208 / 306
第六章 怪物派遣公社
怪物派遣公社、厄災、公社の悪魔ギルネット・アーッラ・ネフィリムズ
しおりを挟む悪魔は黒い杭をおおきく振りかぶって、アーカムへ叩きつけた。
アーカムは風弾を撃ち悪魔をふっとばす。
フバルルトは結晶の塊を手元に作り出すと、一息にそれを放射した。
魔力結晶の散弾だ。
悪魔は全身に散弾を浴び、受けた箇所に結晶が付着し増殖、動きを封じられる。
「むふふふ~魔術貴族、存外に面倒な術を使いますねえ」
悪魔の使う第三世界法則であろうと、魔力の干渉を完全に防ぐことは出来ない。
結晶の魔術師たちのあつかう魔術は悪魔にとって気の散るものだった。
「吸血鬼と人狼まで連れて来て、まさか手駒が足りなくなるとは思いませんでしたが──ああ、余り物を念のために持ってきておいてよかったあ」
言って、悪魔は魔術騎士たちの相手する奇妙な怪物を見やる。
「ルナ・ゲイ」
悪魔の一声でもう一匹の厄災がぴくッと反応し、活動をはじめた。
床を這うようにする人型の生物。
白く、干からびた老人のような風貌。
アーカムは知っている。
それは『月の子』と呼ばれる厄災であると。
月の子は四足歩行ですばやく床を這い、近くの騎士に襲い掛かった。
騎士は剣を振りぬく。
剣は月の子を突きさすが、同時に月の子の手のさきが、騎士の手首をつかんでしまった。
──直後、騎士の身体がぐちゃぐちゃになった。
雑巾を搾るように、人体がぎゅっとちいさくなったのだ。
血と臓物がフルプレートアーマーの内側からあふれ出してくる。
周囲の魔術騎士たちは恐怖に悲鳴をあげる。
「なんだい、あのバケモノは……」
「なんと恐ろしい怪物を……っ」
マチルダもフバルルトも戦慄し、顔は蒼白に染まる。
「月の子の手先にふれれば絞られてしまいます。絶対に触れてはいけません」
月の子は珍しい厄災であると同時に、恐ろしい権能を持っている。
対象に触れるだけで絶対的な効果を発揮し生物を即死させる神秘だ。
いかなる防御の魔術も貫通してくるので、知らなけれ対処の仕様がない厄災だ。
「月の子……とんでもないバケモノを連れて来てくれたねぇ」
マチルダは緑結晶で拘束しようと試みる。
月の子は機敏に反応し、足元から生える結晶群を回避すると、マチルダへ襲い掛かった。
マチルダは素早く詠唱し、結晶散弾で応戦、月の子を散弾でふっとばす。
「結晶よ──」
魔術貴族が代々使う魔術はその練度の高さゆえに、ごく短い詠唱だけで魔術を使用できる。属性魔術にはない伝統魔術ゆえの利点であった。
「っ、あれは……」
月の子の様子がおかしかった。
散弾を受け、動けなくなったかと思えば、枯れた体が徐々に張り艶を取り戻していくのだ。身体に付着した緑結晶を吸収しているらしかった。
「皆さん、伏せて」
アーカムは言う。
彼は知っていた。
テニールの講義で十分な知恵を授かっていたからだ。
月の子はある種、もっとも恐ろしい厄災である。
起源を空のうえに持つこの厄災の怪物は、古い遺跡などでたまに発見され、そして甚大な被害をもたらす。
月の子は冬眠状態から目覚めると干からびた老人のごとき貧弱な形態で活動を再開し、生物の血肉や、魔力を吸収して、徐々にチカラを取り戻していく。
レベル1のうちに仕留めるのが理想。
レベル2でも知識ある狩人なら対処できる。
レベル3になると最大の危機なりえる。
『一撃で仕留めろ!』
「わかってます」
(まだレベル1からレベル2への変異の最中。いまなら俺でもやれる)
アーカムは魔力を圧縮する。
高度な水の魔力の操作で水素を取り出し、風の魔力の操作で超高気圧の空気層で水素を閉じ込め、火の魔力の操作で内部を超高温にする。
この高等魔術の層の内側で水素の衝突を誘発し、核融合反応をうながすことでエネルギー量を爆発的に増大させる。
「擬似太陽魔術──《イルト・ソリス》」
アーカムは極星の一撃を放った。
書斎の一角へ着弾。
月の子の肉体が蒸発し、屋敷の一角もろとも溶解させていく。
「砕けろ、太陽」
アーカムの命令に呼応し、ソリスは砕けた。
大爆発を起こす。星の終わりを幻視するほどの光と熱の乱舞。
被害が及ばないようにアーカムは《ウルト・ポーラー》で自分たちを保護する。
足場が崩れる。屋根も倒壊する。
すべてが収まり、ポーラーの氷盾も溶けてしまった頃。
城のごとき豪邸は半分ほど吹っ飛んでしまっていた。
そのとてつもない様にフバルルトもマチルダも、騎士たちも皆が言葉を失った。
瓦礫のしたからノーランと公社の悪魔が這い出て来る。
「これは……」
「どうやら、危険な魔術師がいるようですねえ」
言って、公社の悪魔は想像をおおきく上回る戦力がいることに、表情から余裕の色を失わせた。
「まずはあなたを消しましょうお」
公社の悪魔がアーカムへ襲い掛かる。
アーカムは直観で黒杭の一振りを避ける。
悪魔の身体能力は人狼や吸血鬼などの厄災に近い。
ゆえに公社の悪魔は、まさかいま目の間で高等魔術を使ってみせた生粋の魔術師であるアーカムに、殺意を込めて振った一撃を避けられるとは思っていなかった。
一瞬の動揺、一瞬の隙。
常人なら見逃してしまう間。
だが、狩人はそこにバケモノどもへの勝機を捻出する。
悪魔の身体を氷で一気につつみこまれる。
「氷の魔力……っ、珍しいものをお使いになるようですがあ、残念、聖なる魔力無くして悪魔は倒せませんよお」
「用意は出来てる」
「なんですとお……?」
アーカムはかつての戦いで悪魔の恐ろしさを知った。
教会の宣教師なくしては生き残れなかった戦いがあった。
だから、彼は次に備えて準備した。
彼だけのオリジナルをひとつ。
アーカムは氷属性式魔術と退魔の教会魔術を融合させたのだ。
第三世界法則を使って壁や床をすりぬけて逃げてしまう悪魔の動きを、白く光る氷で封じつつ、閉じ込めた瞬間から焼き殺す、悪魔にとって悪魔的な魔術。
アーカムはかつて教会の宣教師マーライアス・アルハンブラより授かったチカラを解き放った。
「聖霜魔術──《ポーラー・アークライト》」
「貴方まさか教会の──うガゅあアああ!!!??」
聖なる光が不浄の魂を焼き尽くす。
わずか数秒で悪魔の焼死体が氷殻のなかにできあがった。
アーカムの聖刻はゆっくりと点滅していた。
魔術王国の一屋敷で起こる死闘とは裏腹に、ごく平穏なドリムナメア聖神国の司祭家が一堂に会する議会に、エレントバッハ・ルールー・へヴラモスは出席していた。
ふと、刻まれた白き紋様がうづいた。
かつての継承戦で兄姉たちを打倒し勝ち取った聖刻だ。
エレントバッハは議長の演説に耳を傾けながら、そっと聖刻をなでる。
あの勇敢な少年はいまもまた悪魔祓いに挑んでいるのだと悟ったからだ。
少女は遠く離れた地で、想い人の勝利を静かに祈った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
569
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる