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79. 決裂
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一歩また一歩と、前方で構える魔導師団の方へと歩みを進めた。
隣を歩くシンをちらりと見遣ると、珍しくどこか緊張した面持ちのように見えた。
そんな彼の顔を眺めていると不意に微かな違和感を覚え――そして、目線の高さが記憶と異なることに気が付いた。
話す時はいつもシンを見上げていたように思うが、いつの間にか彼を見下ろす程に自分の背が伸びていたことを知り、テイトは目を瞠った。
そのことに気付いてしまうとあれだけ頼もしく思えた背中も、元々彼が細身の所為もあるが、とても小さく見えた。
同時に今まではあまり気にしていなかった刺青の副作用を自覚し、思わず乾いた笑みが浮かんだ。
魔導師団の先頭には、馬の背に乗るワカの姿が見えた。
彼女は冷たい表情でこちらを見下ろしている。
テイトは一体《クエレブレ》の何が彼女の反感を買ったのか、未だによく分かっていなかった。
ルゥの自死を食い止められなかったことなのか。
しかし、それは元を辿ればそちらの計画の所為ではないのだろうか。
考えたところで、テイトにはやはり分かりそうになかった。
テイトの姿を見留めた囚われのルゴー達が、悔しそうな顔で歯を食いしばったのが見えた。
その顔は痛々しそうに赤黒く腫れている。
「逃げずに出てきたことは、反逆者ながら感心いたします」
「……逃げる必要、ありませんから」
冷たい口調に負けないよう、テイトは冷静に言葉を返した。
魔導師団の者達は武器を構えてはいるが、今すぐに攻撃を仕掛ける様子はないようである。
「私達も鬼ではありません。貴方達の悪行だけではなく、善行もきちんと評価するつもりです」
「僕たちは、カストル公爵を殺していません」
「では、何故彼は帰ってこないのでしょうか。亡くなってはいないのでしょうか?」
「彼は……自分で死を選んだのです。ただ、それは、」
「それは、彼を死に追いやったと言うことですか」
テイトは言葉に詰まってしまった。
それは、完全に否定できる言葉ではなかったからだ。
しかし、その一瞬の間が魔導師団の者に確信を与えてしまったようである。
向けられる視線の鋭さに、テイトは唇を噛んだ。
「……貴女が、追い詰めたのでしょう」
「戯れ言を。何故家族である私がそんなことを?」
「ここに、貴女とルゥのやりとりが記載された手帳があります」
テイトは黒い手帳を掲げた。
この中に自分達の疑いを晴らすための確定的な記載があるわけではないが、少なくともワカの言葉に嘘があると証明できるだけのものはある。
故にこれは、お互い先入観を無くすための最後の切り札だった。
「小賢しいことを。貴方達が拠点まで逃げ帰って用意したのがそれとは」
「一度内容を確認してください」
「それが、私達のものだという証拠はどこに?」
そう言われてしまえば、身も蓋もなかった。
「……手帳の魔力を確認してほしい。あんたの魔力だと思うが」
シンが割り込んで伝えると、ワカはすっと目を細めた。
「そこまで言うのであれば、確認しましょう。手帳を置いてその場を離れてください」
テイトは言われた通りに手帳をその場に置き、手を上げてゆっくりと後退してみせた。
幾分か距離を開けるとワカから目配せを受けた兵の一人が素早くそれを拾い上げ、回収した足のまま真っ直ぐに彼女の方へと駆け寄った。
兵から手帳を受け取った彼女はページを数枚捲ったかと思うと、徐に眉間に皺を寄せた。
「どういうつもりでしょうか?」
「え?」
「何も書いていないではありませんか」
ワカは手帳を開くと、見せつけるようにこちらへと向けた。
彼女が端から何度ページを捲っても、内容は全て白紙であった。
「そんなはずはっ」
「時間稼ぎのつもりですか? 一体何を企んでいるのです」
しまったとテイトは思った。
あの手帳は、きっとワカには渡してはいけなかったのだ。
最初から、彼女以外の誰かに確認してもらうべきだったのだ。
公爵家の魔力が込められたものなのだから、彼女にはあの手帳をどうにかする手段があったに違いない。
テイトは奥歯を噛み締めた。
今更気付いたところで何もかも手遅れだ。
もう、自分にできることはなくなってしまったのだから。
「姑息な手段は終わりにして、そろそろ本題に入りましょう」
ワカの言葉に反論する術もなく、テイトは項垂れた。
「こちらの要望は二つ。反逆者集団であるクエレブレの解体と、その指導者の極刑」
「っ何好き勝手言ってるんだ!」
