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第4話 依頼はゴミ掃除のはずがダンジョンの奥深くまで
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翌朝、ギルドに足を踏み入れると、グレイブが珍しく真剣な面持ちで亮を迎えた。
「佐藤、ちょうどいいところに。王都から使者が昨日到着した。お前を見たいと言っている」
「もう来てるんですか……」
「ああ。だが心配するな。まずは簡単な依頼を一つこなしてから面会だそうだ。使者曰く、『実力を直接見てから話したい』とのことだ」
グレイブは掲示板を指差す。そこには「古びた祠の清掃」と書かれた依頼書が貼られていた。
「村の北西、森の奥にある古い祠の掃除だ。最近、周囲にゴミが散乱しているらしい。報酬は銀貨八枚。簡単な仕事だ」
「祠の掃除……ですか。わかりました、受けます」
依頼書に名前を書き込む。グレイブが少し言いにくそうに続ける。
「祠の場所は少々分かりにくい。村の外れに住む老いた森番、オルンという男が詳しい。彼に場所を聞いてくれ」
「了解しました」
村を出て北西へ向かう。街道を外れ、細い獣道を進むこと三十分。苔むした小屋の前に、白い髭を生やした老人が薪を割っていた。
「オルンさんですか? 祠の場所を教えていただきたいのですが」
老人はゆっくりと振り返り、鋭い目で亮を見つめる。
「……神々の導きを受けた者か。お前の噂は聞いている」
「噂、ですか?」
「昨夜、森の精霊たちが囁いていた。『青い月の下、特別な魂が歩いている』とね」
老人は薪を置き、小屋の奥から地図を取り出す。
「祠はこの森の奥、三本の巨木が交わる場所にある。だが、注意するんだ。最近、祠の周囲で不気味な霧が立ち込めることがある。近づきすぎるな」
「霧……ですか?」
「ああ。以前、その霧に近づいた若者が、二度と戻ってこなかった。おそらく魔物の仕業だろう」
老人は地図を渡し、真剣な眼差しで続ける。
「掃除だけにしておけ。中には入るな。祠の奥には、かつて封印された何かが眠っているという伝承がある」
「わかりました。気をつけます」
地図を手に森を進む。リトプスがポケットから顔を出す。
「あの老人、ただ者じゃないわね。森の精霊と会話できるなんて、相当な魔力の持ち主よ」
「すごい人だったんですね」
「でも、彼の警告……気をつけたほうがいいわ。この森、普通じゃない気配がするの」
リトプスの言葉に、亮は少し緊張しながらも歩を進める。三本の巨木が交わる場所に、確かに古びた石造りの祠が建っていた。周囲には落ち葉や枯れ枝が散乱し、確かに掃除が必要な状態だ。
「まずは外から始めよう」
落ち葉をかき集め、枯れ枝をまとめ始める。作業に没頭していると、祠の入り口からかすかな風が吹いてきた。同時に、老人の言った「霧」が立ち込めてくる。
「リトプスさん、霧が……」
「危ない! 近づかないで!」
リトプスが警告するが、時すでに遅し。霧が亮の足元をすり抜け、祠の石壁に触れた瞬間、石壁がきしむ音と共にゆっくりと開いた。
「開いた……?」
中は漆黒の闇。だが、なぜか亮は恐怖を感じなかった。むしろ、懐かしいような、温かいような感覚が胸に広がる。
「入っちゃダメよ! オルンさんの言った通り、中に何かが……」
「でも、掃除って祠の中も含まれてるかもしれないですよ? 依頼書には『周囲の清掃』って書いてありましたけど……」
亮は迷いながらも、祠の入り口に立つ。闇の中から、かすかな光が漏れてくる。
「……ちょっとだけ、中を覗いてみます」
「ダメだってば!」
リトプスの制止を振り切り、亮は祠の中へと足を踏み入れた。内部は想像以上に広く、階段が地下へと続いていた。壁にはほのかに光る苔が生え、道を照らしている。
「これ、普通の祠じゃないですね……」
「ダンジョンよ。間違いなく。この空気、魔力の流れ……千年以上前のものね」
リトプスが震える声で囁く。
