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197・見極め、刃を振るう

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「……何?」

 私の首を確かに刎ねたはずなのに――戸惑うような顔をして、周囲を警戒しているシャラ。いくら探しても見つかる事はない。だからそろそろ種明かしをしてあげる事にした。

「こっちよ。こっち」

 花畑の方に佇む私を見つけて、シャラは驚愕の表情を浮かべた。それもそうだろう。なにせ自分が斬った相手が、

「……影武者か」
「影って言うより、鏡だけどね」

 種明かしをすると簡単だ。私の魔導――【ミラー・アバター】で鏡写しの自分を作って、それを囮にしながらのんびりと夜の庭園を散策していただけだ。
 自分の存在を極力薄くする【プレゼンス・ディリュート】を使って、鏡の私に自然と目を向けさせる。こうしておけば、大抵の人は引っかかるという訳だ。

 後者の魔導は目の前で発動させても効果がない。だから、あまり使う機会がないから忘れがちになるんだけど……今回はしっかりと役立ってくれた。

「……魔導で囮を作るとは、中々の策士。だが、わざわざ姿を見せたのは失策だったな」
「いいえ。ちゃんと貴方の実力の一端が見れた。それだけであの魔導は十分役にたったわ」
「ふっ、強がりはよせ。拙者の【首落しゅらく丸・弐式】に落とせぬ首はない。故に――」

 距離を取って、再び鞘の中に刀を納め、再び上体を屈めて、いつでも解き放つことが出来る弓矢のように張りつめていた。

「その剣術……鬼人族でも使うのは珍しいのでしょうね。あまり見たことがないわ」
「それを知ってどうする? 所詮、ここで死ぬ運命さだめの者だろう」

 相変わらず強気なシャラ。その自信を支えているのはあの速さだろう。確かに、彼の速さは尋常じゃない。遠目から見ても、まるで瞬間移動でもしたかのように急速に接近して、それを維持しながら鋭く鞘から刀を抜いて一閃。単純だけど、最速を目指した動作だ。

 だからこそ、私は違和感の正体に気付けた。シャラの攻撃には達人特有の気迫が全く感じられない。真に技や知恵を磨き抜いた人にあるそれが、彼には決定的に欠けている。まるで……最初から持っているから、当たり前に振るっているように思える。

 まるで記憶はないけど、知識だけはある……みたいな感じだ。技術や知識だけは覚えているから、力として振るう事が出来る。だけど肝心の経験が圧倒的に足りていない。そんなちぐはぐな状態がこの違和感の正体だった。

 一体何のためにこんな相手を殺し屋として向かわせてきたのかは知らないけれど、私の事を馬鹿にしているのだろう。こんな技術だけの相手に、殺されるような私ではない。

「いいでしょう。なら、そろそろ来なさい。実力の差を思い知らせてあげる」
「世迷言を……!」

 シャラは勢いよく放たれた矢よりも速く、紫色の線を描きながら私の目の前まで現れて――最速最短の行動で刀を抜き放つ。そのまままっすぐ私の首を狙って斬撃を放ってくるけど……それは一度見た。

「【シルドアームズ】」
「……なっ!?」

 シャラの刀が私の首を刎ねる前に魔導を発動させる。お父様の魔導と似たようなもので、魔力の盾を腕に出現させる。首に向かって襲いかかってきた刃を難なく受け止め、そのまま懐に潜り込む。

 シャラは、まさか自分の懐にとびこんでくるとは思っていなかったのか、反応が遅れている。これも、経験していれば対応出来た話だ。

「哀れね。ただ力に振り回されて」

 顎に向けて掌底。そのままよろけてこちらにきた頭を両手で掴んで、引き寄せるように膝蹴り。続いて水面蹴りで足下を掬い、流れるようにかかと落とし。

「【バインドソーン】」

 倒れた所を茨で地面に縫い付けるように拘束。これで仕上がった。

「ぐ、くっ……何、が……何故、拙者が……」
「……馬鹿ね。力っていうのは振り回すだけじゃ意味がないの。自分の手足のように使いこなせてこそ力。貴方のはただ、技術に振り回されただけ」

 私でも見切る事の出来ない速さで迫って、敵の命を刈り取る斬撃を放つ。なるほど、使いこなせば強い。ただ、それを過信して馬鹿正直に真っ直ぐ進んで刀を抜くだけなら、ただのお遊びだ。

 おまけに移動は速いが、刀を抜く瞬間に少しそれが緩む。戦いに身を置く者として、それは致命的な事だ。あんな未完成な技で首を刎ねる事が出来るのは、せいぜい最大限強化された【ミラー・アバター】までだろう。

 お父様ぐらいになれば、あんな稚拙な技じゃ通用しない。

「それで、貴方は誰の遣い? 何のためにここまで来たの?」
「ふん、そんな事、話す訳がないだろう。殺せ!」
「嫌よ」

 もう逃げられないと観念したのか、シャラは大人しくなってこちらを睨んでいた。

「殺さぬなら、拙者は再びお主を殺しにくるぞ! それでも――」
「別に、好きにしたらいいじゃない」

 この程度の相手。何万人来ようとも相手にならない。自身の痛み、苦しみ、悶えた分だけ手に入れた経験が、それを教えてくれる。
 なら、私が手を下す必要はない……という事だ。

「何故……!」
「貴方に、その価値がないからよ」

 それでも諦めきれないように何故何故と訴えかけてくるシャラを、ばっさりと斬り捨てるように言葉を投げかける。それだけ、彼と私の力には差があった。それを理解したのか、ぐったりと力を抜いて……とうとう話す事もしなくなってしまった。
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