無能な使い魔が大好きな主様の為に自ら消えようとする話

豚キノコ

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8※流血・残酷描写有

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 真夜中、ノアは眠ることなく膝を抱えたまま未だに隅でじっとしていた。エリオットは既に眠りに落ちており、規則正しい寝息が聞こえる。

(やっぱり僕のせいだ)

 エリオットの言葉が頭の中で何度も繰り返される。君じゃない方がよかったかもしれないという言葉に込められた意味をノアは自分なりに解釈していた。
 エリオットはノアを必要としていない、エリオットの輝かしい未来はノアの存在によって絶たれたのだと考え、罪悪感で頭がいっぱいだった。

(主様の実力なら、きっとなんだって出来たはずなのに。Sクラスの人たちの誰よりも強い使い魔が来るはずだったのに……なんで僕が呼ばれてしまったんだろう)

「ごめんなさい、ごめんなさい……主様、大好きです、短い間だったけど、僕は幸せでした」

 だがその幸せはエリオットにとって不幸でしかないと、ノアはそう確信していた。エリオットにふさわしい強く優秀な使い魔の再召喚にノアの存在が足枷になっているのなら、一刻も早く消えなければならない。

(これ以上主様の優しさにつけ込んじゃだめだ。…大好きな主様、僕だけの主様。主様の使い魔になれて嬉しかった)

 ノアは立ち上がって机に突っ伏したまま眠っているエリオットの姿を見つめる。このままでは風邪をひいてしまうと、エリオットを起こさないように優しくブランケットをかけた。

 エリオットを優しい人物だと思い込んでいるノアでも、初めて会った時エリオットが放ったこんなものを召喚した覚えはないという言葉は紛れもない本心だと気づいている。
 ノアは決意を固め静かに部屋を出た。足音を立てないよう慎重に廊下を進み寮の外へ向かう。

(できるだけ遠いところで死ななきゃ。主様に見つからないところ、主様に迷惑がかからないところ。主様が僕に死ねって命令したと思われないように)

 ノアは学園の裏手にある深い森へと足を踏み入れた。木々の間を縫うように進み、時折枝や木の根に足をとられてよろける。それでもノアは立ち止まらず、ひたすら奥へと進んだ。エリオットから遠く離れた場所で自分の存在を消すために。

 しかしノアの想像する遠い場所は所詮学園が戦闘訓練に使用する森の中であり、仮に死んだとしても数日経たずに容易に発見されてしまうことを知らなかった。
 しかし夜間主に伝えず森に足を踏み入れた愚かな使い魔も過去に何体か確認されており、当然死亡事故も発生している。身の丈に合わない場所に単独で挑んだ愚かな使い魔として処理されるため、エリオットが疑われることなく消滅できるという点では正しい選択ではあった。



 かなり進んだところで空気が突如重く変化する。低い唸り声が背後から響き、緊張で硬直した体を無理矢理動かしてゆっくりと振り返ると、暗闇の中で光る目が二つじっとこちらを見つめていた。

 目を凝らすとそこに居たのは狼のような魔物だった。ノアが訓練場で見たSクラス生徒のどの使い魔よりも小さいが、黒い毛皮に覆われ筋肉が隆起し鋭い牙が鈍く光り威圧感がある。

 恐怖で体が震え始めるもノアは逃げなかった。目を閉じ深呼吸をしてその場に立ち尽くす。本能が逃げろと警鐘を鳴らすがそれでもノアはそれを無視した。ここで逃げれば絶好のチャンスを逃すことになる。

 唇を噛み締め叫び声を抑える。声を出せば誰かが助けに来てしまうかもしれない、それは絶対に避けなければならなかった。

(叫んじゃだめだ、絶対、誰にも気づかれずに)

 魔物は一瞬でノアに飛びかかり、鋭い爪で体を切り裂いた。爪はノアの胸を深く抉り、心臓をかすめるほどの傷を負わせた。
 血が噴き出し体が地面に叩きつけられる。激痛が全身を襲い、溢れた血が地面に広がって赤く染める。ノアは悲鳴をぐっと堪え、声を漏らさないよう耐えた。しかしこの傷は致命的ではあるが、ノアの命を一瞬で奪うには至らなかった。まだ意識は残り、徐々に失血していく感覚にクラクラして視界が揺れる。

