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241・刺客との攻防(雪風side)

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 ビーリラの8の日の深夜。全てが寝静まった夜闇の中に駆け抜けていく者が三人。闇に隠れるのにうってつけの黒い衣に体を隠し、ただひたすら疾る。

 月の光を拒むように闇から闇に。黒から黒へと渡り、彼らが目指したのはアルファスに存在するリシュファス家の館。
 誰にも悟られず、速やかに行動する彼らは、館の門までやってきた。

「わざわざここまでご苦労様です」

 門番の姿も見えず、乗り換えるには丁度いい状況。そう思っていた彼らは、声のする方に視線を向けた。
 月光を浴びて立つのは、白い花のような少女。異国の服に身を包んだ彼女の姿は、儚さと可憐さを内包していた。
 そして、鋭さの象徴である二対の刀が、彼女の存在をより強く示している。

「貴方達で何人目になるでしょう。いい加減に無理なのだと悟って欲しいものです」

 ため息をついている少女の眼前には、それを意に介さずに走ってくる三人の男。それぞれが短剣を構えて少女――雪風に迫る。

「黒い服装に小刀。如何にも暗殺者ですね。身のこなしだけは一人前ですが」

 一つ。緑色の光を宿した刀を抜いた雪風は、鮮やかな緑色の刀身を揺らめかせ、三つの黒い塊を迎え撃つ。
 三人の暗殺者は、それぞれ別の方向に散開し、時間差で一人ずつ雪風に攻撃を仕掛ける。

「三人同時に掛かってきた方が対処しやすいのですが……」

 確かに三つの斬撃が同時に放たれれば回避は困難だろう。だがしかし、最初から一つに集まる事がわかっていれば、対処も容易い。雪風の持つ妖刀『風阿ふうあ』であれば、それを一刀に付すことも可能だ。

「さあ僕に力を貸して。共に……誓いを果たそう」

 雪風の言葉と共に、『風阿ふうあ』は脈動した。彼女の言う誓いは一つ。『主人の為に刃を抜き、その全てを己が主人と定めた者に捧げる』という事。エールティアを主人として定め、彼女の為に全力を尽くす。それが時に、彼女の家族に手を掛ける事になろうとも、揺るぎはしない。
 だからこそ、ラディンとの戦いの時に刃を振るえたのだ。

 一人目の暗殺者が短剣を振り上げている隙に雪風はその懐に潜り込んで、鋭く横に薙ぎ払うように一閃。避けるには近すぎるその斬撃を、男は驚きの表情を浮かべながら受けてしまう。斬撃に血を流した暗殺者が倒れる前に、死角を突くようにもう一人の暗殺者が鋭い刺突を繰り出す。

「【風闇ふうあん疾風斬幻はやてざんげん】」

 魔導を発動した雪風の身体に深々と短剣が突き刺さり――彼女の身体は途端に破裂してしまう。
 現れた複数の風の刃に斬りつけられた暗殺者は、その突如の攻撃に面を喰らい、一切の回避行動を取る事も出来ずに切り刻まれてしまう。

「……【アクアロー】」

 残った一人は短剣を投げて、水で作られた矢が数本。雪風に向けて放たれる。
 近距離では分が悪いと判断したからの行動だが、その程度が雪風に見抜かれないはずがなかった。

「生憎、その程度の魔導でどうにか出来る程、僕は生易しくないですよ」

 掠める事もなく難なく避けてみせた雪風は『風阿ふうあ』に魔力を込め、一閃する。瞬間に放たれた風の刃を避けた暗殺者は、再び距離を取ろうと一歩下がるが――

「【闇地あんち束縛縫手そくばくほうしゅ】」

 雪風はそれを許さなかった。大地から黒い手が伸び、暗殺者の四肢を拘束する。

「な……にぃっ……?」
「それではさようなら」

 一瞬戸惑った暗殺者の隙を見逃す程、雪風は甘くない。抜け出そうと躍起になっている間に、暗殺者は『風阿ふうあ』で斬り伏せられてしまった。

「おつかれであります。ゆっきー」

 三人の男を斬り捨てた雪風が『風阿ふうあ』を鞘に納めると、どこからか声が聞こえてきた。
 雪風はそれを嫌そうな顔で答える。

「愛称で呼ばないでくれませんか?」
「可愛いのであります。不服であります?」
「当たり前じゃないですか。貴女だって、フォーと呼ばれるのは嫌でしょう?」
「嫌であります。それはあね様だけが呼んでいい愛称であります」
「それと一緒ですよ」

 なるほど……と納得する声と共に雪風の後ろに少女が一人舞い降りる。
 フィンナと同じ軽装に身を包んでいて、銀色の髪に狐の耳と尻尾。銀狐族の証だった。
 顔立ちも似ているのだが、若干幼く、平たい胸にコンプレックスを持っているこちらの少女の方が、目に穏やかさを宿していた。

「それで……敵は残っていますか?」
「いないであります。今日もお疲れ様であります」
「それが僕の役目ですから」

 敵を排除し、主君を守る。彼女の刀は、ただそれだけの為に存在していた。

「とてもつい最近初めて人を殺したとは思えないであります」
「……僕も日に日に成長してるという事です。それに、一刻も早く強くなりたいですから」

 刀の柄に手を置いて、雪風はエールティアが休んでいるであろう部屋の方に視線を向ける。
 嫌がらせが少なくなって以降、度々刺客が差し向けられてきた。それを見つけた彼女は、そこで初めて人を殺めた。
 震える拳、生暖かい血。荒い動悸。その日の夜に抱いた感情――その全てを今も雪風は覚えていた。

「頑張るのは良い事であります。だけど……頑張りすぎると、壊れるのも早いであります」
「……そうはなりませんよ。適度に休んでいますから。フォロウも、偶には休んだ方が良いですよ」
もしっかり休んでるであります。……それでは、任務に戻るであります」

 そのままフォロウは音もなく消え去った。残された雪風もまた、館の方へと歩いて行く。夜はまだ長い。雪風の夜はまだ……始まったばかりだった。
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