「千年以上……?」
「昔、この地には小さな王国があった。その王が、危険な魔物を封印するためにダンジョンを作ったという伝承があるわ。でも、王国は滅び、ダンジョンは忘れ去られた……」
階段を下り続ける。十段、二十段、三十段……。やがて広間に出る。そこには無数の骸骨が散乱していた。
「きゃっ!」
リトプスが亮の肩に飛び乗る。
「骸骨……でも、古そうですね。全部バラバラだし」
「触っちゃダメ! 呪いが……」
亮が骸骨のそばを通り過ぎようとした瞬間、骸骨の一つががちがちと音を立てて起き上がった。
「動いた!」
骸骨兵士が剣を構え、亮に襲いかかる。だが、亮は無意識に身をかわし、骸骨の腕を軽く払う。
がしゃん――
骸骨は粉々に崩れ落ちた。
「……倒れた?」
「あなた、何やってるの! 骸骨兵士よ! 普通の人間なら一撃で即死よ!」
「え? でも、軽く触っただけですよ?」
「軽く触っただけで骸骨が粉々になるわけないでしょ! あなた、無意識に魔力を放出してるの!」
リトプスの言葉に、亮は自分の手を見つめる。確かに、触れると同時に温かい感覚があったような気がする。
「とにかく、戻りましょう! ここは危険すぎます!」
「でも、ここまで来ちゃったし……掃除、終わらせたいんですよね? 依頼はちゃんと果たさないと」
亮は真面目な顔で言う。リトプスはため息をつく。
「……あなた、本当に天然ね」
先に進むと、次々と魔物が現れた。スケルトン、ゾンビ、コボルト……。だが、どれも亮に触れられるだけで崩れ落ちる。亮は「運が良かった」と思い込み、掃除感覚で進んでいく。
「この部屋、ゴミだらけですね」
広間には無数の宝箱が散乱していた。だが、亮の目には「埃まみれの箱」にしか見えない。
「宝箱よ! 開けたら何が出てくるかわからないわ!」
「埃っぽいので、全部まとめて外に出しましょう」
亮は宝箱を次々と持ち上げ、入り口近くに運び出す。重いはずの宝箱も、亮にとっては空の段ボール箱のように軽い。
「あなた……宝箱を運び出してるのよ? 普通の人間なら一人で一つ持ち上げるのもやっとなのに……」
「軽いですよ? 中身、入ってないんですかね」
さらに奥へ進む。やがて、巨大な扉の前に出る。扉には複雑なルーンが刻まれ、強力な封印が施されているように見える。
「ここが奥のようですね。掃除、終わらせましょう」
亮は扉に手をかける。途端、ルーンが青白く光り、封印の力が爆発するかのように輝く。
「危ない! 封印が……!」
だが、亮の手が扉に触れた瞬間、ルーンの光は静かに消え、扉はするすると開いた。
「開きましたね」
「……封印、解除されたわ。千年以上守られていた封印が、触れただけで……」
扉の奥は玉座の間だった。中央には黒い鎧をまとった巨大な骸骨が座っている。目には赤い炎が灯り、周囲には強力な魔力が渦巻いている。
「これは……ダンジョンボスよ。『黒鎧の死霊王』。伝承に出てくる最強の不死魔物の一つ……」
死霊王がゆっくりと立ち上がり、剣を構える。圧倒的な威圧感に、リトプスが震える。
「逃げて! あなたでも無理よ! これは……」
死霊王が咆哮し、剣を振り下ろす。空間が歪み、周囲の空気が凍りつくほどの魔力の奔流。
だが、亮は無意識に一歩踏み込み、死霊王の鎧の隙間――首の付け根を軽く指で弾いた。
ぽんっ――
という小さな音と共に、死霊王の鎧ががらりと崩れ落ちる。中から出てきたのは、小さな子猫ほどの大きさの黒い霊体。霊体はきょろきょろと周囲を見回し、亮の顔を見てぴょんと飛び乗ってくる。
「にゃあ?」
「……死霊王が、子猫?」
「封印が解けて、本来の姿に戻ったのよ……千年以上、強制的に巨大化させられてた可哀想な霊獣……」
霊獣は亮の肩で丸くなり、すやすやと眠り始める。
「掃除、終わったみたいです」
亮は周囲を見渡す。広間は埃一つないほどきれいになっていた。魔物の残骸はすべて消え、宝箱はすべて入り口近くにまとめられている。
「あなた……ダンジョンを『掃除』したのよ? 史上最強の不死魔物を『子猫』にして、千年の封印を解除して……」
