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第六節 リアラルト訓練学校編

第100幕 予想外の出来事

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 その日の授業を一通り見学し、大方の流れを掴んだ俺は、今日一日誰にも話しかけられることもなく放課後を迎えた。
 ……いや、ミシェラには率先して話しかけられもしたが、他の連中はミシェラに遠慮しているのか、どこか怖い物を見るかのような目でこちらの様子を伺っていたな。

「グレファくーん、ちょっといいですかー?」

 周囲に馴染めずに完全に浮いてしまった俺は、この状況をどうにか打開しようと考えていたんだが、アウラン先生が笑顔で手を振りながら呼んでいるのを見て、その思考を中断させる。

「先生、どうした……んですか?」

 最近は敬語を使うのなんて中々なかった俺だが、流石に教えを請うている立場で普段接するような態度で臨むのはよろしくないだろう。

「実はですねー、編入試験を合格した貴方の部屋が用意できなくてですねー。ちょっと相部屋になっちゃうんですよ。構わないですか?」
「……俺は別に構いませんが、その、向こうの方は……」
「ええ、相手の方は全然構わないと言ってくださいましたよー」

 などと言いながら寮への行き先を教えてくれた……のだけれど、それを聞いて俺は一抹の不安を覚える。
 そういう事を言ってるということは、少なくとも俺を知っているやつで間違いないだろう。
 一瞬頭をよぎったのはミシェラ。少女のような可憐さで狂気をその内に秘めた少年の姿だ。

 部屋の中に入った瞬間『おにいちゃーん』とか呼んで両手を振って嬉しそうにしているところすら容易く想像出来るほど。

 ……ある意味セイルよりもたちが悪いような気がする。
 学校の敷地内に寮があるというのは学園でもあったからわかるが、いつでも編入を受け入れている割にはこういうところ準備が悪いな。

「実は古くなった建物を建て直している最中なのですよー。ついでに増築もしてましてね。
 本当に皆さん国を想う気持ちが強いいい子ですよ」

 笑顔で『いやぁ運がないですねー』なんて言ってくれるものだから拳を握りしめたくもなる……がそれを抑えて了承の意を示すことにした。

「わかりました。それじゃ、俺はこれで」
「あ、ちょっとまってください」

 そのまま歩き去ろうとしていた俺を、再びアウラン先生は呼び止めてきた。
 これ以上なにか言いたいことがあるのかと振り向くと……そこにあったのは少し悲しそうに微笑んでいる先生の姿だった。

「最初は驚きましたけど……ミシェラくんとは仲良くしてくださいね。
 私たちでは、どうすることも出来ませんから」

 そう語る先生の姿はどこまでも悲しく、また、俺に優しい笑顔を向けていた。
 だから、一つ気になることがあった

「……なんでミシェラはクラスの連中から敬遠されているんですか?」
「それはあの子の力が強すぎるからですよ。加減を知らない。
 しかもそれを絶えず笑顔で行うんです。戦う相手として、これほど恐ろしいものはありません」

 言われて納得してしまった。
 あいつは笑いながら殺意を見せずに戦い続けてきた。
 ミシェラはどこか狂っている……それは他人から見たらただただ恐ろしいものだろう。

「教師である私から見ても戦っている彼の姿は恐ろしく……普段の彼が何を考えているのか、理解できません。
 それが――」
「――尚更恐ろしい。化け物を見ているようで」

 ビクリ、と怒られた子供のように身を竦めるアウラン先生は、どこか幼く見えた。
 ただ、それも理解できる。人というのは自分とは圧倒的に違うもの、異質なものを嫌う。
 それは時として英雄と呼ばれる者たちにもなるが……ミシェラのように忌むべき者と畏怖される者もいる。

「わかっていますよ。あいつは俺の大切な友達ですから」

 だから、ミシェラを決して見捨てることはない。
 それは彼と対等に渡り合える俺だからこそ出来ることだろう。

「よろしくお願いしますね」

 アウラン先生のその悲しげな笑顔を背に、今度こそ俺は教室から離れ……寮へと向かう。

 その道中……あれだけ格好いい事を言ったのはいいが、向かっている最中に一つの不安が再発させてしまう。
 確かにミシェラを見捨てない……のはいいけど、同じ部屋に入室するのはちょっとなぁ……という思いだった。


 ――


 若干憂鬱になりながらも教えて貰った寮へと辿り着いた。
 少し離れた場所だが、ここも一応リアラルト訓練学校の敷地内なのだとか。
 広さで言うならアストリカ学園よりもずっと広い。

 敷地内に色々な店があったりして、さながら副首都の中にある小さな町のようだ。
 そして寮は非常に大きく横幅に広い。まるで巨大な家をそのままここに置いたかのように見える。

 全部で五階まで存在するらしく、大体が相部屋らしい。
 部屋の中は更に風呂・トイレ・寝室と三つに別れているそうで、かなり立派な構造をしている。

 男女の区別はないが、向かって左が男。右が女という暗黙のルールがあるそうで……俺の部屋はその女側に一番近い三階の階段近く……らしいが、いざ行って見るとむしろ男側に近い右側の部屋にしか見えなかった。

 一応鍵を渡されていたし、覚悟を決めてさっさと入ったほうがいいだろう。
 扉を開けると部屋の方は既に明かりが灯っていて、相方は帰ってきているみたいだ。
 さて鬼が出るか蛇が出るか――

「あ、おかえりー」
「ただい……ま……」

 覚悟をして部屋に入ると……そこにいたのはミシェラではなく……シエラだった。
 俺を知ってるって……ソッチのほうかー。

 前も同じ宿に泊まっていたとはいえ、ここでも一緒になるのか……。
 予想外ではあったが、だからこそこの部屋を割り当てられたってわけだな。

 男側にも女側にも近い中途半端な部屋……ある意味相応しいと言えるだろう。
 納得したところで、改めて部屋の中に入ることにした――。
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