心配そうに扉を見遣った。
それを確認して、テイトは鍵を挿し込んだ。
ガチャリと解錠された音に合わせてゆっくり扉を開くと、すぐ目の前にヨンが立っていたため警戒を募らせたが、ヨンはテイトには見向きもせずただ何かを探すように視線を彷徨わした。
そして、その金色の瞳がレンリの姿を捉えると、まるで迷子の子供が親を見つけたような表情をしたため、テイトは彼が《アノニマス》を先導していたとは俄には信じられない気持ちになった。
「これで、話してもらえる?」
「……うん」
「先ず、なんて呼んだらいい? ヨン、それともアルマ?」
彼がヨンと呼ばれていることは知っているが、レンリは別の名で彼を呼んでいた。
シンの言うように、ヨンという名前が数字の四を表わしているのであれば、アルマというのが彼の本当の名前なのだろうか。
「なんでもいいよ」
ヨンはテイトに目を向けることなく答えた。
「それじゃあ、アルマ。どうして、街を襲って人を殺したの?」
「……全部、嫌になったから」
抽象的な答えに、テイトは眉を顰めた。
「嫌になったって?」
「そのままの意味。全部気にくわなかったから、消えちゃえばいいと思って」
意味を図りかねてテイトが口を噤むと、不意に金色の瞳がこちらを向いた。
「刺青を目にするようになってから、嫌なことばっかだ。君もそうでしょ」
正確には、テイトの左腕の刺青にその視線は注がれていた。
「そんなことは、ないけど」
「じゃあ、君にはこれから地獄が待ってるんだ」
アルマは自嘲に似た笑みを浮かべた。
「君のソレはシンに入れられたの?」
「……違うよ」
「ふーん」
アルマは憎々しげに目を細めてシンの名前を口にした。
シンを目の敵にしているのも気になるところではあるが、それよりも、曖昧すぎる襲撃の理由にテイトは自分の表情が歪んでいくのが分かった。
「……自分に嫌なことがあったから、他の人も同じ目に遭わせようとしたってこと?」
「違うよ。不幸しか生み出すことのできない人間なんて、この世界には必要ないと思ったんだ」
「っそれは、君の身勝手な考えだろ」
「そうかな。でも、どんなに助けてと願っても、誰も僕を助けてはくれなかったよ」
それは、僕の運が悪かっただけ?とアルマは首を傾げた。
テイトはこみ上げてくるものを抑えるようにギュッと拳を握り締めた。
無いはずの左目が、酷く痛むようであった。
「僕の妹はたったの七歳で、何も知らないまま君達に殺された。そのリサが、誰かを不幸にしたことがあるって言うの?」
「無知も罪だよ。でも、不幸を知らずに死ぬなんて、ある意味幸せだね」
「っ」
テイトは衝動的に動いた右手を自身の左手で押さえつけた。
「リサの幸せは、君が決めることじゃない。君の不幸や幸せの概念を勝手に押しつけないでっ」
言いながら、テイトは耐えきれずに俯いた。
こんな理不尽な理由で殺された家族や仲間が居たたまれなかった。
「君が周囲の人に助けてもらえなかったからって、全ての人が同じだと思うのは間違ってる」
絞り出した言葉には色々な感情が交ざっていた。
「……そうだね。もっと早くレンリに会いたかったなぁ」
弱々しい声にテイトはハッと顔を上げた。
ヨンの表情には諦めが浮かんでいるように見えた。
「でも、やっぱりこの世は不公平だ。君には助けてくれる沢山の仲間がいて、その上レンリも傍にいて……ずるいよね。神様はとことん僕のことが嫌いみたい」
アルマは吹っ切れたような顔でテイトを正面から見据えた。
「僕を恨んでるんでしょ? 別に殺してもいいよ。どんな残虐な方法だって構わない。その代わり――シンも殺して」
「……何を言ってるの?」
「シンだけは絶対に許せないんだ。僕の家族を殺したくせに、僕を助けてくれなかったくせに……それなのに、のうのうと生きてるなんて、許せない」
アルマの瞳には強い恨みが見られた。
「殺した……?」
「聞いてないの? まぁ、自分から言える訳ないか」
アルマは薄らと笑みを浮かべた。
「刺青を発案したのはシンなんだよ。君も刺青があるから分かってると思うけど、それは人として生きる方法を奪ってしまう恐ろしい呪いなんだ。その所為で、僕の家族も皆バラバラになった。父は急激に老いて亡くなり、母は家を出て行った。そうして家族のいなくなった僕は、実験の材料として研究所に預けられた」
アルマは自分の左腕の刺青をギュッと握りしめた。
「狭い部屋に何年も閉じ込められる苦しみ、君には分からないよね? 僕が奴らを殺さなきゃ、殺されてたのは僕だった。それでも、誰かを殺すことは罪になるの?」
それが、アルマの根底にある考えのようであった。
殺される前に殺すことは彼にとっての正当防衛。
人の考えは移ろい変わりゆくものだから、いつ誰が自分を殺す側になるかも分からない、誰も信用できない。
だからこそ彼は人を殺すし、自分が逆の立場になることも厭わないのだ。
アルマは懇願するようにテイトを見つめた。
「頼むよ。こんな呪いを創り出した奴が生きてたんじゃ、僕は死にきれない」
「……よく、分かった」
テイトは静かに呟いた。
それを聞いてアルマは一瞬嬉しそうに顔を緩めたが、テイトに睨みつけられると一転して目を丸くさせた。
「君が、自分のことしか考えられない人なんだって、よく理解した」
テイトは数歩距離を詰めた。
「君の言ったことが全て事実なんだとしたら、僕は確かに君に同情する。君の悲しみや苦しみは僕にはきっと分からないし、この先も理解してあげられないのかも知れない。でも、君だって他の人の気持ちは全然分かってないじゃないか!」
声は段々と荒くなった。
「君の話を聞いて、シンさんがどうしてナナや僕、そしてレンリさんを気にかけてくれたのかようやく分かった。僕たちに刺青があったから、守ろうとしてくれてたんだって。シンさん言ってたよ。刺青はもう誰にも入れないって。その時は何でか分からなかったけど、きっと後悔してたんだ」
シンが研究者だと知った時、テイトは刺青を入れられるか尋ねたことがあった。
もしこの先、副反応を知って尚強くなることを望む味方がいた時にそれを与えてあげられるのか、それは純粋な疑問だった。
その時シンは酷く痛ましい顔をして、刺青を入れた人間は不幸になるから入れないときっぱりと断言していた。
「後悔して、自分のできることに懸命になっている人を、どうして罰することができるの? そうやって君が彼をずっと縛るつもりなら、僕は刺青を入れたおかげで沢山の人を守ることができた、ありがとうってシンさんに言ってあげるんだ!」
シンとアルマにどんな因縁があろうとも、テイトがシンによって助けられたのは紛れもない事実だった。
彼がいなければ、事は成せなかった。
「そもそも、君に誰かを恨む時間なんてないよ。君は知るべきなんだ! 沢山の犠牲になった人達のことを真っ正面からその目で見るべきなんだ! そして、自分の行いを心から反省して、自分から僕の家族やユーリさん達の、いや、犠牲になった全ての人のお墓に頭を下げるまで、僕は絶対に君を死なせてなんかあげないから!」
気付けば、頬に温かいものが伝っていた。
我武者羅に思ったことを伝えた所為で、言い終わった後には肩で息をしなければいけないほどであった。
アルマは怒鳴られたことに目を白黒させていたが、次第に表情を歪めて視線を逸らしてしまった。
「――話は終わったか?」
聞き慣れた声にハッと顔を上げると、階段の中腹あたりに腕を組んでこちらを見下ろすシンの姿が見えた。
テイトは瞬時に状況を理解して顔を青ざめさせた。
もう手遅れだとは思いつつも、レンリのことを隠すように身体を移動させながら急いで自身の頬を乱暴に拭った。
「え、あ、シンさん、これは、その、」
「俺のことをそんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。今回の件はそれで不問にするよ」
シンはどこか意地の悪い笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄ると、テイトを一瞥した後で依然下を向いたままのアルマへと視線を移した。
「……アルマ」
「っお前に、その名前を呼ばれたくない」
「言い訳はしない。でも、エリクにあんたを頼むと言われている」
「っ今更何言ってんの?」
「あんたが犠牲者の墓を廻るつもりなら、俺も同行しよう」
「っそんなことしないし」
どっか行けよ、とヨンは拘束具をジャラジャラと鳴らしながら部屋の奥へと下がってしまった。
シンは深く息を吐くと徐にこちらに視線を向けたため、テイトは頷きを返してアルマの部屋の鍵をかけた。
「聞きたいことは聞けたか?」
「え……はい」
テイトは微妙な顔をして頷いた。
アルマはおそらくテイトよりも長い年月を生きているのだろうが、自分よりも思考が子供なのだとなんとなくそう思った。
善悪の判断すら曖昧な子供。
それをそのまま伝えるのは少し憚られたため思わずテイトが黙り込むと、シンはそうかと呟いてレヒトの方へと視線を移した。
「あんたにも、色々世話になったな」
「本当にね」
レヒトは否定せずにひょいと肩を竦めた。
シンはそれから彼の背後にいるレンリへと目を向けた。
「レンリ、話がある。一緒に来てくれ」
「っシンさん、違うんです! レンリさんは何も悪くなくて、僕が無理にお願いして、」
「大丈夫、分かってる」
シンとの約束を破ったのは自分でありレンリには全く非がないのだと必死に訴えようとしたが、よくよく見ればシンに負の感情が見当たらないことに気が付いた。
彼に自分たちを咎める気はないのだと知り、テイトは人知れず安堵の息を吐いた。
「はい、分かりました」
「あ……じゃあ、僕はレヒトさんを船着き場まで送ってきます」
「あぁ」
シンは相槌だけ返すと、レンリを連れて地下を出て行ってしまった。
「……お見送りなんて別にいいのに」
「大切な、協力者ですから」
テイトが笑顔で告げると、レヒトは相変わらずの無表情で小さく息を吐いた。
その不快な音にテイトが顔を顰めると、突然水を打ったような静寂が訪れた。
先程まで騒がしいほどに聞こえていた声が一切消え去ったため、テイトが驚いて周囲を見回すと、数歩前を歩いていたレヒトが徐に振り返った。
「煩かったから防音魔法をかけといた。で、どの部屋だ?」
「あ、ありがとうございます。一番手前の部屋です」
先に階段を下りきったレヒトは目的の部屋の前で立ち止まると、腕を組んで扉を見遣った。
テイトは質素な造りのその扉の正面に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「レンリさんを連れてきました」
返ってきたのは沈黙だった。
信じてもらえてないのだろうと察して、テイトはレンリに視線を送った。
「……アルマ」
レンリが一言発すると、部屋の中から微かに物音が聞こえた。
「――レン、リ」
次いで掠れた声がした。
以前の自信に満ちた様子からは遠くかけ離れたその弱々しさに、テイトは僅かに戸惑いを覚えた。
「……ほんとにそこにいるの? 扉を開けて、確認させて」
レンリが判断を仰ぐようにこちらを見つめたが、テイトはどう答えるべきか分からずに目を伏せた。
彼女の身の安全を考えるならば、扉を開けずにこのまま話を継続する方がいい。
しかし。
「開けたらいいんじゃないか?」
「……レヒトさん」
「勿論、レンリが構わないって言うならだけど」
「私は大丈夫です」
「彼女もこう言ってる。後は何が心配なんだ?」
レヒトは無表情のままテイトに問いかけた。
何が心配なんだと訊かれても、残虐非道な相手と対面するのだ、不安しかないのは当然のことであった。
「この部屋の中にいる奴は魔法が使えないけど、廊下にいる俺たちは使える。俺たちの優勢は揺るがない」
「そう、ですけど」
「それとも、この扉を開けたら中の奴は飛び出てくるのか?」
「軽い拘束具をしているので、開けたところでそれを外さないことには出られませんが」
「じゃあ、いいじゃん」
軽々しく言ってくれる、と苦い気持ちになりながらテイトは唇を噛んだ。
ただでさえシンの意に背いて行動しているのだ。
軽率な行動は避けたいところだが、と考えながらテイトは慎重に言葉を選んだ。
「……この扉を開けたら、君がどうしてこんなことをしたのか、全部話してくれる?」
「本当にそこに彼女がいるのなら」
その返答に、テイトは意志を固めた。
「レンリさん、念のためレヒトさんの後ろにいてもらえますか?」
「……分かりました」
レンリは何か言いたげな様子ながらも大人しくレヒトの背後に移動し、心配そうに扉を見遣った。
それを確認して、テイトは鍵を挿し込んだ。
ガチャリと解錠された音に合わせてゆっくり扉を開くと、すぐ目の前にヨンが立っていたため警戒を募らせたが、ヨンはテイトには見向きもせずただ何かを探すように視線を彷徨わした。
そして、その金色の瞳がレンリの姿を捉えると、まるで迷子の子供が親を見つけたような表情をしたため、テイトは彼が《アノニマス》を先導していたとは俄には信じられない気持ちになった。
「これで、話してもらえる?」
「……うん」
「先ず、なんて呼んだらいい? ヨン、それともアルマ?」
彼がヨンと呼ばれていることは知っているが、レンリは別の名で彼を呼んでいた。
シンの言うように、ヨンという名前が数字の四を表わしているのであれば、アルマというのが彼の本当の名前なのだろうか。
「なんでもいいよ」
ヨンはテイトに目を向けることなく答えた。
「それじゃあ、アルマ。どうして、街を襲って人を殺したの?」
「……全部、嫌になったから」
抽象的な答えに、テイトは眉を顰めた。
「嫌になったって?」
「そのままの意味。全部気にくわなかったから、消えちゃえばいいと思って」
意味を図りかねてテイトが口を噤むと、不意に金色の瞳がこちらを向いた。
「刺青を目にするようになってから、嫌なことばっかだ。君もそうでしょ」
正確には、テイトの左腕の刺青にその視線は注がれていた。
「そんなことは、ないけど」
「じゃあ、君にはこれから地獄が待ってるんだ」
アルマは自嘲に似た笑みを浮かべた。
「君のソレはシンに入れられたの?」
「……違うよ」
「ふーん」
アルマは憎々しげに目を細めてシンの名前を口にした。
シンを目の敵にしているのも気になるところではあるが、それよりも、曖昧すぎる襲撃の理由にテイトは自分の表情が歪んでいくのが分かった。
「……自分に嫌なことがあったから、他の人も同じ目に遭わせようとしたってこと?」
「違うよ。不幸しか生み出すことのできない人間なんて、この世界には必要ないと思ったんだ」
「っそれは、君の身勝手な考えだろ」
「そうかな。でも、どんなに助けてと願っても、誰も僕を助けてはくれなかったよ」
それは、僕の運が悪かっただけ?とアルマは首を傾げた。
テイトはこみ上げてくるものを抑えるようにギュッと拳を握り締めた。
無いはずの左目が、酷く痛むようであった。
「僕の妹はたったの七歳で、何も知らないまま君達に殺された。そのリサが、誰かを不幸にしたことがあるって言うの?」
「無知も罪だよ。でも、不幸を知らずに死ぬなんて、ある意味幸せだね」
「っ」
テイトは衝動的に動いた右手を自身の左手で押さえつけた。
「リサの幸せは、君が決めることじゃない。君の不幸や幸せの概念を勝手に押しつけないでっ」
言いながら、テイトは耐えきれずに俯いた。
こんな理不尽な理由で殺された家族や仲間が居たたまれなかった。
「君が周囲の人に助けてもらえなかったからって、全ての人が同じだと思うのは間違ってる」
絞り出した言葉には色々な感情が交ざっていた。
「……そうだね。もっと早くレンリに会いたかったなぁ」
弱々しい声にテイトはハッと顔を上げた。
ヨンの表情には諦めが浮かんでいるように見えた。
「でも、やっぱりこの世は不公平だ。君には助けてくれる沢山の仲間がいて、その上レンリも傍にいて……ずるいよね。神様はとことん僕のことが嫌いみたい」
アルマは吹っ切れたような顔でテイトを正面から見据えた。
「僕を恨んでるんでしょ? 別に殺してもいいよ。どんな残虐な方法だって構わない。その代わり――シンも殺して」
「……何を言ってるの?」
「シンだけは絶対に許せないんだ。僕の家族を殺したくせに、僕を助けてくれなかったくせに……それなのに、のうのうと生きてるなんて、許せない」
アルマの瞳には強い恨みが見られた。
「殺した……?」
「聞いてないの? まぁ、自分から言える訳ないか」
アルマは薄らと笑みを浮かべた。
「刺青を発案したのはシンなんだよ。君も刺青があるから分かってると思うけど、それは人として生きる方法を奪ってしまう恐ろしい呪いなんだ。その所為で、僕の家族も皆バラバラになった。父は急激に老いて亡くなり、母は家を出て行った。そうして家族のいなくなった僕は、実験の材料として研究所に預けられた」
アルマは自分の左腕の刺青をギュッと握りしめた。
「狭い部屋に何年も閉じ込められる苦しみ、君には分からないよね? 僕が奴らを殺さなきゃ、殺されてたのは僕だった。それでも、誰かを殺すことは罪になるの?」
それが、アルマの根底にある考えのようであった。
殺される前に殺すことは彼にとっての正当防衛。
人の考えは移ろい変わりゆくものだから、いつ誰が自分を殺す側になるかも分からない、誰も信用できない。
だからこそ彼は人を殺すし、自分が逆の立場になることも厭わないのだ。
アルマは懇願するようにテイトを見つめた。
「頼むよ。こんな呪いを創り出した奴が生きてたんじゃ、僕は死にきれない」
「……よく、分かった」
テイトは静かに呟いた。
それを聞いてアルマは一瞬嬉しそうに顔を緩めたが、テイトに睨みつけられると一転して目を丸くさせた。
「君が、自分のことしか考えられない人なんだって、よく理解した」
テイトは数歩距離を詰めた。
「君の言ったことが全て事実なんだとしたら、僕は確かに君に同情する。君の悲しみや苦しみは僕にはきっと分からないし、この先も理解してあげられないのかも知れない。でも、君だって他の人の気持ちは全然分かってないじゃないか!」
声は段々と荒くなった。
