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本編
第16話 悪魔王グラズドとの対決
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黒曜石の床に、二メートルの蛇行剣の先端がかすかに触れる音が響いた。
その一音だけで、空気が震え、背筋に冷たいものが走る。
三メートル近くある身長に羨むほどの凛々しい顔つき、整った筋肉質の黒檀の肌、尖った耳、黄色い牙を持ち、手と足は六本指である。
グラズドの殺気は、単なる威圧ではない。
獲物の鼓動の速さすら読み取り、最も弱い瞬間に喰らいつく捕食者の視線だ。
「……人間、名は?」
「タクト=ヒビヤ」
「ふむ……覚えておこう。女神殺しの弟子なら、尚更な」
”女神殺し”のフレーズがやけに耳に刺さるが、今は無視する。
グラズドはゆっくりと円を描くように歩き、私との距離を測る。
その足音が、やけに重く響く。
まるで地面ごと押し潰してくるような感覚だ。
「お前はあの女をどう見ている?」
グラズドの低い声が、広間の壁に反響する。
唐突な問いだが、その目は冗談の色を一切含んでいない。
「尊敬すべき師だ。……ちょっと鬼畜な面もあるが……そして、大切な仲間だ」
「仲間、か……甘いな」
グラズドの唇がゆがみ、好奇の目に光が指す。
「奴は神を屠った女だぞ。……お前は、それを知った上で隣を歩けるのか?」
挑発の言葉が耳に入るが、紅いバリアが私の心を護る。
その瞬間、蛇行剣剣の刃先から黒紫色の光が広がり、視界が色の奔流に覆われる。
紫は混乱、紅は憤怒、蒼は恐怖、翠は束縛、金は魅了、黒は虚無――
六種以上の状態異常が同時に押し寄せてきた。
だが、全身に走る淡い光の輪が、それらを弾き飛ばす。
【完全状態異常無効化】と【最大耐性付与】――十五種類の付与魔法が、一瞬で全てを無効化した。
「……消えた、だと?」
「準備は万全にしてきた」
軽く肩をすくめ、逆に魔力を押し返す。
「ならば、こちらもそれ相応の力で挑ませてもらうぞ」
グラズドの背から黒炎が噴き上がる。
炎は蛇のようにのたうち、広間全体を飲み込もうとする。
床の魔石柱がその熱で軋み、空気が焦げた。
「なるほど、これがグラズドの力か……ギアを上げる」
私の周囲に蒼白い魔力が渦を巻き、三重の魔法陣が回転を始める。
【混沌吸転の術】、【空間歪曲】、多属性付与――
封じていた高位魔法を一気に解放する。
広間の空気が急速に重くなる。
互いの魔力がぶつかり合い、床に走る亀裂から赤黒い光が漏れ出す。
「ほう……面白い。だが、この宮殿を壊すのは惜しいな」
グラズドが肩をすくめ、次の瞬間、床下から巨大な黒炎の触手が噴き上がった。
それが私たちを絡め取り、天井ごと吹き飛ばす。
瓦礫が崩れ、冷たい奈落の風が頬を打つ。
眼下にはアビス四十七階層の荒涼とした大地と、炎の河が渦を巻いていた。
グラズドの漆黒の翼が大きく広がる。
「さあ、本番はここからだ!」
赤黒い魔法陣が十重に展開し、炎槍・雷鎖・重力球が一斉に放たれる。
私は【飛翔結界】で姿勢を立て直し、迎撃魔法陣を重ねる。
眼下の大地から、グラズドの咆哮が響き渡った。
「人間……まだ耐えられるか!」
その漆黒の翼が大きく羽ばたくと、周囲の空間が歪み、風が止まった。
直後、私の周囲に色彩の嵐が発生する。
紫の混乱、紅の憤怒、蒼の恐怖、翠の束縛、金の魅了、黒の虚無……
六種以上の状態異常が同時に渦を巻き、視界を塗り潰していく。
「これでも……避けきれるか!」
グラズドの笑みには、先ほどの余裕が戻っていた。
だが――私は微動だにしない。
全身から放たれる淡い光の輪が、一瞬でその色彩の嵐を分解し、霧散させる。
付与魔法の光は虹色に輝き、消滅する瞬間にわずかな鈴の音が響いた。
「まさか、貴様人間だろ……ふざけたことを……!」
グラズドの瞳に、明らかな苛立ちが浮かぶ。
「状態異常は無意味だ。……エレノーラ様の指導はその程度ではなかったぞ!」
