転生姫様の最強学園ライフ！ 〜異世界魔王のやりなおし〜

５７８・九死に一生（ベルンside）

「あ……あ、あ、ぐ……ああああぁぁぁぁぁぁっっっ！！！」

奇妙な黒竜人族の男は獣のように雄叫びを上げ、血走った瞳でベルンへと突撃してくる。構えも何もない。野生の本能のままに突き動かされていると言っても過言ではない。それ自体、あまり驚くべきことではない。複製体を作れるならば、このような非人道的な生物兵器を生み出す事など躊躇ためらいもなく行うことも容易い。彼らは自身達こそが至高であり、その他大勢は嗜好品としか捉えていないのだから。

そんな性質を嫌というほど見せつけられ、妹であるリュネーにされた仕打ちへの報告を受けたベルンからすれば、想像に難くない。
それでもベルンは自分の目を疑う程驚愕していた。黒竜人族が走ったと同時にまるで彼から生み出されたように炎の球がこぼれ落ち、宙で一時静止し、まっすぐベルンへと襲いかかってきたのだから。
その際、敵・は・一・切・の・魔・導・を・発・動・し・て・い・な・い・に・も・関・わ・ら・ず・。

「う、嘘にゃ……【ラピッド・ガンブレイズ】！」

信じられない光景が目の前に広がる。それでも呆けている訳には行かなかった。目の前に迫る出来事を冷静に対処しなければあっという間に死んでしまうのだから。

しかし、迎撃に放った魔導のチョイスが悪かった。遠巻きに様子を見ているダークエルフ族を警戒して拡散する魔導を選択した結果、凶悪な敵の魔導を相殺する事は叶わず、ベルンの身体を貫かんと襲いかかってくるのだから。

「【プロテファイアシルド】！！」

弾速から考えてまもなく命中する――そんな一瞬の攻防でベルンが選択した魔導は彼の命を間一髪で守った。爆発音と共に響く衝撃がベルンの身体を僅かに後退させる。
守りきった……そう思ったの束の間、再び襲いかかる衝撃に耐えきれず、ベルンは大きく吹き飛ばされた。地面と足が摩擦し、じゃりじゃりと嫌な音を立てる。

「くっ、う、っっ」

（なんて衝撃にゃ。こんなの何発も喰らっていたら身がもたないにゃ！）

完全に魔導で防いだはずの攻撃は衝撃までは殺しきれなかった。盾は攻撃を受けたおかげでボロボロになり、半壊状態で姿を消した。その様子に戦々恐々しているベルンに休まる隙を与えぬように更に追撃を仕掛けてくる黒竜人族の男は、突撃と同時に横薙ぎの一撃を繰り出していた。鋭い爪は命を刈り取るように薙ぎ払われ、ベルンは思わず自分が純粋な猫人族出ない事を恨んでしまった。身長差から考えて少しかがめば簡単に避けられるぐらいしかなかったのだから。なまじ魔人族の血が入り青年期の魔人族とあまり変わらない背丈だからこそ避けるのに大きな隙を作らなければならないのだと。

「『【プロテファイアシルド】』！！」

とっさに二重魔法デュアルマジックで同じ魔導を重ねて発動させる。攻撃系のものは同様の魔導が展開されていたが、防御系の魔導に関しては試した事すらなかった。正に一発逆転を賭けた運勝負。そしてベルンはその勝負に見事勝利した。盾はより分厚く強固になり、纏った炎はより勢いを増していた。しかし通常の二重魔法デュアルマジックよりも魔力の消費が激しいのかめまいを覚えたベルンは歯を食いしばって持ちこたえる。あの黒竜人族が現れてから巻き添えにならないようにしているのか、ダークエルフ族はおろか感情や意志のないはずの兵器ですら離れていた。囲まれないだけ良かった反面、こんな気味の悪い黒竜人族の男が歪な形で攻撃を仕掛けてくる姿の方がよほど恐ろしかった。

「が……ああああぁぁぁぁぁ！！」

ベルンの発動した炎の盾に受け止められ、逆に炎によるダメージを受けた男は奇妙な雄叫びを上げた。すると同時に身体に青白い光が浮かび上がり、右に存在する竜の腕と爪にそれが集約される。ばちっ、ばちっ、と光は音を立て、雷へと姿を変える。

（また……！　魔導名も唱えていないのになんで魔力が……！？）

魔力の使い方には幾つかの系統が存在するものの、視覚出来る類のものは全てイメージした後に魔導名を唱え発動する――その工程が必ず必要になる。しかし、男が使用している魔導は全て発動するのに雄叫びを上げただけだ。その現象に異常性を感じ取りながら、敵の攻撃を防ぎ隙を見つけ出そうとするベルンだったが、その幻想は容易く打ち砕かれた。
青白い雷をその腕に纏った男は再度ベルンの【プロテファイアシルド】で出現した二重の盾に挑む。炎と雷のぶつかり合いが激しい火花を散らせ、端から小爆発を引き起こす。

「くっ……うっ……ううぅぅぅ！！」

先程とは比べ物にならない衝撃。盾と爪が激しく拮抗し……やがてそれは崩れる。黒竜人族の男の爪が突如ガチガチに硬化を始め、更に風が爪に纏わりつき、更に鋭さを増す。ギャリギャリと嫌な音が響き、そして粉々に砕け散った。
ベルンは呻きを上げながら踏ん張っていたが、盾が破壊されたと同時に爆風と爪に纏わせた風に吹き飛ばされる。結果、彼はそれで九死に一生を得る事になる。

爪の攻撃範囲のギリギリ外へと吹き飛ばされたベルンは腹を引き裂かれ、そこから血を流しながら既に息をしていないワイバーンに激突する。もう少し深かったら間違いなく致命的だったが、助かった事を素直に喜べるほどの思考は持ち合わせていなかった。戦いはまだ続いており、更なる苦境に立たされているのだから。

「……もう、ダメかにゃ」

思わず呟いたベルンは腹の痛みがじんじんと強くなっていくのを理解した。全てを諦めれば楽になれる。そんな思考すら脳裏によぎったその時――

「まだ諦めるのは早いでしょう」

ベルンの後ろから彼を守るように躍り出る小さな人物の姿が目に入る。それはベルンがずっと待っていた存在。迂闊うかつな自分を恥じながらもなんとか時間稼ぎをしようと決心させてくれた少女。

――ファリスその人だった。