君と俺は二度泣いた

一片澪

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36.だって『知識から入るタイプ』

「……」

クレイヴァルの家から戻った日から数日後、基臣は真面目な顔をして自室で分厚い一冊の本を開いた。
それはこちらの世界でとても有名だった治癒師が「長年治癒師としてのキャリアを積んだ自分の経験が後に続く者たちの参考になるように……」という非常に崇高な精神から書かれた有難い書物である。
しかし――基臣がこれから探す内容はとても褒められたものではない。

「……はぁ――よし!」

自分以外誰もいない自宅で言い訳をする必要はそもそもないが、基臣が今したのは溜息ではない。
断じてない。強いて言うなら決意の呼吸だ。
いつの間にか身に付いていた速読を活かし、基臣は自分が求める情報が記載されているかもしれない部分を探し次々とページを捲っていく。

――思えば、こういった件に関して言うと日本は便利だった。

病院のデータベースを私用で使うことは自身の高い倫理観が許さないが、日本という国にはスマホという非常に便利な機械があった。
今思うとあれは便利過ぎていて人間が使っているのか使わせて貰っているのかを迷うくらい現代人の日常に食い込んでいたのだが、基臣は今純粋にインターネットで検索がしたい。勿論検索して出てくる情報はこっちの世界のもので頼みたい。
SNSで匿名のアカウントを取得して実際の経験者たちからのありがたい経験談を聞きたい。
本気で、本気で基臣はそう思っている。

「無い――な。やっぱり身体の作りの土台から違うからか?」

そんな独り言を呟きながら基臣はページを捲る。

日本にいた頃、大きな病院の救急で一時学ばせて貰っただけの身ではあるがあそこは本当に『何でもあり』な空間だった。
よく都市伝説のように「大人の玩具」が取れなくなって運ばれてくる人がいるらしいよ~と言われていたが、現場の人間の立場から言わせて頂くと「大人の玩具」を入れてくれるだけまだマシである。

何故か?
それはいくら法規制を潜り抜けるためにジョークグッズを名乗っていても「ソレ用」に開発されているのが明らかだからだ。

パッケージに「その他の目的で使用した場合の責任は負いかねます」とつれない言葉が書かれていても、基本的に……いや安易な確約は到底できないが、スタンダードかつ常識的(?)な範囲の使い方をしてさえくれていれば……。
ほぼ……まあまず救急車に乗せられて恥も外聞もなく病院に担ぎ込まれて来てもその後の『健康』に重点を置くと、なんとかできる余地がまだある場合が基臣の経験上多かった。

「でもなぁ、派手に間違うと……救急医学の学会雑誌にも載ってたし」

――以前から自慰行為目的で肛門から直腸内へ約三十センチの棒を挿入していた男性が結論だけ言うと人工肛門になった話が。

「ああ駄目だ……頭がうまく回らない」

基臣はそう呟いてページを捲る手を止めた。
普段なら調べ物をしながら別のことを考えるなんて苦もなく可能なのに、やっぱり今は内容が内容だけに上手くできない。

――この世界では男同士のカップルは全く珍しくない。
おまけに時間を掛ければ男でも子供を産めるようになるというとんでもない世界だ。

最初その事実を聞いたとき基臣は神官が自分を和ませるために冗談を言ったと受け取った。しかし次の瞬間冗談ではないことを理解して頭を鈍器で殴られるどころか吹っ飛ばされるほどの衝撃を受けたのだ。

――こちらの世界は男同士で『そう』なるのを前提として産まれてきているから無事なのかもしれない。
仮にそうでなくても基本的にこっちの世界の人間はとても身体が丈夫だから問題ないのかもしれない。
だが……。

「俺は、生粋の元異性愛者兼こっちの世界では上から数えた方が早いレベルで弱い『ヒト』だ」

そのどうしようもできない事実が恋に浮かれる基臣をちょっとだけ冷静にさせる。

――だってクレイヴァルは『あの』見た目で童貞だとさらっと言った。
童貞だ。童貞だぞ?

後に自分は淡白だ、という結論に至った基臣だったが最初の時はそれなりに緊張したし戸惑う部分も多かった。
それに相手は女性だった。
女性は言うまでもなく性交と出産を行うに適した性器を備えていてくれたが、基臣が持っているのは純然たる排便及び排ガス器官である。

いくらこっちの世界が便利な清浄魔法だなんだのを備えていてくれても、『基臣個人』が備えている『肛門括約筋』には……限度がある。

――分かるか?
大事な大ッ事な括約筋が切れたら、その先に待つのは厳しいどころではない試練だ。

幸い基臣は治癒魔法が使えるので大抵のことは自分で対応できるし、してみせる。
しかし『あの』見た目で童貞なクレイヴァルが万が一でも興奮して暴走したら――『他』の治癒師の手を借りなければいけない状況に陥ったりしないだろうか? そう考えると基臣は本気で血の気が引いてしまう。

真っ先に呼ばれるのはほぼ間違いなくアデリー先生だろう。
アデリー先生が経験豊富かつとても優秀な治癒師であることは全く疑っていないが、『そこ』じゃないのだ。
自分が『診る』立場だったら別に何を見せられてもどんな状況だとしても『仕事』として冷静に対処するし、その後の関係にも妙な雰囲気を残さない自信はある。
アデリー先生も百パーセントそうだろう。


しかし自分が『診られる』側になると――その理屈は一瞬で崩壊する。
誰がなんて言おうとするったらする!!!


「あー……」

気合で読み進めようとした本も目が滑ってしまって内容が全く頭に入って来ない。

そう。何か新しいことを始めるとき、『形から入るタイプ』といきなり『行動から入るタイプ』がいるが……基臣は『知識から入るタイプ』だった。

「コレは俺が一人で考えてても一生答えは出ない類の話だな」

この調べ物に至るまで基臣は既に数個のハードルを越えて来た。

一、自分が同性に恋愛感情を抱く人間だったこと。
二、自分が『抱かれる側』であることをうっすらとだが察し、納得していること。

そして基臣が今超えたいハードルはコレ。

三、童貞クレイヴァルと安心安全お互い心身ともに無事なセックスを完遂すること、だ。


「……よし!」

分かってはいたがカレンダーで明日と明後日が休みなことを確認した基臣はちょっと遅い時間だったがついさっきまで一緒に食事をとっていたクレイヴァルがいるであろう彼の家に再び向かう。
すると仕組みはどうかはさっぱり分からないが、基臣がノックする前にクレイヴァルの家のドアが開いて涼しい表情の家主が顔を出した。


「どうした? 何か起きたか?」

寝る準備をしていたのかラフな部屋着を着ていても何故か様になるクレイヴァルを見上げて、基臣はまだ外だということを忘れて本当にぽろっと抱えていた疑問を零してしまう。
言っている本人に自覚はないのだが、今の基臣は『疑問解決のための知識探求モード』に入っているので遠慮も何もない。



「いや、お前とちゃんとセックスできるか心配で色々と調べてるんだけど……確固たるエビデンスを持つ文献を見付けられないんだ」
「――うん?」



クレイヴァルは本当に驚いた時だけ、いつもの無表情が嘘のように目を丸くして「うん?」と答える癖があると基臣が気付くことができるようになるにはまだ時間が必要だった。




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