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80. 竜の名を冠する者
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衝撃の代わりに鼓膜を揺らしたのは、戸惑った声と固い金属のようなものが地面に落ちる音であった。
テイトが恐る恐る目を開くと、第一に地面に転がる装飾された剣が視界に入った。
あれは今まさに自分の首を叩き切ろうとしていたものではなかろうか。
そう思って顔を上げると、困惑に満ちた様子の兵士と目が合い、一つの可能性が脳裏を過ぎった。
「レンリ、さん?」
見えない何かに弾かれるようにして攻撃が防がれる、または消失する。
それは、テイト達の窮地を幾度も救ったよく見慣れた魔法であった。
ハッと周囲に視線を巡らしてみたが、思い浮かべた人物の姿は確認できなかった。
見えたのは、状況を把握できずに騒つく魔導師団の者達と、同じように辺りを見回すシンの姿だけであった。
刹那、羽ばたきの音と共に一陣の風が吹いた。
突然の強風に思わず目を瞑ると、大きな影が頭上を通り過ぎる気配を感じた。
目蓋を上げて気配の行く先を目で追い、そして――息を呑んだ。
視線の先、丁度テイトの背後に位置するところに、まるでこの世のものとは思えないほどに美しく大きな竜が立っていた。
全身を漆黒色で身に纏うその竜は、ただその瞳だけはアメジストのように輝き、人の一挙手一投足を窺うようにこちらをじっと見つめている。
テイトは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
竜は、お伽噺の存在ではなかったか。
『何をしているのですか』
不思議な感覚だった。
その声は耳にではなく直接脳内に語りかけてくるようで、男性とも女性とも大人とも子供とも取れるような音だった。
竜の視線はテイトに剣先を宛がっていた兵士に向けられている。
呆けていた男は、それに気が付くと慌てたように後退った。
「ぇ、あ、」
『何故、テイトに剣を向けていたのですか』
「僕の名前を知って……」
テイトは夢見心地で竜を見つめた。
その真っ黒で大きな体躯は、よく見れば光沢のある鱗に覆われていた。
身体と同じぐらい大きな翼を背に携え、手足には鋭い爪が見えた。
口の隙間からも尖った牙が見えたが、何故か恐怖は覚えなかった。
「っ何を動揺しているのですか! あれは、敵の魔法です!」
叱咤するワカの声が聞こえたが、この竜が魔法で創り出されたものであると考えている者は少なそうであった。
それを肌で感じてか、ワカが苛々とした様子で竜に攻撃を放つのが見えたため、テイトは思わず竜の正面に立って庇うように両手を広げた。
しかし、その魔法はこちらへ届く前に跡形もなく消え去ってしまった。
それに既視感を覚えたが、周囲の動揺するような声がその考えを打ち消した。
「っ竜神様になんてことをしているのですか!」
焦った顔で飛び出してきたアニールが、竜の前に跪いて深く頭を垂れた。
「折角その尊き御姿を現わしてくださったというのに、数々の失礼な言動誠に申し訳ございません! ですが、全ての人間があのような考えであるとは、どうか思わないでいただきたい!」
『知っています。ずっと、見てきましたから』
「り、竜神様っ」
アニールは甚く感激した様子で竜を見上げた後、鋭く魔導師団を睨んだ。
「竜神様が魔法で創られたものなどとは笑止千万。できるものなら、今すぐに竜神様を創り出してみなさい、さぁ!」
アニールの勢いに押され、魔導師団の者は困惑した様子で顔を見合わせた。
創れるのか、分からない、と小声で交わされる会話を聞きながら、確かにシンもアニールも実体のない透けた小鳥は創っても、この竜のように実体のある、しかも会話のできる生き物を創った試しはなかった、と頭の隅で考えた。