私は片手を軽く上げ、反撃の魔法陣を展開する。
背後で十五枚の魔法陣が扇状に広がる。
炎・氷・雷・聖・闇・風・土・水――八属性を瞬時に組み合わせ、広域殲滅魔法を構築。
その中に、状態異常付与型の幻影魔法も混ぜ込む。
あえてグラズドに見せ、同じ手で返す挑発だ。
「……ほう、俺に同じ技を……」
グラズドが口角を吊り上げ、翼を大きく広げた。
次の瞬間、漆黒の炎柱と私の多属性砲撃が空中で衝突し、閃光が広がる。
爆風が吹き荒れる中、私は息を整えながら距離を詰める。
――まだ互いに、本当の奥の手は出していない。
だが、戦場はすでに一触即発の臨界点に達していた。
爆風が収まる間もなく、グラズドの瞳が妖しく輝いた。
「なるほど……状態異常は効かぬか。ならば――その耐性ごと潰す」
漆黒の翼が羽ばたき、色の嵐が再び広がる。
だが今度は単なる状態異常の光ではない。
色彩が空間そのものに染み込み、境界線が歪み始めた。
紫の帯が距離感を狂わせ、紅の波が重力方向をねじ曲げ、蒼の霧が時間の流れを遅らせる。
各色は独立して動きながらも、全体でひとつの結界を形成していく。
「これは……」
私は即座に理解する。
――色を媒体にした多層次元結界。
状態異常無効化では防げない、“場”そのものの支配。
「この領域に踏み込めば、軸を失って墜ちるぞ!」
グラズドが蛇行剣を構え、結界内に誘い込もうと迫る。
「面白い……だが、お前は時空の揺らぎを利用している。なら――その根本ごと切り離せばいい」
私は両手を広げ、複雑な立体魔法陣を描く。
【時空相殺】と【次元断層】。
二つの術式が重なり、眼前の色彩結界に深い裂け目が走った。
結界の紫帯が断たれ、紅の波が弾け、蒼の霧が吸い込まれていく。
やがて、色の嵐は完全に霧散した。
「……まさか、無敗の次元結界をこうも……」
グラズドの表情に焦りの色が濃くなる。
だがおもむろに蛇行剣を肩に担ぐ。
「お前……戦いの経験も、女神殺しの弟子とは思えぬほど整っているな」
「まだ発展途上だがな。お前との戦いも糧にさせてもらう」
私は軽く笑みを返しながら、再び魔力を練る。
互いに本当の決め手はまだ見せていない。
次の一手を探り合う時間が、まるで永遠に伸びたかのように感じられた。
そして――グラズドが先に動く。
「いいだろう。俺に対して善戦した敬意を表し、そろそろ“王”としての礼を尽くしてやる」
低く呟くと、蛇行剣を地面に突き立てた。
瞬間、ダークフレイム全体が震動し、地平線まで黒炎が走る。
漆黒の甲殻が膨張し、六本の角は刃のように鋭く伸びる。
背中の翼は倍に増え、炎と影が混じった羽毛をまき散らす。
蛇行剣は禍々しい槍へと変質し、その刃先からは重力の奔流が漏れ出していた。
「――悪魔王権能、地獄支配!!」
その声と同時に、周囲の空間が地獄の景色へと塗り替えられる。
血の川、逆さに燃える空、絶叫する影の群れ……
この場にいるだけで魂を削られるような圧力が襲い掛かる。
私は深く息を吸い、魔力を全開まで解放する。
背後に展開した魔法陣は十五枚。
その全てが異なる属性と効果を帯び、さらに時空術式で一つに同期させる。
「――複合超高位術式、展開完了」
足元に光輪が三重に浮かび、周囲の空間がゆっくりと波打つ。
私の魔力は、時間の流れすら巻き込みながら一点に収束していく。
『次元嵐覇】』
時空の裂け目から、炎・氷・雷・聖・闇・風・土・水――八属性の奔流が螺旋状に噴き出す。
それらは瞬時に融合し、あらゆる物理法則をねじ曲げながら、一直線にグラズドへと迫った。
赤と蒼、聖と闇――あらゆる色が空間を満たす。
私とグラズドの最大術式が、空を裂き、大地を砕きながら正面衝突した。
轟音と閃光。
その中心で、私はただ一点を見据え、時空の裂け目に全ての衝撃を逃がす。
魔力は制御された流れに乗り、私の身には一切の傷を与えない。
やがて光が収まる。
グラズドは膝をつき、胸甲が砕け、黒紫の血が滴っていた。
その呼吸は荒く、片翼が焼け焦げている。
「……見事だ、人間……」
