神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

文字の大きさ
109 / 117

72.  信頼

しおりを挟む
 会議を開いてことのあらましを伝えると、案の定、仲間たちは皆渋い顔をした。
 ルゥのことがあったからこそ、彼らは余計に貴族を信用できないようであった。

「……テイトはどうするつもりなんだ?」
「実は、悩んでいて」

 テイトの発言に、何人かが驚いたような表情を浮かべた。

「正気か?」
「甘いと言われることを承知で言うんですけど……行くことにリスクがあるのを理解した上で、それでも、どこかで信じたい気持ちもあって」

 理解できないというような顔をされてしまい、テイトは苦笑を返した。

「解り合うためには、お互い腹を割って話すしかないと思うんです。今までは僕たちがどんなに協力を求めても門前払いされるだけで、しっかりと話し合うことはできませんでした。でも、今回は違う。拒否していた向こうが、僕たちと話すことを望んでいる」
「そうやって油断させておいて、奇襲されるかもしれない」
「そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。ただ、どっちにしても言えることは、この機会を逃したら僕たちは一生解り合えない」

 行くことにリスクがある。
 テイトもそれは十分に理解している。
 けれど、行かないことにもリスクがあるように思えた。
 どちらを選んでもリスクがあるのならば、テイトは後悔しない選択をしたかった。
 たとえそれが罠であったとしても、自分で選んだ道であるならば、きっと後悔しないでいられると思った。

「……まぁ、行かなかったら行かなかったで難癖をつけられそうだしな」

 ルゴーが難しい顔をしながら一つ頷いた。
 その言葉には皆もそれなりの理解を示していた。

「僕もこれが罠じゃないと自信を持っては言えないので、皆さんに同行を強制するつもりはないです。ただ、騙されても構わないって覚悟があるなら、僕とカストルに行ってみませんか?」

 気まずい沈黙が流れ、テイトは慌てて言葉を付け足した。

「すみません。リーダーの僕が言うと強制のように聞こえちゃいますよね。はっきり言います。皆さんがここに残ってくれる方が僕としては安心です。もし、僕に何かあって戻って来られなかった時に、後のことを任せられるから」

 戦いは終わったが、やらなければいけないことはそれこそ山のように残っている。
 まだまだ街の復興には時間がかかるし、心や体に傷を負った者の回復には更に時間を要するだろう。
 それら全てが解決しないことには、本当の意味で戦いの終結を宣言することはできない。

 テイトの自己犠牲とも取れるような発言に、大半が目を瞠った。
 言い方を間違えてしまっただろうか、とテイトは困り顔で頭を掻いた。

「あー、皆さんの考えているような意味はなくて、僕は単純に一人でも大丈夫だってことを言いたくて、」
「――逆だろ」

 意志を持った強い声に遮られ、テイトは思わずシンの方へと目を向けた。

「逆?」
「あっちに、精神干渉魔法の使い手がいることを忘れたのか?」

 言いたいことが分からず首を傾けると、シンはすっと目を細めた。

「単独で行くのはどう考えても危険だろ。あんたの精神が乗っ取られて、ここで二の舞を演じて終わりだ。あんたを傀儡にしてしまえば、色々やりやすいだろうしな」

 それを聞いて、テイトは息を呑んだ。
 同時に自分の考えの浅はかさに恥ずかしくなって目を伏せた。
 シンに言われると、確かにその通りな気がした。
 あれだけ簡単に人を操ることができるのだ、その魔法をどうにかする手段もないテイト一人が出向いたところで、結局は仲間に迷惑をかけてしまうことになる。

 テイトが黙り込むと、シンが息を吐く音が聞こえた。

「行くなら、強い仲間も連れて行くべきだ」
「……え?」

 まさか行くことに賛同してくれるとは思わず、テイトは目を丸くしてシンを見つめた。

「とはいえ、魔導師団が相手じゃあんた達なんて手も足も出ないかも知れないが」

 上げてから落とされて、テイトは口を引き結んだ。
 やはり行くのは諦めた方がいいのだろうかと考えが揺らいだ時に、シンがニヤリと笑うのが見えた。

「まぁ、その問題はレンリがいれば半分は解決できるだろうけど」

 テイトは一瞬唖然としたが、その意味を理解して眉を下げた。

「また、レンリさんを巻き込むんですか?」
「レンリだって覚悟してここにいるんだ。巻き込むという言い方はどうかと思うがな」

 涼しい顔でそう続けられ、テイトは何も言い返せずに口を噤んだ。

 テイトもそのことは頭で理解している。
 それでも、攫われて怖い思いをしたばかりだというのに、敵地になるかも知れない場所へと再度彼女を連れて行くことは良心が認めなかった。

