君と俺は二度泣いた

一片澪

文字の大きさ
13 / 43

12.『無』の行き止まり。

とある休みの朝、基臣はいつもの流れで自宅の窓を開け放つ。
すると薬師側のスペースの畑でクレイヴァルが育てている薬草の手入れをしているのが見えた為無意識に声を掛けた。

「おーい!」

別に何か用があるわけではなかったがなんだかんだ関わることが増え、クレイヴァルという人間に慣れた今では改まって構える必要も無い。
同業者兼ご近所さんにしては近く、友人と呼ぶのはなんだかしっくりこない関係性だが無駄に気を使う必要が無いのはお互いとっくに理解し合っていた為「一緒にいても疲れない奴」というグループに属していると基臣は思っている。

「……なんだ?」

さっと立ち上がりこちらに近寄って来たクレイヴァルに軽く挨拶をして基臣は窓越しに会話を続ける。

「今日『通り市』だけどお前行くか?」
「いや、今日は別の予定がある」

さらりと応えられて基臣は「そっか」と軽く受け止めた。
互いの休みが重なる日はこんな風に顔を合わせる機会があればどちらともなく何かの用事に誘って、片方の都合が悪ければさらっと「また今度な」と気を使い合うことなく言える関係性が基臣は楽で気に入っていた。

この年齢まで自分一人の自由気ままなペースで生きて来た今となっては事前に予定を組んで約束をして……といったことがハッキリ言って億劫なのだ。
仕事なら何のストレスも感じない定まったスケジュールもプライベートになれば自分でも不思議なほど腰が重くなるのは何故なのだろう。
これも歳かな……と心の中だけで思っていた基臣を軽く見てクレイヴァルが口を開く。

「雨季に入っている地方もあるからこれから人の流れが変わる。もし街に行くならお前なら大丈夫だとは思うが、気を付けて行けよ」
「おう、ありがと。お前も気を付けろよ」
「ああ」

クレイヴァルは予定があると言っていたので基臣はそこで会話を切り上げて窓辺から離れた。
そしていつもの休みと同じように朝食を取り、軽く家事を済ませて日用品を含めた買い物リストを脳内で整理しながら基臣は街に足を向ける。

「忘れていたけど、西(コッチ)には雨季があるんだもんな」

基臣が初めてこの街に来たのはまさに雨季がちょうど終わったあたりだったから「もう一年近く経ったのか……」と時間の経過の早さを噛み締めつつ足を進めた。
交易都市としても有名なこの街には沢山の行商が訪れる。
それぞれが大陸の色々な場所を巡ってこの地を訪れる為季節によっても立つ市が変わるのも飽きが来なくて良い。

本当にいい場所に来られて幸せだな、と基臣は心の中でこの地を紹介してくれたアリアに礼を言った。



***



「ありがとうございました!」

元気よく笑顔で見送ってくれた店員に軽く会釈をして基臣はホクホクしながら人波に上手く合流する。

――いい買い物が出来た。

クレイヴァルが言っていた通り雨季に入っている地方を避けることを選んだ行商たちが流れて来たらしく初めて見る顔ぶれが増えていた。
その中で初めて見る本を扱っている店で基臣は結構な冊数を大人買いしたのだ。

これだけあれば当分楽しめるし面白かった物は読み終えた後クレイヴァルに貸してやっても良い。
そんなことを考えつつ露店で冷たい飲み物を買って一休みしていると喧噪の中から聞き慣れた単語を耳が拾った。


「おい……見たか? 『あのクソ野郎』、どのツラ下げてクレイヴァルに会いに来てんだよ」
「見た見た。信じらんねぇ」


――クレイヴァル?

はて? と思わず基臣が止まる。
確かに今日クレイヴァルは用事があると言っていたので誰かと会っているのだろう。
それは別に不思議でもなんでもないのだが……男性二人の声があまりにも刺々しかったせいで基臣はその場を離れることが出来なかった。

基臣は自分の座っているベンチの少し離れた位置で会話をしている男性獣人二人の方にちらりと視線を投げる。
彼らからは基臣は視界に入っていない位置関係なのでこのまま聞いている分には気付かれることはないと思う。

普段なら他人のプライバシーに立ち入ることは意識してしないようにしているのだが、今に限って基臣は何故か会話を聞き続けることを選んでしまった。

「『ジルナーク』の野郎がクレイヴァルを裏切ったせいでどれだけアイツが苦しんだと思ってんだ」
「本当だよ。あんな誰が見ても気があります! みたいな態度でストーカーみたいに付き纏って、病を患った自分の親まで使ってクレイヴァルに取り入ってよ!」
「ああ思い出すだけでも腹が立つな。無理矢理押し掛け女房みたいに薬師の診療所に住み着いて、散々世話になった後――ああ、クソッ!」


……成程なあ。

基臣は冷たい飲み物をグイっと呷って心の中だけで呟く。
クレイヴァル『も』裏切られたのか。

ジルナーク、と言ったか?
どんな相手かは知らないがあのクレイヴァルが本当に大切にしている薬師の診療所に住み着くことを許したんだ。
きっと最初はそうでもなかったとしても二人は『恋人同士』だったのだろう。

これが日本でのことなら「何アイツ、同性(オトコ)もイけんの?」と思う所だがこちらの世界では肉体的な性別なんてあってないようなものだ。
なんてったって男でも時間を掛ければ妊娠できるようになるなんていうトンデモ世界だからな。

