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第三章 路地裏のお姫様

第48話 オズワール・オザワ・オズレ工房

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 翌朝。

 廊下に出るとひんやりとした空気が自然の眠気覚ましとなり、寝ぼけた頭が冴え渡っていく。

 手短に身支度を整え、トチクルイ荘玄関を出たタイミングでふと見慣れない人物に遭遇した。

「おや、おはようね。あなたが昨日入居してきたというアーカム・アルドレアくんかい?」

 ホウキを持つ老齢のレディが呑気に話しかけてきた。

 ふっくらとした印象の老婆で丸いメガネを掛けており、人が良いのが見ただけでわかってしまう。
 このおばあちゃんは絶対優しい。
 見れば必ずシチューとか作ってそうだ。

「はい、僕がアーカム・アルドレアです。おはようございます、今朝はいい朝ですね、クレア・トチクルイさん」
「名前はマリから聞いているようだね。礼儀正しい子だ。それにとても誠実そうに見える」

 クレアさんはもの腰柔らかく微笑んだ。

「昨晩はよく眠れたかい?」
「えぇ。おかげさまで気持ちの良い朝を迎えられました」
「それはよかったね」

 クレアさんが俺の腰に差さっている2本の剣を注視してくる。
 俺がいくら見た目年齢10代前半だと言っても魔術大学の学園街で帯剣しているのは不自然だったか。

「おや? ぼうやは冒険者なのかい?」
「あー……いえ、実は将来の夢が騎士なんです。今はそのための剣の修行をしてるんですよ」

 とっさについた嘘だけど、及第点は貰えるだろう。
 狩人候補だから剣を装備してます、というのを正直に言っちゃまずいだろうしな。

「それは感心だ。まだ若いのによく頑張っているね。それに……ぼうやは拳も鍛えているんだろ?」

 ん、なかなか鋭い観察眼を持つ人だな。
 エレアラント森林のウォークの木たちを万本単位で犠牲にして、鍛え上げられたこの俺の拳に気づくとはな。

「僕に剣を教えてくれた人が剣が無くても戦えるようにって拳まで鍛えさせられてるんです。あと柔術とか……騎士になるためにいろいろやってるんですよ」
「それは凄い事だね。その左手も修行で怪我したのかい?」

 拳が鍛えられていることに気付くんだから、当然そっちも気になるよな。
 俺は火傷して炭のように変化した手を持ち上げて見せた。

「あはは、これもそうですね。ちょっとした事故というか事件というか、うっかりしてまして」
「まぁ可哀想に。若い子は無茶ばっかしようとするけど、死んじまったらなーんにも意味がなくなっちゃうんだからね? 荒いことは程々にするんだよ」
「はは、そうですね、これからは程々にします」

 クレアさんは俺の言葉にうんうん、と満足げに頷きホウキを片手にアパートの中へ入って行った。

 ー

 家族と合流し王都の散策に乗り出す。

 今来ているのはレトレシア区のとあるお店。

「ここがかの有名な……ッ!」
「そう、ここが世界に名だたるアレだ」
「懐かしいわね」

 アンティークな雰囲気を醸し出す店舗の前で、犬から降りた俺は感動していた。

 この国に住み魔術を学ぶ者たちはみんなこの店の事を知っている。
 ローレシアで最も有名な杖職人の工房、および併設された杖の販売店。

 その店の名は「オズワール・オザワ・オズレ工房」

 初心者用の手頃な価格の杖から、上級者用の非常にお高い最高級品まで様々な種類の杖を扱う世界的にも有名な杖工房だ。

 1歳の誕生日に俺が貰ったガーゴイルとトレントの杖もこの工房で製造された作品である。

「いやぁしかしエヴァが学生時代使ってたのじゃダメなのか? あれも確か結構いいやつだろ?」

 お金の消滅する匂いを嗅ぎつけアディがなにやら渋り始めた。

「もう、入学祝いだって決めてきたじゃない」
「でもなぁ……ここの商品の値札は心臓に悪いんだよなぁ……特に定職につき始めてからというものーー」
「さぁアーク! お金はアディが出してくれるから、心配しないで選びなさい!」