「別にレンリだけを連れてけって訳じゃない。あんたの我儘を聞くのもこれが最後だし、俺のことだって利用してくれて構わない」

 シンは真っ直ぐにテイトを見つめた。

 最後、と口の中で呟きながら、シンが自分たちに協力してくれている理由を思い出した。
 元々、彼はヨンに会うことが目的だと語っていた。
 彼を捕らえて、僅かながらに話をして、シンの目的は既に果たされたのだろう。
 そう思うと、それは良いことに違いないのに、ほんの少しの寂しさが胸を焦がした。

「っレンリさんが行くなら、俺が行かないわけにはいかない!」

 ルゴーが声を張り上げた。
 彼の声にはどこか人を後押しするような力があり、続けて幾つか同行を願う声が挙がった。
 シンがレンリの名を出したのはこの為だったのだろうか、とテイトは思わず勘ぐるようにシンを窺ったが、彼は素知らぬ顔でその様子を眺めているだけであった。

 ある程度同行者が集まったため、くれぐれも隊の人には強制しないようにと再度念を押して、明朝発つことに合意を得て解散となった。

 人がまばらになった会議室で、テイトは立ち去ろうとするシンを呼び止めた。

「っ待ってください」
「なんだ?」
「あ、えーと」

 言いたいことが上手くまとまらず、テイトは言い淀んだ。

「最後って……」
「ああ。もう十分協力しただろ」
「それは、勿論」

 シンには感謝してもしきれない。
 彼がいなければ《アノニマス》に勝つことも、戦いを終わらすこともできなかっただろう。

「……少し、寂しいです」

 それは本音だった。
 シンはきっと自分よりもうんと年上なのだろうが、見た目が若い所為か大人と話す時に感じる気後れをしないで済んだように思う。
 決して気軽さがあったわけではないけれど、立場的には対等を貫いてくれていた。
 それに、シンが思ったことをズバズバと言ってくれるおかげで、自分も言いたいことを言えるようになった。
 素直な気持ちを口にすることは勇気のいることであったが、それでも、本音を告げて尚味方になってくれる人がいることを知った時には言い知れぬ嬉しさがあった。

 シンは僅かに目を見開いた後に、意地の悪い笑みを浮かべた。

「寂しい、ねぇ」

 揶揄いを含んだ声に、テイトは顔を赤くした。

「ダ、ダメですか? っ寂しいって思っちゃ」
「いや。それは、あんたの長所だな」

 シンは笑みを隠さないまま首を横に振った。

「分かった。森の魔法はあんたも入れるようにかけ直しておこう」
「え?」
「でも、もう面倒ごとは持ち込むなよ」

 その言葉の意味を咀嚼しながら、テイトは自然と口角が上がるのが分かった。
 それはつまり、自分が訪ねることを許容してくれるということだ。
 嬉しさを堪え切れずにニマニマしていると、何かを思い出したのかシンが不意に、あ、と声を漏らした。

「暫くは不在にしてると思うから、訪ねた時にいなくても恨むなよ」
「どこかに行く予定でもあるんですか?」
「レンリのことがあるからな。一緒に記憶の手掛かりを探す約束だ」
「え、ずるいです」

 無意識に呟くと、シンから試すような視線が送られた。

「あんたも来るか?」
「分かってるくせに……」

 テイトはジト目でシンを見遣った。
 リーダーである自分には、今残っているすべきことを放り出してここを去るなど、到底不可能なことであった。
 シンもそれを分かっていたのだろう、テイトの返答に口の端を吊り上げた。

「リーダーなんてそんな面倒臭いもの、とっとと他の奴に押しつければいいのに」
「押しつけるって」
「まぁ、でも、上手くやれてたんじゃないか」

 突然の誉め言葉に、テイトは思わず目を丸くしてまじまじとシンを見つめた。

「俺は行かない方がいいとは思ったが、あんたが対話を望むなら止めはしない。あんたの言葉には、魔法に近いものがあるからな」
 だから、賛同したんだ。上手くやってくれよリーダーと言いながら、シンは片手だけをひらひらと振って、部屋を出て行ってしまった。

 テイトはこみ上げてくる熱いものが鼻の奥をツンとさせるのを感じ、シンの背中に向かって深く頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。 手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。 「このまま死ぬのかな……」 そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。 ​そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。 試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。 ​「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」 ​スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。 たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。

処理中です...