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30.この舌打ちは自分に対する物なのでモラハラには該当しない。
「――待て」
どれくらい時間が経ったのか分からないが急にストップを掛けられて基臣は微かなモヤモヤを感じつつも素直に止まる。
気付けば基臣の右手はクレイヴァルの後頭部をしっかりと抱えて左手は広い背中側の服を強く握り締めていた。
「なんだよ」
聞いただけで誰でも理解出来るほど不機嫌さを滲ませた声が出たが、それを真正面から受け止めたクレイヴァルは満足そうに笑んで基臣のこめかみにキスを落とす。
「想像以上に皮膚が薄いから一度確認しておきたい。唇に痛みはないか?」
「…………あ」
――言われてみれば少し、本当に少しだけぴりっとしたものを感じるような気がしないわけでもないが別に気にするほどでもない。
自分の指で唇に触れながらそう思った基臣だったが、色々な気恥ずかしさを感じながらもこちらを穏やかな瞳で見て来るクレイヴァルに返事をする。
「別に……なんでもないし、もし切れたって俺は自分で治せるから」
「そういう問題じゃない」
そう言いながら額に落ちて来る唇がくすぐったくて目を細めるとクレイヴァルは穏やかな雰囲気で基臣の頬を撫でる。
「……いつまでもここに座らせておくのも駄目か」
「つーかお前、なんでキッチン直行だったんだ?」
基臣の言葉を聞きながらクレイヴァルはまた基臣のことを軽く抱き上げてソファーがある方向に足を向ける。
クレイヴァルと自分の体格差、そして獣人とヒトであることを加味してもやはり成人男性が子供のように軽々と抱き上げられて運ばれるのは些か恥ずかしい。
……恥ずかしいことに嘘偽りはないが、恐ろしいことに嫌でもない。基臣がそんな自分の感情に軽く身悶えしている間にクレイヴァルは当たり前のように基臣を膝に乗せたままソファーに座った。
「いきなりこの体勢になったらお前は話どころじゃないだろう?」
「いや……さっきのアレもなかなかだぞ」
――まさか男の膝の上に抱えられて普通に会話をする事態が自分に訪れるとは思っていなかった。
そしてそれが妙にしっくりくると素直に思う自分にも心底びっくりだ。
先程まではキッチンカウンターの高さとクレイヴァルが頭の高さを合わせていたおかげで同じ目線だったが今は少しだけ基臣が見上げるような体勢だ。
ぴったりとくっついてそんなことを考えた基臣がまたこっそり心の中だけで悶えているとクレイヴァルは鼻先を基臣の首筋に寄せて来る。
「何? 俺、臭いか?」
「さっきまでは臭かった」
「――は?!」
ド直球の「臭い」という言葉に基臣は一瞬で真顔になる。
今日は休みで望月先生とお茶をしてそれ以降は読書をして過ごしただけで特に汗をかくことはなかったと思うが入浴したのは昨日の寝る前だ。
獣人の嗅覚の鋭さからくる指摘だと思った基臣が必死に腕を突っ張って二人の間の距離を少しでも確保しようとするがクレイヴァルは簡単に片手で制してくる。
「違う、お前じゃない。不快な移り香があっただけだ――そしてそれももう完璧に消えている」
「移り香? どういうことだ?」
移り香、という単語に基臣は首を傾げた。
だって自分は別に誰とも接触していないし今日クレイヴァル以外に唯一顔を合わせた望月先生は香水とかそんな類のものを使用していなかったと思う。
理解出来ないことは質問した方が早いと基臣が説明を求めるとクレイヴァルは少しだけぴくっと反応したが諦めたように息を吐いてから教えてくれた。
「……ラトヴィッジのものだ」
「ラトヴィッジさん? ラトヴィッジさんとは俺今日、会ってないけど」
きょとんとした表情の基臣を見てクレイヴァルはくすりと笑い、一つ頷いてから続ける。
「ああ、理解している。――ノア、だったか? 今日ここにラトヴィッジの『番』が来ただろう? そいつ経由で移ったんだ。あの堅物も番相手だと露骨な警戒フェロモンをつける」
呆れつつも仕方がないな……と思っているのが分かるクレイヴァルの言葉に基臣はまた首を傾げた。
「え? 望月先生とラトヴィッジさん……付き合ってるのか?」
「付き合っているというかもう既に『番って』いる」
「えっ??!!」
心底驚いて声を上げた基臣を見てクレイヴァルは一瞬同じように驚いた表情を浮かべたが、すぐに全てを理解したようでくつくつと笑いだす。
「ああ、成程。――本当に『小賢しい』のはあっちか」
「おい待て勝手に納得するな! 俺は何一つ理解できていない!」
クレイヴァルのシャツを握り締めて基臣が言うとひとしきり笑ったクレイヴァルが言う。
「お前はモチヅキから今日どんな話をされたんだ?」
「……『ラトヴィッジさんのことが好きだけど、神殿の伴侶候補の鑑定を受けてその結果を知った上で自分で決めたい』っていう話だった」
「それはそれは、随分強かな物言いだな」
ふんっと笑ったクレイヴァルがハッキリとそう言い捨てるから基臣はちょっと言葉に詰まる。
しかしクレイヴァルは少し困った顔をした基臣の頬を愛しそうに撫でて続けた。
「俺は今日いきなり診療所に来たアイツにこう言われた」
「……?」
「『自分とラトヴィッジのことを聞いたお前が結婚に興味を持って、今度伴侶候補の鑑定をしてみようか』、という会話になったとな」
「ちょっと待てそれは違うぞ?!」
自分のシャツを強く握って「違う!」とハッキリ言う基臣に「分かっている」とクレイヴァルが返すより先に基臣がもう一度大きな声でハッキリと言う。
「――俺は、俺はちゃんと断ったからな!!!」
「……」
「……あ」
きょとん、としていたクレイヴァルの瞳が面白そうな色を浮かべるのを間近で見ていた基臣が何かを言うより先に「へえ?」という低音が耳に直接吹き込まれる。
「そうか、ちゃんと断ってくれたのか」
「おい! おい待てお前なんだ急にその声のトーンを使い分けるの止めろ?!」
クレイヴァルの顎の下に掌を入れて自分から引き離そうとするが楽しそうに笑う獣人相手では力で勝てるはずもない。
しかし基臣がもう一度「おい!」と声を張るとクレイヴァルはくすくすと笑いながら元の位置へと顔を戻した。
「お、俺だってお前に色々聞きたいことがあるんだよ!」
――そうだ。
先程の怒涛の流れで忘れかけていたがクレイヴァルが言った言葉の中には確認が必要な物が含まれていた。
基臣は真面目な表情でクレイヴァルを見据えたが、当の本人は余裕綽々の涼しい顔をしてしれっと言う。
「何でも聞けばいい。お前に問われたことなら、俺は全てに答える」
――ああチクショウ顔が良い。
結局頭に真っ先に浮かんだのはソレで、基臣は小さく舌打ちをした。
この舌打ちは自分に対する物なのでモラハラには該当しない。
しないったら……しない。
どれくらい時間が経ったのか分からないが急にストップを掛けられて基臣は微かなモヤモヤを感じつつも素直に止まる。
気付けば基臣の右手はクレイヴァルの後頭部をしっかりと抱えて左手は広い背中側の服を強く握り締めていた。
「なんだよ」
聞いただけで誰でも理解出来るほど不機嫌さを滲ませた声が出たが、それを真正面から受け止めたクレイヴァルは満足そうに笑んで基臣のこめかみにキスを落とす。
「想像以上に皮膚が薄いから一度確認しておきたい。唇に痛みはないか?」
「…………あ」
――言われてみれば少し、本当に少しだけぴりっとしたものを感じるような気がしないわけでもないが別に気にするほどでもない。
自分の指で唇に触れながらそう思った基臣だったが、色々な気恥ずかしさを感じながらもこちらを穏やかな瞳で見て来るクレイヴァルに返事をする。
「別に……なんでもないし、もし切れたって俺は自分で治せるから」
「そういう問題じゃない」
そう言いながら額に落ちて来る唇がくすぐったくて目を細めるとクレイヴァルは穏やかな雰囲気で基臣の頬を撫でる。
「……いつまでもここに座らせておくのも駄目か」
「つーかお前、なんでキッチン直行だったんだ?」
基臣の言葉を聞きながらクレイヴァルはまた基臣のことを軽く抱き上げてソファーがある方向に足を向ける。
クレイヴァルと自分の体格差、そして獣人とヒトであることを加味してもやはり成人男性が子供のように軽々と抱き上げられて運ばれるのは些か恥ずかしい。
……恥ずかしいことに嘘偽りはないが、恐ろしいことに嫌でもない。基臣がそんな自分の感情に軽く身悶えしている間にクレイヴァルは当たり前のように基臣を膝に乗せたままソファーに座った。
「いきなりこの体勢になったらお前は話どころじゃないだろう?」
「いや……さっきのアレもなかなかだぞ」
――まさか男の膝の上に抱えられて普通に会話をする事態が自分に訪れるとは思っていなかった。
そしてそれが妙にしっくりくると素直に思う自分にも心底びっくりだ。
先程まではキッチンカウンターの高さとクレイヴァルが頭の高さを合わせていたおかげで同じ目線だったが今は少しだけ基臣が見上げるような体勢だ。
ぴったりとくっついてそんなことを考えた基臣がまたこっそり心の中だけで悶えているとクレイヴァルは鼻先を基臣の首筋に寄せて来る。
「何? 俺、臭いか?」
「さっきまでは臭かった」
「――は?!」
ド直球の「臭い」という言葉に基臣は一瞬で真顔になる。
今日は休みで望月先生とお茶をしてそれ以降は読書をして過ごしただけで特に汗をかくことはなかったと思うが入浴したのは昨日の寝る前だ。
獣人の嗅覚の鋭さからくる指摘だと思った基臣が必死に腕を突っ張って二人の間の距離を少しでも確保しようとするがクレイヴァルは簡単に片手で制してくる。
「違う、お前じゃない。不快な移り香があっただけだ――そしてそれももう完璧に消えている」
「移り香? どういうことだ?」
移り香、という単語に基臣は首を傾げた。
だって自分は別に誰とも接触していないし今日クレイヴァル以外に唯一顔を合わせた望月先生は香水とかそんな類のものを使用していなかったと思う。
理解出来ないことは質問した方が早いと基臣が説明を求めるとクレイヴァルは少しだけぴくっと反応したが諦めたように息を吐いてから教えてくれた。
「……ラトヴィッジのものだ」
「ラトヴィッジさん? ラトヴィッジさんとは俺今日、会ってないけど」
きょとんとした表情の基臣を見てクレイヴァルはくすりと笑い、一つ頷いてから続ける。
「ああ、理解している。――ノア、だったか? 今日ここにラトヴィッジの『番』が来ただろう? そいつ経由で移ったんだ。あの堅物も番相手だと露骨な警戒フェロモンをつける」
呆れつつも仕方がないな……と思っているのが分かるクレイヴァルの言葉に基臣はまた首を傾げた。
「え? 望月先生とラトヴィッジさん……付き合ってるのか?」
「付き合っているというかもう既に『番って』いる」
「えっ??!!」
心底驚いて声を上げた基臣を見てクレイヴァルは一瞬同じように驚いた表情を浮かべたが、すぐに全てを理解したようでくつくつと笑いだす。
「ああ、成程。――本当に『小賢しい』のはあっちか」
「おい待て勝手に納得するな! 俺は何一つ理解できていない!」
クレイヴァルのシャツを握り締めて基臣が言うとひとしきり笑ったクレイヴァルが言う。
「お前はモチヅキから今日どんな話をされたんだ?」
「……『ラトヴィッジさんのことが好きだけど、神殿の伴侶候補の鑑定を受けてその結果を知った上で自分で決めたい』っていう話だった」
「それはそれは、随分強かな物言いだな」
ふんっと笑ったクレイヴァルがハッキリとそう言い捨てるから基臣はちょっと言葉に詰まる。
しかしクレイヴァルは少し困った顔をした基臣の頬を愛しそうに撫でて続けた。
「俺は今日いきなり診療所に来たアイツにこう言われた」
「……?」
「『自分とラトヴィッジのことを聞いたお前が結婚に興味を持って、今度伴侶候補の鑑定をしてみようか』、という会話になったとな」
「ちょっと待てそれは違うぞ?!」
自分のシャツを強く握って「違う!」とハッキリ言う基臣に「分かっている」とクレイヴァルが返すより先に基臣がもう一度大きな声でハッキリと言う。
「――俺は、俺はちゃんと断ったからな!!!」
「……」
「……あ」
きょとん、としていたクレイヴァルの瞳が面白そうな色を浮かべるのを間近で見ていた基臣が何かを言うより先に「へえ?」という低音が耳に直接吹き込まれる。
「そうか、ちゃんと断ってくれたのか」
「おい! おい待てお前なんだ急にその声のトーンを使い分けるの止めろ?!」
クレイヴァルの顎の下に掌を入れて自分から引き離そうとするが楽しそうに笑う獣人相手では力で勝てるはずもない。
しかし基臣がもう一度「おい!」と声を張るとクレイヴァルはくすくすと笑いながら元の位置へと顔を戻した。
「お、俺だってお前に色々聞きたいことがあるんだよ!」
――そうだ。
先程の怒涛の流れで忘れかけていたがクレイヴァルが言った言葉の中には確認が必要な物が含まれていた。
基臣は真面目な表情でクレイヴァルを見据えたが、当の本人は余裕綽々の涼しい顔をしてしれっと言う。
「何でも聞けばいい。お前に問われたことなら、俺は全てに答える」
――ああチクショウ顔が良い。
結局頭に真っ先に浮かんだのはソレで、基臣は小さく舌打ちをした。
この舌打ちは自分に対する物なのでモラハラには該当しない。
しないったら……しない。
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