「ぅ゛、っ……ぁ゛……」

 指先が冷たくなっていく。痛みと強烈な眠気によって瞼が落ちそうになる中、召喚された時のことをぼんやりと考えていた。冷たく拒絶されたけれど、その後見せてくれた優しい笑顔が、頭を撫でてくれた時のぬくもりが、すべてがノアにとって宝物だった。

(痛くて苦しい、…でもよかった、これできっと大丈夫だ…)

 魔物がノアに近づき、牙を剥き出しにして鼻を寄せた。魔物はノアの柔らかな腕に牙を立てる。鋭い牙が肉を抉るが頑なに声を上げることはしなかった。肉を噛みちぎられ咀嚼されていき、ノアの意識が次第に薄れる。
 肩、腹へと喰らい付かれ、ノアの体を生きたまま食んでいた。

『期待しているよ、ノア』

 エリオットから初めて名前を呼ばれた時の声を死の間際ノアは最後に思い出す。魔物はようやく満足したように口を離し、低く唸りながら森の奥へと姿を消していく。金色の瞳はもう光を宿していなかった。




 -----




 エリオットは深夜ふと目を覚ます。机に突っ伏したまま寝たせいで眠りが浅かったのだろうか。
 肩にかかっているブランケットを確認し、ノアへの愛おしさが湧き上がる。朝になったらノアに礼を言って傷つけてしまったことを謝らねばと考えながら、ベッドに戻ろうと立ち上がりふと違和感に気がついた。

「ノア…?」

 眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。ノアの姿が見えないのだ。
 名前を呼びかけるが返事はない。いつもならベッドの端に膝を抱えて丸まって眠っていて、小さな寝息が聞こえてくるはずなのに。薄明かりの中必死に目を凝らし部屋の隅々まで確認したがノアの姿はなかった。

「ノア、…ねぇ、ノア…?」

 心に穴が空いたような喪失感が広がり、エリオットの首筋に冷たい汗が伝う。
 使い魔と召喚者の間には、契約によって結ばれた微かな繋がりがある。だが今、その繋がりが酷く薄く今にも切れかかっていることに気がついた瞬間、エリオットの体は自然と駆け出した。

 なりふり構わず寝具のまま窓から飛び降り、素足で寮の外へと駆け出す。足が小さな石によって傷ついていくが、そんなことは気にならなかった。
 心の中を埋め尽くす不安と焦燥がエリオットを駆り立てていた。ノアとの微かな繋がりを懸命に辿り、学園の裏手にある森へ向かう。
 この実践訓練場の魔物はノアの実力では手も足も出ない。どうしてこんな真夜中に黙ってこんな場所へ行ったのだろうか。知らなかったでは済まされない、1人で行って無事でいられる保証は無いのに。

 しかし、エリオットには1つだけ心当たりがあった。昨夜のあの会話が脳裏をよぎる。あの意味深な問いかけになんと答えたか思い出し、胃液が喉にせり上がってくるのを感じた。

 (まさか、そんなはずは、)

 杞憂だと思いたかったが、ノアがこんな夜中に姿を消す理由が他に思い当たらない。
 もしノアが再召喚の条件を知っていたらと考えると嫌な想像が止まらなかった。
 思えばノアは熱心に使い魔に関する本を読んでいた。そこには再召喚に関する記述があることを、かつてノアを排除するための方法を探っていたエリオットは知っている。

 エリオットは必死でノアの名を呼ぶが返事はない。奥へ進むにつれて焦りから自然と呼吸が浅くなる。

 すると、遠くで何か異様な気配を感じ取る。血の匂いと魔物の魔力の残滓。エリオットの心臓が激しく鼓動する。

 視界に飛び込んできたのは血に染まった地面とその中央に横たわる使い魔の亡骸だった。


「ぁ……、…」


 震える足でよろよろと近づき、亡骸の前で膝から崩れ落ちる。血と泥にまみれた変わり果てたノアがそこにいたのだ。所々貪られた形跡があり、肩口からは骨が見えている。
 服は引き裂かれ虚ろな金色の瞳は薄く開いたまま、体からは命の温もりが完全に失われていた。

「ノア……、ノア…?」

 頭が真っ白になり理解が追いつかない。目の前の光景が現実だと信じられなかった。

 ノアの健気な姿に胸を打たれた、これからは自分がノアを守っていこうと決めた矢先だった。手出し不可の戦闘訓練でまた酷い怪我を負わないように、ノアの基礎能力を向上させる為の方法を先程まで机で眠るほど探っていたのに。
 愛おしさに気づいてすぐにこんな結末を迎えるなんて、エリオットは夢にも思っていなかった。

 かつては使い魔としての無能さを理由にノアを排除しようと考えていた。望んだはずの結果を前にしたエリオットの顔は真っ青に染まっており、嗚咽を漏らすばかりだ。

「っ、…ヒール、…ヒールッ、ヒールッ!」

 エリオットは涙でぼやけた視界の中ノアの傷に手をかざし回復魔法を使い続ける。発狂寸前なのか瞳は焦点が定まっておらず、唇が震え声が度々裏返り上手く言葉を紡げていない。

 肩の傷口に光が集まり血が滲んだ皮膚を癒そうとするが、特に変化はない。亡骸に回復魔法は無意味だとエリオットは当然理解しているが、それでも魔力を注ぎ込み額に汗を浮かべながら魔法を続ける。

 そして長い時間をかけてエリオットはようやくノアがもう戻らないことを悟った。エリオットは血がつくのも構わずノアの亡骸を優しく抱き寄せる。
 ノアを冷たく拒絶し、こんな結末を招いた己への憎しみが溢れ出す。気が狂うほどの後悔が襲い、頭を抱えて叫び出しそうになるのを必死に抑える。だが、どうしても抑えきれなかった感情が、エリオットの理性を徐々に崩壊させていった。

「帰ろう、ノア……一緒に帰るよ……」

 エリオットはボロボロのノアの体を抱き上げ足取り重く寮に戻り、ノアの亡骸を自室のベッドにそっと横たえる。

「ノア、…待っててね、血拭いてあげるから。大丈夫、少しの間だけ、…きっとまた、すぐに……」

 濡らしたタオルを手に持ちベッドの横に膝をついてノアの亡骸を清めていく。血液はもう乾燥して固まっており、白いタオルが真っ赤に染まる。ノアが死にゆくまでの苦しみやこの行動に至った想いを想像しながら何度も繰り返しノアの名前を呟いた。

 血を拭い終えたエリオットはノアの体に一切の躊躇なく保護魔法を施し、淡い光が放たれる。ノアの体はその光に包まれていき、腐敗と時間の流れから守られた。これは数ある禁呪の内の1つであり、使用したことが知られればただでは済まない。

「また、…すぐに会えるから」

 生まれて初めてできた、自分を曝け出せる大切な存在。純粋に愛を向けてくれる唯一の心の拠り所。人を道具として見るようなエリオットに人間らしい感情を与えてくれたノアと、これから先もずっと一緒にいるつもりだった。

 支えを失ったエリオットの精神は完全に崩壊しており、まともな判断は不可能だった。本当はノアのことが可愛くて可愛くてたまらなかったのだ。不出来な朝食を作り、冷たい視線にしょんぼりしつつも褒められようと頑張る姿を見た時から、もう既にこのか弱い使い魔を愛し始めていた。

 訓練場では無力ながらも必死に耐え、エリオットの期待に応えようとした。そして最後までエリオットのことだけを思い続け、森の中で息絶えたのだろう。エリオットは絶望しつつも、自らの命を差し出してまでエリオットを想うその行動に、ノアからの愛を感じて感情が滅茶苦茶になっていた。

「ノア……ノアは、俺のことが大好きだね、……ノアみたいに、言葉にして伝えればよかった…」

 ノアの垂れ下がった耳を撫でながらそう呟く。献身を心の内で拒絶しノアの消滅を望んでいた自分が許せなかった。初めて会った時からもっと優しくしていれば、ノアを追い詰めるような言葉を吐かなければ、こんな結末にはならなかった。エリオットの唇が歪み、乾いた笑い声が漏れる。

「…はは…ねぇノア、俺もね、愛してるよ…」

 ノアを失うなんて、耐えられない。禁忌を1度犯した今、もう躊躇はなかった。


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