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第二章 女達の迷家
女達の迷家 その8
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「那子。急げよ。葵が危ない」
さっきまで薄暗かった部屋が、冬の低い日差しに部屋の奥まで照らされてキラキラとしている。
すんと鼻を鳴らしてみても、さっきまでのむせ返るほど濃い死の臭いはなくなっていた。
その事実にほっと息を吐いていると、雪の僅かに焦ったような声が聞こえていた。
そして相変わらず雪の姿も目に入る。
「って、葵さんっ!?」
あの状況から見るに、本当の縊鬼は、この屋敷で起こった怪異の大元は、母親だろう。
そして恐らく葵さんはそちらに攫われた。
縊鬼の目的はあくまでも女性を連れてきて、自分の息子との間に子を産ませることだったから……。
必要ない男の侵入者は容赦なく首をくくらせていたのだろう。
だからこそ……。
「葵さんが危ないっ!?」
慌てて部屋を飛び出して、母親の部屋らしい扉に飛びつく。
震える手を何とか動かして、扉を開けて部屋に飛び込むと、ぶわりと死の臭いと……何故か夏の夕立の匂いがした。
「っ?! 葵さんっ!!」
軒下に縄をかけて、どこからか持ち出した椅子の上に立って、今にも縄の先の輪っかに顔を入れようとする葵さんの姿があった。
だけど……。
何故か葵さんの身体は時が止まったように微動だにしない。
「那子! よくわからんが恐らく縊鬼の力と何者かの力が拮抗して、葵の身体を止めている!
今のうちに降ろしてしまうぞ!」
「わ、わかった! って雪?! どこっ?!」
不思議なことに、さっきまで見えていた雪の姿が見えなくなっていた。
「ここにおるわっ! ほれっ! はよせい!」
「わ、わかった!」
慌てて葵さんの立つ椅子に無理やり身体を割り込ませる。
古風な曲線を持つ椅子は、難なく二人分の身体を乗せることができた。
葵さんが握り締めている縄を何とか手放させ、どこかぼんやりした様子の葵さんを椅子から降ろす。
「葵さんっ! 葵さんっ!!」
ぺしぺしと軽く頬を叩きながら、身体を揺さぶる。
……不思議と、この部屋のどこかにいるはずの縊鬼は手を出してこなかった。
「っ! あおいさん?!」
「これっ! 葵っ! とっとと目を覚まさんかっ!」
葵さんを起こす為に触れているせいか、いつにない形相の雪が葵さんの頭を小突い……いやもう殴ってるなアレ。
「……っう……」
雪の怒号が聞いたのか、コブシが聞いたのか、葵さんが呻き声をあげる。
パチパチと、いつもなら嫉妬するくらい長いまつ毛を瞬かせて、葵さんの目に光が戻った。
「っ!? 葵さん?!」
「っ……んだよ。那子……キスの一つでもして起こしてくれよ……」
「……っ?! ば、バカなこと言わないでくださいっ! この緊急時にっ!」
上体を起こす葵さんに手を貸しつつ辺りを見回せば、何故かわたし達の周りはうすぼんやりと赤く染まる光の壁に覆われていた。
どうやらこの赤い壁のせいでわたし達に近づけないらしい縊鬼は、部屋の隅からこちらを睨みつけていた。
「あー、あれか、今回の元凶は……」
「……はい。この屋敷の主人の母親で……」
本当の縊鬼です。
そう告げれば、葵さんが黒いデニムについた埃を払いながら立ち上がる。
ついでにっといわんばかりにわたしの手を引いて立ち上がらせて。
「終わらせるぞ。那子。雪」
「っ! わかりました」
「いつでも構わんよ」
きゅっと大鎌を構える雪を横目に見やり、部屋の隅に蟠る闇を指差す。
『どう......して……どう......して……』