「君の話を聞いて、シンさんがどうしてナナや僕、そしてレンリさんを気にかけてくれたのかようやく分かった。僕たちに刺青があったから、守ろうとしてくれてたんだって。シンさん言ってたよ。刺青はもう誰にも入れないって。その時は何でか分からなかったけど、きっと後悔してたんだ」
シンが研究者だと知った時、テイトは刺青を入れられるか尋ねたことがあった。
もしこの先、副反応を知って尚強くなることを望む味方がいた時にそれを与えてあげられるのか、それは純粋な疑問だった。
その時シンは酷く痛ましい顔をして、刺青を入れた人間は不幸になるから入れないときっぱりと断言していた。
「後悔して、自分のできることに懸命になっている人を、どうして罰することができるの? そうやって君が彼をずっと縛るつもりなら、僕は刺青を入れたおかげで沢山の人を守ることができた、ありがとうってシンさんに言ってあげるんだ!」
シンとアルマにどんな因縁があろうとも、テイトがシンによって助けられたのは紛れもない事実だった。
彼がいなければ、事は成せなかった。
「そもそも、君に誰かを恨む時間なんてないよ。君は知るべきなんだ! 沢山の犠牲になった人達のことを真っ正面からその目で見るべきなんだ! そして、自分の行いを心から反省して、自分から僕の家族やユーリさん達の、いや、犠牲になった全ての人のお墓に頭を下げるまで、僕は絶対に君を死なせてなんかあげないから!」
気付けば、頬に温かいものが伝っていた。
我武者羅に思ったことを伝えた所為で、言い終わった後には肩で息をしなければいけないほどであった。
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「え、あ、シンさん、これは、その、」
「俺のことをそんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。今回の件はそれで不問にするよ」
シンはどこか意地の悪い笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄ると、テイトを一瞥した後で依然下を向いたままのアルマへと視線を移した。
「……アルマ」
「っお前に、その名前を呼ばれたくない」
「言い訳はしない。でも、エリクにあんたを頼むと言われている」
「っ今更何言ってんの?」
「あんたが犠牲者の墓を廻るつもりなら、俺も同行しよう」
「っそんなことしないし」
どっか行けよ、とヨンは拘束具をジャラジャラと鳴らしながら部屋の奥へと下がってしまった。
シンは深く息を吐くと徐にこちらに視線を向けたため、テイトは頷きを返してアルマの部屋の鍵をかけた。
「聞きたいことは聞けたか?」
「え……はい」
テイトは微妙な顔をして頷いた。
アルマはおそらくテイトよりも長い年月を生きているのだろうが、自分よりも思考が子供なのだとなんとなくそう思った。
善悪の判断すら曖昧な子供。
それをそのまま伝えるのは少し憚られたため思わずテイトが黙り込むと、シンはそうかと呟いてレヒトの方へと視線を移した。
「あんたにも、色々世話になったな」
「本当にね」
レヒトは否定せずにひょいと肩を竦めた。
シンはそれから彼の背後にいるレンリへと目を向けた。
「レンリ、話がある。一緒に来てくれ」
「っシンさん、違うんです! レンリさんは何も悪くなくて、僕が無理にお願いして、」
「大丈夫、分かってる」
シンとの約束を破ったのは自分でありレンリには全く非がないのだと必死に訴えようとしたが、よくよく見ればシンに負の感情が見当たらないことに気が付いた。
彼に自分たちを咎める気はないのだと知り、テイトは人知れず安堵の息を吐いた。
「はい、分かりました」
「あ……じゃあ、僕はレヒトさんを船着き場まで送ってきます」
「あぁ」
シンは相槌だけ返すと、レンリを連れて地下を出て行ってしまった。
「……お見送りなんて別にいいのに」
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テイトが笑顔で告げると、レヒトは相変わらずの無表情で小さく息を吐いた。
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ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
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