聖黒の魔王

灰色キャット

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第9章・上位魔王達の世界戦争

250・アールヴの憂鬱

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 レイクラド王との会談を終えた私は、一人執務室で仕事をしていた。
 フワロークとマヒュムはドラフェルトの領土を大体私に放り投げてきた。
 自国の体勢を整えるほうが先決だし、これからのことを考えたら私に任せたほうが良いとかなんとか……。

 その分色々と資源や金銭など……復興に使えるものをこれでもかと請求されてしまった。
 この世界の中心に存在すると言われているクレドラルも抑える事が出来たし、後々在留軍として一部の戦力をドラフェルトに割けばどうとでもなるだろう。

 レイクラド王の処遇も全て私任せとなってしまったが……彼から得られる物は大体手に入れてしまったし、後は政治とか国を運用するのに必要な手練手管を習うくらいかな。

 少なくとも殺すとか見せしめとかはするつもりはない。そういうのは私は嫌いだ。
 傷が癒えたらライドムと合流させ、最終的にはもう一度ドラフェルトの魔王に就かせようと思っている。
 一応預かってはいるが、飛び地の領土なんてそう長く持っている必要はない。

 ま、その代わり北地域で消費した分の資源を徐々に請求していく形にはしようと思ってるけどね。

 そんなこんなで特にこちらが戦争したわけでもないのに領土を寄越され、今正に執務室では激戦が繰り広げられている。
 ……パーラスタの領土も抑えることになったし、そこらへんの近隣諸国は小国ばかりで、私に全面降伏して傘下に加わりたいと言ってくる始末。

 こいつらは大方私の戦力目当てなんだろうが、利用できる間は利用すればいい。
 ただ、私の庇護下にあるのを傘に来てやりたい放題やるならそれ相応の報いを受けさせてあげることになるだろうけどね。

 ――コンコン、コンコン。

「入っていいわよ」

 少し控えめな音で聞こえてきたノック音に返事をした私は、扉の方向に視線を向けると入ってきたのはやっぱり、ベリルちゃんだった。

「ティファちゃん……」
「ありがとう。今日はわざわざごめんなさいね」

 本当はもうちょっと早く仕事を終わらせてベリルちゃんと話そうと思ったんだけれど、レイクラド王との話し合いが予想以上に長引いてしまったから、自然と今の時間までズレてしまっていた。

 ――彼女とは色々と話し合いをしようと思っていた。
 どうにも最近落ち込み気味なベリルちゃんの気持ちを少しでもわかりたかった……というのもある。

「まだ忙しい? また後にしようか?」
「いや、いいわ。ちょうど一息つこうと思ってたところだから」

 本当はまだ全然仕事が終わってないんだけど……まあ、寝らずに頑張ればなんとか出来るだろう。
 私には心強い味方『リ・バース』が存在する。
 ……一瞬、完全治癒魔導を疲労回復アイテム扱いする自分が情けなくも感じてきたけど……それも仕方ないだろう。

 ほとんど徹夜のお供のような存在になりつつあるのだから。

「ちょっと待っててね。今からお茶入れてくるから」
「あ、それならわたしが……」
「お客様は黙って座ってなさいな」

 軽くウィンクして一息入れるついでにお茶を淹れに行くことにした。
 私だって一応それくらい出来る。アシュル、リュリュカ、他のメイドと……忙しい時もあるしね。





 ――





「ほら、お茶菓子も持ってきたわよ。
 私のお気に入りのクロシュガルだけどね」

 普段はあまり手に入らないケルトシルで限定生産されているクロシュガル。
 最近では更に腕前を上げ、一口サイズのそれは口の中に含んだ瞬間に伝わる優しくほどけていく極上の甘さは天へと導かれるほどだと絶賛されていて、グルメなケットシーも納得の素晴らしい逸品。

 私ほどでなければ毎回確保することは出来ないだろう。
 ちょっと自慢したくなる程のお菓子で深紅茶と共にお気に入りの一つだ。

「そんな、気を使わなくてもいいのに」
「お話するのにお茶があって、お菓子がないのは少し味気ないでしょう?
 会談や厳格な場ではないのだから、少しは緩く行きましょう」