低い声だが、そこに嘘はなかった。
私は静かに歩み寄り、右手を掲げる。
「闇に蠢く魔素よ、瘴気よ。傷ついた魔の者の身体を癒やし、再構築させよ。ダークハイヒール!」
紫色の光が集まり、グラズドの傷を瞬く間に塞いでいく。
「……貴様、敵を癒すか」
「これは試練だ。このまま続けても時間と命の無駄。ならば傷を癒やしても問題ないだろう」
「ふむ……そうか」
その声色には、奇妙な温さが混ざっていた。
だが――視線が私の手元、腰の武器、魔力の流れへと順に移り変わるのを、私は見逃さなかった。
その目は、獲物の急所を測る狩人のものだ。
回復の光が消えた瞬間、グラズドの指が蛇行剣の柄にかかる。
肩の力が微かに抜け、呼吸の間隔が短くなる。
――これは、隙を突く動きだ。
(やはり……そう来るか)
私はあえて一歩踏み込み、右手を差し出した。
「良い戦いでした。……握手を」
グラズドの目が一瞬細まり、口角がわずかに吊り上がる。
――この手を取った瞬間、俺が斬る。
そんな考えが、視線の奥に見えた。
しかし彼は、そのまま手を握った。
その瞬間、白金の光が私たちの手を包み、柔らかな温もりが広がる。
【聖女の呪い】――触れた相手の敵意を翻し、深層意識に「害せない」という制約を刻む。
「……なんだ、この感覚は……敵意が……薄れていく」
「たまには、戦いの後に残すのは傷じゃなく、縁にしましょう」
グラズドは私の手を離し、肩を揺らして笑った。
「……くっくっ、人間……いや、タクト。貴様、敵ながら天晴だ」
その声には、もう敵意はなかった。
「それは光栄です」
私も笑みを返し、互いに戦いの余韻だけを残す。
その時、背後から軽やかな声が響いた。
「まあまあ、お二人とも……いい汗をかきましたわね」
振り返ると、エレノーラ様がゆったりと歩み寄ってきていた。
その表情は柔らかいが、瞳の奥には微かな鋭さが宿っている。
「師匠!」
「このクズと握手するなんて、やはり貴方は私の想定を上回りますね」
「師匠、それ褒めてないでしょう。それにもうクズなんて言わないでくださいね」
グラズドはエレノーラ様の姿を正面から受け、低く唸るように言った。
「……エレノーラ。頼むからもう二度と、ここへは来るな」
その声音には、わずかな恐れと、同じくらいの敬意が混ざっていた。
しかしエレノーラ様は、口元に笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「さあ、それはお約束できかねますわね」
まるで「また来る」と宣言しているかのように。
「師匠、今日のところはもう帰りましょう。目的は果たしたことですし」
エレノーラ様は多少不満げだが、空を見上げて思案する。
「ん……そうですね。タクトの修練は一応合格としましょう。わかりました」
私たちのやり取りに悪魔王はホッと胸をなでおろし、安堵のため息を吐く。
――こうして、地獄王との試練は、思いがけない形で幕を下ろした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【まめちしき】
【悪魔王グラズト】……”暗黒のプリンス”の異名を持つアビスのデーモン・ロードの一人。性格は狡猾で残忍。身長2.5メートル。アシディック・バースト・バスタード・ソードという蛇行剣の使い手。最終目標はアビスの完全支配である。戦術の達人にして優れた剣士だが、真の力は誘惑と二枚舌にある。物質界の動向にも注目している。周囲には大勢の女性の悪魔を囲っている。
その一音だけで、空気が震え、背筋に冷たいものが走る。
三メートル近くある身長に羨むほどの凛々しい顔つき、整った筋肉質の黒檀の肌、尖った耳、黄色い牙を持ち、手と足は六本指である。
グラズドの殺気は、単なる威圧ではない。
獲物の鼓動の速さすら読み取り、最も弱い瞬間に喰らいつく捕食者の視線だ。
「……人間、名は?」
「タクト=ヒビヤ」
「ふむ……覚えておこう。女神殺しの弟子なら、尚更な」
”女神殺し”のフレーズがやけに耳に刺さるが、今は無視する。
グラズドはゆっくりと円を描くように歩き、私との距離を測る。
その足音が、やけに重く響く。
まるで地面ごと押し潰してくるような感覚だ。
「お前はあの女をどう見ている?」
グラズドの低い声が、広間の壁に反響する。
唐突な問いだが、その目は冗談の色を一切含んでいない。
「尊敬すべき師だ。……ちょっと鬼畜な面もあるが……そして、大切な仲間だ」
「仲間、か……甘いな」
グラズドの唇がゆがみ、好奇の目に光が指す。
「奴は神を屠った女だぞ。……お前は、それを知った上で隣を歩けるのか?」
挑発の言葉が耳に入るが、紅いバリアが私の心を護る。
その瞬間、蛇行剣剣の刃先から黒紫色の光が広がり、視界が色の奔流に覆われる。
紫は混乱、紅は憤怒、蒼は恐怖、翠は束縛、金は魅了、黒は虚無――
六種以上の状態異常が同時に押し寄せてきた。
だが、全身に走る淡い光の輪が、それらを弾き飛ばす。
【完全状態異常無効化】と【最大耐性付与】――十五種類の付与魔法が、一瞬で全てを無効化した。
「……消えた、だと?」
「準備は万全にしてきた」
軽く肩をすくめ、逆に魔力を押し返す。
「ならば、こちらもそれ相応の力で挑ませてもらうぞ」
グラズドの背から黒炎が噴き上がる。
炎は蛇のようにのたうち、広間全体を飲み込もうとする。
床の魔石柱がその熱で軋み、空気が焦げた。
「なるほど、これがグラズドの力か……ギアを上げる」
私の周囲に蒼白い魔力が渦を巻き、三重の魔法陣が回転を始める。
【混沌吸転の術】、【空間歪曲】、多属性付与――
封じていた高位魔法を一気に解放する。
広間の空気が急速に重くなる。
互いの魔力がぶつかり合い、床に走る亀裂から赤黒い光が漏れ出す。
「ほう……面白い。だが、この宮殿を壊すのは惜しいな」
グラズドが肩をすくめ、次の瞬間、床下から巨大な黒炎の触手が噴き上がった。
それが私たちを絡め取り、天井ごと吹き飛ばす。
瓦礫が崩れ、冷たい奈落の風が頬を打つ。
眼下にはアビス四十七階層の荒涼とした大地と、炎の河が渦を巻いていた。
グラズドの漆黒の翼が大きく広がる。
「さあ、本番はここからだ!」
赤黒い魔法陣が十重に展開し、炎槍・雷鎖・重力球が一斉に放たれる。
私は【飛翔結界】で姿勢を立て直し、迎撃魔法陣を重ねる。
眼下の大地から、グラズドの咆哮が響き渡った。
「人間……まだ耐えられるか!」
その漆黒の翼が大きく羽ばたくと、周囲の空間が歪み、風が止まった。
直後、私の周囲に色彩の嵐が発生する。
紫の混乱、紅の憤怒、蒼の恐怖、翠の束縛、金の魅了、黒の虚無……
六種以上の状態異常が同時に渦を巻き、視界を塗り潰していく。
「これでも……避けきれるか!」
グラズドの笑みには、先ほどの余裕が戻っていた。
だが――私は微動だにしない。
全身から放たれる淡い光の輪が、一瞬でその色彩の嵐を分解し、霧散させる。
付与魔法の光は虹色に輝き、消滅する瞬間にわずかな鈴の音が響いた。
「まさか、貴様人間だろ……ふざけたことを……!」
グラズドの瞳に、明らかな苛立ちが浮かぶ。
「状態異常は無意味だ。……エレノーラ様の指導はその程度ではなかったぞ!」
私は片手を軽く上げ、反撃の魔法陣を展開する。
背後で十五枚の魔法陣が扇状に広がる。
炎・氷・雷・聖・闇・風・土・水――八属性を瞬時に組み合わせ、広域殲滅魔法を構築。
その中に、状態異常付与型の幻影魔法も混ぜ込む。
あえてグラズドに見せ、同じ手で返す挑発だ。
「……ほう、俺に同じ技を……」
グラズドが口角を吊り上げ、翼を大きく広げた。
次の瞬間、漆黒の炎柱と私の多属性砲撃が空中で衝突し、閃光が広がる。
爆風が吹き荒れる中、私は息を整えながら距離を詰める。
――まだ互いに、本当の奥の手は出していない。
だが、戦場はすでに一触即発の臨界点に達していた。
爆風が収まる間もなく、グラズドの瞳が妖しく輝いた。
「なるほど……状態異常は効かぬか。ならば――その耐性ごと潰す」
漆黒の翼が羽ばたき、色の嵐が再び広がる。
だが今度は単なる状態異常の光ではない。
