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240・戦いまでの一か月

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 時は過ぎて、ビーリラの4の日。いよいよ決闘の日が間近に迫っている中、決闘委員会から正式な手紙が届いていた。場所はかつて初代魔王様がオーク族の王を迎え撃ったと言われている平原。現在は始まりの平原と呼ばれている場所で行われることになった。
 確かに、あそこはかなり広く、国家戦力同士がぶつかるにはちょうどいい場所だ。

 明確に場所が決まったせいか、徐々に今までの流れが変わっていく。
 まず、嫌がらせの類が一気に減った。向こうも戦力を整える事を優先し始めたということだろう。

 お父様もそこには安堵していたけれど、同時に気の緩みを狙われないように手を打っているようだった。
 少し前までは書斎にいるか、外で何かをしているかばかりだったけれど、八日前辺りから館で食事をしていたり、お母様と話している姿を見かけるようになった。それだけ仕事に余裕ができ始めた証拠だろう。

 アルファスの方も少しずつ活気を取り戻していって――いや、最近の噂もあって、人が増えつつある。
 前は私がエスリーア家を潰したいが為に、界法ギリギリの理不尽な決闘を持ちかけているって噂が流れていたんだけど……今は何故か不正を働いているエスリーア家に鉄槌を下す為に、己の身を犠牲にしてる少女――そんな噂が流れていた。

 それのお陰で、一般国民の方は後から出てきた噂の方を信じて、貴族は自分達に利がある方を信じるといった現象が起こっていた。

 ……まあ、貴族は最初からそういうところあったから別に良いんだけど、国民の方はどうやら正義の鉄槌を下すヒロイック性に惹かれたようだ。
 他の国境都市からも似たような噂が聞こえてくるみたいで、少しずつだけど、悪い噂を掻き消してくれていた。

 刻一刻と状況が変わって、目まぐるしく動く流れの中で私は――一人、料理本を前にして頭を悩ませていた。

「……参ったわね。これは」

 目の前に広がるのは焦げたお菓子が二つ。調理場の一角を貸してもらって作っているラポルパイ(のようなもの)で、最近では喫茶店でかなり美味しい物が現れて、人気街道を突き進んでるお菓子だ。
 その喫茶店の物は、以前レイアが食べた感想を聞かせてくれたことがあって、ジュールも一緒になって頷いていた。

 そこで私が考えたのは……ラポルパイを作って、仲直りのきっかけにしようということだった。あの喫茶店のものには遠く及ばなくても、それなりの物が出来ればいい。そこからもう一度、普通の関係に戻ろう。

 ……いや、あれだけボロボロにしたんだから、仲直りも何もないとは思うんだけどね。傷付けまいと思ってやった結果、自分が傷付けるなんて事をしたのに、今更こんな事するなんておかしいとわかってる。それでも何もしないよりはマシだと思って、お菓子の本を見ていたんだけど……思いの外上手くいかない。
 中身の方は味見をしたから問題ないと思うのだけれど、やっぱり焼き方の違いなのかな?

 やはり、じっとパイが焼けるのを待つしかない。退屈だからと本を読んだり、他のことをしたりして集中力を途切らせたら悪いということだろう。多少焦げただけならまだ見栄えが悪いだけなんだけど……。

「ティ――エールティア様、何をされてるんですか?」

 どきっと心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えて振り向くと、そこには怪訝な顔をしたジュールがこっちを見ていた。

「えっと、その……ちょっとお菓子作りを、ね」
「公爵家の令嬢なのに、ですか」

 痛いところをついてくる。普通の貴族の令嬢はこんな事しないだろう。私だってアルティーナに知られたら笑われるのはわかってるから、絶対に知られたくない。
 ここのところはお父様がなんでもやらせてくれるおかげだろう。

 お父様が語るには、とりあえず挑戦する事に意味があるらしい。だから、やりたいと言ったら基本的にはやらせてくれる。幼い頃はドラフィシル漁もさせてくれたしね。

「いいでしょう? 私もたまにはこういう事したくなるのよ」
「そうですか……その割にはあまり成果が上がってないようですが――」

 胸を張って言ったけれど、後ろの方に視線を注いでいたジュールには無駄だった。

「……なんであんな風に焦げるんですか?」
「色々あるのよ。きちんと完成したら、貴女にも食べさせてあげるから、覚悟しておくように」

 きょとんとした顔で私のことを見ていたけど、意図を汲み取った彼女はにんまりと笑いかけてきた。

「そうですか。それは楽しみにさせていただきますね」

 そのままスキップでもして行きそうなほど軽い足取りでジュールは行ってしまった。やっぱり、変なことを言わなかったら良かった。
 改めて振り返ると、そこには焦げたラポルパイが鎮座している。

 ……仕方ない。捨てるのは勿体無いし、出来る限り食べておこう。その間に新しい物を焼いていれば、見ながらティータイムを楽しむことも出来るしね。

 そう決まったらお茶の準備でも――

「私、上手くお茶淹れられないんだっけ……」

 ジュールに頼めば良かったかな……なんて思いながら、キッチンメイドを呼ぶ事にした。
 どうにも段取りの悪いことを実感しながら――
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