 エヴァは顔色の悪いアディを置いて店の中へ。

「にぃにぃっ行こ!」
「にぃにぃ! 行く!」
「わふわふっ!」
「おっと、シヴァ! お前はここで待ってるんだ!」
「くぅーん……」

 流れで店内へ侵入しようとする巨犬を押しとどめて俺とアディも共に店内へと入る。

「父さん、安心してくださいよ。杖の材料は持ってきてありますし、僕もお金がありますから」
「うぅ……お腹痛くなって来た、俺、帰ろうかな……」

 アディが虚ろな目で懐から取り出した革袋を覗いている姿は同情せざるをを得ない。

 俺たちが「オズワール・オザワ・オズレ工房」に来たのは他でもない杖のためだ。

 俺が最初に持っていた杖はゲンゼに上げてしまったので現在俺は自分の杖というものを所持していない。

 学校のためにも新しい杖が必要なのだ。

 杖がずらりと並ぶ店内を見て回る。

「ぅう、本当に胃が痛くなってきたぞ、なんだこれ」
「ファントムペインです、気のせいですよ」

 金額くらいでそんな大げさな……と言いたいところだが、案外気分が悪くなっても仕方ないのかもしれない。
 俺の目から見てもすさまじく高い品しか並んでないのだから。

「……父さん、すみません。これほどとは」
「いや……いいんだアーク。これはお前に夢の続きを歩ませてやるための投資だ。俺もそこそこ稼ぎはいいから、でならどの杖を選んでもいい」

 アディは前半かっこいいことを言ったと思ったら後半には「初心者用の杖から選べ!」という前半部分を打ち消すことを平気で言ってくるので、話は最後までちゃんと聞かないといけない。

 顔色の悪いアディと共にずらりと杖が並ぶ棚の間を進んでいく。

 棚にはハンドサイズの短杖たんじょうからステッキサイズの中杖ちゅうじょう、さらに大きなロッドのような大杖だいじょうと様々な形状の杖が乱雑に置かれている。

 これが全部金貨数枚から数十枚、あるいは数百枚レベルの商品と考えると触るの嫌になってくるな。

「あぁ! コラ! アーク肘が当たりそうだ」
「ん? 誰かいますね」
「ッ、あの野郎……元気そうだな」

 奥ではなにやらエヴァと男性が話をしているのが見えた。
 向こうもこちらに気がついたらしい。

「やぁ! アディ! 久しぶり! 1ヶ月振りくらいかな? 今日も気分が良さそうだね! 僕は嬉しいよ!」
「これが調子良さそうに見えるんだったら、お前は病気だ。今すぐ俺たちが買う杖を割引してからホークスレバァ医院にでも行ってこい」

 カウンターに立っている青年のような中年のような、イマイチ年齢のわからない顔をした男は、とても愉快そうに笑いアディを歓迎する。
 ピンク色の髪の毛に色の移り変わる瞳など、いろいろと特徴的すぎる男だ。

「ははは! そんなカッカしないでくれよ! こっちだって商売でやってるんだ。材料や技術料を加味すればどうしても杖は高くなってしまうのは仕方のないこと……手間暇かけて丁寧に作ってるからねー!」
「オズ、俺たちは友達だろ? もちろん割引してくれるんだよな?」

 アディが割引にしか興味ない生物になってしまった。
 それにしても、あだ名がオズってことは、やはりこの虹瞳をした奇抜な男が作杖さくじょう技術において世界トップクラスと言われるオズワール・オザワ・オズレその人ようだ。

「まぁそうだなぁ……アディは友人だし恩人だ。それにレトレシアの万年美姫と謳われたエヴァリーンにまで、こんなかわいい顔でお願いされちゃったら大サービスしない訳にはいかないかな!」
「おう、わかってるじゃねぇーか! お前はやっぱり永遠の友達だぜ! あ、あとこの未来の天才魔術師の入学祝いってのも加味してくれないか?」
「あぁ! そういえばさっきエヴァリーンにも言われたっけ! なんでもレトレシアの柴犬生なんだろう? よし! じゃさらにおまけして、半額だ!」
「おぉ!」

 手間暇かかって作ってるんじゃなかったのか?

