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140・竜人族の学園長

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 ガンガンガンと、普通に使ったはずなのに強く鳴り響いたドアノッカーの音に少し驚きながら待っていると――

「入ってきなさい」

 と扉の奥から普通に聞こえる程度に大きな声を出して教えてくれた。
 ゆっくりと中に入るとそこにいたのは……子供のような姿の黒竜人族だった。
 私達よりも小さくて、黒い髪に燃えるような赤い目が印象的だけど、幼さがそのまま残っている顔は、どう見てもまだ子供にしか見えない。

「……え? 子供……?」
「レ、レイア殿!?」

 私が思っているだけだったその言葉を、レイアは呆気に取られたように呟いて、雪風は慌てたような声を上げた。

「よいよい。改めて……私がこのエンドラル学園の長――フィレッドだ。よろしく頼む」

 椅子から降りて、握手を求めてきたからそれに応じる。

「私はエールティア。そしてこの隣はレイア」
「よ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたレイアに、フィレッド学園長は優しい目を向けていた。

「キミの話も聞いているよ。辛い思いをしたね」
「……何で、知ってるんですか?」
「黒竜人族の同志だからね。遠い異国の地だから、私の力が及ばなかったのは情けなかったけれどね」

 申し訳なさそうに少しだけ顔を俯けたフィレッド学園長に、レイアは困惑して、どうしていいかわからないようだった。

 ……まあ、それも無理もない話だろう。全く知りもしない相手に、自分の事を知ってるとか言われてもね。

「……納得いかなかったかな?」
「えっと、はい」
「そうか……そうだね。見ず知らずの私の話を信じろ、というのも無理な話だ。なら、せめてこの学園での暮らしが有意義であるように祈っているよ」

 フィレッド学園長は全く動じる事もなく、ただただ穏やかな目を向けているだけだ。

「あの……なんで、そんなに優しいんですか?」

 おずおずとした様子で問いかけたそれに、学園長はただにこにこと笑っているだけだ。多分、本心を答える気がないんだろう。つまり次に来るのは――

「黒竜人族というのは、始竜としての力に目覚めた始祖フレイアールの血を宿した一族だという事は知っているかな?」
「は、はい。その力を強く受け継ぐのがその……お兄様だと」

 レイアの言葉に高らかな笑いをあげた学園長は、ゆっくりと首を振って、ため息を吐いた。

「クリム・ルーフか……ふふ、確かに彼は『才能の塊』だ。あの村の連中が高らかに声を上げて認めるだけの事はある。彼は既に超一流の血に目覚めようとしている事だろう」

 レイアは信じられないと言いたげな表情で目を見開いていた。だけどそれはよくわかる。
 だって、レイアのお兄様はとてもじゃないけれど……才能があるなんて言えたものじゃない。

 目が腐って、零れ落ちていたとしても、あれを『才能の塊』だと言い切るなんて無理がある。せいぜい空気を汚して無意味に食べ物を貪る生き物だろう。

 あんまりにもふざけた嘘を言っているから、つい睨むようにフィレッド学園長の目を見つめるけれど、彼の目は全く動じることもなくて、むしろ真剣な色を宿していた。

「学園長はレイアが辛い思いをしたのを知ってるんですよね? なら、なんでそんな事を……」

 あまりの仕打ちに言葉を荒げそうになった私を、学園長は片手で制した。

「知っている。だからこそ、会いたいと思っていたのだよ。クリム・ルーフの事で気を悪くしたのならば謝ろう。だが、覚えておきなさい。物事には全て表と裏がある。初代魔王であるティファリス・リーティアス様がエルフ族を手厚く保護した裏で、ダークエルフ族は日陰に追いやられてしまった」
「だ、だけどそれは――」
「ああ。もちろんそれは私も正しい事だと思っている。偉大なる魔王様のした事はどれも称賛されるべき事だ。私はあの時代に生まれ落ちなかった事を悔やんでいるくらいだからね」

 こほん、と一つだけ咳をして、にこりと笑いかけてくる学園長だけど、なんというか……さっきの発言を考えると嘘くさく見えてしまう。どこまでが本当で、どこからが偽物なのか……その境界線を掴ませてくれない。

「ちょっと話が逸れてしまったね。私は黒竜人族は皆家族だと思っている。だからこそ、レイアの事に胸を痛めているんだよ。我らが愛し子が傷つけられ、貶められたのだから」
「それは……本当なんですか?」

 じっと見つめるレイアの目には、決して嘘を見逃さない……そんな思いを抱いているんじゃないかと思わせるほどの力があった。

「ああ、もちろんだよ。その為に話は付けておいた。レイア、キミはもう本当の意味で自由だ。あの家にも戻らなくていいし、リーティファ学園を卒業しても、苦しむ必要はないんだよ。だから……安心して学業に集中しなさい」

 優しげな笑顔を崩す事がなく、フィレッド学園長との話は私との軽い雑談に移ってしまった。お父様の話や、今のティリアースの状況。そんな事を聞いてくるだけで、面会は終わってしまった。

 どこかもやもやしたものが残るけれど……レイアが本当にあの家族と縁が切れたなら――もう関わり合いになる事がないのなら、その方が良いだろう。

 それが知れただけでも良かった。もしフィレッド学園長がレイアに何かしようとするのであれば、友達として守ってあげるだけの事だからね。
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