色彩が空間そのものに染み込み、境界線が歪み始めた。
紫の帯が距離感を狂わせ、紅の波が重力方向をねじ曲げ、蒼の霧が時間の流れを遅らせる。
各色は独立して動きながらも、全体でひとつの結界を形成していく。
「これは……」
私は即座に理解する。
――色を媒体にした多層次元結界。
状態異常無効化では防げない、“場”そのものの支配。
「この領域に踏み込めば、軸を失って墜ちるぞ!」
グラズドが蛇行剣を構え、結界内に誘い込もうと迫る。
「面白い……だが、お前は時空の揺らぎを利用している。なら――その根本ごと切り離せばいい」
私は両手を広げ、複雑な立体魔法陣を描く。
【時空相殺】と【次元断層】。
二つの術式が重なり、眼前の色彩結界に深い裂け目が走った。
結界の紫帯が断たれ、紅の波が弾け、蒼の霧が吸い込まれていく。
やがて、色の嵐は完全に霧散した。
「……まさか、無敗の次元結界をこうも……」
グラズドの表情に焦りの色が濃くなる。
だがおもむろに蛇行剣を肩に担ぐ。
「お前……戦いの経験も、女神殺しの弟子とは思えぬほど整っているな」
「まだ発展途上だがな。お前との戦いも糧にさせてもらう」
私は軽く笑みを返しながら、再び魔力を練る。
互いに本当の決め手はまだ見せていない。
次の一手を探り合う時間が、まるで永遠に伸びたかのように感じられた。
そして――グラズドが先に動く。
「いいだろう。俺に対して善戦した敬意を表し、そろそろ“王”としての礼を尽くしてやる」
低く呟くと、蛇行剣を地面に突き立てた。
瞬間、ダークフレイム全体が震動し、地平線まで黒炎が走る。
漆黒の甲殻が膨張し、六本の角は刃のように鋭く伸びる。
背中の翼は倍に増え、炎と影が混じった羽毛をまき散らす。
蛇行剣は禍々しい槍へと変質し、その刃先からは重力の奔流が漏れ出していた。
「――悪魔王権能、地獄支配!!」
その声と同時に、周囲の空間が地獄の景色へと塗り替えられる。
血の川、逆さに燃える空、絶叫する影の群れ……
この場にいるだけで魂を削られるような圧力が襲い掛かる。
私は深く息を吸い、魔力を全開まで解放する。
背後に展開した魔法陣は十五枚。
その全てが異なる属性と効果を帯び、さらに時空術式で一つに同期させる。
「――複合超高位術式、展開完了」
足元に光輪が三重に浮かび、周囲の空間がゆっくりと波打つ。
私の魔力は、時間の流れすら巻き込みながら一点に収束していく。
『次元嵐覇】』
時空の裂け目から、炎・氷・雷・聖・闇・風・土・水――八属性の奔流が螺旋状に噴き出す。
それらは瞬時に融合し、あらゆる物理法則をねじ曲げながら、一直線にグラズドへと迫った。
赤と蒼、聖と闇――あらゆる色が空間を満たす。
私とグラズドの最大術式が、空を裂き、大地を砕きながら正面衝突した。
轟音と閃光。
その中心で、私はただ一点を見据え、時空の裂け目に全ての衝撃を逃がす。
魔力は制御された流れに乗り、私の身には一切の傷を与えない。
やがて光が収まる。
グラズドは膝をつき、胸甲が砕け、黒紫の血が滴っていた。
その呼吸は荒く、片翼が焼け焦げている。
「……見事だ、人間……」
低い声だが、そこに嘘はなかった。
私は静かに歩み寄り、右手を掲げる。
「闇に蠢く魔素よ、瘴気よ。傷ついた魔の者の身体を癒やし、再構築させよ。ダークハイヒール!」
紫色の光が集まり、グラズドの傷を瞬く間に塞いでいく。
「……貴様、敵を癒すか」
「これは試練だ。このまま続けても時間と命の無駄。ならば傷を癒やしても問題ないだろう」
「ふむ……そうか」
その声色には、奇妙な温さが混ざっていた。
だが――視線が私の手元、腰の武器、魔力の流れへと順に移り変わるのを、私は見逃さなかった。
その目は、獲物の急所を測る狩人のものだ。
回復の光が消えた瞬間、グラズドの指が蛇行剣の柄にかかる。
肩の力が微かに抜け、呼吸の間隔が短くなる。
――これは、隙を突く動きだ。
(やはり……そう来るか)
私はあえて一歩踏み込み、右手を差し出した。
「良い戦いでした。……握手を」
