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第八章 迷宮に潜む者

猫と少女

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 アディの手がかりをさっそく手に入れることができた。
 偏屈な酒場のマスターの話によれば、アディの冴えない顔は記憶に残るものではないが、その顔を覚えていたのはちょっとした有名人といっしょにいることが多かったからとのこと。
 つまりそのちょっとした有名人こそがアディを知る人物ということになる。

 追加で銀貨4枚をカウンターに置くとその人物の居場所を教えてくれた。
 というわけで俺たちはいまダンジョンヒブリアの帝国騎士駐屯地地下留置場へと足を運んでいた。

「きっと手がかりはろくでなしです、とキサラギは兄様にまともな感想をこぼします」
「留置所にはいろんな人が流れつくんですよ。権力者に黙らされた罪なき青年とか、打倒された悪徳の魔術貴族とか」

 冷たく寂れた地下牢を歩いて「ここだ」と騎士はたちどまる。
 檻のなかを見やると、一匹のニャオが丸くなって寝ている。

「ニーヤンはあいつだ」
「あのニャオですか」

 ダンジョンヒブリアには喋るニャオがいる。
 森の深くでひっそりと暮らす猫族と呼ばれる知的にゅんにゅん種族のはぐれ者らしい。そいつの名はニーヤン。コソ泥を繰り返し働くので留置所へ行けば会えるのは一部では有名な話だ。
 
「にゃあにゃ」

 魔術王国でコートニーさんがやっていたようにニャオ語で話しかける。

「馬鹿にしているのかにゃ。我はエーテル語くらい心得ているにゃ」
「これは失礼。ニーヤンですね、話をすこしできますか」
「頼むにゃ、ここから出してほしいにゃ」
「初対面の僕になにをいきなり言ってるんですか」
「にゃあ~」
「なんだこの猫」

 泥棒ねことして有名との話だったが、まさしくと言った感じだ。

「ふん、連れない人間にゃ。でもいいにゃ。すぐに仲間が助けてくれるにゃ」
「ならよかったです。それで用件のことですけど」
「話を聞いてほしかったら、出すものだすにゃ。そうじゃないと眠たくてまともに聞いていられないにゃ」

 ニーヤンは前足で顔を洗いながら言う。
 
「アディフランツ・アーヴァントルアをご存じですよね、ニーヤンさん」
「……っ」

 猫顔がハッとしてピタッと固まった。
 どうやら知っているようだ。

「彼を探しています。どこにいるかご存じですか」
「し、知らないにゃ……! アディフランツ・アルドレアなんて知らないにゃ!!」

 やたら慌てだしてぶんぶんっと首を横に振る。
 今この猫はミスをした。

「アディフランツ・アルドレア? 僕が探しているのはアディフランツ・アーヴァントルアですが?」
「あっ……」
「ですが、あなたの言う通りアディフランツはかつてアルドレアという姓を名乗っていました。そのことをどうして知ってるんですか」
「え、えっと……な、なんでかにゃあ……知らないにゃあ……よくわからないにゃあ」

 なんでアディのことを隠すのだろう。
 
『こいつは絶対知ってるぞ!』

 まあ超直観くんが出るまでもなく、それはわかるんだ。
 動機が不明だ。

『私たちを敵と思っているに違いない!』

 敵? だれの?

『……』

 はい。黙った。
 ふむ。話が見えない。
 とりあえず説得を試みるほかない。
 この猫野郎がアディのことを知っているのは確定といって過言ではないのだから。

「ニーヤンさん、なにを恐れているのかわかりませんが、僕は敵ではありませんよ」
「嘘にゃ! ならば正体を明かすにゃ!」
 
 正体、か。
 アーカム・アルドレアの名前を出すかどうか悩みどころだ。
 もしニーヤンの信頼を勝ち取るために名前をだしたらどうなるだろうか。アーカム・アルドレアという名前は魔法王国の内戦においてピックアップされる名前の筆頭だ。
 救国の英雄の名前だ。知っている人間がどこかにいれば、噂が広がるかもしれない。噂が広まれば怪物派遣公社や絶滅指導者に見つかるリスクも高まる。そうするとダンジョンヒブリアに長期間滞在するだけで危険な状況になってしまう。