「君がアーカムだね? こんにちは僕はオズワール・オザワ・オズレ、それなりに有名な杖職人さ。これからレトレシアで学ぶ歴史にも登場するからちゃんと勉強して確認してみるよーにね」
「はい! すごいですね、まだ生きてるのに歴史に名を残してるなんて」
「はは、まぁいろいろと頑張ったからね!」

 まさしく生きる伝説じゃねぇか。
 想像以上だ、このオズワールという男。

「それでアディ、予算はどれくらいなんだい? 欲しい杖の形状は? 芯は鉱物、魔物の骨、爪、牙、つばさ、何にする? 筒の硬度は硬め? 柔らか目? 短い? 長い? 言ってくれれば僕がぴったりの杖をチョイスしよう!」
「あぁそれなんだがなオズ。実は今回は既製品を買いに来たってわけじゃないんだ。ほらアークなんか材料持ってきたんだろ?」
「はい、そうなんです。実はですねーー」

 俺は杖を新調するにあたって既製品を買うのではなく新たに1本作ってもらおうと思って来たのだ。

 つまりオーダーメイドである。

 俺が持ち寄った材料は2つ。
 両方とも良いやつなはずなので、凄い杖が出来ると思って期待して持ってきた逸品たちだ。

「そのコレとコレなんですけど」

 外套のポケットに直で入れていた素材を取り出す。

「そっから出すのか……てか、アークなんだそれ?」

 アディは困惑した声を漏らした。

「うーん骨と、毛玉?」
「ほうほう、魔物の骨と毛か」

 エヴァとオズワールも興味深そうに俺が取り出した材料を見ている。

 俺の持ち寄った素材ーーそれは骨と魔物の毛。

 1つ目は白骨化したポルタのを砕いた破片だ。
 2つ目が幻王犬とうたわれる柴犬の毛だ。
 アルドレア家に飼われているペットのブラッシングによって回収されその抜け毛で作った毛玉である、

 ポルタはタングじいさんの驚きようからかなり凄い材料なのは既にわかっているし、
 柴犬が半端じゃない魔物、ではなく怪物なのも、森で一軒でこの目で確認済みだ。

 では2つが合わさって作られた杖はどうなのか?

 絶対強いに決まっている。
 ウルトラスーパーミラクルハイパーファンタスティックビーストに強いはずだ。
 それはもう最強の杖になるはずだなんだ。

「うーん、ちょっと待ってくれ、当てたい。答えは言わないでね」

 オズワールは骨と毛玉をじっと眺め始めた。

 タングじいさんの時もそうだったのが、どうも職人たちは持ってきた素材が何なのか当てるゲームが好きらしい。

 ちなみにタングじいさんは3日間試行錯誤してようやく骨の正体が蒼のポルタだと気がついたらしい。
 果たしてかの有名な杖職人はどれくらい悩むのか。

「目視じゃ判断がつかないな。ちょっと待っててくれ」

 オズワールが店の奥へと消えていく。
 しばらくしオズワールが奥から何かの装置を持って来たかと思うと、顕微鏡みたいなもので骨や毛を調べ始めた。

 てか、ここで始めるのか。

「うーん、興味深い。うんうん」

 オズワールは数分間、虫眼鏡で骨などを観察してうんうん、と頷くとこちらに向き直ってくる。

「よし、わかったぞ」

 タングじいさんは3日かけたとか言っていたのに。
 本当にわかったのかよ。

「よし、まずは骨についてだ。この骨はポルタの骨だろう? それも頭蓋骨だね。 さらに言えば恐らくポルタの中でも上位種、白まではいかなくとも黒かあるいは蒼、もしかしたら赤の可能性もあるけど、いや、ここは1つに絞ろう。この骨は蒼のポルタの頭蓋骨だろう?」
「おぉ正解です!」
「え……」
「アーク、それまじかッ!?」

