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第八節 ヒュルマの国・動乱編
幕間 去って行った者の後ろで
エセルカの事を聞き出し、忠告を受けて立ち去ってしまったグレリアの背をしばらく眺めていたソフィアは、立ち上がって自らの大槌を拾いに行く。
「……これで良いんでしょ?」
最早完全にグレリアは去ったというのに、誰かに問いかけるように声を上げるソフィア。
彼女の声は広いこの部屋に少しだけ反響して、全体に広がっていって……吸い込まれるように消えていく。
一見ソフィア以外誰もいないであろう場所……しかし、それに対し、部屋に暗い闇を落とした場所からなにかが蠢く。
「ああ、それでいい」
それは男の声。
いつの間に潜んでいたのか、その声の主はグレリアが行くことはなかった奥へ進む道の方から静かにソフィアの方に近寄ってきていた。
部屋の暗がりに隠れ、輪郭以外何も見えない男は、身長から判断するに、青年と言えるくらいだろう。
他に特徴を上げるとするならば、男の瞳は金色を宿しており、例えるのならば二つの小さな満月が不気味な夜闇を纏っているようでもある。
「それにしても、随分と酷く負けたじゃないか。
くくくっ、アスクード王もとんだ無能を掴まされたな」
ぐっ、とソフィアは拳を握って彼の言葉を黙って聞き流す。
闇に潜む彼はそれだけの事を言える実力があり、少なくともソフィアが一人で戦っても勝てない相手だからだ。
いや、仮に彼女が数人束になったとしても勝ちは見えない。
それどころか、男に一度破れてしまえば、その命の終わりはさぞかし無残なものになる……。
男と接したことがあるからこそ、自分が『無能』だという言葉にも彼女は黙っている他ないのだ。
「貴方も彼の実力は見たんでしょう?」
「ああ、お前があいつの実力の全てを引き出せなかったところもな」
「……いちいち言ってくれるじゃない。それだったら貴方がやったらどう?
少なくとも、わたしなんかよりは正確に彼の実力を知ることが出来るんじゃないかしら?」
「はっ、俺は忙しいんだよ。あんなのの相手をしていて、あの方の計画に支障が出たらそれこそ殺されかねん。
お前やカーターのように代替が利く道具と一緒にするな」
馬鹿が、と男は多少苛立ちを覚えたかのように吐き捨て、睨む。
ソフィアはそれをただ、拳を震わせながら黙って受け止める他なく……同時にそれだけ言われても向かうことすら出来ない自身の『弱さ』に笑いがこみ上げてきそうにもなっていた。
それは『お前が死んだところで、いくらでも代わりはいる。遠慮なく死ね』とはっきり言われたのと同じだ。
これが温厚……怒りを知らない性格なのであれば、何も気付かずに受け流せたであろうが、ソフィアにとって、戦いとはこの世界で唯一与えられた役割のようなもの。
それを目の前の男にはっきりと『無価値』だと宣言されてしまったのだから、憤りを覚えるのも無理からぬ話だろう。
「そう、だったらさっさと行ってちょうだい。
貴方の事をわたしが嫌ってることは知ってるでしょう?
負けた場合の役割はきちんと果たしたつもりよ」
「ま、そうだろうな。だけどよ俺はお前の事、別に嫌いじゃないぜ?」
おどけるような口調で『嫌い』ではないと言い切る男にソフィアはうんざりするような視線を向ける。
「それ、興味がないからでしょ?」
「まあな」
男の笑い声が響き、そのまま足音は奥の方へと向かう。
……が、なにか思い出したように男は歩みを止め、そのままソフィアに話しかける。
「そういえば、あいつに言ってたな。
『たった国二つが相手じゃない』って」
「……それ以上は言ってないでしょう?」
「ああ、だが、覚えておけよ。
あの方に少しでも逆らうような素振りを見せたら……最期に自分自身が保てないほどの闇が待ってるってな。
これは俺からの『忠告』だ。期待通りの働きをしてくれた……『勇持ち得ぬ者』に対して、な」
それは『忠告』と言う割には酷く愉快そうな声音を宿していた。
彼にとって、ソフィアは忠実な僕であり、逆らわぬ道具であることを強調するかのように。
それだけ伝えた男は、今度こそ足音ともに立ち去ってしまった。
最後に残ったソフィアに残されたのは、話しかけても返事をしないであろう暗闇と……取り残された静けさだけ。
「……皮肉ね」
呟いたソフィアの声に誰も答える事無く、辺りは薄暗い闇を称えるだけだった。
それでも彼女は、言葉を紡ぐ。誰に向けたものではなく、ただ己自身に向けて。
そして……先程まで戦っていた、ここのはいない……彼に向けて。
「わたしは結局、こうやって独りで取り残されるだけ。
それでも、踊り続けなければ、それすら許されない……。
生きるってことが、こんなにも難しいことだなんて考えたことなかった。
貴方は……どうなんでしょうね?」
言葉にならないそれは、吸い込まれるように空虚の中に消えていって……誰に何かを期待するわけでもなく彼女は立ち上がる。
傷ついた身体を抱いて、そのままゆっくりと部屋の奥深くを進むソフィアの前には……眩しいほどの光で暗闇を照らす機械。
