聖黒の魔王

灰色キャット

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第4章・南西地域の騒動と平穏

117・魔王様、結論を下す

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 重苦しい表情でどう話そうか……何から言おうかというような雰囲気が伝わってくる。
 そうやってずっと悩んでるのはいいが、ここでこんな風に時間を取られる訳にはいかない。

 話すのを待ってたら埒が明かないというものだ。

「で、どういった事情なのよ。はっきり言いなさい!」

 とりあえずバン、と机を軽く叩いてやると、びくっと一瞬身をこわばらせた後、ビアティグの方もぽつぽつと話しだした。

「あ、ああ……。実は、グルムガンド中の家畜が全て……いなくなってしまっていたんだ」
「家畜が?」
「家畜って……確かシーシープとグランボアだよね。ちょっと癖があって独特の味がするらしいよ! 食べたことないんだけど」

 シーシープって言うのはグルムガンドでも沿岸部の方に生息している潮の香りがかすかにする羊の魔物らしい。
 飼料としては海水と草らしく、海水は“塩袋”と呼ばれる独自の器官を通じて塩と水に分解され、塩袋の中に入った塩は少しずつ体の内側から溶け込んでいくのだとか。
 食べる頃によって味の違いが如実に現れ、子どもの頃はそれこそ薄味。大人になるに連れてどんどん塩味が強くなっていくのだ。

 逆に老いてしまうと肉が相当塩辛くなってしまい、まずはその塩分を抜く作業から始めなければならないのだが、基本的には食べられない所は骨と一部の臓器ぐらいだと言われている。
 塩袋の中には独自に精製された塩が中に入っているので、グルムガンドではシーシープを使って塩を作るらしい。

 グランボアの方はイノシシと豚の中間のような立場の魔物で、結構大柄の魔物だ。
 図体がでかい分食欲も旺盛。食べられないものはなく、腐ったものですら平気で栄養にすることが出来るそうだ。
 家畜にするにはちょっと暴れん坊な面もあり、食料にする前にまずちょっとした戦いになるのだとか。
 だからかグランボアを飼育する場合はそれなりに強いものにしか行うことが出来ないらしい。

 肉は粗野にして美味という言葉を体現していると言われているらしく、とにかく癖の強いということで有名だ。
 焼くと独特の香りを放ち、煮ると白く濁る程の脂身を出すと言われている。
 正に肉! という肉らしく、グルムガンドに行ったことのある人狼族はよだれを垂らしながら思い出すのだとか。

 結構好みが分かれるものだが、人狼・獣人族には非常に受けが良いため、家畜としてなりたっているらしい。

 シーシープ・グランボア両方共繁殖力が高く……というか南西地域に住んでいる魔物で家畜化されているものは基本的に繁殖しやすい。
 グルムガンドやケルトシルではそれなりに大規模な酪農業をする余裕があるほどだ。
 最近のリーティアスの国事情では、アースバードの卵を定期的に採取しなければあっという間に増えてしまうぐらい。

 というのも、まずこの南西地域という所は気候が常に一定以上で安定していて、フェアシュリーの首都であるジュライムにそびえ立つ国樹のおかげで雨は降っても降り過ぎることはない。

 常に国樹にとって居心地の良い環境が作り出されてる上に、それは南西地域の――具体的に言えばクルルシェンド~リーティアスの近海まで影響を及ぼしている。
 ディトリアの港からそれなりに離れた位置は範囲外らしく、その境目付近でシードーラが捕れるのだとか。

 そんな環境だからか、植物への影響力も強い。
 正直セツキが南西地域に目にかけてくてれていなかったら、セントラルの魔王――ディアレイ辺りに制圧されていたに違いない。
 これほどの肥沃な大地。知ってるものからすれば抑えておきたいだろうからね。

 ま、セツキも見守ってくれてる分甘い汁という利益を十分に得ていただろう。脅威から守ってくれていたのだから彼が楽しむ分くらい、セツオウカを潤すぐらいしていても仕方ないんだけど……。

 まあそこは今考えても仕方のないことだろう。
 問題はグルムガンドの家畜事情だ。いなくなったってことはどういうことだ?
 少なくとも一日二日でこなせるほどの仕事量じゃ……。

「ボクが聞くのもおかしいかもですけど……いなくなったって、どういうことですかニャ?」
「言葉通りの意味だ。牧場は抉れたような跡があり、今確認できる限り全ての家畜を殺されている。恐らく……農場も同じように……」

 うつむく彼の言葉から推測すると、それは国にとって致命的な――恐らく絶望的な未来しか見えない。
 今あるのは食料として刈り取った後の物だけなんだろう。後何日続くか……今まで持ったのが不思議なくらいだ。
 このままでは国民達の食料もなくなっていき、飢えていくこと必至だろう。
 だが――

「そう、それなら賠償は無理そうね。無いところから絞り出したってしょうがないもの。で、だから許してくれと?」

 ここで許してしまったら他の国に……ましてや自分の国の民達に示しがつかない。
 何も払えるものがないんです。だから許してください。では済まされないことをグルムガンドはやったのだ。
 ここで私が折れてしまえばこの先、それを付け込まれかねない。それだけは絶対にしない。

 例え操られていようと、向こうの国民達に罪はなかろうと……全てを許すという甘さを見せることだけはしてはいけない。

 私の身長じゃお互い座っていたとしてもビアティグを見上げる形になってしまうのだけど、それでも今の私は冷たい目をしているのだろう。
 その証拠にビアティグの隣りに座っているアストゥが泣きそうになりながら息をのんでいる。

 この子はビアティグとは親密な関係だった。だから尚更辛いのだろう。
 本当だったら許してあげてくれと懇願したかったんじゃないかと思う。だけどそれをしないのは彼女なりにわかってるからだろう。
 こちらは使者を捕らえられた挙げ句牢に閉じ込められ、私自身は国をひっくるめて全てを侮辱されたんだ。

 悪いけど、ここでアストゥがビアティグを庇うようだったら同じように責任を問うつもりでいた。
 他の魔王――フォイルなんかは逆に当然だと言わんばかりの顔で冷静に私とビアティグのやり取りを見つめている。
 ジークロンドは堂々としたもんなんだけど……なぜかフェーシャの方ははらはらとした様子で私とビアティグの顔を交互に見つめている。
 ここらへん、魔王としての在り方とか性格が現れてるんだろうな。

 どういう態度を取るのかと思って様子を見ていたら、急に立ち上がって私の目の前にやってくる。
 いきなりの急変に他の魔王達も身構えてたけど……それは要らない心配だったようだ。

 私の目の前で勢いよく地面に頭を擦り付けてきた。両手も膝も地面について頭を下げる。
 これは……確かセツオウカでは土下座とか言ってたな。まさかビアティグがそれをするなんて思わなかったというか、初めて見た。

「俺にはもう、こうすることしか出来ない。魔王としての外聞、誇りもこうなってしまったらもはや無いも同然だ。せめて……せめて俺の出来る限りで許してくれ。なんでもする……頼む!」

 ここまでするかと言わんばかりの態度。
 自分のことは構わない。その変わり国だけは……という決死の覚悟が見える。
 さて、どうしたものか……。私がいじめてるようにも見えるけど、これが彼の精一杯といったところだろう。

「なんでもするのね?」
「ああ」
「なら、私が今ここで『隷属の腕輪』を自分で身に付けろ……そう言っても従うのね?」

 私のこの一言で場が完全に凍りつくのをはっきり肌で感じた。
 ここに魔王達を集める時、『隷属の腕輪』と『狂化の腕輪』についての情報を余さず公開している。
 だから私のこの発言がどういうことか、ここに居るもの全てが理解できているであろう。

「ティ、ティファリスちゃん! そんなのあんまりだよ!」

 堪りかねたアストゥが悲痛な声をあげて私を非難する。……が、そんなものは知らないとばかりに私はただビアティグだけを冷めた目で見つめる。
 怯え、恐れ――色んな感情がないまぜになっているのがはっきりと分かる。

 それは『隷属の腕輪』で操られた者だけがわかる感情。
 自分を完全に無くし、自我というものを悉く踏みにじり、その人の意思も尊厳も握り潰し絞り尽くされる。
 その事をわかっている者に、命だけじゃなく全てを差し出せと私は言っているのだ。

「そ、それは――」
「出来ない? 貴方の覚悟は所詮、その程度だったと?」

 最初、私が『隷属の腕輪』から開放したときにはそんな実感はなかっただろう。
 実際グルムガンドがそんな悲惨な状態じゃなかったらここまでの落ち込みようはなかったのかも知れない。
 そして……私もここまでのことは言わなかっただろう。

「ティファリスちゃん!」
「黙っていなさい。貴方も被害者でしょうが」
「で、でもぉ……」
「アストゥ女王。ここは黙っといた方がいいですよ」
「だ、だって! これじゃあ――」
「ここで一番力があるのはティファリス女王です。グルムガンドに宣戦布告まがいの事をされたんも、一番最初に馬車を襲われたんも……。
 それとも、アストゥ女王はそれでも許せ言うんですか? ここまでやったから、ここまでしてるんやから、自国の民が襲われたこともティファリス女王自身を含めた魔人族の全てを馬鹿にされたことも水に流せぇと?
 馬鹿な事言わんでください。世の中には知っていようが知らなかろうが、やってええことと悪いことがあるんですよ」

 アストゥが駄々をこねるように私に追いすがる姿を見てか、フォイルがたまらず口を出してきた。
 もしかしたら操られたことを盾にして逃れようとしているかのように彼の目には映っているのかも知れない。
 それか操られたかそうでないかの差異はあるとは言え、同じように私に戦いを挑み、負けて敗れ去ったアロマンズの姿が重なったのかも……。
 何にせよ、フォイルのその非情な目はアストゥを黙らせるのには十分だった。

「……る」
「なに? なんて言ったの?」
「なんでもする。その言葉に、嘘偽りは……ない!!」

 ビアティグのはっきりと私を見据えた言葉。そこにはただただ真実しかなかった。
 ふとフォイルの方を見ると微妙に満足そうな表情をしている。

 あの男フォイル……どうやらこの言葉を引き出させるためにあそこまで言ったのか。
 まあいい。おかげで彼も決断してくれたようだからね。
 本当に覚悟を決めての発言だったのか、それともその場しのぎの言葉だったのか……。
 なんにせよ、ビアティグの本気度合いを見られて良かった。

 私の方も彼のその覚悟に見合った――失礼の無い態度で望まなければならないだろう。
 ビアティグの国と命……私がまるごと背負ってやる。それがどんなに険しい道になっても。

 それが恐怖を抱きながらも前に進もうとした勇気ある者に対する真の礼儀というものだろう。
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