 来賓用の机に置かれたクロシュガルを一つ齧って甘さを存分に楽しむ。

「んー……相変わらず、素晴らしい出来栄えね」
「ティ、ティファちゃん、今日はどんな用事なの?」

 まずは軽く和みながら世間話でもしていこうかと思ったんだけど……どうやらそういうわけにもいかないようだ。

「ベリルちゃん……パーラスタでなにが起こったの? ここに帰ってきてから、元気がないように見えるけど……」
「……」

 言おうかどうしようかと……そんな風に悩んでいる様子のベリルちゃんは、落ち着こうとゆっくり深紅茶を口に含んでちょびちょびと飲んでいる。

「ティファちゃん、わたし、わからないの。
 自分の気持ち、本当の想い……パーラスタがなくなって、お兄様もいなくなって……父も母ももういない。
 わたしを縛る全部はもうなくなって……空っぽなわたしだけが残って……」
「ベリルちゃん、貴女は空っぽなんかじゃないわ」
「ううん、だって、今も自分の感情が本当にわからないもん。
 本当はもっと嬉しいはずなのに、もうわたしは誰にも閉じ込められないのに……」

 うつむきながら半泣きのような顔をしているベリルちゃんは多分、お兄様と――フェイル王との会話やパーラスタとの戦いで自分を見失ってしまったのだろう。
 元々生まれや育ちのせいで相当不安定な心を内に秘めていたんだ。

 多分、最初から心の整理が付いていなかった彼女は、パーラスタから解放されたせいで一気に自分がどうすればいいのかわからなくなってしまったのだろう。

「しょうがないわ。ベリルちゃんはずっと閉じ込められていた。
 それでも空っぽだっていうなら、今からそれを埋めていけばいいわ。
 貴女には私もアシュルも……カヅキも他のみんなだって、貴女ときちんと接してくれるはずよ」
「でも……わたしは……」

 うじうじと悩んでいるベリルちゃんの隣に座って、優しく頭を撫でてあげる。
 私の方がちょっと背が低いからちょっと手を伸ばして……不格好な形になってしまうけれど、出来るだけ穏やかに。

「ティ、ティファちゃん?」
「ベリルちゃん。もっと他の子たちと触れ合いなさい。そうして……本当に自分がしたいことを見つけるの。
 貴女が今抱いてる一番大切な感情と想いを残して、ゆっくり育んでいけばいい」
「一番大切な想い……それがティファちゃんが好きだって、愛してるって気持ちでもいいの? わたし、女の子だけど、そんなの関係ないって……」

 この子は何を言ってるんだろうか。
 そんなこと、初めから言うことは決まってる。私にとって大切な事はいつだって一つだ。

「当たり前じゃない。慕われるのが嫌いな魔王がいるわけがないでしょう。
 まあ、それであんまり周囲の子と仲が悪くなっちゃったら困るけどね」

 再びウィンク一つすると、ベリルちゃんは顔を赤らめながらうつむいてしまった。
 今まではあまり私がこういう攻め方をしてなかったものだから、なにかと新鮮だ。
 こんなに忙しい状況じゃなかったらもう少し堪能することも出来たんだけどなぁ……少し惜しい。

「ティファちゃん……こんなわたしでも良いのかな? もっと色々知って、自分の事に気にかけて……」

 普段私にべったりだったベリルちゃんがしおらしい姿を見せるのが本当に可愛らしくて……もう少しだけ、甘やかしてあげようかな。

「当たり前でしょう。それが駄目だって言うやつがいるなら私に言いなさい。
 そんなのは全員ぶっ飛ばしてあげるから。貴女はただ貴女のまま、ゆっくりと成長していきなさい。
 今までも、そしてこれからも……私がちゃんと見守ってあげるからね」
「……ふふっ、あはは、やっぱりティファちゃんはどこまでもまっすぐなんだね。
 ……ありがとう。本当に、ありがとう」

 半分……っていうかほぼ泣いてるベリルちゃんの頭を、私はいつまでも撫で続けた。
 彼女の心が落ち着くように……今からの彼女の生が、少しでも幸せで満ち溢れたものでありますよう、願いながら――。
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