 なんとオズワールはものの数分で提示された謎の骨の正体をピタリと言い当ててしまった。
 タングじいさんが手こずっていたのを覚えていたので、この驚きはかなり大きい。

「え、ちょっと待ってなんでアークがポルタの骨なんて持ってるのよ?」
「わかっだぞ、アーク、お前テニールさんとポルタを倒しに行ったんだな!」
「うん、普通に全然違いますよ、父さん。てかそんな驚かなくてもいいんじゃーー」

 エヴァが訝しむ表情で俺の顔を覗き込んでくる。
 アディは俺の肩を掴み予想を語り出す。

「はは、いいや、アーク、嘘は付かなくていいぞ! 凄いじゃないか! 蒼のポルタと戦ってーー」
「アディ!」
「え、なんで怒って、ぁぁ、ごめん……ッ」

 エヴァの怒声にアディが一瞬で小動物化。

「もう、まじでありえないあのジジイ! 子供にポルタ狩りさせるなんて! アディ! 今すぐあのぼろ小屋を焼き払いにいくわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください、違います! 話を聞いてください、母さん!」

 放火魔に身を落とそうとする母親に必死にしがみつき引き止める。

「待て、エヴァ! 落ち着け!」
「母さん、話を、話を聞いてください!」
「はは! これは大変だなぁ。エヴァリーンがあんな恐い顔をするなんてね。こりゃポルタも逃げ出すよ」
「にぃにぃ! 頑張って!」
「ままぁ、恐いぃ……」

 俺とアディは必死にエヴァを押さえる。
 若干1名楽しそうに双子の相手をしているピンク男がいるが、あれはあれで役に立ってるので良い。

 にしてもこんな驚かれることとは思わなかった。
 ちょっとビックリさせてやるつもりが、とんだ大混乱を招いてしまったよ。

 混乱した事態を収拾するために俺はサティに口止めされていたポルタの素材入手の経緯を説明した。

 俺と友達たちしか知らない秘密の場所があって、そこには数ヶ月前に友人が仕留めた蒼のポルタの骨格が綺麗に残っていると。
 その頭蓋骨を砕いて持った来たのだと。
 だから別にポルタと師匠は関係ないし、なんだったら俺自身も関係のない事なんだとも伝えた。

「なんだ、そういうことか……」
「不思議なこともあるものね。地中で動けなくなってたポルタがいるなんて、マヌケな猿もいたものだわ」
「うんうん、なるほど、アーカムは相当な幸運を持ち合わせているね。タダでこれほどの魔力触媒、ポルタ一頭まるごと手に入れてるんだから!」

 ちゃんと事情を理解してもらえたみたいだ。

「いや、しかし、本当によく頭蓋骨を持ってきてくれたね! アーカムは魔力触媒に関しての知識を持っていたのかい?」
「えぇ昔に魔術の勉強をする機会がありまして、その時少しだけ学んだんです」
「ほほう、勤勉でとても素晴らしいね。ポルタは頭蓋骨が最も強力な魔力触媒になるんだ! ポルタは体がとても大きいから一頭から沢山素材が入手出来るんだけど、いかんせん高い『脅威度』と珍しさからなかなか材料は出回らないんだよね。特にこの頭蓋骨は! いやはや本当に素晴らしいよ、うん! 良いことを思いついた! もしよかったら、残りポルタの骨も僕のところで買い取らせては貰えないだろうか? 言い値を払おう!」
「そうは……どうでしょうかね。一応ポルタの遺骸は僕1人の物じゃないので、というかちょっとも僕の物じゃないので、ここで決めるのは難しいです」

