8 / 16
08.実質的死刑宣告が突然来た。
しおりを挟む
――こんにちは、翔太です。
俺はジェルデラートに無事に到着してから何事もなく数日が過ぎ、今日は神殿に向かっています。
なんて旅番組風のナレーションが翔太の脳裏を過る。
なんでも異世界人はやはり固有の『神からの祝福』を持っていて、それを鑑定して貰う為に馬車で神殿に向かっている真っ只中だ。
「その『祝福』って言うの、チラルレットで全然誰からも教えて貰わなかったけど、なんで?」
「……」
いつもは自分の愛馬(念の為言うと雄)での行動を選択しているアレグレンも今日は一緒に馬車移動だ。
意味不明な位長い脚がゆったりと収まるレベルの馬車になると翔太にとっては必然的にとっても広い。
足を無駄にプラプラさせながら翔太が言った何気ない言葉にアレグレンは少しだけ間を置いて、小さく息を吐いてから教えてくれた。
「昔来たお前と同じ落ち人は大層稀有な『祝福』を持っていた。それはとても有名でチラルレットの誰もが知っている」
「じゃあなおさらなんで?」
「――稀有な力を持っていたその落ち人はお前と同じ感性を持っていたようでな。『世話になっている礼』だと言ってその力を惜しみなくチラルレットの為に使った。……そして、使い過ぎて早逝した」
「……成程ね」
あの心配になるほど善良な国民たちにとってそれはとても痛ましい記憶となったのだろう。
だから翔太にはわざと『祝福』の存在を隠し、ただただ優しく温かく見守ってくれていたのか。
「別に俺、そんな気を使って貰わなくても良かったのに」
「その優しさがあの国が神に愛される所以でもあるだろう。しかし、我々も『落ち人』の力を利用しようと考える程腐ってはいない」
「そうなん?」
てっきり便利な力があるならアルバイト的な範囲でなら使っても良いと考えていた翔太は驚く。
しかしアレグレンはしっかりと視線を合わせて「大事なことだからちゃんと聞いて欲しい」と前置きしてから続ける。
真剣な空気の中大変申し訳無いが、なんとなく視界の端に入った景色が乗っている馬車の関係上日本にいた時見た馬とはサイズ感がまるで違う強靭な馬が引いていることもありちょっと心配になる速度で流れていくのが気になったりもしてしまう。
「『落ち人』はこちらでも『神からの贈り者』とされる関係でどうしても注目される。そして俺も将軍職に就いているから以前から誰と婚姻を結ぶかは色々と詮索されていた。だから注目は避けられない……ならばいっその事きちんと鑑定を受けて、その結果でこれからの対応を協議することになった」
「へぇ」
「勝手に段取りを組んでここまで連れて来ていることは申し訳無いが、結果的に翔太を守ることにも繋がるんだ……どうか本当に今更ではあるが協力して欲しい」
「うん、良いよ」
アッサリと言い切った翔太を見てアレグレンはまた目を丸くした。
冷静沈着で表情は基本固定の男だと思っていたが翔太と一緒にいるとこんな風に時折可愛い素と思われる部分を見せてくれる。
それがちょっと嬉しい翔太は機嫌よく朗らかに笑いながら続けた。
「俺は一応でもアレグレンの奥さんになるんだからさ、お前は俺のこと悪くはしないだろう? それに、アレグレンは色々相談してくれるタイプみたいだから今回の決定はアレグレンだけの意志じゃなかったんだろ?」
「……」
沈黙は肯定でもある。
いくら将軍職という一般ぺーぺーから見ればお偉いさんでももっと上がいるのなら意見が通らないことがあるのも命令に従わなければいけないことがあるのも当然だ。
規模も影響力も全く話にならない程違うけれど一応勤め人をしていた翔太にもそれくらいは分かる。
口元に笑みを浮かべたままの翔太を見てアレグレンは困ったように息を吐いた。
「俺個人としては『祝福』なんて持ち合わせていなくて良いんだ」
「――え?」
翔太からすると意外な言葉に今度は翔太が目を丸くした。
それを見たアレグレンが優しく笑って、翔太が大好きな国宝ボイスで続ける。