拘束されたルゴーが声を張り上げたが、近くにいた兵に抑え込まれてそれは呻き声に変わった。
「反逆者は本来であれば重罪です。指導者ただ一人に刑を限定したのはこちらの温情だったのですが……」
「……それを受けたら、仲間は皆解放してくれるんですか?」
「勿論」
「仲間に危害を加えることもありませんか?」
「そちらから加えられない限りは」
絶望の中に希望を見つけたような気がした。
自分一人の犠牲で全ての仲間が救われるのであれば、それは願ってもない機会だと。
「分かりました。――シンさん、制約をお願いできますか?」
テイトはシンを振り返ったが、彼は難しい顔をするのみで魔法を発動してくれる様子はなかった。
「貴方の懸念は理解できます。故に、私が制約をかけましょう。“指導者の極刑にて、クエレブレに所属していた全ての者を無罪とし、解放することをここに誓います”」
ワカの言葉と共にテイトの周りに不思議な光が纏わり付いた。
テイトはどこか達観したような気持ちでそれを眺めた。
光が収まると、彼女が右手を掲げたのが見えた。
「では、刑を執行します」
その声を合図に、二人の兵がテイトの元へと進み出た。
その手には鈍く光る剣が見える。
「そこに跪きなさい」
「っテイト」
自分の名を呼んだのは誰の声だったのか。
その判断も付かぬまま、テイトは大人しくその場に両膝をついた。
思えば、この数年は目まぐるしいものであった。
何も知らないまま幸せに生きていたところを突然襲われ、一瞬にして家族を失った。
これ以上何も失いたくないからとクエレブレに加入し、守るための力がほしくて刺青を入れた。
それでも、結局ユーリやステラを守ることもできずに悲観したままリーダーとなったけれど、レンリやシンに出会って劇的な変化が起こった。
戦いの度に失われていた仲間は皆生きて帰ってくるようになったし、遂には《アノニマス》の拠点を突き止め彼らを捕縛することに成功した。
まだまだ問題は残っているが、それでも自分は十分やったような気がする。
仲間を守って死ぬことになるのならば、それこそ本望である。
跪くテイトの左右に分かれて兵が並び立った。
「っクソ」
「刑はスムーズに執行されなければいけません。邪魔をなさらぬように」
シンの悪態を吐く声と、ワカの抑揚のない声が耳に届いた。
彼が自分のために何かしようとしてくれたらしいが、どうやらそれは不発に終わったらしい。
すぐ横で剣が風を切るような音が耳に入り、テイトはゆっくりと目を閉じた。
隣を歩くシンをちらりと見遣ると、珍しくどこか緊張した面持ちのように見えた。
そんな彼の顔を眺めていると不意に微かな違和感を覚え――そして、目線の高さが記憶と異なることに気が付いた。
話す時はいつもシンを見上げていたように思うが、いつの間にか彼を見下ろす程に自分の背が伸びていたことを知り、テイトは目を瞠った。
そのことに気付いてしまうとあれだけ頼もしく思えた背中も、元々彼が細身の所為もあるが、とても小さく見えた。
同時に今まではあまり気にしていなかった刺青の副作用を自覚し、思わず乾いた笑みが浮かんだ。
魔導師団の先頭には、馬の背に乗るワカの姿が見えた。
彼女は冷たい表情でこちらを見下ろしている。
テイトは一体《クエレブレ》の何が彼女の反感を買ったのか、未だによく分かっていなかった。
ルゥの自死を食い止められなかったことなのか。
しかし、それは元を辿ればそちらの計画の所為ではないのだろうか。
考えたところで、テイトにはやはり分かりそうになかった。
テイトの姿を見留めた囚われのルゴー達が、悔しそうな顔で歯を食いしばったのが見えた。
その顔は痛々しそうに赤黒く腫れている。
「逃げずに出てきたことは、反逆者ながら感心いたします」
「……逃げる必要、ありませんから」
冷たい口調に負けないよう、テイトは冷静に言葉を返した。
魔導師団の者達は武器を構えてはいるが、今すぐに攻撃を仕掛ける様子はないようである。
「私達も鬼ではありません。貴方達の悪行だけではなく、善行もきちんと評価するつもりです」
「僕たちは、カストル公爵を殺していません」
「では、何故彼は帰ってこないのでしょうか。亡くなってはいないのでしょうか?」
「彼は……自分で死を選んだのです。ただ、それは、」
「それは、彼を死に追いやったと言うことですか」
テイトは言葉に詰まってしまった。
それは、完全に否定できる言葉ではなかったからだ。
しかし、その一瞬の間が魔導師団の者に確信を与えてしまったようである。
向けられる視線の鋭さに、テイトは唇を噛んだ。
「……貴女が、追い詰めたのでしょう」