 名前は出したくないな……てか、俺の名前だしたところでそれが説得材料として有効かどうかはわからないしな。

「知り合いです。アディフランツが失踪したので依頼を受けて探しにきたんです」
「あ、怪しいにゃあ……! 恐ろしいにゃあ……! 公社の使者はここまで人間のようにふるまえるのかにゃ……!」
「公社の使者?」

 ニーヤンはつぶらな瞳から珠の涙をポタポタこぼして震えあがってしまった。
 ふと、猫の視線が俺のよこへ移動した。

 見やればいつのまにか少女が立っていた。
 暗い肌色に絹のように繊細な白髪が揺れている。
 身長以上のおおきさの鉄塊を背負う姿はチグハグさに眉根を潜めたくなるほどだ。

 表情は揺らぎなく、ひたすらに無であった。
 何を考えているかわからないオレンジ色の瞳がじーっと見て来る。
 
「テラっ! こいつはアディを探しに来た公社の追っ手だにゃ! ついに見つかってしまったにゃ!」
「落ち着いて、なんとなくですけど、たぶんを誤解をして──」
「思ったよりはやかったね」

 少女はボソっと抑揚のない声で言うと、鉄塊をガシンっと地下牢の床にたたきつけた。騎士は慌てた様子で「ま、待て、ここではじめるな!」と叫ぶ。

 制止を受けても少女は止まらない。
 細腕で軽々しく鉄塊をもちあげると、躊躇なく叩きつけてきた。

「兄様、さがって」

 俺は一歩だけ下がる。
 鉄塊が叩きつけられる──が、キサラギは片腕で受け止め、軽く受けながした。

「圧も使わずに素手にゃ!?」

 少女は流れるように前蹴りを放った。
 キサラギのお腹を打ち、おおきくふっとばす
 
 少女はすでに鉄塊を片手でもちあげて次の攻撃に移っている。
 あんなデカい得物を使ってるのに連撃にいっさの途切れる部分がない。
 強い。最低でも四段クラス。

 俺は腰のウェイリアスの杖の柄頭に手をおき、無詠唱で水属性式魔術と氷属性式魔術を発動し、少女とのあいだに氷の厚盾をせりあがらせた。
 鉄塊が厚盾を砕く。俺は身をひねってかわす。
 氷盾へ魔力をそそぎ一気に地下牢の床と壁と天井にはりめぐらせた。
 同時に少女の足元から氷をのぼらせて拘束する。

「ッ」

 少女は目を丸くして「動けない……」とぼそっとつぶやいた。

 魔術修練と研究の結果、氷属性式魔術は単体でつかうよりも水属性式魔術とあわせて使ったほうが展開速度がずっとはやいことがわかった。
 さきに水の魔力で現象の効果範囲をマーキングし、そこへ氷の魔力を伝達させる練習をした。そのため俺の氷属性一式魔術の発動速度は、俺が一番得意とする風属性一式魔術に限りなく近づいた。

 さらにウェイリアスの杖だ。
 この杖は風と水魔獣ウェイリアスの魔石を芯に使った杖なため、水属性の魔術を扱いやすい。体感レベルだが、俺が攻撃しようと思うのとほぼ同時に魔術現象を発生させることができるようになっている。
 今まで実感していなかったが、等級の高い杖、属性相性の良い杖を使うと魔術のつかいやすさが大きく変わる。杖次第で戦闘能力がおおきく変化してしまうほどだ。

 そういう訳で、新しい技術を身に着けたのと、四等級の素晴らしい杖を手に入れたことで、いまの俺の初手氷属性一魔術はべらぼうに速い。初見殺しの鬼となった。
 
 とはいえ、実戦で使ったのは初めてだ。
 俺自身ここまで早く氷が地下牢を覆い尽くすとは思えなかった。
 この速さなら……おそらく厄災にも反応できる。
 
 白い息を吐きだす。
 腰に差した杖の柄頭に手を置いたまま、少女のオレンジ色の瞳を見つめる。

「はやすぎるにゃ……無詠唱魔術にゃ……も、もしかして、もしかしてだけど……お前はアディの息子にゃ?」
「やれやれ。話をしましょうか、猫ちゃん」
「にゃ、にゃあ、怒ってるにゃあ……っ」

 ニーヤンは震える声で鳴いた。
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