君と俺は二度泣いた

一片澪

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31.とある薬師の記憶。



***


一目で理解した。
ああ、こんなところに居たのかと思った。
心が躍った。

しかし……当の本人はこちらに一瞥もくれることもなく、俯いたまま神殿関係者に連れられて廊下の端を歩いている。
そしてそいつは、すれ違ったこちらを振り返ることすらしなかった。




「ハァイ、お元気~?」
「……」
「あら嫌だわその眉間の皺。折角の可愛いお顔が台無しよ」

とある神殿に仕事として顔を出していたクレイヴァルは中庭のベンチに腰を掛けて一人でゆっくりと過ごす昼食時をそれなりに楽しんでいたのだが、いきなりなんの前触れもなく現れた長身痩躯の美貌のハイエルフの女を見てげんなりした表情を浮かべる。
飄々と笑う女の顔はとても美しいが、この女がただ綺麗なだけの女ではないことなんてこの国のほとんどの人間が知っているからだ。

「何の用だ?」

向こうから声を掛けて来た以上この女――大魔女アリアは自らの用件を済ませるまで自分を解放することはないだろう。
それを経験上把握しているクレイヴァルがうんざりした声を出すとアリアは作り物のように整った顔で笑った。

「随分見ているじゃない? ウチの可愛い『新入り』のコト」
「……何のことだ?」

無表情で答えるクレイヴァルにアリアは余裕の表情を崩さない。
この世界の中で突出して長命種で知られるハイエルフであるアリアは大抵の人間の子供時代を知っている。
勿論、クレイヴァルがまだ幼かった時のことも。

「えー? そんなに私の口から言って欲しいの? やだもう、まだまだ甘えん坊さんねぇ」
「……」

明らかにからかいを含んだアリアの口調にクレイヴァルはもう一度溜息を吐く。
誤魔化しは時間を無駄にするだけよ? と言わんばかりにアリアはクレイヴァルの隣で表面上はのんびりとした空気を纏って口元だけに笑顔を作っている。
だからクレイヴァルは舌打ちをしたくなるのをぐっと堪えて口を開いた。

「随分気が早いな。まだどこの預かりになるかは決まっていない筈だ」
「わー! 素直にお話する気になったの? あんなに小さかったボクちゃんも大人になったじゃない」

パチパチと音を鳴らしてわざとらしく自分の顔の前で手を叩くアリアをクレイヴァルは無言で軽く睨んだが睨まれた側は憎たらしいほど余裕綽々だ。

「コレくらいで怒らないの。……『彼』は必ず私の所に来るわよ、それも自分から志願してね」
「いくら素質があろうとも『ヒト』は『ヒト』だ。自らの命を削る可能性がある術などわざわざ教える必要はないだろう」

クレイヴァルが本心から告げた言葉にアリアが皮肉っぽく口の端を引き上げる。

「『自分が引き取ってあげるから』とでも? 『責任をもって一生面倒を見てやる』って? 随分傲慢な物言いねぇ……過去に『ヒト』を『飼い殺し』にしてきた頭の悪い連中みたい」
「そこまでは言っていない」
「本質がそこなら言ったも同然でしょう」

口調こそ優しいがアリアの瞳の奥に彼女が持つ恐ろしいまでの攻撃性の火が灯りそうなのを感じたクレイヴァルは小さく溜息を吐いて中庭の先にある許可された者しか立ち入れない奥神殿と呼ばれる一角を見たまま続ける。

「いくら好きに生きさせたいと願っても弱い存在は弱い。ある程度の庇護下に置くことが妥当だと考えるのは自然なことだろう」
「――世の中にはね、鳥籠の中の安息を幸せだと喜べる人間と喜べない人間がいるのよ。彼はソレで言うと間違いなく後者だわ」
「……」

アリアの言葉にクレイヴァルは無言になる。
そんなこと、言葉には出さないがクレイヴァルだって理解している。

「アナタはもう気付いちゃっているから言うけれど、彼がもし『伴侶候補の鑑定の希望』を出していれば間違いなく適応するのはアナタだったと思うわ」
「……そんなことを言って俺がアイツを連れ去ったらどうする?」

奥神殿を見詰めたまま言うクレイヴァルと並んで座りつつ、アリアも視線を奥神殿へと向けた。
『オミ』とだけ名乗ったヒト族の異世界人はまだ精神の安定を最優先にする為に出来るだけ外部からの刺激を受けないように奥神殿の中でのみ過ごしている。

だから本当ならクレイヴァルとオミはすれ違う筈なんてなかった。
しかし、神はほんの気まぐれを起こしたらしく二人の人間の運命を本当に少しだけ引っ搔いたのだ。

神殿の薬師では手に負えない程体調を崩した別の異世界人の診察の為に奥神殿への一時的な立ち入りを許されたクレイヴァルは――たまたま部屋を移動する為に廊下に出ていたオミを見た。
見て、すぐに自分と『極めて相性の良い魔力を持つ者』だと理解した。

「そんなことをしない人間だと判断したから私はアナタがまだここに留まるのを許しているのよ」
「……たった一人のヒト族の為に大神殿の筆頭治癒師様がそこまでするとはな」
「今でこそその肩書だけれど、殺した人間と生かした人間のどちらが多いか自分でも分からないわぁ」

くすくすと笑いながら軽く言うアリアを横目で見てクレイヴァルはまた呆れたように溜息を吐いた。

「やめろ。アンタが言うと冗談に聞こえない」
「冗談じゃないものねぇ」

涼しい顔のまま続けるアリアにクレイヴァルはもう溜息を吐くことすら面倒になってただ奥神殿を見ている。
そしてアリアはそんなクレイヴァルを見て、こんな質問をした。

「どう? 他の獣人なら理性を失って飛びついて壊してしまうほどの相手を見付けたご感想は?」

なんてことない風を装った言葉だったが、クレイヴァルの中でアリアが今日話し掛けて来た一番の目的はコレだったのか、と腑に落ちる。
だからクレイヴァルはありのままの気持ちを返した。


「正直惹かれるものはある。気にもなる。……だが正気を失って奪い取ろうとまでは思わない」
「まぁすごい! アナタ、自分の父親と同じこと言ってるわ」

楽しそうに声を上げて笑ったアリアを見てクレイヴァルは心の中で「当然だ」と鼻を鳴らした。

自分達は唯一の『番』を自ら選んで決定する。
『魔力相性』は確かに大前提として必要になる為大事だが、その一点のみで周りも見えない程に振り回されることはない。

本能と理性を天秤にかけて、冷静な視点から選ぶ。
そして一度決めたからには二度とその心が揺らぐことはない。――それが、クトゥラ族の誇りだ。

「どうせ陰から見守るんでしょう?」
「……」
「ちゃーんと見ていなさい。『彼』が望むなら私は彼を徹底的に鍛えるわ。――それこそ、アナタが力で訴えようとしても抵抗できるくらいに」
「そうか、それは良いな」

馬鹿にしたようではなく、心からの同意を示したクレイヴァルを見てアリアは今までで一番無邪気に笑った。


「『彼』は伸びるわよ、私が保証する。じゃあね」


そう言い残して風のように消えたアリアのことは直ぐに忘れて、クレイヴァルは奥神殿をまた見る。

「――妙な虫が付かないように見るくらいなら、良いだろう」



そこからのオミの努力をクレイヴァルは知っている。
全てとは流石に言えないが、それでも知っている。


だからあの日――緊急招集の現場で転移陣から現れた瑠璃色のローブを見た時、駆け寄らずにはいられなかった。



「いつまで目を瞑っているんだ? さっさとしろ」




――さっさとこっちを、見ろ。いい加減俺のことを認識しろ。

命の現場なのにどうしても浮かんでしまうそんな感情を無表情のまま振り払ったクレイヴァルに、オミは強気な態度で言い放つ。

「分かった。俺が外傷をなんとかするから『お前』もとっとともれなく解毒しろよ」
「……ッ」

強い意志を持った瞳とその言葉、そしてオミのその後の見事な仕事ぶりを見て、クレイヴァルははっきりと理解した。



――どうやら自分が求めていたのは、公私ともに対等に渡り合えるパートナーだったらしい。




その日から、自分しか見ることのないたった一枚の特別な羽が……少しずつ『瑠璃色』に染まり始めた。




***

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