「役立たず」と追放された宮廷付与術師、実は世界律を書き換える『神の言葉』使いでした。~今さら戻れと言われても、伝説の竜や聖女様と領地経営で忙

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第2話 僕が抜けた途端、勇者の剣が錆びついたようですが?

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小鳥のさえずりと共に、僕は目を覚ました。
頬を撫でる風は優しく、草の匂いが鼻腔をくすぐる。

「……よく寝た」

僕は身体を起こし、大きく伸びをした。
王都の高級宿屋のふかふかベッドよりも、この固い地面の上の方がよほど安眠できた気がする。
それはきっと、『維持』の重圧から解放されたからだろう。

昨晩展開した『聖域(サンクチュアリ)』の結界は、薄く光りながらまだ周囲を守ってくれている。
結界の外側を見ると、何やら黒い靄のようなものが蠢いていたが、僕が起き上がったのと同時に霧散して消えた。
多分、夜行性の野生動物か何かが迷い込んだのだろう。

「さて、朝食にして、先を急ごうか」

僕はマジックバッグから干し肉とパンを取り出した。
昨晩の残りの焚き火に、指先から出した小さな火種を放り込む。
『極小核熱(マイクロ・ニュークリア)』という術式を極限まで絞って作った種火は、一瞬で薪を炭に変えるほどの火力を持っていたが、僕はそれを「着火魔法」だと思っている。

「ふう、やっぱり外で食べる飯はうまいな」

簡単な食事を済ませると、僕は結界を解除し、再び街道へと足を踏み出した。
目指すは北の辺境、未開の森だ。
地図で確認する限り、馬車で二週間ほどの距離がある。

「歩きだと一ヶ月くらいかかるかな。まあ、急ぐ旅でもないし」

僕は足裏に魔力を集中させる。
長距離移動のための『縮地(グラウンド・シュリンク)』の応用だ。
一歩踏み出すたびに、景色が背後へと高速で流れていく。
軽くジョギング程度の感覚で走っているつもりだが、すれ違う旅人の馬車が一瞬で点になって消えていくのを見て、僕は首を傾げた。

「あの馬車、止まってたのかな? 故障かな」

まあいいか。
僕は鼻歌交じりで街道を駆け抜けていく。
まさか自分が、音速に近い速度で移動しているとは夢にも思わずに。

   ◆   ◆   ◆

一方、王都。
太陽が中天に昇る頃、勇者ライオネルたちはギルドの前に立っていた。

「おい、なんだか今日は身体がダルいな……」

ライオネルが気だるげに首を回す。
彼の自慢である黄金の鎧が、今日はやけに重く感じられた。
いつもなら羽根のように軽いミスリル合金製のフルプレートだが、今朝装着した時は、従者二人に手伝わせても息が切れたほどだ。

「ええ……お肌の調子も最悪だわ。化粧ノリが悪くて時間がかかっちゃった」

賢者フィオナも不機嫌そうに杖を突いている。
彼女の美しい銀髪も、心なしか艶を失い、毛先がパサついているように見えた。

「私もです。お祈りの時の瞑想が、全然集中できなくて……。神様の声が遠い気がします」

聖女マリアに至っては、目の下に薄く隈を作っていた。
昨晩、悪夢にうなされて何度も目が覚めたらしい。
暖房の魔道具をつけていたはずなのに、寒気が止まらなかったという。

「まあいい。昨日のドラゴン討伐で疲労が溜まってるんだろう。だが、俺たちは勇者パーティだ。休んでる暇はないぞ」

ライオネルは強がって見せたが、その声にはいつもの覇気がない。
しかし、周囲の冒険者たちは彼らに畏敬の念を向けている。
その視線が、彼らのプライドを辛うじて支えていた。

「さすが勇者様だ、今日も依頼を受けるのか」
「昨日ドラゴンを倒したばかりだっていうのに、精力的だなあ」
「あの役立たずの付与術師を追い出したって聞いたぜ?」
「ああ、あいつか。いつも後ろでサボってた奴だろ? 正解だよ、あんな寄生虫がいなくなって、勇者様の実力がさらに発揮されるってもんだ」