 オズワールはいっぺんに色々喋りまくるので会話をするのがとても疲れる。
 なんだが勢いに任せて「全部売ります!」とか言わされそうで怖い雰囲気があるな、この男。

 流石にここで自分勝手に話を進めたら、サティに殺される未来しか見えないので、ありがたい儲け話は一旦保留にしとこう。

「アーク、その骨全部すれば良い杖が買えるかもしれないぞ?」

 アディがオズワールに加勢する。
 財布のピンチを切り抜けようしてるのか。
 うん、無視しよう。

「それで、こっちの毛は何かわかりましたか?」

 話を次に進めるべく毛の正体をオズワールに問う。

「あぁそういえば解答していなかったね。この毛の正体だが……正直わからない。強力な魔力触媒なのは間違いないんだけど……アーカム。これは一体なんなんだい?」

 おぉ、流石に幻の「怪物」柴犬だ。
 かの高名な杖職人オズワールでもその抜け毛から正体を掴ませないとはな。
 よし、これは柴犬だって言ったら驚くぞ!

「実はですね、この毛はしばけ……ん?」
「ん? し、なんだい?」
「しば……アークお前、まさかとは思うが……」

 待てよ、オズワールはうちが柴犬飼ってることを知っているのか?
 もし知らなかったらこれは言ったらまずいんじゃないんだろうか?

 オズワールのことだ。きっとシヴァが裸になるまで毛を刈り取ろうとか言い出すに違いない。

 ダメだ、そんなことはさせない。
 シヴァは俺が守るんだ!

「し……白いわたあめのような雪がしんしんと降っている日の事でした。僕は何日も太陽を拝めずにうんざりした気持ちで森道を重い足取りで歩いていたんです」
「なんで急に語り口調になったんだい?」

 あぁまずい、俺は何を言っている?
 もう訳が分からなくなってきた。

「あの、まぁその毛は森にいたテゴラックスからむしってきたんですよ」
「ほう、テゴラックスがこれほどの魔力触媒となり得る毛をしていたのか……実に興味深いね!」
「まぁ、その、はい、そうです」

 あぁ、すまねぇ!
 オズワール!
 柴犬並み強いシロクマ会ったことありません!

「とにかく素材の出所はわかった。本当に素晴らしい材料を用意してくれたね」
「アークお前考えたな! これは期待して良いぞ! オズワールなら良い杖を作ってくれるはずだ!」
「へへ、これは楽しみです」

 何はともあれ、俺の見立ては間違っていなかった。
 ポルタとテゴラックス……ではなく柴犬。
 この2つが最高の杖職人の手によって合わさればきっと凄い杖が出来る。
 つまるところ柴の秘宝、ニワトリの杖が出来る。

「えぇきっと私の杖より凄いのが出来るわ!」
「……ぇ? おいおいオズ、流石に吸血鬼の血硝石を芯に使ったエヴァの杖の方が強いよな? なぁ?」

 アディは冷や汗の浮かんだ額に前髪を貼り付けて、余裕のない表情でオズワールに詰め寄っていく。

「えぇエヴァリーン! きっとクォータブラッドよりも強力な杖を作ることが出来ますよ!」
「う、嘘だろ? へへ、まじかよ、俺の血硝石……はシヴァ……抜け毛以下……はは……」

 アディが絶望的な表情で何か呟いているが、関わると面倒くさそうなので放っておく。

「オズワールさん、製作費用ってどれくらいかかりますか?」

 大事なのはお金の問題だ。

 いくら材料を揃えたからといって良い杖にはそれだけの技術が注ぎ込まれている。

 流石に「タダでやってやるわい!」なんていう田舎の全裸鍛治職人の様なことは期待しない方がいい。

「そうだね。これは杖を製作する上で、というよりも魔力触媒を加工する上で常識的なことなんだけど、高い魔力を含有している魔力触媒程ほど、それを加工するのは難しいんだ。よって時間もかかるし労力も必要になる。必然的に加工費用は高くなる」

 オズワールは当たり前の事のように指を立てながら「お高くなりますよ?」と伝えてくる。

「そうですね、ざっと金貨200枚と言ったところでしょうか」
「ぬーん……ッ!」
「あぁ! アディの魂が!」
「金貨……200枚?」

 出たよ、その意味わからない金額。
 はいニワトリの杖計画終わりました!
 半額しても金貨100枚掛かります!
 閉廷! 帰宅! むせび泣き!