「え? ただゴミを片付けただけですよ?」
リトプスはため息をつき、亮の肩で頭を抱える。
「……もう、説明しても無駄ね。あなたには永遠に理解できないわ」
祠の外に出ると、ちょうど王都からの使者が到着したところだった。三人の騎士と、一人の貴族風の男。その中に、銀色の髪をした若い女性騎士がいた。彼女は亮を見て、鋭い視線を向ける。
「お前が佐藤亮か」
貴族風の男が声をかける。
「はい。掃除、終わりましたよ。祠の中もきれいにしておきました」
「祠の中……? オルンの警告を無視して中に入ったのか?」
「警告? ああ、霧のことですか? あれで扉が開いちゃって……」
女性騎士が一歩前に出る。冷たい美しさを持つ顔だが、目は鋭く輝いている。
「中で何を見た? 何をした?」
「え? 骸骨が何体か起きて、ちょっと触れたら崩れちゃって。あとは宝箱を外に出して、奥の部屋で子猫を拾って……」
女性騎士の目がさらに鋭くなる。
「子猫……? どこだ?」
亮の肩で丸くなっていた霊獣が、ぴょんと女性騎士の前に飛び降りる。騎士は目を見開き、跪いて頭を下げる。
「これは……王家の守護霊獣『シャドウキャット』! 千年以上前に失踪したと言われていた……」
「シャドウキャット? 子猫のことですか?」
「この霊獣は、王家の正当な後継者だけが触れることのできる聖獣だ。お前は……」
女性騎士は亮をじっと見つめる。
「お前の名は?」
「佐藤亮です。地球から来ました」
「地球……聞いたことのない星だな。私はエリーザ。隣国エーデルシュタインの第三王女にして、王立騎士団長だ」
「王女……ですか?」
亮は慌てて頭を下げる。地球の常識では、王女といえば畏れ多い存在だ。
「慌てるな。私は今、この国の王都に使者として滞在している。お前の噂を聞き、実力を試すために来た」
エリーザは祠の中をちらりと見る。
「……中に入ったのか?」
「はい。掃除ついでに」
「掃除ついでに、か……」
エリーザは複雑な表情で亮を見つめる。
「一度、王都のギルドに来てほしい。正式に実力を測定したい」
「測定……ですか?」
「ああ。お前がどれほどの力を持っているのか、この目で確かめたい」
エリーザは再びシャドウキャットを見る。霊獣はぴょんと飛び上がり、再び亮の肩に乗る。
「……この霊獣がお前を選んだ。それはつまり、お前が特別な存在である証だ」
「特別……ですか? ただの無職なんですけど」
エリーザは初めて、かすかな笑みを浮かべる。
「面白い男だな、お前は。では、三日後に王都のギルドに来い。その時までに、自分の力を少しは理解しておくといい」
エリーザたちは去っていった。亮は残された宝箱を見つめる。
「リトプスさん、これどうしましょう? ゴミ箱ですよね?」
「宝箱よ! 中には財宝が……」
亮が一つ開けると、中には金貨の山が詰まっていた。
「金貨……たくさん入ってますね。でも、埃っぽいので全部まとめて村に持って帰りますか?」
「……あなた、本当に天然ね。この金貨の山、村の一年分の税収よ?」
「そうなんですか? じゃあ、村長さんに渡せば喜んでくれるかな」
亮は軽々と宝箱を担ぎ、村へと向かう。肩のシャドウキャットはすやすやと眠り、リトプスはため息をつく。
「この世界、あなたが来る前と後で、大きく変わることになりそうね……」
村に戻り、村長に宝箱を渡すと、村長は目を見開いた。
「こ、これは……! どこで手に入れたのだ、佐藤くん!」
「祠の掃除をしてたら、ダンジョンみたいなところにたくさん落ちてました。ゴミだと思って全部持って帰りました」
「ゴミ……だと? これは国家レベルの財宝だぞ!」
村長は急いで村人たちを集める。宝箱の中身を見せると、皆が歓声を上げる。
「これで、今年の税は免除されるぞ!」「新しい井戸も作れる!」「学校も建てられる!」
亮はただ微笑んでいた。自分が何を成し遂げたのか、まったく理解していなかった。
その夜、ギルドでグレイブと話す。