「戯れ言を。何故家族である私がそんなことを?」
「ここに、貴女とルゥのやりとりが記載された手帳があります」
テイトは黒い手帳を掲げた。
この中に自分達の疑いを晴らすための確定的な記載があるわけではないが、少なくともワカの言葉に嘘があると証明できるだけのものはある。
故にこれは、お互い先入観を無くすための最後の切り札だった。
「小賢しいことを。貴方達が拠点まで逃げ帰って用意したのがそれとは」
「一度内容を確認してください」
「それが、私達のものだという証拠はどこに?」
そう言われてしまえば、身も蓋もなかった。
「……手帳の魔力を確認してほしい。あんたの魔力だと思うが」
シンが割り込んで伝えると、ワカはすっと目を細めた。
「そこまで言うのであれば、確認しましょう。手帳を置いてその場を離れてください」
テイトは言われた通りに手帳をその場に置き、手を上げてゆっくりと後退してみせた。
幾分か距離を開けるとワカから目配せを受けた兵の一人が素早くそれを拾い上げ、回収した足のまま真っ直ぐに彼女の方へと駆け寄った。
兵から手帳を受け取った彼女はページを数枚捲ったかと思うと、徐に眉間に皺を寄せた。
「どういうつもりでしょうか?」
「え?」
「何も書いていないではありませんか」
ワカは手帳を開くと、見せつけるようにこちらへと向けた。
彼女が端から何度ページを捲っても、内容は全て白紙であった。
「そんなはずはっ」
「時間稼ぎのつもりですか? 一体何を企んでいるのです」
しまったとテイトは思った。
あの手帳は、きっとワカには渡してはいけなかったのだ。
最初から、彼女以外の誰かに確認してもらうべきだったのだ。
公爵家の魔力が込められたものなのだから、彼女にはあの手帳をどうにかする手段があったに違いない。
テイトは奥歯を噛み締めた。
今更気付いたところで何もかも手遅れだ。
もう、自分にできることはなくなってしまったのだから。
「姑息な手段は終わりにして、そろそろ本題に入りましょう」
ワカの言葉に反論する術もなく、テイトは項垂れた。
「こちらの要望は二つ。反逆者集団であるクエレブレの解体と、その指導者の極刑」
「っ何好き勝手言ってるんだ!」
拘束されたルゴーが声を張り上げたが、近くにいた兵に抑え込まれてそれは呻き声に変わった。
「反逆者は本来であれば重罪です。指導者ただ一人に刑を限定したのはこちらの温情だったのですが……」
「……それを受けたら、仲間は皆解放してくれるんですか?」
「勿論」
「仲間に危害を加えることもありませんか?」
「そちらから加えられない限りは」
絶望の中に希望を見つけたような気がした。
自分一人の犠牲で全ての仲間が救われるのであれば、それは願ってもない機会だと。
「分かりました。――シンさん、制約をお願いできますか?」
テイトはシンを振り返ったが、彼は難しい顔をするのみで魔法を発動してくれる様子はなかった。
「貴方の懸念は理解できます。故に、私が制約をかけましょう。“指導者の極刑にて、クエレブレに所属していた全ての者を無罪とし、解放することをここに誓います”」
ワカの言葉と共にテイトの周りに不思議な光が纏わり付いた。
テイトはどこか達観したような気持ちでそれを眺めた。
光が収まると、彼女が右手を掲げたのが見えた。
「では、刑を執行します」
その声を合図に、二人の兵がテイトの元へと進み出た。
その手には鈍く光る剣が見える。
「そこに跪きなさい」
「っテイト」
自分の名を呼んだのは誰の声だったのか。
その判断も付かぬまま、テイトは大人しくその場に両膝をついた。
思えば、この数年は目まぐるしいものであった。
何も知らないまま幸せに生きていたところを突然襲われ、一瞬にして家族を失った。
これ以上何も失いたくないからとクエレブレに加入し、守るための力がほしくて刺青を入れた。
それでも、結局ユーリやステラを守ることもできずに悲観したままリーダーとなったけれど、レンリやシンに出会って劇的な変化が起こった。
戦いの度に失われていた仲間は皆生きて帰ってくるようになったし、遂には《アノニマス》の拠点を突き止め彼らを捕縛することに成功した。
まだまだ問題は残っているが、それでも自分は十分やったような気がする。
仲間を守って死ぬことになるのならば、それこそ本望である。
跪くテイトの左右に分かれて兵が並び立った。
「っクソ」
「刑はスムーズに執行されなければいけません。邪魔をなさらぬように」
シンの悪態を吐く声と、ワカの抑揚のない声が耳に届いた。
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