「お前を縛るものが少なければ少ないほど自由にさせてやれる。一般市民よりは多少制限はあるが、単なる『俺の配偶者』というだけならある程度の自由は約束出来るからな」
「アレグレン……お前、本当に良い奴だよな! マジでなんで恋人作らないの? あ、訳アリとかなら全然秘密で良いんだけど、お前良い奴だから勿体ないよ!」
叶わない恋をしているとか大切な人を過去に喪っている可能性もゼロでは無いから翔太としてはあまり踏み込みたくなかったが、どうしてもこれだけは言いたかった。
「好きな相手が出来たらマジですぐに教えてくれよ? 俺、速攻で身を引くからさ! あ……でもその時はちょっと多めに慰謝料持たせてくれよ? 俺残りの人生質素に暮らすからさ!」
ニカッと邪気の無い笑顔を浮かべる翔太を見てアレグレンは呆れたように笑った。
「……まだ正式な婚姻を済ませてもいない相手に離縁後の慰謝料額を交渉してどうする」
「大事だろ? 婚前契約書もなんでか知らないけれど殿下が作ってくれるって言ってたし!」
本当に何故か知らないけれど本当なら当事者同士で作るべき婚前契約書の草案を恐れ多くも王太子殿下が作ると自分から言ってくれたのだ。
流石に理由を問うと翔太が異世界人でありこちらの世界(特に貴族の感覚)が全く分からないことを理由に挙げてくれた。それもそうだな、と思った翔太は素直に王太子の厚意に甘えることにして今日その草案を受け取ることになっている。
なんでもそれとは別にしても『落ち人』の祝福の確認には何故か王族から一人立会人が出るらしく忙しい筈の王太子がわざわざきてくれるらしい。有難いことだ。
「翔太? どうした、不安か?」
「いや、全然」
ふと考え込んだ翔太の顔をアレグレンは心配そうに覗き込んでくれたが本当に何一つ不安なんて無いので即否定する。
するとアレグレンはほっとしたように笑ってくれて、そこから二人は下らない話をして移動時間を過ごした。
***
「それでは『祝福』の鑑定を開始いたします」
「よろしくお願いします」
翔太が案内されたのは大きな神殿の奥にある静謐な空間だった。
そこには石畳の床に実物は初めて見るのに脳内イメージではよくお目に掛かっていた魔法陣的なモノが描かれていて翔太はその中央で膝を着いて祈りのポーズをしているだけで良いらしい。
神官が祈りのような呪文を唱えると目の前にある馬鹿みたいにデカい大水晶に翔太が持つ祝福が表示される、という流れだった。
魔法があることは実際見て知っていたけれど神様関連のことはいまいち信用していなかった翔太だったが神官が祈りを捧げ魔法陣が光ると身体の中を温かい何かが通り抜けたのが分かった。
「っ」
驚きで声が出そうになるが必死で堪えると水晶の中に光の文字がピーっと走る。
それを目で追っていると神官の内の一人が声を上げた。
「どうやら二つの『祝福』をお持ちのようですが、文字が異国の物です」
「非常に珍しいことですよ! しかし、我々でも読解できない文字となると――ショウタ殿の世界の文字やもしれません。解読は可能ですか?」
興奮気味に言って来る二人の神官を見て翔太はかなり気まずい心でいっぱいだった。
そんな翔太を見て立会人として部屋の隅にいた王太子とアレグレンも心配そうな表情を浮かべる。しかし……翔太の頭の中は恐らく王太子たちの想像とは真逆の結果が出ていることで非常に混乱していた。
――自分は、コレを……コレを、この厳かな空気の中で読み上げなければならないのだろうか。
【祝福 その①】
【“能天気”――ちょっとやそっとじゃくじけない。細かいことは気にならない、鋼のメンタル!】
【祝福 その②】
【“健康優良児”――大きな病気にかからない。ちょっとした体調不良も、一晩寝れば大丈夫! 怪我の治りも超早い!!】
……。
…………。
いや、内容はすごくありがたいと思う。
こちらなりの医療技術が発展していても翔太の身体にも適応するのかとか分からないから、本当にありがたいものを与えて頂けたと思う。
でも……でもさ。
ちょっとアホっぽ過ぎないか?!