『こがいなきゃ……このいえがおわって……しまう……』
『こがいるの……わたしのむすこのちをひくこが……』
『じゃましな……いで……しない……で……』
『おんなを……おんなを……あつめな……きゃ……こを孕む……おんなを……』
『おとこはいらないの……いらない……いらないのよぉぉぉぉぉ!!!!!』
「っ!? ……来ますっ! ……こちらに……真っすぐ走ってきます。
腕を伸ばして、爪をかぎ爪のように構えて……今っ!」
わたしの声に合わせて、雪が大鎌を振り上げる。
振り下ろした先には、わたし達に迫ってきていた縊鬼。
ざんばらになった髪を振り乱し、ボロ布のようになった着物をなんとか纏っているだけの。
ガリガリになった老婆の、そのぽっかり空いた眼窩の奥だけを不穏にぎらつかせていた縊鬼の身体に、大鎌が迫る。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』
肩の辺りから袈裟懸けに切られた縊鬼が、醜い悲鳴を上げる。
『なんで……ナン……デ……ナ……ん……デ……』
ざらりとその影が崩れ、塵芥のように床に降り積もる。
首をくくる為の縄が残ったままの掃き出し窓から、ぶわりと強い風が吹き込んで……。
妄執の成れの果てを攫って行った。
窓から吹き込む風が、部屋の空気を入れ替えていく。
それはわたしが開けたこの部屋の扉の向こうへと吹きすさんでいって……。
この屋敷に、縊鬼に雁字搦めに囚われていた、憐れな女性たちの霊も攫っていったようだ。
もう……この屋敷から死の臭いはしなくなっていた。
「……終わった……か?」
ぽそりと葵さんが呟いて。
「……そうですね。……あれ?」
その時視界の端に人影が見えた。
「ん? どした?」
「今……誰かそこにいたような……」
掃き出し窓の向こうを指差せば、僅かに日が傾いた午後の日差しが広い庭を照らしていた。
もちろんすでに人影はない。
「亀田さん……か?」
「……いえ、どちらかというと女性のような……」
葵さんと顔を見合わせる。
「囚われていた女性の……霊かな?」
「……かも? でももう……ここは死の臭いがしませんから……多分大丈夫です」
ゆっくり頷けば、葵さんの手が伸びてきた。
くしゃりとわたしの髪を乱して、ポンポンと頭を撫でられる。
それになんだかほっとして。
葵さんに微笑んだ。
さっきまで薄暗かった部屋が、冬の低い日差しに部屋の奥まで照らされてキラキラとしている。
すんと鼻を鳴らしてみても、さっきまでのむせ返るほど濃い死の臭いはなくなっていた。
その事実にほっと息を吐いていると、雪の僅かに焦ったような声が聞こえていた。
そして相変わらず雪の姿も目に入る。
「って、葵さんっ!?」
あの状況から見るに、本当の縊鬼は、この屋敷で起こった怪異の大元は、母親だろう。
そして恐らく葵さんはそちらに攫われた。
縊鬼の目的はあくまでも女性を連れてきて、自分の息子との間に子を産ませることだったから……。
必要ない男の侵入者は容赦なく首をくくらせていたのだろう。
だからこそ……。
「葵さんが危ないっ!?」
慌てて部屋を飛び出して、母親の部屋らしい扉に飛びつく。
震える手を何とか動かして、扉を開けて部屋に飛び込むと、ぶわりと死の臭いと……何故か夏の夕立の匂いがした。
「っ?! 葵さんっ!!」
軒下に縄をかけて、どこからか持ち出した椅子の上に立って、今にも縄の先の輪っかに顔を入れようとする葵さんの姿があった。
だけど……。
何故か葵さんの身体は時が止まったように微動だにしない。
「那子! よくわからんが恐らく縊鬼の力と何者かの力が拮抗して、葵の身体を止めている!
今のうちに降ろしてしまうぞ!」
「わ、わかった! って雪?! どこっ?!」
不思議なことに、さっきまで見えていた雪の姿が見えなくなっていた。
「ここにおるわっ! ほれっ! はよせい!」
「わ、わかった!」
慌てて葵さんの立つ椅子に無理やり身体を割り込ませる。
古風な曲線を持つ椅子は、難なく二人分の身体を乗せることができた。
葵さんが握り締めている縄を何とか手放させ、どこかぼんやりした様子の葵さんを椅子から降ろす。
「葵さんっ! 葵さんっ!!」
ぺしぺしと軽く頬を叩きながら、身体を揺さぶる。
……不思議と、この部屋のどこかにいるはずの縊鬼は手を出してこなかった。
「っ! あおいさん?!」
「これっ! 葵っ! とっとと目を覚まさんかっ!」
葵さんを起こす為に触れているせいか、いつにない形相の雪が葵さんの頭を小突い……いやもう殴ってるなアレ。
「……っう……」
雪の怒号が聞いたのか、コブシが聞いたのか、葵さんが呻き声をあげる。
パチパチと、いつもなら嫉妬するくらい長いまつ毛を瞬かせて、葵さんの目に光が戻った。
「っ!? 葵さん?!」
「っ……んだよ。那子……キスの一つでもして起こしてくれよ……」
「……っ?! ば、バカなこと言わないでくださいっ! この緊急時にっ!」
上体を起こす葵さんに手を貸しつつ辺りを見回せば、何故かわたし達の周りはうすぼんやりと赤く染まる光の壁に覆われていた。
どうやらこの赤い壁のせいでわたし達に近づけないらしい縊鬼は、部屋の隅からこちらを睨みつけていた。
「あー、あれか、今回の元凶は……」
「……はい。この屋敷の主人の母親で……」
本当の縊鬼です。
そう告げれば、葵さんが黒いデニムについた埃を払いながら立ち上がる。
ついでにっといわんばかりにわたしの手を引いて立ち上がらせて。
「終わらせるぞ。那子。雪」
「っ! わかりました」
「いつでも構わんよ」
きゅっと大鎌を構える雪を横目に見やり、部屋の隅に蟠る闇を指差す。
『どう......して……どう......して……』
『こがいなきゃ……このいえがおわって……しまう……』
『こがいるの……わたしのむすこのちをひくこが……』
『じゃましな……いで……しない……で……』
『おんなを……おんなを……あつめな……きゃ……こを孕む……おんなを……』
『おとこはいらないの……いらない……いらないのよぉぉぉぉぉ!!!!!』
「っ!? ……来ますっ! ……こちらに……真っすぐ走ってきます。
腕を伸ばして、爪をかぎ爪のように構えて……今っ!」
わたしの声に合わせて、雪が大鎌を振り上げる。
振り下ろした先には、わたし達に迫ってきていた縊鬼。
ざんばらになった髪を振り乱し、ボロ布のようになった着物をなんとか纏っているだけの。
ガリガリになった老婆の、そのぽっかり空いた眼窩の奥だけを不穏にぎらつかせていた縊鬼の身体に、大鎌が迫る。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』
肩の辺りから袈裟懸けに切られた縊鬼が、醜い悲鳴を上げる。
『なんで……ナン……デ……ナ……ん……デ……』
ざらりとその影が崩れ、塵芥のように床に降り積もる。
首をくくる為の縄が残ったままの掃き出し窓から、ぶわりと強い風が吹き込んで……。
妄執の成れの果てを攫って行った。
窓から吹き込む風が、部屋の空気を入れ替えていく。
それはわたしが開けたこの部屋の扉の向こうへと吹きすさんでいって……。
この屋敷に、縊鬼に雁字搦めに囚われていた、憐れな女性たちの霊も攫っていったようだ。
もう……この屋敷から死の臭いはしなくなっていた。
「……終わった……か?」
ぽそりと葵さんが呟いて。
「……そうですね。……あれ?」
その時視界の端に人影が見えた。
「ん? どした?」
「今……誰かそこにいたような……」
掃き出し窓の向こうを指差せば、僅かに日が傾いた午後の日差しが広い庭を照らしていた。
もちろんすでに人影はない。
「亀田さん……か?」
「……いえ、どちらかというと女性のような……」
葵さんと顔を見合わせる。
「囚われていた女性の……霊かな?」
「……かも? でももう……ここは死の臭いがしませんから……多分大丈夫です」
ゆっくり頷けば、葵さんの手が伸びてきた。
くしゃりとわたしの髪を乱して、ポンポンと頭を撫でられる。
それになんだかほっとして。
葵さんに微笑んだ。
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