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第一章 再誕者の産声

ウィザードの称号

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 ゲンゼ、ノザリス、フラワーたちと魔術の交流会を終えて、部屋に戻ってくる。

 朝食まで、まだ時間がありそうだ。

 なので、ジェイクに会いに行ってみることにした。
 彼は殺し屋を連れて、アルドレア家の屋敷の地下にこもっている。
 
 俺はエヴァに頼んで温かいティーを淹れてもらった。
 お盆に2つカップを乗せ、地下室の扉を叩く。
 
 扉の隙間から鋭い三白眼がのぞく。
 目とは裏腹に、彼は「気が利くじゃねぇか」と一言いうと、俺をなかに通した。
 奥の柱に殺し屋が縛られていた。
 血を滴らせているところを見るに尋問したらしい。

「殺し屋はなにか喋りましたか?」
「いいや、なんにも喋りやしねえ。ずっとぶつぶつ言ってるだけだ」
 
 俺は殺し屋を見る。
 向こうも誰かが入ってきたのを察して、こちらへ首をもたげた。

「っ! お前のようなガキに、俺の魔獣が……ありえない、ありえない、どこでそれほどの、力を……」
「魔獣。黒いバケモノのことですか」
「みたいだぜ。こいつは殺し屋は殺し屋でも、特殊な殺し屋てことだ。なにせ闇の魔術師なんだ、どうせ得体の知れない禁忌の神秘に夢中なんだろ」
「闇の魔術師ですか」

 ジェイクは「見てろよ」と言って、腰のホルダーから小杖をぬいた。
 
「──汝の闇を暴け」
 
 そう言いながら、殺し屋の頭に杖の先端を突きつける。

「あがああああ!」

 殺し屋は感電したかのように苦しみだした。かと思うと、その顔にどす黒い模様がでてくる。
 模様は胎動しており、皮膚の下で生きているみたいだった。不気味だ。

「これは、いったい?」
「闇の魔力が体内に蓄積するとなぁ、人格が暗黒面にかたむくのさ。んで、綺麗な魔力が使えなくなるもんだから、どんどん闇の魔力をつかっちまう。んで、転がり落ちるように闇の魔術に傾倒していく」
 
 ジェイクによれば、闇の魔力は人道に背く行いによって、本人の人格が暗黒面を受け入れると、体の底から湧いて出てくるらしい。
 期せずして、闇の魔力に詳しくなってしまった。

「優れた魔術師ほど深淵により近づこうとするあまり闇に落ちることが多いんらしいぜ。……お前も気いつけろよ、ぼうず」
「覚えておきます」

 俺は重苦しくうなずいた。
 と、その時

「こ、殺して、やる、うううう!!」

 殺し屋の体から黒い模様が抜け出てこようとする。
 
「っ、こいつ、ぼうずのこと見て怒りを思い出しちまったみたいだぜ!」
「コ、ロス、コロス!!」
「どいてろ、ぼうず、ここは俺がやるぜ──闇よ消え失せよ!」

 ジェイクの杖の先端が発行する。
 白い波動がふわっと広がった。
 殺し屋はその光の波に猛烈に苦しみはじめた。

 黒い模様がいよいよ体から抜け出して来る。
 殺し屋の体に根元に繫げたまま、黒い触手のようなもので襲い掛かってくる。
 
「あ、あれ? おかしいな、これやれば沈静化できるって学校で習ったのに……。っ! あ、まじいッ! クソキモイのが出てくるぞ!? 逃げろ、ぼうず!」

 ジェイクを押しのけて、抜杖し、≪ウィンダ≫で殺し屋を吹っ飛ばした。
 彼を固定していた柱はへし折れて、奥の壁にその体は打ち付けられる。
 殺し屋(?)の無力化に成功した。
 
「き、気絶、した……?」
「この手に限ります」
「……。また、助けられちまったぜ、ありがとな、ぼうず。いや、アーカム」
「礼には及びませんよ、ジェイクさん」

 俺は杖をしまい、尻餅つくジェイクの手を取った。

 闇の魔術師か。
 こうはなりたくないものだ。

 ──10日後

 王女たちとの日々は終わりを告げようとしていた。
 アルドレア家に魔法王国騎士団がやってきたのだ。
 王女付き人ヘンリックが一番近い町まで走り、駐屯地から連れてきてくれたのである。

「王女様、これに懲りたらもう家出はしないことです。毎度毎度こんなことではほかの貴族たちに、なにより臣民に示しがつきません」
「わたくしがただ家出をしたとでも、言いたげなようですわね! エイダム上級騎士殿!」
「もしや、なにか深いお考えがあるとでも?」

 エイダム上級騎士。
 屈強な筋肉を窮屈そうに鎧におさめる巨漢だ。
 この男の継承青因子は【パワー★★★】に違いない。
 
「もちろんですわ! わたくしには目的があったのです!」

 エフィーリアはガバッと俺のほうを向く。
 なんか嫌な予感。そんなきらきらした目で見るんじゃない。
 
「彼をご存じですか、エイダム」
「いえ、存じませんが……」
「おや、知らないとは! なんということですの! 彼は若干7歳にして、『風の二式魔術師』となった稀代の天才魔術師ですのよ! ちゃんと勉強してくださいませ!」
「なっ……それは、本当なのですか王女様?!」
「もちろんですわ! 私の家ジョブレスと、父上の名に誓いましょう!」