「王女のエリーザ様が、直接お前に会ったそうだな」
「はい。三日後に王都のギルドに行けと言われました」
「それは……光栄なことだ。エリーザ様は厳しいことで有名だが、実力には一切妥協しない。お前を認めたということだ」
「認めてるんですか? 俺、ただ掃除しただけなんですけど……」
グレイブは深いため息をつく。
「佐藤。お前はまだ自分の力に気づいていない。だが、周囲は気づき始めている。王女も、村人も、そして……」
グレイブは窓の外を指差す。月明かりの下、エリーザが一人、村の外れで剣の稽古をしていた。その剣さばきは華麗で、周囲の空気を切り裂くほどの威力がある。
「エリーザ様は、幼少期から天才と呼ばれた。十五歳で騎士団長に就任し、数多の魔物を退治してきた。そんな彼女が、お前に興味を持つ。それはつまり……」
「つまり?」
「お前が、彼女すら凌駕する力を持っていると、本能で感じ取ったからだ」
亮は自分の手を見つめる。ただのサラリーマンの手。どこにも特別なものは感じられない。
「……信じられません」
「信じる必要はない。お前はお前のまま生きればいい。ただ、覚えておけ。この世界はお前を必要としている。無自覚でも、お前の力は確実に誰かを救っている」
グレイブの言葉に、亮は深く頷いた。
家に戻り、ベッドに横たわる。肩のシャドウキャットはすやすやと眠り、リトプスも小さな体を丸めている。
「ねえ、リトプスさん。俺、本当に特別なんですか?」
「特別よ。でも、特別だから偉いわけじゃない。特別だから責任があるわけでもない。ただ……あなたはあなたらしく生きればいいの」
「あなたらしく……ですか」
「そう。掃除が好きなら掃除をすればいい。誰かの役に立ちたいなら、それでいい。あなたの力は、あなたが望む形でしか発揮されない。だから、迷わなくていいの」
リトプスの言葉に、亮は静かに目を閉じる。
三日後、王都へ行く。何が待っているのかわからない。でも、怖くはなかった。ただの無職の元サラリーマンが、異世界で何ができるのか。楽しみでもあった。
月明かりが窓から差し込み、二つの月が静かに光を放っている。
(続く)
「佐藤、ちょうどいいところに。王都から使者が昨日到着した。お前を見たいと言っている」
「もう来てるんですか……」
「ああ。だが心配するな。まずは簡単な依頼を一つこなしてから面会だそうだ。使者曰く、『実力を直接見てから話したい』とのことだ」
グレイブは掲示板を指差す。そこには「古びた祠の清掃」と書かれた依頼書が貼られていた。
「村の北西、森の奥にある古い祠の掃除だ。最近、周囲にゴミが散乱しているらしい。報酬は銀貨八枚。簡単な仕事だ」
「祠の掃除……ですか。わかりました、受けます」
依頼書に名前を書き込む。グレイブが少し言いにくそうに続ける。
「祠の場所は少々分かりにくい。村の外れに住む老いた森番、オルンという男が詳しい。彼に場所を聞いてくれ」
「了解しました」
村を出て北西へ向かう。街道を外れ、細い獣道を進むこと三十分。苔むした小屋の前に、白い髭を生やした老人が薪を割っていた。
「オルンさんですか? 祠の場所を教えていただきたいのですが」
老人はゆっくりと振り返り、鋭い目で亮を見つめる。
「……神々の導きを受けた者か。お前の噂は聞いている」
「噂、ですか?」
「昨夜、森の精霊たちが囁いていた。『青い月の下、特別な魂が歩いている』とね」
老人は薪を置き、小屋の奥から地図を取り出す。
「祠はこの森の奥、三本の巨木が交わる場所にある。だが、注意するんだ。最近、祠の周囲で不気味な霧が立ち込めることがある。近づきすぎるな」
「霧……ですか?」
「ああ。以前、その霧に近づいた若者が、二度と戻ってこなかった。おそらく魔物の仕業だろう」
老人は地図を渡し、真剣な眼差しで続ける。
「掃除だけにしておけ。中には入るな。祠の奥には、かつて封印された何かが眠っているという伝承がある」
「わかりました。気をつけます」
地図を手に森を進む。リトプスがポケットから顔を出す。