そんなことを考えている基臣の存在に気付いていない二人の会話は続く。


「『番』認定した相手から裏切られたのによく立ち直ったよな」
「本当だよ。オミ先生が来てから明るくなって少し昔みたいな顔をすることが増えて本当に安心した」


――『番』。


その言葉を聞いた瞬間、何故か基臣は自らの心臓がドクンとひと際強く鼓動したのを感じた。
そして一拍置いて脳みその冷静な部分が「ああ、今俺は驚いたんだな」と他人事のような客観的な情報を送って来る。



――あれ? どうして驚くんだ? いや、驚くことは別に不思議じゃないか?
でも……今のは、驚くというより……もっと別の。



思考に集中し過ぎて結構な喧噪の中にいるのに周囲から音が消えたように錯覚して、それなのに混乱していても無駄に回る頭が別に要らない答えを探して――連れて来る。
求めてもいないのに他ならぬ自らの脳みそがはじき出した結論を脳内でオウム返しして基臣は静かに息を飲んだ。



――ああ、行き止まりだ。……しかも『無』の行き止まりだ。

ほんの一瞬の間に脳裏にそんな言葉が過る。

今まで生きて来て障害なんて山ほどあった。
平坦な道なんてほとんどなかった。

壁があるなら壊せばいい。
障害物があるなら乗り越えたり、必要に応じて迂回したらいい。
崖があるなら決死の覚悟で飛び降りてみてもいい。
上記の行動はあくまでも比喩だが基臣は今までその心意気で生きて来たし、困難を乗り越えて目標を叶える為にそれに見合った努力をしてきた。


でも――今回は違う。


気付いた所で『どうしようもない』のだ。
だってヒトである基臣と獣人であるクレイヴァルは決定的にそれぞれを構成する遺伝子レベルで根幹から異なっている。
同じ言葉を話して、同じ物を食べて同じ物を見て同じテーマについて議論して笑い合っても――価値観の土台から違う。
強いて言葉を探すなら『手遅れ』が一番近いかもしれない。


――『番』認定した相手から裏切られたのによく立ち直ったよな。
――本当だよ。オミ先生が来てから明るくなって少し昔みたいな顔をすることが増えて本当に安心した。


明るい声で少しだけ嬉しそうに語り合う声が薄い膜を一枚隔てたように脳内で再生される。
二人の会話はまだ続いていた。

「オミ先生が伴侶候補鑑定を『希望しない』って選んだ異世界人って言う話は有名だろ? 同じ医療職種同士知識と技術を磨き合って友情を深めて欲しいよな」
「――だな! オミ先生『だからこそ』きっとあのクレイヴァルも心を開いたんだよな!」


つい数分前の自分がこの部分だけを聞いたなら「絵に描いたような友情! って感じじゃないけどまあ悪い気はしないな」位で受け止めたと思う。
しかし、こっちの世界での獣人が持つ『番』という存在を知識としてだがそれ相応に理解している身としてはその単語が持つ威力は計り知れない。


目の前には行き止まり。
何もない、行き止まり。

壊すべき壁も、乗り越える障害物も迂回を選ぶほどの険しい道も――飛び込む為に立つ断崖絶壁すらない……そもそも何もない行き止まり。

「……」

学生時代は勉強、大人になってからは仕事を優先して生きていたから長続きしたことはなかったが基臣だってそれなりに恋人はいた。
でも今自分の脳内――いや、胸中を占有する感情を思うと自分が今までしてきたことはどうやら『恋愛ごっこ』だったようだ。

「…………ハハ。あぁー、マジか」

生まれて初めて芽生えてしまったその感情を綺麗さっぱりなかったことにする方法を基臣は知らない。
知らないけれど『大人』だからこそ自分の感情に蓋をする方法なら、嫌というほど知っていた。



――終わってるな。
ああ、違うわ。そもそも始まってもねぇんだ。

あなたにおすすめの小説

転生先は猫でした。

秋山龍央
BL
吾輩は猫である。 名前はまだないので、かっこよくてキュートで、痺れるような名前を絶賛募集中である。 ……いや、本当になんでこんなことになったんだか! 転生した異世界で猫になった男が、冒険者に拾われて飼い猫になるほのぼのファンタジーコメディ。 人間化あり、主人公攻め。

【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来
BL
西外れにあるウェルズ高等学園という寮制の夜間学校に通うリック。 その昔、この国では人ならざる者が住んでいたらしく、人間ではない子どもたちが夜間学校に通っていたそうだ。でもそれはあくまで昔の話。リック自身、吸血鬼や悪魔、魔法使いを見たことがない。 そんな折、リックの寮部屋に時期外れの編入生がやってくるという。 そいつは青い瞳に艷やかな濃紺の髪、透き通るような肌を持つ男で、リックから見てもゾッとするほどに美しかった。しかし、性格は最悪でリックとは馬が合わない。 とある日、リックは相性最悪な編入生のレイから、部屋を一時的に貸して欲しいとお願いされる。その間、絶対に部屋へは入るなと言われるリックだったが、その約束を破り、部屋に入ってしまって―― 「馬鹿な奴だ。部屋には入るなと言っただろう?」 吸血鬼✕人間???の人外BLです。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ※第33話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。