グラズドの目が一瞬細まり、口角がわずかに吊り上がる。
――この手を取った瞬間、俺が斬る。
そんな考えが、視線の奥に見えた。
しかし彼は、そのまま手を握った。
その瞬間、白金の光が私たちの手を包み、柔らかな温もりが広がる。
【聖女の呪い】――触れた相手の敵意を翻し、深層意識に「害せない」という制約を刻む。
「……なんだ、この感覚は……敵意が……薄れていく」
「たまには、戦いの後に残すのは傷じゃなく、縁にしましょう」
グラズドは私の手を離し、肩を揺らして笑った。
「……くっくっ、人間……いや、タクト。貴様、敵ながら天晴だ」
その声には、もう敵意はなかった。
「それは光栄です」
私も笑みを返し、互いに戦いの余韻だけを残す。
その時、背後から軽やかな声が響いた。
「まあまあ、お二人とも……いい汗をかきましたわね」
振り返ると、エレノーラ様がゆったりと歩み寄ってきていた。
その表情は柔らかいが、瞳の奥には微かな鋭さが宿っている。
「師匠!」
「このクズと握手するなんて、やはり貴方は私の想定を上回りますね」
「師匠、それ褒めてないでしょう。それにもうクズなんて言わないでくださいね」
グラズドはエレノーラ様の姿を正面から受け、低く唸るように言った。
「……エレノーラ。頼むからもう二度と、ここへは来るな」
その声音には、わずかな恐れと、同じくらいの敬意が混ざっていた。
しかしエレノーラ様は、口元に笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「さあ、それはお約束できかねますわね」
まるで「また来る」と宣言しているかのように。
「師匠、今日のところはもう帰りましょう。目的は果たしたことですし」
エレノーラ様は多少不満げだが、空を見上げて思案する。
「ん……そうですね。タクトの修練は一応合格としましょう。わかりました」
私たちのやり取りに悪魔王はホッと胸をなでおろし、安堵のため息を吐く。
――こうして、地獄王との試練は、思いがけない形で幕を下ろした。
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【まめちしき】
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意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。
女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。
敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。
剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。
一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。
快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
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ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
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『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
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スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
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