「あの老人、ただ者じゃないわね。森の精霊と会話できるなんて、相当な魔力の持ち主よ」
「すごい人だったんですね」
「でも、彼の警告……気をつけたほうがいいわ。この森、普通じゃない気配がするの」
リトプスの言葉に、亮は少し緊張しながらも歩を進める。三本の巨木が交わる場所に、確かに古びた石造りの祠が建っていた。周囲には落ち葉や枯れ枝が散乱し、確かに掃除が必要な状態だ。
「まずは外から始めよう」
落ち葉をかき集め、枯れ枝をまとめ始める。作業に没頭していると、祠の入り口からかすかな風が吹いてきた。同時に、老人の言った「霧」が立ち込めてくる。
「リトプスさん、霧が……」
「危ない! 近づかないで!」
リトプスが警告するが、時すでに遅し。霧が亮の足元をすり抜け、祠の石壁に触れた瞬間、石壁がきしむ音と共にゆっくりと開いた。
「開いた……?」
中は漆黒の闇。だが、なぜか亮は恐怖を感じなかった。むしろ、懐かしいような、温かいような感覚が胸に広がる。
「入っちゃダメよ! オルンさんの言った通り、中に何かが……」
「でも、掃除って祠の中も含まれてるかもしれないですよ? 依頼書には『周囲の清掃』って書いてありましたけど……」
亮は迷いながらも、祠の入り口に立つ。闇の中から、かすかな光が漏れてくる。
「……ちょっとだけ、中を覗いてみます」
「ダメだってば!」
リトプスの制止を振り切り、亮は祠の中へと足を踏み入れた。内部は想像以上に広く、階段が地下へと続いていた。壁にはほのかに光る苔が生え、道を照らしている。
「これ、普通の祠じゃないですね……」
「ダンジョンよ。間違いなく。この空気、魔力の流れ……千年以上前のものね」
リトプスが震える声で囁く。
「千年以上……?」
「昔、この地には小さな王国があった。その王が、危険な魔物を封印するためにダンジョンを作ったという伝承があるわ。でも、王国は滅び、ダンジョンは忘れ去られた……」
階段を下り続ける。十段、二十段、三十段……。やがて広間に出る。そこには無数の骸骨が散乱していた。
「きゃっ!」
リトプスが亮の肩に飛び乗る。
「骸骨……でも、古そうですね。全部バラバラだし」
「触っちゃダメ! 呪いが……」
亮が骸骨のそばを通り過ぎようとした瞬間、骸骨の一つががちがちと音を立てて起き上がった。
「動いた!」
骸骨兵士が剣を構え、亮に襲いかかる。だが、亮は無意識に身をかわし、骸骨の腕を軽く払う。
がしゃん――
骸骨は粉々に崩れ落ちた。
「……倒れた?」
「あなた、何やってるの! 骸骨兵士よ! 普通の人間なら一撃で即死よ!」
「え? でも、軽く触っただけですよ?」
「軽く触っただけで骸骨が粉々になるわけないでしょ! あなた、無意識に魔力を放出してるの!」
リトプスの言葉に、亮は自分の手を見つめる。確かに、触れると同時に温かい感覚があったような気がする。
「とにかく、戻りましょう! ここは危険すぎます!」
「でも、ここまで来ちゃったし……掃除、終わらせたいんですよね? 依頼はちゃんと果たさないと」
亮は真面目な顔で言う。リトプスはため息をつく。
「……あなた、本当に天然ね」
先に進むと、次々と魔物が現れた。スケルトン、ゾンビ、コボルト……。だが、どれも亮に触れられるだけで崩れ落ちる。亮は「運が良かった」と思い込み、掃除感覚で進んでいく。
「この部屋、ゴミだらけですね」
広間には無数の宝箱が散乱していた。だが、亮の目には「埃まみれの箱」にしか見えない。
「宝箱よ! 開けたら何が出てくるかわからないわ!」
「埃っぽいので、全部まとめて外に出しましょう」
亮は宝箱を次々と持ち上げ、入り口近くに運び出す。重いはずの宝箱も、亮にとっては空の段ボール箱のように軽い。
「あなた……宝箱を運び出してるのよ? 普通の人間なら一人で一つ持ち上げるのもやっとなのに……」
「軽いですよ? 中身、入ってないんですかね」
さらに奥へ進む。やがて、巨大な扉の前に出る。扉には複雑なルーンが刻まれ、強力な封印が施されているように見える。