「貴方達も本当は分かっているのではありませんか。竜神様が味方する彼と、それに相対する貴方達。どちらが真に正しいかということを!」
有無を言わせない力強い言葉に、動揺が疑惑に変わったのか、魔導師団の者はチラチラとワカを見遣った。
「私が、嘘を吐いているとでも?」
「い、いえ、師団長。ですが、竜が……」
「竜が何だと言うのですか!」
ワカは渋面を作って声を荒げた。
人知を越えた存在を前に、魔導師団の者も手をこまねいているのが分かり、これは好機だとテイトは一歩前に進み出た。
「誤解を解かせてください!」
視線が十分に集まったのを確認し、テイトは口を開いた。
「カストル公爵は、僕たちの仲間になりたいとここを訪れました。戦力が増えるのは願ってもないことだったため、僕たちはそれを歓迎しました。しかし、ある日拠点内で事件が起こりました。仲間が操られて、また別の仲間を襲うという、最悪な事件が」
「僕たちはカストル公爵家が精神干渉魔法の名家だと知り、疑惑を晴らすためにも彼に拠点から離れてもらうようにお願いしました。これ以上被害を増やしたくなかったので、半ば追い出すような形になってしまったかと思います」
「ですが、彼はその手帳を持って戻ってきました。その時に、クエレブレが力を持つことを恐れた貴族が、僕たちの勢力を削ぐためにカストル公爵を利用し、内部の撹乱を狙ったのだと知りました。それが、議会の決定だったとも」
「カストル公爵自身も操られて魔法をかけていたためにその解除の仕方が分からず、彼は、僕たちのために自分が死ぬことで仲間にかけられた魔法を解除してくれたのです」
「彼の死を止められなかったのは、確かに僕の罪です。でも、そこに反逆の意思は決してありません。寧ろ、僕の方こそ何故貴女がそのようなことをしたのか、知りたいと思っています」
魔導師団の者からも問うような視線を向けられ、ワカは身体を震わした。
「何を、確認のしようもないことを」
「僕が嘘を吐いていると思うのならば、今すぐに確認してください!」
魔法で分かるんですよねと続けると、既に確認しながら話を聞いていたらしい兵の一人が不安そうにワカを見遣った。
「……師団長、閣下を操ったのですか?」
「違う、違う違う違うっ」
ワカは首をかきむしりながら悲痛な声で叫んだ。
そこにルゥのつけていたものとよく似たチョーカーが目に入り、テイトは目を見開いた。
「……それ」
「私は、公爵家を守ろうと、ずっとっ」
不意にワカは縋るように竜を見つめた。
まるで子供のような眼差しだった。
「竜、本当に……」
「師団長?」
「ルカに教えてあげないと。一緒に竜を探すって、約束だから」
「……師団長」
泣きながら笑うワカは、既に正気を失っているように見えた。
彼女の横に立つ兵は困った様子で彼女を見つめた後、意を決したようにテイトを見遣った。
「情報が錯綜しているようでありますが、貴方の言葉に嘘がないことは確認しました。議会にも事実確認をして、その後、改めて話をさせてください」
「……それは勿論、構いませんが。仲間の解放は?」
「すぐに」
男の指示を聞いて、呆然としていた兵達は慌ててルゴー達の拘束具を外した。
拘束を解かれたというのに、ルゴー達はポカンとした表情のままその場から動こうとはしなかった。
「議会へ確認するとのことですが、テイト殿の言葉を竜神様も支持しているということは努々お忘れなきよう」
「承知いたしました」
男はどこか羨望の眼差しで竜を見遣ったかと思うと、綺麗な所作で敬礼を行った。
それに倣って、他の者も竜に向かって敬礼をしてみせた。
「彼が竜神様の名を冠する者であることを、各々心に留めておきなさい」
「はっ」
魔導師団はきびきびとした様子で答えると、竜の存在を気にしながらもそのまま静かに引き上げていった。
その背を見送り、一先ず問題が落着したことに安堵したが、ルゴー達はおろかシンですら依然固まったままであり、テイトは怖ず怖ずと背後にいる竜を見上げた。
「あの、ありがとうございました」
『私は何も。全て、貴方達の行いの結果です』
夢を見ているような気分だった。
竜はいつも絶対的な正義として描かれていた。
そんな竜がテイトを味方するような位置に立ってくれたからこそ、あの死を覚悟した瞬間を切り抜けることができた。
そんな奇跡のような出来事を目の当たりにして、テイトは今更になってへなへなとその場に座り込んでしまった。
この数日ずっと張っていた緊張の糸が切れてしまったようである。
そんなテイトを心配してか、徐に竜が手を差し伸べてくれた。
両手を使っても一つの爪を握るので精一杯なほど大きなその手を、テイトはしっかり握りしめた。
「あ、ありがとうございます。本当に、」
途端に恐怖や安堵といった多くの堪えていたものが目から溢れ出したため、テイトは隠すように俯いた。
『こちらこそ、ありがとう』
テイトが竜の支えを借りて立ち上がると、竜は翼を羽ばたかせて空高く飛び去ってしまった。
それをぼんやりと見送っていると、その姿が見えなくなった頃にルゴーがものすごい顔をして駆け寄ってきた。
「テテテ、テイト、お前いつの間に、竜まで味方に!?」
「え」
「テイト殿、私は最初から信じていましたよ。貴方こそが竜神様の認める御方だと!」
「えぇ……」
拠点の方からもやたら興奮した様子の仲間達が大勢飛び出し、彼らに四方八方を囲まれたテイトは困惑してしまった。
「調子のいいことを言いやがって。クエレブレじゃなくて、御使い様に協力してたんだろ」
「何を仰る。御使い様が協力するということが、そもそもの答えではありませんか」
それよりシン殿、と言ってアニールは得意気な顔で、未だ動けないままでいるシンを振り返った。
「竜神様は実在しましたでしょう。私の妄想などと宣ったこと、今ここで謝罪を要求します」
「……あぁ、そうだな」
シンは心ここにあらずといった様子で返事をした。
アニールはその答えに不満気ではあったが、竜に会えたことによって気分が高揚しているのか、珍しく邪気のない笑顔を見せた。
「竜神様に相見えた感動でそうなってしまう気持ちはよく分かります。今後信心を持ってくださるのであれば、それで良しとしましょう」
「――テイト様!」
ドンッと言う衝撃と共に、何かが胸に飛び込んできた。
よろけた身体を立て直しながら見下ろすと、赤みを帯びた顔でナナがこちらを見上げた。
「テイト様、竜を傍らにして立つ姿は、正しく、絵本の中の勇者様のようでしたわ!」
「そんな、大層なものでは……」
「テイト殿、竜神様が認めてくれたのですよ! もっと堂々とするべきです!」
興奮冷めやらぬ様子で口々に語る仲間の姿を見渡して、テイトは彼らを守れたという事実をようやく噛み締めることができた。
「シンさん」
「……なんだ」
「僕、刺青を入れて良かったと思っています。守りたいものを、守ることができたから」
「刺青なんてなくても、あんたなら守れたさ」
シンは不器用に笑っていた。
彼はそう言うが、この刺青が全ての縁を繋げてくれた気がした。
「それに、安心するのはまだ早いだろ。議会がどう言い訳するかも分かんないのに」
「それこそ、いらぬ心配です。テイト殿には竜神様の加護があるのですから!」
竜という心強い存在に、仲間達も今まで抱えていた恐怖や緊張が解れたのか、皆泣きそうな顔で笑いながらお互いの無事を喜び抱き締め合っていた。
その光景を目に焼き付けながら、テイトもまたその円の中に自ら飛び込んでいった。
:
公国暦百十三年、約二年に及ぶ《アノニマス》の襲撃に決着。
全て、竜の加護を賜った《クエレブレ》の功労である。
それにより、貴族のみの一党政治から、貴族、《クエレブレ》、教団各々の代表を据えた議会の執行が決定、永きにわたる公国時代は終わりを告げ民主主義国家へと転じる。
《クエレブレ》の協力者、当代教団教主が三男アニールが次期教団教主となる。
また指導者であるテイトは、有名な戯曲「竜の名を冠する者」のモデルとされている。
:
『歴史書、アステラ国記の一文より抜粋』
テイトが恐る恐る目を開くと、第一に地面に転がる装飾された剣が視界に入った。
あれは今まさに自分の首を叩き切ろうとしていたものではなかろうか。
そう思って顔を上げると、困惑に満ちた様子の兵士と目が合い、一つの可能性が脳裏を過ぎった。
「レンリ、さん?」
見えない何かに弾かれるようにして攻撃が防がれる、または消失する。
それは、テイト達の窮地を幾度も救ったよく見慣れた魔法であった。
ハッと周囲に視線を巡らしてみたが、思い浮かべた人物の姿は確認できなかった。
見えたのは、状況を把握できずに騒つく魔導師団の者達と、同じように辺りを見回すシンの姿だけであった。
刹那、羽ばたきの音と共に一陣の風が吹いた。
突然の強風に思わず目を瞑ると、大きな影が頭上を通り過ぎる気配を感じた。
目蓋を上げて気配の行く先を目で追い、そして――息を呑んだ。
視線の先、丁度テイトの背後に位置するところに、まるでこの世のものとは思えないほどに美しく大きな竜が立っていた。
全身を漆黒色で身に纏うその竜は、ただその瞳だけはアメジストのように輝き、人の一挙手一投足を窺うようにこちらをじっと見つめている。
テイトは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
竜は、お伽噺の存在ではなかったか。
『何をしているのですか』
不思議な感覚だった。
その声は耳にではなく直接脳内に語りかけてくるようで、男性とも女性とも大人とも子供とも取れるような音だった。
竜の視線はテイトに剣先を宛がっていた兵士に向けられている。
呆けていた男は、それに気が付くと慌てたように後退った。
「ぇ、あ、」
『何故、テイトに剣を向けていたのですか』
「僕の名前を知って……」
テイトは夢見心地で竜を見つめた。
その真っ黒で大きな体躯は、よく見れば光沢のある鱗に覆われていた。
身体と同じぐらい大きな翼を背に携え、手足には鋭い爪が見えた。
口の隙間からも尖った牙が見えたが、何故か恐怖は覚えなかった。
「っ何を動揺しているのですか! あれは、敵の魔法です!」
叱咤するワカの声が聞こえたが、この竜が魔法で創り出されたものであると考えている者は少なそうであった。
それを肌で感じてか、ワカが苛々とした様子で竜に攻撃を放つのが見えたため、テイトは思わず竜の正面に立って庇うように両手を広げた。
しかし、その魔法はこちらへ届く前に跡形もなく消え去ってしまった。
それに既視感を覚えたが、周囲の動揺するような声がその考えを打ち消した。
「っ竜神様になんてことをしているのですか!」
焦った顔で飛び出してきたアニールが、竜の前に跪いて深く頭を垂れた。
「折角その尊き御姿を現わしてくださったというのに、数々の失礼な言動誠に申し訳ございません! ですが、全ての人間があのような考えであるとは、どうか思わないでいただきたい!」
『知っています。ずっと、見てきましたから』
「り、竜神様っ」
アニールは甚く感激した様子で竜を見上げた後、鋭く魔導師団を睨んだ。
「竜神様が魔法で創られたものなどとは笑止千万。できるものなら、今すぐに竜神様を創り出してみなさい、さぁ!」
アニールの勢いに押され、魔導師団の者は困惑した様子で顔を見合わせた。
創れるのか、分からない、と小声で交わされる会話を聞きながら、確かにシンもアニールも実体のない透けた小鳥は創っても、この竜のように実体のある、しかも会話のできる生き物を創った試しはなかった、と頭の隅で考えた。
「貴方達も本当は分かっているのではありませんか。竜神様が味方する彼と、それに相対する貴方達。どちらが真に正しいかということを!」
有無を言わせない力強い言葉に、動揺が疑惑に変わったのか、魔導師団の者はチラチラとワカを見遣った。
「私が、嘘を吐いているとでも?」
「い、いえ、師団長。ですが、竜が……」
「竜が何だと言うのですか!」
ワカは渋面を作って声を荒げた。
人知を越えた存在を前に、魔導師団の者も手をこまねいているのが分かり、これは好機だとテイトは一歩前に進み出た。
「誤解を解かせてください!」
視線が十分に集まったのを確認し、テイトは口を開いた。
「カストル公爵は、僕たちの仲間になりたいとここを訪れました。戦力が増えるのは願ってもないことだったため、僕たちはそれを歓迎しました。しかし、ある日拠点内で事件が起こりました。仲間が操られて、また別の仲間を襲うという、最悪な事件が」
「僕たちはカストル公爵家が精神干渉魔法の名家だと知り、疑惑を晴らすためにも彼に拠点から離れてもらうようにお願いしました。これ以上被害を増やしたくなかったので、半ば追い出すような形になってしまったかと思います」
「ですが、彼はその手帳を持って戻ってきました。その時に、クエレブレが力を持つことを恐れた貴族が、僕たちの勢力を削ぐためにカストル公爵を利用し、内部の撹乱を狙ったのだと知りました。それが、議会の決定だったとも」
「カストル公爵自身も操られて魔法をかけていたためにその解除の仕方が分からず、彼は、僕たちのために自分が死ぬことで仲間にかけられた魔法を解除してくれたのです」
「彼の死を止められなかったのは、確かに僕の罪です。でも、そこに反逆の意思は決してありません。寧ろ、僕の方こそ何故貴女がそのようなことをしたのか、知りたいと思っています」
魔導師団の者からも問うような視線を向けられ、ワカは身体を震わした。
「何を、確認のしようもないことを」
「僕が嘘を吐いていると思うのならば、今すぐに確認してください!」
魔法で分かるんですよねと続けると、既に確認しながら話を聞いていたらしい兵の一人が不安そうにワカを見遣った。
「……師団長、閣下を操ったのですか?」
「違う、違う違う違うっ」
ワカは首をかきむしりながら悲痛な声で叫んだ。
そこにルゥのつけていたものとよく似たチョーカーが目に入り、テイトは目を見開いた。
「……それ」
「私は、公爵家を守ろうと、ずっとっ」
不意にワカは縋るように竜を見つめた。
まるで子供のような眼差しだった。
「竜、本当に……」
「師団長?」
「ルカに教えてあげないと。一緒に竜を探すって、約束だから」
「……師団長」
泣きながら笑うワカは、既に正気を失っているように見えた。
彼女の横に立つ兵は困った様子で彼女を見つめた後、意を決したようにテイトを見遣った。
「情報が錯綜しているようでありますが、貴方の言葉に嘘がないことは確認しました。議会にも事実確認をして、その後、改めて話をさせてください」
「……それは勿論、構いませんが。仲間の解放は?」
「すぐに」
男の指示を聞いて、呆然としていた兵達は慌ててルゴー達の拘束具を外した。
拘束を解かれたというのに、ルゴー達はポカンとした表情のままその場から動こうとはしなかった。
「議会へ確認するとのことですが、テイト殿の言葉を竜神様も支持しているということは努々お忘れなきよう」
「承知いたしました」
男はどこか羨望の眼差しで竜を見遣ったかと思うと、綺麗な所作で敬礼を行った。
それに倣って、他の者も竜に向かって敬礼をしてみせた。
「彼が竜神様の名を冠する者であることを、各々心に留めておきなさい」
「はっ」
魔導師団はきびきびとした様子で答えると、竜の存在を気にしながらもそのまま静かに引き上げていった。
その背を見送り、一先ず問題が落着したことに安堵したが、ルゴー達はおろかシンですら依然固まったままであり、テイトは怖ず怖ずと背後にいる竜を見上げた。
「あの、ありがとうございました」
『私は何も。全て、貴方達の行いの結果です』
夢を見ているような気分だった。
竜はいつも絶対的な正義として描かれていた。
そんな竜がテイトを味方するような位置に立ってくれたからこそ、あの死を覚悟した瞬間を切り抜けることができた。
そんな奇跡のような出来事を目の当たりにして、テイトは今更になってへなへなとその場に座り込んでしまった。
この数日ずっと張っていた緊張の糸が切れてしまったようである。
そんなテイトを心配してか、徐に竜が手を差し伸べてくれた。
両手を使っても一つの爪を握るので精一杯なほど大きなその手を、テイトはしっかり握りしめた。
「あ、ありがとうございます。本当に、」
途端に恐怖や安堵といった多くの堪えていたものが目から溢れ出したため、テイトは隠すように俯いた。
『こちらこそ、ありがとう』
テイトが竜の支えを借りて立ち上がると、竜は翼を羽ばたかせて空高く飛び去ってしまった。
それをぼんやりと見送っていると、その姿が見えなくなった頃にルゴーがものすごい顔をして駆け寄ってきた。
「テテテ、テイト、お前いつの間に、竜まで味方に!?」
「え」
「テイト殿、私は最初から信じていましたよ。貴方こそが竜神様の認める御方だと!」
「えぇ……」
拠点の方からもやたら興奮した様子の仲間達が大勢飛び出し、彼らに四方八方を囲まれたテイトは困惑してしまった。
「調子のいいことを言いやがって。クエレブレじゃなくて、御使い様に協力してたんだろ」
「何を仰る。御使い様が協力するということが、そもそもの答えではありませんか」
それよりシン殿、と言ってアニールは得意気な顔で、未だ動けないままでいるシンを振り返った。
「竜神様は実在しましたでしょう。私の妄想などと宣ったこと、今ここで謝罪を要求します」
「……あぁ、そうだな」
シンは心ここにあらずといった様子で返事をした。
アニールはその答えに不満気ではあったが、竜に会えたことによって気分が高揚しているのか、珍しく邪気のない笑顔を見せた。
「竜神様に相見えた感動でそうなってしまう気持ちはよく分かります。今後信心を持ってくださるのであれば、それで良しとしましょう」
「――テイト様!」
ドンッと言う衝撃と共に、何かが胸に飛び込んできた。
よろけた身体を立て直しながら見下ろすと、赤みを帯びた顔でナナがこちらを見上げた。
「テイト様、竜を傍らにして立つ姿は、正しく、絵本の中の勇者様のようでしたわ!」
「そんな、大層なものでは……」
「テイト殿、竜神様が認めてくれたのですよ! もっと堂々とするべきです!」
興奮冷めやらぬ様子で口々に語る仲間の姿を見渡して、テイトは彼らを守れたという事実をようやく噛み締めることができた。
「シンさん」
「……なんだ」
「僕、刺青を入れて良かったと思っています。守りたいものを、守ることができたから」
「刺青なんてなくても、あんたなら守れたさ」
シンは不器用に笑っていた。
彼はそう言うが、この刺青が全ての縁を繋げてくれた気がした。
「それに、安心するのはまだ早いだろ。議会がどう言い訳するかも分かんないのに」
「それこそ、いらぬ心配です。テイト殿には竜神様の加護があるのですから!」
竜という心強い存在に、仲間達も今まで抱えていた恐怖や緊張が解れたのか、皆泣きそうな顔で笑いながらお互いの無事を喜び抱き締め合っていた。
その光景を目に焼き付けながら、テイトもまたその円の中に自ら飛び込んでいった。
:
公国暦百十三年、約二年に及ぶ《アノニマス》の襲撃に決着。
全て、竜の加護を賜った《クエレブレ》の功労である。
それにより、貴族のみの一党政治から、貴族、《クエレブレ》、教団各々の代表を据えた議会の執行が決定、永きにわたる公国時代は終わりを告げ民主主義国家へと転じる。
《クエレブレ》の協力者、当代教団教主が三男アニールが次期教団教主となる。
また指導者であるテイトは、有名な戯曲「竜の名を冠する者」のモデルとされている。
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ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
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