 エイダム氏が俺のまえにたつ。
 身長2m近くあるんじゃないだろうか。
 もはや見上げるだけで首が痛い。

「アーカム、さあ、見せてあげてくださいませ!」

 エフィーリアがこそっと近寄ってきて耳打ちしてくる。

「よくも利用してくれましたね」
「そ、そんなことは……ありますわ。本当に申し訳ないと思っていますわ」
「……はあ」

 俺は一応詠唱を読み上げてから、≪アルト・ウィンダ≫を撃って見せた。
 
「な、なんと!? 若干7歳で二式を……信じられません。これほどの魔術師がよもや辺境の地にいようとは……」
「ふふん! わたくしのアーカムはすごいのですわ!」

 誰のアーカムだって。

「王女様は彼の存在を知って、接触を図ろうとしたのですな?」
「そ、そういうことですわ!」

 なんやかやで、エフィーリアが家出したあげく、殺し屋にまんまと襲われた一件はなかったことにされた。
 
 明日の朝、騎士隊は王女を連れて王都へ帰還することになった。
 今夜はアルドレア家に滞在するらしい。
 宿屋かなんかとみんな勘違いしている気がする。

 ──しばらく後

 夜の帳《とばり》が降りてきた頃。

 エフィーリアを真ん中に、左右にジェイク、ノザリス、フラワーが真面目なキリっとした顔でならび、騎士たちもエイダムを筆頭にビシッと並んでいる。
 俺の横にはゲンゼ、アディとエヴァにエーラとアリスが勢ぞろいしている。

 まるで式典のようだ。
 
「アーカム、これを」

 エフィーリアから布に包まれた縦長のものを渡される。
 布を取り払う。長剣だとわかった。
 俺が視線で「これは?」と問う。

「これは王家の者が感謝と勇気を称え、恩人に贈る剣です」
「もらっていいんですか?」
「もちろん。ウィザードの称号を授与する者に与えられる剣ですわ。貴方のためにわざわざヘンリックに頼んで、持ってきてもらったのです」

 ヘンリックはわずかに微笑み、ペコっと頭をさげてくる。

 話を聞くと、ウィザードとは王家から授与されるたいへん名誉ある称号らしい。
 英国王家から贈られるナイトの称号と似たようなものだろうか。

 本来は剣と杖と勲章がセットで授与されるらしい。
 今日のところは準備ができてないので剣だけとのこと。

「恩義には礼をもって報いる。当然ですわ。なのに、わたくしたちは、ピンチを救われ、10日もの宿を貸し与えられ、苦労なく過ごさせていただいたにも関わらず、なにも返すことができませんでしたわ」
「お礼の勲章というわけですね」
「いえ、それはあなたの勇気に対してですわ。お礼は……もっと役に立つものにしましょう」

 エフィーリアは革袋を取り出して、アディとエヴァの前へ移動した。

「アディフランツさま、エヴァリーンさま、どうぞ。こちらは王家からの褒美ですわ。魔法王国の名誉ある騎士貴族として素晴らしい姿を見せてくれましたわ。本当にありがとうございますわ」

 やたらデカい革袋の中身は1000万マニーの褒賞であった。
 ちなみにマニー通貨には、21世紀の日本円と近い価値があると俺は勝手に思っている。

 エヴァとアディが目を丸くする。
 
「それと、アルドレア家の貴族位を五位から四位へひきあげますわ」
「っ、それは本当なのでしょうか、王女様」
「もちろんですわ。ジョブレスは嘘をつきません」
「ありがたき恩寵《おんちょう》! 感謝いたします!」

 いままでアルドレア家は貴族位五位だった。
 この五位というのは、一番下の貴族位である。
 領地貴族の下で、村々を委任統治されている騎士貴族は、この貴族位によって、年間に与えられる権力も、財力も決まる。
 アルドレア家は見ての通り、貴族としては破格に貧乏だった。 
 使用人ひとり雇えないほどだ。
 
 貴族位が四位にあがれば、それだけ来年から財政状況が好転する。
 そうすれば、余裕のある生活になるだろう。

 こうして勲章授与式は大変実りある嬉しいものとなった。
 ゲンゼを助けた時もお礼をもらえたし、今回も盛大なお礼がもらえた。
 この世界の民度が高すぎる件について。

「……」
「ゲンゼ?」
「すごいですね。アーカムは」

 静かな表情だった。
 王女様ご一行も騎士も家族も、みんな拍手で称えてくれるなか、彼女の声は俺の耳に透き通るように聞こえてきた。

「どうせ今だけですよ。言うでしょう、神童も二十歳すぎればただの人って」
「いいえ、アーカムはどこまでもいけますよ。どこまでもね」

 彼女はどこか寂しそうにそう言った。
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