「ここが奥のようですね。掃除、終わらせましょう」
亮は扉に手をかける。途端、ルーンが青白く光り、封印の力が爆発するかのように輝く。
「危ない! 封印が……!」
だが、亮の手が扉に触れた瞬間、ルーンの光は静かに消え、扉はするすると開いた。
「開きましたね」
「……封印、解除されたわ。千年以上守られていた封印が、触れただけで……」
扉の奥は玉座の間だった。中央には黒い鎧をまとった巨大な骸骨が座っている。目には赤い炎が灯り、周囲には強力な魔力が渦巻いている。
「これは……ダンジョンボスよ。『黒鎧の死霊王』。伝承に出てくる最強の不死魔物の一つ……」
死霊王がゆっくりと立ち上がり、剣を構える。圧倒的な威圧感に、リトプスが震える。
「逃げて! あなたでも無理よ! これは……」
死霊王が咆哮し、剣を振り下ろす。空間が歪み、周囲の空気が凍りつくほどの魔力の奔流。
だが、亮は無意識に一歩踏み込み、死霊王の鎧の隙間――首の付け根を軽く指で弾いた。
ぽんっ――
という小さな音と共に、死霊王の鎧ががらりと崩れ落ちる。中から出てきたのは、小さな子猫ほどの大きさの黒い霊体。霊体はきょろきょろと周囲を見回し、亮の顔を見てぴょんと飛び乗ってくる。
「にゃあ?」
「……死霊王が、子猫?」
「封印が解けて、本来の姿に戻ったのよ……千年以上、強制的に巨大化させられてた可哀想な霊獣……」
霊獣は亮の肩で丸くなり、すやすやと眠り始める。
「掃除、終わったみたいです」
亮は周囲を見渡す。広間は埃一つないほどきれいになっていた。魔物の残骸はすべて消え、宝箱はすべて入り口近くにまとめられている。
「あなた……ダンジョンを『掃除』したのよ? 史上最強の不死魔物を『子猫』にして、千年の封印を解除して……」
「え? ただゴミを片付けただけですよ?」
リトプスはため息をつき、亮の肩で頭を抱える。
「……もう、説明しても無駄ね。あなたには永遠に理解できないわ」
祠の外に出ると、ちょうど王都からの使者が到着したところだった。三人の騎士と、一人の貴族風の男。その中に、銀色の髪をした若い女性騎士がいた。彼女は亮を見て、鋭い視線を向ける。
「お前が佐藤亮か」
貴族風の男が声をかける。
「はい。掃除、終わりましたよ。祠の中もきれいにしておきました」
「祠の中……? オルンの警告を無視して中に入ったのか?」
「警告? ああ、霧のことですか? あれで扉が開いちゃって……」
女性騎士が一歩前に出る。冷たい美しさを持つ顔だが、目は鋭く輝いている。
「中で何を見た? 何をした?」
「え? 骸骨が何体か起きて、ちょっと触れたら崩れちゃって。あとは宝箱を外に出して、奥の部屋で子猫を拾って……」
女性騎士の目がさらに鋭くなる。
「子猫……? どこだ?」
亮の肩で丸くなっていた霊獣が、ぴょんと女性騎士の前に飛び降りる。騎士は目を見開き、跪いて頭を下げる。
「これは……王家の守護霊獣『シャドウキャット』! 千年以上前に失踪したと言われていた……」
「シャドウキャット? 子猫のことですか?」
「この霊獣は、王家の正当な後継者だけが触れることのできる聖獣だ。お前は……」
女性騎士は亮をじっと見つめる。
「お前の名は?」
「佐藤亮です。地球から来ました」
「地球……聞いたことのない星だな。私はエリーザ。隣国エーデルシュタインの第三王女にして、王立騎士団長だ」
「王女……ですか?」
亮は慌てて頭を下げる。地球の常識では、王女といえば畏れ多い存在だ。
「慌てるな。私は今、この国の王都に使者として滞在している。お前の噂を聞き、実力を試すために来た」
エリーザは祠の中をちらりと見る。
「……中に入ったのか?」
「はい。掃除ついでに」
「掃除ついでに、か……」
エリーザは複雑な表情で亮を見つめる。
「一度、王都のギルドに来てほしい。正式に実力を測定したい」
「測定……ですか?」
「ああ。お前がどれほどの力を持っているのか、この目で確かめたい」