「アーク……シヴァの毛を刈り取るぞ、へへ……」
「と、父さん、やめてください!」

 アディの思考があらぬ方向へと進んでいる。

「うぅアーク、すまん、流石に無理だ200枚は!」
「これは私のパパとママに手紙出した方が良いかもね」

 店内には諦めムードが漂い始めていた。

 エヴァだけは呑気な顔をして何かを考えているようだが、いくらエヴァが可愛い顔で「うーん、むうぅ」と唸ったところで金貨100枚なんてどうしても出てこない。

 終わりだ、ここでおしまいだ。

『ぬーん……』
「ちょっとちょっと、そんな暗くならないで! 大丈夫です! 今回は特別価格で請け負いますよ!」
「……一体おいくらで?」

 さらに半額の金貨50枚とか言われたところで苦笑いしかできないけど。

「私とアディの友人割引、エヴァリーンの美人割引、次にエヴァリーンの唸っている顔が可愛い割引、そしてエヴァリーン眼福割引、あ、エヴァリーン女神割引、さらにはアーカムの入学祝い割引を加えてここにもう1つの条件を加えれば!」
「加えれば?」
「頼むぞオズ。俺は信じているんだ、お前を」
「ふふ、オズワールったらお上手ね」

 もはや神頼みしかない。
 神さま仏さまオズワールさま、お願いします。
 ここは奇跡の金貨10枚とか言ってください!

「なんと金貨1枚!」
「まじかよッ!」
「えッ! 本当にッ!?」
「ずいぶん気前がいいのね!」

 なんと奇跡特価の金貨1枚で杖の製作を請け負ってくれるらしい。
 提示された金額を考えればタダも同然の価格だ。

「ん? いや、待てよ、この手法って……」

 最初に高額提示してあとで「99.9パーセント割引!」みたいな煽り商法じゃね?

 これ完全にテレビショッピングの乗りだろ。
 オズネット・タカタなのか?
 それとも本当にエヴァが女神力が効きすぎたのか?

「はは、不思議そうな顔してますね! いや簡単なことですよ。僕にかかれば今ここにある材料で短杖を2本は作れるんです。だから作ったうち1本は僕のコレクションにしようと思いましてね」
「1本もらうから1本はあげるよってことか」
「そういうことです!」
「うぅ?」

 そういうもんなのか?
 1本もらうから1本あげるってことでタダみたいな値段になるか?
 んぅ……わかんねぇ。

 最後には丸く収まったけど……なんだかなぁ。

 無駄に緊張したり絶望したり、不毛な感情に振り回されたりして疲れてしまった。

「では、杖の製作に取り掛かりますので注文書の記載をお願いします!」

 オズワールは紙とペンをサッと取り出した。
 指示させるがままに注文書を作成。

 製作してもらう杖は柴犬の毛を芯にして、蒼のポルタの頭蓋骨を整形し、筒にした長さ30センチ~35センチになる長めの短杖だ。

「うん! これでバッチリです!」

 注文書をオズワールへ提出し、杖ショップを出る。

 10日後に来れば間違いなく出来上がっていると言われたので、次にこの店に来る時は金貨1枚持って10日後だ。

 いろいろと疲れた演出過多な買い物だったが、なんだかんだ話が上手くいってくれて安心している。

 それにしても俺専用の杖、か。
 出来上がりが待ち遠しい。

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