そのヒソヒソ話を聞いて、ライオネルはニヤリと笑った。

「聞いたか? 世間もよくわかってるじゃないか。よし、今日は景気づけに手頃な依頼を片付けて、新しい装備の資金にするぞ」

彼らが選んだのは、王都近郊の森に出現したという『オーク・ジェネラル』の討伐依頼だった。
オークの上位種で、通常のオークの群れを率いる強敵だ。
しかし、Sランクである勇者パーティにとっては、本来なら準備運動にもならない相手である。

「たかがオークだ。俺の剣技で一網打尽にしてやる」

「私の広範囲殲滅魔法(エクスプロージョン)で消し炭にしてあげるわ」

「私が支援(バフ)をかけますね。……あれ?」

マリアが杖を振るが、光が弱々しい。
『攻撃力上昇(アタック・アップ)』を唱えたはずだが、ライオネルの身体に力が漲る感覚は微々たるものだった。

「おいマリア、ちゃんと真面目にやれよ。昨日の酒が残ってるのか?」

「い、いえ! ちゃんとやりました! 変ですね、手応えはあるんですが……」

「チッ、まあいい。オークごとき、素の力でも十分だ」

三人は森へと入っていった。
そして数分後、彼らはオークの群れと遭遇した。

「ブモオオオオオッ!!」

オーク・ジェネラルが巨大な石斧を振り上げ、雄叫びを上げる。
その周囲には、三十匹ほどの通常オークが涎を垂らして待ち構えていた。

「汚らしい豚どもめ。行くぞ!」

ライオネルが地面を蹴って飛び出す――はずだった。

ガシャッ!

「うおっ!?」

踏み込みが甘く、地面の泥に足を取られてバランスを崩す。
いつもなら『地形無効化』の付与が働いていて、沼地だろうが水面だろうが平地と同じように走れたのだが、今はただの泥濘だ。

「ちょ、ちょっとライオネル! 何やってるのよ!」

「う、うるせえ! ちょっと滑っただけだ!」

ライオネルは体勢を立て直し、迫りくるオークの一匹に剣を振るう。
愛剣『聖剣エクスカリバー(レプリカ)』。
切れ味抜群の名剣だ。

キンッ!

「なっ!?」

剣はオークの持つ粗末な鉄の棍棒に弾かれた。
手首にジーンと痺れが走る。

「ば、馬鹿な!? 俺の剣撃が弾かれただと!?」

これまでは、相手の武器ごと両断していたはずだ。
なぜなら、アレンが『物質透過』と『切断力強化』を付与していたからだ。
だが、今の彼にあるのは、ただの筋力と、ただの鋭い剣だけ。

「ブヒャヒャヒャ!」

オークが嘲笑うように棍棒を振り下ろしてくる。
ライオネルは慌てて盾で受けるが、その衝撃で数メートル後退させられた。
重い。
一撃一撃が、岩のように重い。

「くそっ、フィオナ! 魔法だ! まとめて焼き払え!」

「わかってるわよ! ……えっと、詠唱、詠唱……」

フィオナが杖を構える。
しかし、言葉が出てこない。
これまでは『高速詠唱』と『詠唱省略』の付与のおかげで、一言キーワードを呟くだけで発動していた上級魔法が、本来の長い呪文を唱えなければ発動しないのだ。

「『我は求め訴えたり、紅蓮の炎よ、契約に従い我が敵を……』って、長すぎよこれ! 覚えてないわよ!」

彼女はアカデミーを首席で卒業した天才だったが、実戦での詠唱省略に慣れすぎて、正式な呪文をド忘れしていた。
教科書通りの呪文をブツブツと思い出しながら唱えている間に、オークたちが距離を詰めてくる。

「キャアッ! 来ないで! 『火の玉(ファイアボール)』!」

咄嗟に放ったのは、初級魔法の火の玉だった。
ボシュッ。
オークの腹に当たった火の玉は、服を少し焦がしただけで消えた。

「うそ……私の魔法が、こんなに弱いの……?」

これまでは『魔法威力極大化』と『属性貫通』が付与されていたため、初級魔法でも必殺の威力があった。
だが今は、ただの火種だ。

「フィオナさん、危ない!」

マリアが叫ぶ。
オークがフィオナに飛びかかろうとしていた。
ライオネルが割って入り、なんとかそのオークを斬り伏せる。
だが、剣は肉に食い込んだまま抜けなくなった。