エリーザは再びシャドウキャットを見る。霊獣はぴょんと飛び上がり、再び亮の肩に乗る。
「……この霊獣がお前を選んだ。それはつまり、お前が特別な存在である証だ」
「特別……ですか? ただの無職なんですけど」
エリーザは初めて、かすかな笑みを浮かべる。
「面白い男だな、お前は。では、三日後に王都のギルドに来い。その時までに、自分の力を少しは理解しておくといい」
エリーザたちは去っていった。亮は残された宝箱を見つめる。
「リトプスさん、これどうしましょう? ゴミ箱ですよね?」
「宝箱よ! 中には財宝が……」
亮が一つ開けると、中には金貨の山が詰まっていた。
「金貨……たくさん入ってますね。でも、埃っぽいので全部まとめて村に持って帰りますか?」
「……あなた、本当に天然ね。この金貨の山、村の一年分の税収よ?」
「そうなんですか? じゃあ、村長さんに渡せば喜んでくれるかな」
亮は軽々と宝箱を担ぎ、村へと向かう。肩のシャドウキャットはすやすやと眠り、リトプスはため息をつく。
「この世界、あなたが来る前と後で、大きく変わることになりそうね……」
村に戻り、村長に宝箱を渡すと、村長は目を見開いた。
「こ、これは……! どこで手に入れたのだ、佐藤くん!」
「祠の掃除をしてたら、ダンジョンみたいなところにたくさん落ちてました。ゴミだと思って全部持って帰りました」
「ゴミ……だと? これは国家レベルの財宝だぞ!」
村長は急いで村人たちを集める。宝箱の中身を見せると、皆が歓声を上げる。
「これで、今年の税は免除されるぞ!」「新しい井戸も作れる!」「学校も建てられる!」
亮はただ微笑んでいた。自分が何を成し遂げたのか、まったく理解していなかった。
その夜、ギルドでグレイブと話す。
「王女のエリーザ様が、直接お前に会ったそうだな」
「はい。三日後に王都のギルドに行けと言われました」
「それは……光栄なことだ。エリーザ様は厳しいことで有名だが、実力には一切妥協しない。お前を認めたということだ」
「認めてるんですか? 俺、ただ掃除しただけなんですけど……」
グレイブは深いため息をつく。
「佐藤。お前はまだ自分の力に気づいていない。だが、周囲は気づき始めている。王女も、村人も、そして……」
グレイブは窓の外を指差す。月明かりの下、エリーザが一人、村の外れで剣の稽古をしていた。その剣さばきは華麗で、周囲の空気を切り裂くほどの威力がある。
「エリーザ様は、幼少期から天才と呼ばれた。十五歳で騎士団長に就任し、数多の魔物を退治してきた。そんな彼女が、お前に興味を持つ。それはつまり……」
「つまり?」
「お前が、彼女すら凌駕する力を持っていると、本能で感じ取ったからだ」
亮は自分の手を見つめる。ただのサラリーマンの手。どこにも特別なものは感じられない。
「……信じられません」
「信じる必要はない。お前はお前のまま生きればいい。ただ、覚えておけ。この世界はお前を必要としている。無自覚でも、お前の力は確実に誰かを救っている」
グレイブの言葉に、亮は深く頷いた。
家に戻り、ベッドに横たわる。肩のシャドウキャットはすやすやと眠り、リトプスも小さな体を丸めている。
「ねえ、リトプスさん。俺、本当に特別なんですか?」
「特別よ。でも、特別だから偉いわけじゃない。特別だから責任があるわけでもない。ただ……あなたはあなたらしく生きればいいの」
「あなたらしく……ですか」
「そう。掃除が好きなら掃除をすればいい。誰かの役に立ちたいなら、それでいい。あなたの力は、あなたが望む形でしか発揮されない。だから、迷わなくていいの」
リトプスの言葉に、亮は静かに目を閉じる。
三日後、王都へ行く。何が待っているのかわからない。でも、怖くはなかった。ただの無職の元サラリーマンが、異世界で何ができるのか。楽しみでもあった。
月明かりが窓から差し込み、二つの月が静かに光を放っている。
(続く)
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