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448・ヒュッヘル領クルテル

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 一度ラントルオの休憩が入って……大体半日もかからない内にヒュッヘル領のクルテルに到着した。
 流石に近場とはいえ早い。朝方立って、昼前なのだからラントルオの速さが窺い知れるだろう。

 昔は鳥車の耐久も考慮して全力で走らせる事が出来なかったらしいけれど、近年は魔導の開発が進んで建造物を含めた物の耐久力が上がっている。ラントルオも重たい鉄製の鳥車を引かなくて済むから余計に早くなっているらしい。
 過去にはそんな時代もあったのかと思うと恐ろしく感じるけどね。
 なんでもガチガチの鉄で作られた鳥車だったらしいし、寒い地域に行ったら、更に寒さが増して死ぬ思いをするとか。

「やっぱり鳥車を使うと速いですね。あっという間です!」
「それでもわたしやティアちゃんの方がずっと早いけどね」
「何と競っているのですか……」

 ふふん、と得意げにしているファリスに呆れている視線を向けるジュール。
 深いため息を一つ吐いたジュールは気を取り直すように表情を変える。このままじゃれあっても埒が明かないと判断したのだろう。

「それで、今すぐ拠点に行くのですか?」
「いいえ。ひとまず宿を取りましょう。それから近場の拠点から攻めていくという形にしましょう」
「わたしはそれでいいけど……ティアちゃんって毎回宿を取るよね? それって何か意味あるの?」

 ファリスの疑問は今まで他の人が聞いてこなかったものだ。私も当然のように振舞っていたから今まで説明する機会もなかった。

「私が拠点としている場所がわかれば、そこに手紙や報告が届いてくるでしょう。一応貴族の令嬢だから、どこにいるかどうかはっきりとさせていた方が色々と都合が良いのよ」
「なるほど。だから他の国にいく度にしっかり宿を押さえるんですね。私はいつでも帰れるようにと思ってました」

 一応それもあるけれど、それ以上に非常事態の時に行方が掴めないなんて事になっても困るからね。
 どうせあんまり戻らないけれど、それでも戻ってくるであろう場所が存在するのは不都合じゃない。

「ほら、早く場所を確保して行動に移しましょう」
「はい!」
「はーい」

 話したいことはそれなりに多いけれど、今はさっさと宿を確保して拠点を見つけに行こう。

 ――

 一応それなりに高価な宿を押さえないといけないから時間は掛かったけれど、なんとか動き出すことが出来た。下手に並とかそれ以下の宿を確保してしまうと、変な言いがかりをつけられかねないしね。
 特に今は女王陛下の使者としての側面も持っている。余計に慎重にならざるを得ない。以前のように宿ならどこでもいいという訳でもないのだ。

「見栄を張るのって面倒くさいわね……」
「ティアちゃん何か言った?」

 もっと自分の思うままに振舞いたいとも思うけれど、それを許してくれる身分から徐々に乖離していってる事実が私に深いため息を落とす。

「ちょっと今の状況をね……。まあいいわ。それじゃ、早く行きましょうか」

 また変に憂鬱になる前に行動に移した方が良い。そう結論付けた。

「そういえば、最初に行く拠点ってどんなところ?」
「地理的に森奥深くといった場所ね。恐らく補給拠点だと思うから、どこか隠すような場所に建てられてると思うの」

 以前も……というか、ダークエルフ族の拠点は全て隠れた場所に建てられている事が多い。軍事・生産拠点は大体そんな感じだった。複製体の子達がいた場所なんて地下に隠されていたし、地図があった場所は森の奥深くにあった。今回も同じパターンだろう。

「ファリスさんは……知りませんよね?」
「だってわたし、他の拠点にはほとんど行った事ないもん」

 ファリスは自分が産まれた場所から他の拠点に行く事はまずなかったらしいしね。

「そういえば、以前私の誕生祭にやってきた時があったわよね。あの時はどうしてたの?」
「前? ……あー、ティアちゃんの初めてを貰った時ね。わたしが無理やり行ったから拠点なんて行ったら余計に面倒な事になってたし、普通にお金使って宿に泊まったよ」

 ジュールが『え……』みたいな目で私とファリスを交互で見ていた。一瞬私も彼女と同じ顔をして――ようやく自分の失言に悟った。確かにジュールはあの日の出来事を知っていた。特待生クラスでシェイン先輩に話した時に伝わっていたからだ。だけど……今思えば相手が誰かまでは言ってなかった。男か女かわからない程度にうやむやになっていたはずだ。

「も、ももも、もしかして……あの時の相手って……ファリスさん?」
「んー? そうだけど」
「……さて、早く行きましょうか」

 こうなったら面倒事になるのは目に見えている。急いで切り上げてさっさと歩きだした。

「あ! ティア様待ってください! その先の続きを――!」

 あー、あー、聞こえない。聞こえなーい! 耳に手を当てて一切の音を遮断する。今から戦わなければならない敵が沢山いる。初めてのキスの話なんてしている場合ではない。
 後ろでジュールが騒ぎ立てているけれど、何も気にしないで振り切るように走る。そう、今私は風になる。全てを置き去りにして私は……たった一人で森の奥深くの拠点に来てしまったのだった。
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