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第六章 怪物派遣公社

義兄さん?

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 フラッシュ。パットが言っていたあの幻の流派雷神流の使い手。
 氷の拘束から解放されて飛び出して来たか。

「どうして俺の名を知っている」
「パットが教えてくれました」
「……お前を叩き斬る」

 なんでよ。話を聞きなさい、この脳筋わんわんめ。

「僕は敵じゃないです」
「敵がそう言ってきたらお前は剣を納めるのか」
「……。結果は同じだと思いますよ」
「お前の高速詠唱はもう知ってる。それを踏まえて動けばいいだけだ」

 知ってても普通はどうにもならない。
 だが、このフラッシュという凄腕の達人ならば……。
 勘だけど、次は苦戦を強いられる気がする。
 雷神流とかよく知らねえし、なにより四段はまずいって。

 そう思った時だった。
 宿屋の入り口がバッと開き、梅色の閃光が飛びだしてきた。
 
 ガヂンッ。
 火花が青空の下で散った。
 宝剣カトレアの祝福とフラッシュの鋼剣がぶつかり合う。

 アンナだ。
 飛び出してくるんなり脳天勝ち割る勢いで剣をふりおろし、フラッシュはそれを受け止めた。鍔迫り合い、両者、至近距離でにらみ合う。

「……ッ、なるほど、相当の使い手か……!」
「(このわんわん、強いわんわんだ……)」

 お互いの剣気圧が増幅していき、空気が震え、ふたりの足元がバキバキっと割れていく。

「やめてください、アンナ!」
「フラッシュ、その人は敵じゃないです!」

 俺が叫び、ゲンゼが飛びだして来た。
 脳筋たちのリードはお互いにしっかり握っておかないとだめですな。

 
 ──しばらく後

 
 巨大樹の宿屋二階の個室でお互いに自己紹介をすることになった。
 階段はさっきまで壊れていたような気がしたが、いまは巨大な樹の根が代わりに階段を補強しており、とっかかりとなって上へ登れるようになっていた。ゲンゼが魔術で直したのだろう。

 警戒しまくりのフラッシュへ、ゲンゼは俺のことを紹介してくれた。

「彼は古い友達です。ほら、昔話したクルクマの」

 こんな紹介だった。

「お前が、か。ふん、まだガキじゃないか」

 あんたもそんな年上に見えないけど。

 ところで、ひとつ気が付いたことがある。
 フラッシュの顔。どこかで見たことがあると思ったが、ゲンゼにそっくりだ。

「2人ってなんだか似てますよね」
「フラッシュはわたしの兄ですよ、アーカム」
「え……?」
「アーカム・アルドレア、変な気は起こすなよ。万が一にも」
「なんのことだか……」
「知っているぞ。このエロガキ。お前、クルクマとかいう田舎にうちのゲンゼがいたころ逢引をしたそうじゃないか」
 
 ねえ、なんで、そういうこと言っちゃうのよ。
 アンナっちすごいこっち見てくるんだけど。
 ねえ、フラッシュ、いえ、フラッシュ義兄さん、本当にやめてください。

「こほん。昔の話ですよ。その頃はアーカムはちいさな子供でしたしね」

 ゲンゼが場をとりなしてくれた。
 命を救われました。ありがとう。

 ふと横を見やるとアンナがじーっと見てきていた。
 
「アーカム……」
「別になにもなかったですよ、アンナ。本当、なにもなかったです」
「ふーん」

 絶対邪推してる。
 異性に同僚にそういう目されると死にたい気持ちになる。
 前世じゃ異性の同僚すなわち俺こと汚物として見ていた弊害です。古傷がうずくわい。

「すーっ……えっと、フラッシュ義兄さんは剣術が達者ですよね、それって幻の雷神流ですよね(話題転換)」
「貴様に話すことなどない。あと義兄さんと呼ぶな。ぶった斬るぞ」

 死ぬほどの冷たい返答。
 俺がフラッシュを凍らせただけでも嫌われる理由として十分なのに、いまでは大事な大事な可愛い妹に近づいた汚いハエとでも思われている。たぶん一番フラッシュが嫌いな人間を更新したまであるっしょ、これ。

 場に沈黙が訪れました。
 みんなお互いの顔を見合ってなにを話せばよいか分からなくなってます。
 フラッシュ義兄さんのせいです。

「こほん。とりあえず、フラッシュ、この2人は敵ではありませんから。無闇に剣を抜くのはダメですからね」
「努力しよう」

 意外と素直。努力目標どまりだけど。
 兄は妹に弱いものなのですね。
 
 と、まあ、血みどろの勘違いは終わりました。

「アーカム、ちょっとこっちへ」

 ゲンゼが席を立ち、俺を手招きする。
 フラッシュの視線が恐いなか、部屋を出て行く彼女についていく。
 綺麗に切りそろえられた尻尾が左右にふりふり。この動き凄く可愛い。

 魔術工房までやってきた。
 ゲンゼは扉をそっと閉じた。
 こちらへふりかえる。
 蒼穹の瞳が俺の頭の先から足の先までじろっと舐めまわすように見る。
 なにかを納得したようにホッと胸を撫でおろした。

「どこも怪我がないようですね。本当によかったです」

 言って、ゲンゼは薄く微笑みをうかべた。
 ずいぶんと久しぶりだ。彼女の笑顔を見たのは。
 
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