「翔太、どうした? 一体何が書かれている?」
一応婚約者のアレグレンが控えめに口を開いたから翔太が複雑な気持ちを抱えつつも内容を読み上げようとした時、室内なのに何故か花びらのようなものが降って来た。
「――花びら? なんで?」
落ちて来るそれを何の気なしに受け止めると少し落ち着きを取り戻していた神官たちのテンションがまた爆上がりしたから翔太はちょっと素で引いてしまう。
「ご神託だ!」
「素晴らしい、神のお声だ!!! 皆様、どうか礼の姿勢を!」
神官の言葉を合図に全員がさっと床に跪く。
右に倣え精神の日本人魂が無事に作動して翔太も同じポーズを取ると花びらはどうやら光のような物で出来ていて、翔太の周りだけスポットライトが当たったように光っていた。
それに驚くと並行して耳と言うよりは脳内に直接優しい女性の声が響く。
女性の声は聞き間違える余地すら無いほどハッキリとこう言った。
―― 心身ともに結ばれた 睦まじい夫婦にお成りなさい。
あなたと、あなたの伴侶に 神の祝福を。 ――
……え? ちょっと待って?
翔太がそう言葉に出すより先に光は消えてしまい、興奮気味に何かを言い合う神官たちと神託が下りたことに何らかの理由で気付いて駆け込んで来た別の神官たちで現場はちょっと騒然とした。
しかし皆が口々に語り合う内容から否が応でも翔太が聞いた声がここに居る全員の脳に同じように届いていたことが分かる。
しかし翔太は今それどころではなかった。
「翔太、大丈夫か?」
こちらにさらに歩み寄りながら声を掛けてくれるアレグレンを翔太は思わず掌で制してしまう。
そして翔太の視線は顔ではなく、思いっ切りアレグレンの下半身を見詰めていた。
失礼だとか露骨だとか言ってる余裕は今の翔太には無いのだが、周囲からはきっとただ俯いているように見えているに違いない。
――なんつった? さっき、あの神様的ポジションの女の人なんて言った?
『心身ともに結ばれた睦まじい夫婦にお成りなさい』?
馬鹿言ってんじゃねえぞ?!
翔太は便秘で固くなったうんこを無理矢理力んで出して尻がちょっと切れてしまったあの嫌な記憶を思い出す。
健康的な人間のウンコは、直径三~四センチだとヤホージャペンが言っていたが、体感的にはもう少し翔太のウンコは細いと思う。うん、絶対細い。
そして何より! 何より大事なことは、翔太のケツは永遠の中→外という一方通行であるという点だ。あ、念の為言っておくと純然たる医療行為(投薬及び検査)はこの限りでは無いからな!
「翔太? どうした、顔色が悪い」
「ごめん、ちょっと待ってくれ!」
心配で近寄って来ようとするアレグレンをもう一度強い言葉で押し留めて、翔太は自分の顔が青ざめて指先から熱が失われていく感覚をこれでもかと味わう。
だってチラルレットのゴリラーズのあの赤黒いズル剥けバズーカが、キャンバスを目の前に用意して貰えればそこそこ正確にスケッチできる自信が謎に湧いてくるくらいハッキリと脳裏に浮かんでいるのだ。
――無理だ! 無理無理無理無理絶対無理!
精神的に無理とかそんな話をする前に、物理的に絶対! ぜーったい無理! だって死んでしまう。
アレの上位互換と思われるアレグレン所有のバズーカEX(推定)なんて入れられた日には、死んでしまう。
即死だ即死!
だから【健康優良児】なんてふざけた祝福は意味を成さない。だって即死だから!!!
今更だけど『児』ってなんだよ、大人だよ舐めんな!!!