「くそっ、抜けない! 血糊で滑る!」

『自動洗浄(オート・クリーン)』も『摩擦係数操作』もない。
現実の戦闘における泥臭いトラブルが、次々と彼らを襲う。

「ヒール! ヒール!」

マリアが叫びながら回復魔法を飛ばすが、ライオネルの腕の擦り傷が塞がるのに数秒もかかった。
これまでは一瞬で完治していた傷だ。
しかも、数回唱えただけでマリアが息を切らし始めた。

「はぁ、はぁ……も、もう魔力が……半分も減ってます……」

『魔力消費ゼロ化』が切れた今、聖女といえど魔力は有限だ。
しかも、アレンが裏で行っていた『魔力譲渡』もない。

「ブモオオオッ!」

オーク・ジェネラルが動いた。
巨大な石斧が旋風を巻き起こしながらライオネルに迫る。

「ぐおおおおっ!」

ライオネルは剣を捨て、両手で盾を構えて防御した。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き、ライオネルの身体がボールのように吹き飛ばされ、大木に激突した。

「がはっ……!」

「ライオネル!」

勇者は地面に崩れ落ち、血を吐いた。
肋骨が数本折れている。
鎧はひしゃげ、盾は無惨にひび割れていた。

「あ、ありえない……俺は、勇者だぞ……たかがオークごときに……」

薄れゆく意識の中で、彼は信じられない現実を見ていた。
オークの群れに包囲され、震えるフィオナとマリア。
そして、泥まみれで這いつくばる自分。

(なぜだ? 昨日はドラゴンを倒したんだぞ? なんで今日はこんなに身体が動かない?)