魔力と魔石によって動く『電車』のようなものがそこにはあった――。
「……これで良いんでしょ?」
最早完全にグレリアは去ったというのに、誰かに問いかけるように声を上げるソフィア。
彼女の声は広いこの部屋に少しだけ反響して、全体に広がっていって……吸い込まれるように消えていく。
一見ソフィア以外誰もいないであろう場所……しかし、それに対し、部屋に暗い闇を落とした場所からなにかが蠢く。
「ああ、それでいい」
それは男の声。
いつの間に潜んでいたのか、その声の主はグレリアが行くことはなかった奥へ進む道の方から静かにソフィアの方に近寄ってきていた。
部屋の暗がりに隠れ、輪郭以外何も見えない男は、身長から判断するに、青年と言えるくらいだろう。
他に特徴を上げるとするならば、男の瞳は金色を宿しており、例えるのならば二つの小さな満月が不気味な夜闇を纏っているようでもある。
「それにしても、随分と酷く負けたじゃないか。
くくくっ、アスクード王もとんだ無能を掴まされたな」
ぐっ、とソフィアは拳を握って彼の言葉を黙って聞き流す。
闇に潜む彼はそれだけの事を言える実力があり、少なくともソフィアが一人で戦っても勝てない相手だからだ。
いや、仮に彼女が数人束になったとしても勝ちは見えない。
それどころか、男に一度破れてしまえば、その命の終わりはさぞかし無残なものになる……。
男と接したことがあるからこそ、自分が『無能』だという言葉にも彼女は黙っている他ないのだ。
「貴方も彼の実力は見たんでしょう?」
「ああ、お前があいつの実力の全てを引き出せなかったところもな」
「……いちいち言ってくれるじゃない。それだったら貴方がやったらどう?
少なくとも、わたしなんかよりは正確に彼の実力を知ることが出来るんじゃないかしら?」
「はっ、俺は忙しいんだよ。あんなのの相手をしていて、あの方の計画に支障が出たらそれこそ殺されかねん。
お前やカーターのように代替が利く道具と一緒にするな」
馬鹿が、と男は多少苛立ちを覚えたかのように吐き捨て、睨む。
ソフィアはそれをただ、拳を震わせながら黙って受け止める他なく……同時にそれだけ言われても向かうことすら出来ない自身の『弱さ』に笑いがこみ上げてきそうにもなっていた。
それは『お前が死んだところで、いくらでも代わりはいる。遠慮なく死ね』とはっきり言われたのと同じだ。
これが温厚……怒りを知らない性格なのであれば、何も気付かずに受け流せたであろうが、ソフィアにとって、戦いとはこの世界で唯一与えられた役割のようなもの。
それを目の前の男にはっきりと『無価値』だと宣言されてしまったのだから、憤りを覚えるのも無理からぬ話だろう。
「そう、だったらさっさと行ってちょうだい。
貴方の事をわたしが嫌ってることは知ってるでしょう?
負けた場合の役割はきちんと果たしたつもりよ」
「ま、そうだろうな。だけどよ俺はお前の事、別に嫌いじゃないぜ?」
おどけるような口調で『嫌い』ではないと言い切る男にソフィアはうんざりするような視線を向ける。
「それ、興味がないからでしょ?」
「まあな」
男の笑い声が響き、そのまま足音は奥の方へと向かう。
……が、なにか思い出したように男は歩みを止め、そのままソフィアに話しかける。
「そういえば、あいつに言ってたな。
『たった国二つが相手じゃない』って」
「……それ以上は言ってないでしょう?」
「ああ、だが、覚えておけよ。
あの方に少しでも逆らうような素振りを見せたら……最期に自分自身が保てないほどの闇が待ってるってな。
これは俺からの『忠告』だ。期待通りの働きをしてくれた……『勇持ち得ぬ者』に対して、な」
それは『忠告』と言う割には酷く愉快そうな声音を宿していた。
彼にとって、ソフィアは忠実な僕であり、逆らわぬ道具であることを強調するかのように。
それだけ伝えた男は、今度こそ足音ともに立ち去ってしまった。
最後に残ったソフィアに残されたのは、話しかけても返事をしないであろう暗闇と……取り残された静けさだけ。
「……皮肉ね」
呟いたソフィアの声に誰も答える事無く、辺りは薄暗い闇を称えるだけだった。
それでも彼女は、言葉を紡ぐ。誰に向けたものではなく、ただ己自身に向けて。
そして……先程まで戦っていた、ここのはいない……彼に向けて。
「わたしは結局、こうやって独りで取り残されるだけ。
それでも、踊り続けなければ、それすら許されない……。
生きるってことが、こんなにも難しいことだなんて考えたことなかった。
貴方は……どうなんでしょうね?」
言葉にならないそれは、吸い込まれるように空虚の中に消えていって……誰に何かを期待するわけでもなく彼女は立ち上がる。
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魔力と魔石によって動く『電車』のようなものがそこにはあった――。
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