「翔太、お前には何が聞こえたんだ? 少し落ち着いて話をしよう」
「そうだ、とにかく落ち着け。一体突然どうした?」
アレグレンと王太子の言葉にも翔太は頭を激しく振りながら同じ言葉を繰り返すだけだった。
「とにかく、無理! 無理だ、無理! 死ぬ! マジで死ぬからな!!!!!」
神託を受けて突然激しく錯乱した『落ち人』。
――当然、ちょっとした騒ぎになった。
俺はジェルデラートに無事に到着してから何事もなく数日が過ぎ、今日は神殿に向かっています。
なんて旅番組風のナレーションが翔太の脳裏を過る。
なんでも異世界人はやはり固有の『神からの祝福』を持っていて、それを鑑定して貰う為に馬車で神殿に向かっている真っ只中だ。
「その『祝福』って言うの、チラルレットで全然誰からも教えて貰わなかったけど、なんで?」
「……」
いつもは自分の愛馬(念の為言うと雄)での行動を選択しているアレグレンも今日は一緒に馬車移動だ。
意味不明な位長い脚がゆったりと収まるレベルの馬車になると翔太にとっては必然的にとっても広い。
足を無駄にプラプラさせながら翔太が言った何気ない言葉にアレグレンは少しだけ間を置いて、小さく息を吐いてから教えてくれた。
「昔来たお前と同じ落ち人は大層稀有な『祝福』を持っていた。それはとても有名でチラルレットの誰もが知っている」
「じゃあなおさらなんで?」
「――稀有な力を持っていたその落ち人はお前と同じ感性を持っていたようでな。『世話になっている礼』だと言ってその力を惜しみなくチラルレットの為に使った。……そして、使い過ぎて早逝した」
「……成程ね」
あの心配になるほど善良な国民たちにとってそれはとても痛ましい記憶となったのだろう。
だから翔太にはわざと『祝福』の存在を隠し、ただただ優しく温かく見守ってくれていたのか。
「別に俺、そんな気を使って貰わなくても良かったのに」
「その優しさがあの国が神に愛される所以でもあるだろう。しかし、我々も『落ち人』の力を利用しようと考える程腐ってはいない」
「そうなん?」
てっきり便利な力があるならアルバイト的な範囲でなら使っても良いと考えていた翔太は驚く。
しかしアレグレンはしっかりと視線を合わせて「大事なことだからちゃんと聞いて欲しい」と前置きしてから続ける。
真剣な空気の中大変申し訳無いが、なんとなく視界の端に入った景色が乗っている馬車の関係上日本にいた時見た馬とはサイズ感がまるで違う強靭な馬が引いていることもありちょっと心配になる速度で流れていくのが気になったりもしてしまう。
「『落ち人』はこちらでも『神からの贈り者』とされる関係でどうしても注目される。そして俺も将軍職に就いているから以前から誰と婚姻を結ぶかは色々と詮索されていた。だから注目は避けられない……ならばいっその事きちんと鑑定を受けて、その結果でこれからの対応を協議することになった」
「へぇ」
「勝手に段取りを組んでここまで連れて来ていることは申し訳無いが、結果的に翔太を守ることにも繋がるんだ……どうか本当に今更ではあるが協力して欲しい」
「うん、良いよ」
アッサリと言い切った翔太を見てアレグレンはまた目を丸くした。
冷静沈着で表情は基本固定の男だと思っていたが翔太と一緒にいるとこんな風に時折可愛い素と思われる部分を見せてくれる。
それがちょっと嬉しい翔太は機嫌よく朗らかに笑いながら続けた。
「俺は一応でもアレグレンの奥さんになるんだからさ、お前は俺のこと悪くはしないだろう? それに、アレグレンは色々相談してくれるタイプみたいだから今回の決定はアレグレンだけの意志じゃなかったんだろ?」
「……」
沈黙は肯定でもある。
いくら将軍職という一般ぺーぺーから見ればお偉いさんでももっと上がいるのなら意見が通らないことがあるのも命令に従わなければいけないことがあるのも当然だ。
規模も影響力も全く話にならない程違うけれど一応勤め人をしていた翔太にもそれくらいは分かる。
口元に笑みを浮かべたままの翔太を見てアレグレンは困ったように息を吐いた。
「俺個人としては『祝福』なんて持ち合わせていなくて良いんだ」
「――え?」
