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第四章 悪逆の道化師

幕間:イセカイテック1

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 イセカイテック本社

 摩天楼都市の地下施設。
 先進的なデザインを意識されてつくられた白色で統一された研究室がある。
 
 研究室には白衣を来た研究者たちと、スーツに身をつつむ老いた権威者たちが集まっていた。
 彼らが一様に刮目《かつもく》しているのは施設中央の半透明の機械ポットだ。
 培養液のようなもので満たされており、生物兵器でも培養されてそうだが、ポット自体が白く清純な見た目をしているので、その心配はない。
 中の液体は電解質をふくんだサイボーグ用のである。

 ポットの底に穴が開き、溶液が排出されていく。
 排水が完了した。ポットが開いていく。

 皆が息をのむ。研究者も。権威者たちも。

 はじめに機械仕掛けの金属母胎から冷気がふわーっと漏れでてきた。
 それが足元を覆いつくしたころ……ヒトが出てきた。
 細身の裸体をさらす世にも美しい娘だ。

 
 シルバーの髪に、グラデーションでライトイエローが入っている。この透き通った人工頭髪には数十億円の開発費が投入されていることを知る者は少ない。
 黄色い瞳孔を内包した芸術的な瞳は、世界屈指の人工瞳技師がデザインしたダイヤモンドより遥かに貴重な至宝である。
 肌はほどよく焼けていて(厳密には色付け)、頬は柔らかく、体のどの部分をとっても角ばっていない。優しげなフォルムが、逆に、この少女が従来のサイボーグではとうてい追いつけない人類の科学力の結晶であることの証であった。
 
 右耳のうえには Eve-Streika-Ikai-Kisaragiと黒い文字で印字されている。

「おお……」
「これほどの完成度か……」
「素晴らしい」

 集まった者どもは、惜しみない賞賛の拍手を贈る。
 このヒトを設計した研究者へ。
 そして、産まれてきてくれた素晴らしき未来へ。

 娘はひんやりとする冷気になんの反応も示さない。
 白い溶液で急激に低下しているだろう体温にも気にも留めない。
 拍手している男たちをじーっと不思議そうに見渡している。
 裸体を見られているというのに恥ずかしがる素振りも見せない。

「イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ」
 
 そう声をかけられて、少女は首を動かす。
 眼鏡をかけた優しそうな若者がいた。
 涙を流し、誇らしげな顔をしている。

「君の名前だ。イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ」
「イヴ・シュトライカ……イカイ・キサラギ」

 少女が復唱すると拍手はさらに大きなものとなった。
 万雷のごとく、この偉大なるシンギュラリティを称えた。
 
「おめでとう、如月《きさらぎ》博士、君はいま間違いなく神に一番近い」

 西暦2111年
 人類初の汎用人工知能搭載型アンドロイドが誕生した。

 イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ──以下、キサラギ──の発明は公には公表されなかった。
 
 理由は2つあった。
 
 1つ目。
 キサラギが世間の要望に耐えるだけの性能をもっているか、未知数だったこと。
 イセカイテック社は2101年の異世界転移装置での失敗から学んだのだ。
 重大な発表ほど焦りすぎてはいけない。と。
 
 2つ目。
 社内でキサラギを飼って、人間どうしのコミュニティにおける活動記録をとりたかったこと。
 慎重な経営層からの指示であった。
 
 以上、2つの点から、キサラギはイセカイテック社内に限ってかなり自由に生活をすることを許された。

 重役たちへのお披露目から一週間が過ぎた。
 
「こんにちは、キサラギちゃん」

 廊下で通りすぎた女性社員にぺこりと頭をさげる。

「お、今日も散歩してるな」

 気前のいい男性社員にぺこりと頭をさげる。

「ふご、ふご……キサラギ氏、今日も可愛いんごねぇ……ふしゅるゥ」

 マスク曇らせ眼鏡油汗ブスじじい研究員にぺこりと頭をさげる。
 と、そこで、キサラギはたちどまる。
 彼女は小脇に抱えていた袋からドーナッツを掴み出した。

 マスク曇らせ眼鏡脂汗ぶすじじい研究員──伊介林音《いかいりんね》へ、キサラギドーナッツが贈呈される。

 林音は感涙の涙をこぼしながら、そっとドーナッツを受け取る。

「き、キサラギ氏ぃ……!」
「この1週間あなたとの遭遇率は479%。一日に4回会っています。驚異的な数値です。キサラギとあなたは友人と定義しました。お近づきの印です」
「キサラギ氏……申し訳ないでござる、ドーナッツは受け取れないでござる」
「キサラギにはわかりません。理由をお教えください」
「その、儂《わし》、実はキサラギ氏の後ろをつけていたんで候《そうろう》……だから遭遇率があがるのは当然であるわけでありまして……」

 林音は自分が恥ずかしくなった。
 純粋すぎるキサラギを騙したことが。
 今年で71歳にもなるのにティーンの女子にhshsしていることが。

 ドーナッツをかえす林音。
 キサラギはしゅんとして「そうですか」と受け取る。

「では、それを踏まえたうえで、ドーナッツを贈呈します。友達になってもらうためのキサラギからのアプローチです」
「儂なんかでいいでごじゃるか……! キサラギ氏ぃぃぃ……!」

 この日以来、キサラギに28回遭遇するとドーナッツを渡され、友達になれるという社内伝説がまことしやかに出回りはじめた。
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