ふと、昨日の宿屋での光景が脳裏をよぎる。
地味で、目立たなくて、いつも後ろでブツブツ言っていた黒髪の男。

『僕の付与魔法が役に立っていない、と。皆さんはそうお考えなんですね』

まさか。
いや、そんなはずはない。
あいつは役立たずだ。
俺たちが強いのは、俺たちの才能のおかげだ。

「撤退だ……! マリア、目くらましの『閃光(フラッシュ)』を使え! フィオナ、転移スクロールだ!」

プライドをかなぐり捨て、ライオネルは叫んだ。
もはや戦いではない。ただの生存競争だ。

マリアが最後の力を振り絞って杖を掲げ、閃光を放つ。
オークたちが目を眩ませている隙に、フィオナが懐から高級アイテムである転移スクロールを取り出し、引き裂いた。

空間が歪み、三人の身体が光に包まれる。
オーク・ジェネラルが悔しげに石斧を振り下ろしたが、彼らの姿はその直前に消え失せた。

   ◆   ◆   ◆

王都の広場にある転移魔法陣の上に、ボロボロになった三人が転がり出た。

「げほっ、ごほっ……!」

ライオネルは血反吐を撒き散らしながら、石畳の上でのたうち回った。
フィオナは髪が乱れ、ローブは泥だらけ。
マリアは恐怖でガタガタと震え、涙を流している。

周囲の市民や冒険者たちが、驚愕の表情で彼らを取り囲む。

「お、おい! あれ勇者パーティじゃないか!?」
「嘘だろ、ボロボロだぞ!」
「何があったんだ!? 魔王軍の幹部でも出たのか!?」

ざわめきが広がる中、ライオネルは屈辱に顔を歪めた。
違う。
相手は魔王軍幹部でも、ドラゴンでもない。
ただのオークだ。
だが、そんなことを言えるはずがない。

「……き、奇襲を受けたんだ」

ライオネルは震える声で弁明した。

「卑怯な罠だ……! それに、俺たちの調子が今日は最悪だった……。風邪を引いているのかもしれん……」

誰にともなく言い訳を吐き捨てる。
フィオナが青ざめた顔でライオネルを見た。

「ねえ、ライオネル。もしかして……本当にアレンの……」

「言うな!」

ライオネルは大声で遮った。
それを認めてしまえば、自分たちのこれまでの栄光がすべて偽りだったことになってしまう。
それだけは、勇者のプライドが許さなかった。

「あいつは関係ない! 今日はたまたま運が悪かっただけだ! 明日になれば……明日になれば本調子に戻るはずだ!」

そう、一過性の不調だ。
きっと何かの呪いか、悪いものを食べたせいだ。
アレンが抜けたことと、この惨状には何の因果関係もない。
そう信じ込むしかなかった。

「宿に戻るぞ! 今日はもう休む!」

逃げるようにその場を立ち去る勇者たち。
しかし、その背中は以前のような輝きを失い、どこか小さく、惨めに見えた。

群衆の中にいた一人のベテラン冒険者が、彼らの背中を見送りながらポツリと呟いた。

「……勇者パーティって、あんなに足取りが重かったっけか? まるで、今まで背負っていた羽を毟り取られた鳥みたいだな」

   ◆   ◆   ◆

その頃、僕は陽気な気分で森の中を進んでいた。
街道を外れ、近道のために森を突っ切ることにしたのだ。

「ふふふ~ん♪」

鼻歌を歌いながら歩いていると、藪の中からガサガサと音がした。
現れたのは、熊のような魔物『レッド・グリズリー』だ。
体長は3メートルを超え、その爪は鉄板をも引き裂くと言われているBランクモンスター。
一般の冒険者ならパーティを組んで挑む相手だ。

「グルルルルッ!」

グリズリーが真っ赤な目を光らせて襲いかかってくる。
僕は反射的に、鬱陶しい羽虫を追い払うような動作で、右手を軽く横に振った。

「あ、ごめん。通ります」

瞬間。
不可視の衝撃波が発生した。
『衝撃拡散(ショック・ウェーブ)』の付与を乗せた裏拳だ。

ドッゴォォォォン!!

轟音と共に、グリズリーの巨体が森の奥へと弾き飛ばされた。
数本の木々をなぎ倒しながら、遥か彼方へと消えていく。

「……あれ?」

僕は自分の手を見つめた。
今、ちょっと触れただけなんだけど。

「もしかして、辺境の魔物って弱いのかな? 王都周辺の魔物の方が鍛えられてたってことか」

なるほど、と僕は一人で納得する。
勇者パーティで戦っていた敵は、魔王直属の精鋭ばかりだった。
それに比べれば、野生の熊なんてこんなものなのかもしれない。

「やっぱり、外の世界は平和だなあ」

勘違いを加速させながら、僕は再び歩き出す。
その背後で、弾き飛ばされたグリズリーが、山を一つ貫通して隣の国まで飛んでいったことを、僕は知る由もなかった。

やがて日が傾き始めた頃、僕は目的地の少し手前にある、見晴らしの良い丘にたどり着いた。
眼下には広大な森と、その向こうに広がる荒野。
ここが、僕の新生活の拠点になる予定の場所だ。

「よし、ここに家を建てよう」

僕はリュックを下ろし、設計図もなしにワクワクしながらイメージを膨らませた。
とりあえず雨風を凌げればいい。
丸太小屋くらいなら、魔法で作れるはずだ。

「『創造(クリエイト)』……っと」

僕は軽く地面に手を触れ、イメージを流し込む。
しかし、ここで僕の悪い癖が出た。
長年、勇者たちのために『最高品質』『絶対防御』『豪華絢爛』を意識して付与を行っていた職業病だ。
無意識のうちに、イメージが過剰に補正されていく。

ズゴゴゴゴゴゴ……!

大地が揺れ、土が盛り上がる。
木材が勝手に組み上がり、石材が精製され、ガラスがはめ込まれていく。

数分後。
僕の目の前に建っていたのは、丸太小屋ではなかった。

白亜の壁に青い屋根、尖塔を備え、周囲には自動防衛システム付きの庭園が広がる、小規模な『要塞』と呼ぶにふさわしい豪邸だった。

「……あれ?」

僕は瞬きをした。

「ちょっと、力加減間違えたかな」

まあ、大は小を兼ねるというし。
これなら快適に過ごせそうだ。

「うん、ここを『アレン・ハウス』と名付けよう」

満足げに頷く僕。
だがこの時、この家が発する強烈な魔力が、森の主や近隣の国家、果ては天界の神々にまで探知されてしまったことに、まだ気づいていなかった。

僕のスローライフ(予定)は、初日から前途多難な予感を孕んでいた。

続く
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