翔太からすると意外な言葉に今度は翔太が目を丸くした。
それを見たアレグレンが優しく笑って、翔太が大好きな国宝ボイスで続ける。
「お前を縛るものが少なければ少ないほど自由にさせてやれる。一般市民よりは多少制限はあるが、単なる『俺の配偶者』というだけならある程度の自由は約束出来るからな」
「アレグレン……お前、本当に良い奴だよな! マジでなんで恋人作らないの? あ、訳アリとかなら全然秘密で良いんだけど、お前良い奴だから勿体ないよ!」
叶わない恋をしているとか大切な人を過去に喪っている可能性もゼロでは無いから翔太としてはあまり踏み込みたくなかったが、どうしてもこれだけは言いたかった。
「好きな相手が出来たらマジですぐに教えてくれよ? 俺、速攻で身を引くからさ! あ……でもその時はちょっと多めに慰謝料持たせてくれよ? 俺残りの人生質素に暮らすからさ!」
ニカッと邪気の無い笑顔を浮かべる翔太を見てアレグレンは呆れたように笑った。
「……まだ正式な婚姻を済ませてもいない相手に離縁後の慰謝料額を交渉してどうする」
「大事だろ? 婚前契約書もなんでか知らないけれど殿下が作ってくれるって言ってたし!」
本当に何故か知らないけれど本当なら当事者同士で作るべき婚前契約書の草案を恐れ多くも王太子殿下が作ると自分から言ってくれたのだ。
流石に理由を問うと翔太が異世界人でありこちらの世界(特に貴族の感覚)が全く分からないことを理由に挙げてくれた。それもそうだな、と思った翔太は素直に王太子の厚意に甘えることにして今日その草案を受け取ることになっている。
なんでもそれとは別にしても『落ち人』の祝福の確認には何故か王族から一人立会人が出るらしく忙しい筈の王太子がわざわざきてくれるらしい。有難いことだ。
「翔太? どうした、不安か?」
「いや、全然」
ふと考え込んだ翔太の顔をアレグレンは心配そうに覗き込んでくれたが本当に何一つ不安なんて無いので即否定する。
するとアレグレンはほっとしたように笑ってくれて、そこから二人は下らない話をして移動時間を過ごした。
***
「それでは『祝福』の鑑定を開始いたします」
「よろしくお願いします」
翔太が案内されたのは大きな神殿の奥にある静謐な空間だった。
そこには石畳の床に実物は初めて見るのに脳内イメージではよくお目に掛かっていた魔法陣的なモノが描かれていて翔太はその中央で膝を着いて祈りのポーズをしているだけで良いらしい。
神官が祈りのような呪文を唱えると目の前にある馬鹿みたいにデカい大水晶に翔太が持つ祝福が表示される、という流れだった。
魔法があることは実際見て知っていたけれど神様関連のことはいまいち信用していなかった翔太だったが神官が祈りを捧げ魔法陣が光ると身体の中を温かい何かが通り抜けたのが分かった。
「っ」
驚きで声が出そうになるが必死で堪えると水晶の中に光の文字がピーっと走る。
それを目で追っていると神官の内の一人が声を上げた。
「どうやら二つの『祝福』をお持ちのようですが、文字が異国の物です」
「非常に珍しいことですよ! しかし、我々でも読解できない文字となると――ショウタ殿の世界の文字やもしれません。解読は可能ですか?」
興奮気味に言って来る二人の神官を見て翔太はかなり気まずい心でいっぱいだった。
そんな翔太を見て立会人として部屋の隅にいた王太子とアレグレンも心配そうな表情を浮かべる。しかし……翔太の頭の中は恐らく王太子たちの想像とは真逆の結果が出ていることで非常に混乱していた。
――自分は、コレを……コレを、この厳かな空気の中で読み上げなければならないのだろうか。
【祝福 その①】
【“能天気”――ちょっとやそっとじゃくじけない。細かいことは気にならない、鋼のメンタル!】
【祝福 その②】
【“健康優良児”――大きな病気にかからない。ちょっとした体調不良も、一晩寝れば大丈夫! 怪我の治りも超早い!!】
……。
…………。
いや、内容はすごくありがたいと思う。
こちらなりの医療技術が発展していても翔太の身体にも適応するのかとか分からないから、本当にありがたいものを与えて頂けたと思う。
でも……でもさ。
ちょっとアホっぽ過ぎないか?!
「翔太、どうした? 一体何が書かれている?」
一応婚約者のアレグレンが控えめに口を開いたから翔太が複雑な気持ちを抱えつつも内容を読み上げようとした時、室内なのに何故か花びらのようなものが降って来た。
「――花びら? なんで?」
落ちて来るそれを何の気なしに受け止めると少し落ち着きを取り戻していた神官たちのテンションがまた爆上がりしたから翔太はちょっと素で引いてしまう。
「ご神託だ!」
「素晴らしい、神のお声だ!!! 皆様、どうか礼の姿勢を!」
神官の言葉を合図に全員がさっと床に跪く。
右に倣え精神の日本人魂が無事に作動して翔太も同じポーズを取ると花びらはどうやら光のような物で出来ていて、翔太の周りだけスポットライトが当たったように光っていた。
それに驚くと並行して耳と言うよりは脳内に直接優しい女性の声が響く。
女性の声は聞き間違える余地すら無いほどハッキリとこう言った。
―― 心身ともに結ばれた 睦まじい夫婦にお成りなさい。
あなたと、あなたの伴侶に 神の祝福を。 ――
……え? ちょっと待って?
翔太がそう言葉に出すより先に光は消えてしまい、興奮気味に何かを言い合う神官たちと神託が下りたことに何らかの理由で気付いて駆け込んで来た別の神官たちで現場はちょっと騒然とした。
しかし皆が口々に語り合う内容から否が応でも翔太が聞いた声がここに居る全員の脳に同じように届いていたことが分かる。
しかし翔太は今それどころではなかった。
「翔太、大丈夫か?」
こちらにさらに歩み寄りながら声を掛けてくれるアレグレンを翔太は思わず掌で制してしまう。
そして翔太の視線は顔ではなく、思いっ切りアレグレンの下半身を見詰めていた。
失礼だとか露骨だとか言ってる余裕は今の翔太には無いのだが、周囲からはきっとただ俯いているように見えているに違いない。
――なんつった? さっき、あの神様的ポジションの女の人なんて言った?
『心身ともに結ばれた睦まじい夫婦にお成りなさい』?
馬鹿言ってんじゃねえぞ?!
翔太は便秘で固くなったうんこを無理矢理力んで出して尻がちょっと切れてしまったあの嫌な記憶を思い出す。
健康的な人間のウンコは、直径三~四センチだとヤホージャペンが言っていたが、体感的にはもう少し翔太のウンコは細いと思う。うん、絶対細い。
そして何より! 何より大事なことは、翔太のケツは永遠の中→外という一方通行であるという点だ。あ、念の為言っておくと純然たる医療行為(投薬及び検査)はこの限りでは無いからな!
「翔太? どうした、顔色が悪い」
「ごめん、ちょっと待ってくれ!」
心配で近寄って来ようとするアレグレンをもう一度強い言葉で押し留めて、翔太は自分の顔が青ざめて指先から熱が失われていく感覚をこれでもかと味わう。
だってチラルレットのゴリラーズのあの赤黒いズル剥けバズーカが、キャンバスを目の前に用意して貰えればそこそこ正確にスケッチできる自信が謎に湧いてくるくらいハッキリと脳裏に浮かんでいるのだ。
――無理だ! 無理無理無理無理絶対無理!
精神的に無理とかそんな話をする前に、物理的に絶対! ぜーったい無理! だって死んでしまう。
アレの上位互換と思われるアレグレン所有のバズーカEX(推定)なんて入れられた日には、死んでしまう。
即死だ即死!
だから【健康優良児】なんてふざけた祝福は意味を成さない。だって即死だから!!!
今更だけど『児』ってなんだよ、大人だよ舐めんな!!!
「翔太、お前には何が聞こえたんだ? 少し落ち着いて話をしよう」
「そうだ、とにかく落ち着け。一体突然どうした?」
アレグレンと王太子の言葉にも翔太は頭を激しく振りながら同じ言葉を繰り返すだけだった。
「とにかく、無理! 無理だ、無理! 死ぬ! マジで死ぬからな!!!!!」
神託を受けて突然激しく錯乱した『落ち人』。
――当然、ちょっとした騒ぎになった。
100
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる