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第一章 再誕者の産声
第1話 マシュマロの母性
しおりを挟む真っ暗な空間。
あらゆる物質がとけだして存在することを許されない空間。そんな空間へ投げ出された存在がひとつ。
偉大なる使命を帯びた存在だ。
ーーなんだ、感覚が……無い?
想定外の事態に混乱する男の名は伊介 天成だ。
ーー君が希望だ。頼んだよ。
肩でもたたいてすべてを託すかのごとき、丸投げの声が天成へ贈られる。
ーーま、待て! 何かがおかしい!
天成は想定外の事態に狼狽し、ことの異常性を背後の存在へ訴えかける。
しかし、振り返ろうとしたところで天成は気がついた。
ーー体が、無い?
天成には体が無かった。
目も耳も腕も足も、何もかもがこの男には現状備わっていない。
もちろん口だって無い。
先ほどから必死に叫んでいるようだが周りにはまったく届いていなかった。
ーーまずい、これは明らかに異常事態だ。
本来の予定と大幅にずれた現象に、足元を駆け上がってくる焦燥感を感じる。
何が起こっているかわからない。
が、彼は現状が「まずい」ということだけはハッキリと感じ取っていた。
混乱の極まる中、ふと何かが天成の視界の端を掠める。
ーーん? なんだ……これは、光?
全盲の天成はふと温かな光を認め、無意識の安らぎをその心で感じ取っていた。
熱を知ったわけではない。
眩しさを目に捉えたわけではない。
ただ、感じたのだ。
天成は吸い込まれるようにして、わけもわからずどこかへ向かって流されたいく。
きっと光に近づいているんだ、と天成は直感的に感じ取った。
ーーぁ、飲み込まれる……。
天成がそう感じた次の瞬間ーー。
彼とその光はひとつに混じりあい、暗黒界の中で眩く遥かなる極光へと進化を遂げていた。
ーー
ーーぅ、う、ぅう……。
柔らかな布に包まれた小さな存在が必死に体を動かし始めた。
「ふふ! ねぇ見て、アディ! 手をうごかしてるわ!」
「おお! よちよーち! パパでちゅよー!」
ーー音がこもってる、耳が聞こえにくい。
優しいまなざしに見つめられながら小さな命は懸命に腕を動かす。
ーーくそ、目が見えない、開かない。どうなってるんだ?
「ほら! 指握ってごらん!」
「ぁ、ぁ」
ーーだ、誰だ!? やめろ! でかい棒でつついてきやがるからに!
「わぁ! 握ったわ!」
「はは、握ってるよ!」
美女は抱えた赤子に頬ずりしながら微笑えむ。
ーー手、手が離れねぇ! 一体なんだ!?
「それじゃアディ、名前をお願い!」
「あぁ、いいのを考えてきたんだ」
美女と男はにこりと笑いあった。
「この子の名は、アーカム。俺の地元の言葉で『強き者』って意味だ」
「ふふ、素敵な響きね。アーカム・アルドレア、語調もばっちりじゃない!」
「はは、そうだろう?」
ベッドに横たわる女性と傍らに立つ男はこの上ない多幸感を感じているかのような満面の笑みだ。
互いに体を抱きしめあい、今この瞬間の喜びを必死に表現する。そうせずにはいられないのだろう。
「ぁ、ぁ」
「ふふ! 見て口を動かしてるわよ!」
「はは! いいぞ、がんばれ! ほら、ぱーぱ! ぱーぱって言ってごらん!」
顔を赤子に近づけて必死に言語教育を施し始める男。
「ふふ、まだ無理よ、もう」
ーーぅ、光が眩しいッ
小さな体に大きな魂を詰めこめられた赤子がゆっくり目を開き始める。
いまだ自由の利かない体と、鈍すぎる全身の感覚に、天成の内心は未曾有の混乱によって荒れ狂わされる。全てが初めて、全てが最高にフレッシュな事象、そんな概念自体まだ知らない。
そんな状態で、生まれて初めて光を見たならば、それはもう手のつけられない事態になる。まさしく奇跡との邂逅を果たした人類と形容できるだろう。
生まれたばかりの小さな命ーーアーカムが早すぎる開瞼によって初めて認識した光景、それはーー、
ーーお、おぱ、おっぱい、だと?
視界いっぱいに広がるマシュマロの暴力だった。
アーカム・アルドレア、若干0歳と25分にして母性を知った。
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