上 下
4 / 20

顔もよくて中身もいい女子なんてそうそういないだろ

しおりを挟む
 「鳴斗~お前、ほんと何したらそんなに天峯と仲良くなれんだよ~」

 女子のいなくなった教室。下世話な話が飛び交う中、話題は専ら俺と天峯についてだった。

 「だから、さっき言った通りだって。ほら、委員長でけっこう二人で色々させられる機会多いだろ。だから、その合間に喋る事が多いんだって」
 「とか言っちゃってるけど、喋りながらあのおっぱいじっくり見てるんだろ?だってドーンだぜ」

 クラスメイトが手で胸の大きさを表す。

 「まあな」

 見ていないと言うと嘘になる。ただまあ、体裁上向こうに悟られないようこっそりと、だが。

 「そういや鳴斗って、暮ノ谷とも仲良いよな」
 「えっマジ?俺怖すぎて目も合わせらんないんだけど」

 暮ノ谷雫くれのたにしずく、彼女もクラスメイトだ。モデルのようにすらりとした体形に、艶のある黒髪の目立つ、切れ長の目の美人、なのだが、俺の取り巻きにはいない。というか、俺の方からお断りだ。

 「スタイルいいし美人なんだけどなあ。やっぱり胸が小さいってのはどうも」
 「いや、それ以前に性格だろ」
 「あんな近づくなオーラだされちゃどうしようもねえよな」
 「よく鳴斗は喋れるなあ」

 断じてそんなことはない。俺は向こうから一方的に脅されてるだけだから、会話ではない。

 「それに本庄ともってなると、いよいよこのクラスにオアシスは残ってねえよ」
 「鳴斗、一人くらい分けてくれよお」
 「あのなあ、早紀とは中学からの腐れ縁でそういうんじゃないって。しかもあいつはあの残念さだぞ」

 俺はため息交じりにグラウンドを指さす。そこでは、さっさと着替え終わった早紀が一人で走り回っていた。

 「ぶう~ん、ロボザーク弐号機飛びまーす!」

 「……確かに」
 「でも、見た目が全てって言うじゃん。あんな中身でも結構可愛いしさ」

 それは認める。そうじゃないと、俺の周りをうろつかせたりなんかはしないからな。

 「はいはい馬鹿なこと言ってないで。さっさとグラウンドに出るぞ。さもないと、見れるのは女子じゃなくて海パンゴリラになるぞ」

 口々に喋るクラスの連中を急かす。そんなに女子とお近づきになりたいというのなら、敵がいない内にさっさと着替えて話しかけるなりなんなりすればいいのに愚かな連中だ。

         *

 「いいか、学生ってのは体力だ。体力がないとどうにもならん!わかったなら、今日も元気に走ってこい!」

 耳にたこができるほど聞かされた海パンゴリラのありがたいお言葉を受けて、俺たちは一斉に走り出す。

 「毎度毎度、どうにかならんもんかねえ。体育ってのはもっと楽しいもんだと思うぜ」

 さっきおっぱいの話をしていたクラスメイトだ。おっぱいのことしか喋らないから、もはや心の中で本名ではなくおっぱいと呼んでいる。

 「にしても、速いよな。あの二人」

 クラスの先頭を走るのは、天峯と早紀だ。別に速さを競っているわけではないのだが、それにしても速い。

 「本庄は規格外にしても、天峯もよく着いていけてるよな。てか、天峯は別の意味で規格外か。お~揺れてる揺れてる」

 グラウンドを三周走ったところで、一周分差をつけて最後尾さいこうびに追いつき始めた。

 「よし、後一周だ。鳴斗、競争しようぜ」

 誰がそんな面倒なことするかよ。先頭でもないのに全力で走って変に目立てば、馬鹿だと思われるし、良いことなんて一つもない。

 「そこの白線越えたらスタートな」
 「おいまだ俺はやるとは一言も―――」
 「よ~い、スタート!」

 困惑する俺をよそに、走り出した。せいぜい一人で走るといい。俺は株を下げかねないことはしたくない。

 「痛ってえ!」

 俺を置いていったおっぱいは一周遅れで走っていた女子に衝突していた。

 「どこ見てんだよ!」

 おっぱいはすぐに立ち上がって走り出した。自分がぶつかった女子には目もくれずに。

 「大丈夫か?」

 代わりに俺がぶつかられた女子に駆け寄った。

 「問題ない」

 その女子は転んでいたが、何事もなかったかのようにすっと立ち上がる。

 ちっ、俺の評価を上げるチャンスだってのに、相手はよりにもよってこいつかよ。

 「どこか痛いところとかない?」

 遠読零葉とおよみれいは、掴めないやつだ。眼鏡をしているくせに、真っ赤な前髪が片目を隠しており、顔がほとんど見えない。大抵必要最低限のことしか喋らないから会話が続かないのに、よくわからないタイミングで話しかけてくるときもある。はっきり言って俺はこいつが苦手だ。

 「怪我はしていない」
 「そうか」

 それだけ言うと遠読は俺のことなんてお構いなしに走り出した。

 まあ、この砂上鳴斗が誰にでも優しいってのは周りで走ってた連中が見ていただろうからよしとするか。

        *

 「天峯ちゃんパ~ス!」
 「はい!次お願いします!」

 バレーボールがネットの上を飛び交う。グラウンド走が終わった後、女子はバレーボールだったのだ。

 「キャッキャウフフしてて楽しそうだなあっちは」
 「何で男女別でしかもウッ、俺らはダンベル持ち上げなきゃいけないんだよ」

 海パンゴリラ曰く、男に必要なのは筋肉でそれ以外はいらない、らしく男子はみんな仲良くダンベルを持ち上げていた。だから、脳の奥まで筋肉が詰まって海パンゴリラってあだ名付けられるんだよ。

 「いけるところまで行くぞ。一ミリも上がらなくなるまではもっと重くするからな」

 海パンゴリラは常時見張ってて、サボる隙も与えない。女子の方放っておいていいのだろうか?

 「おっ、砂上よく頑張ってるな。もう五キロ上げとくか?」

 俺自身は別に嫌いじゃない。球技だの何だのやると仕切るのが面倒だし、さして上手くないのバレるの嫌だし。その点、ダンベルを上げるだけなら、そのまま筋力になるのだから悪くない。

 「はあ~、俺はもう無理~。目の保養さえあればもうちょっと頑張れるんだけどな」

 脳の奥までおっぱいというのも考えものだと思うが。

 「それなら先生が模範となるダンベル上げを見せてやろう!」
 「俺が見たいのはそういうんじゃないんですよ!」

 おっぱいは海パンゴリラを完全に無視して、女子の方へ目をやる。
 どうやら試合をしているようだ。

 「いっくよ~」

 トスが上がると、目立ちたがりの麻田がすぐさま飛び上がる。猛禽類のような目つきは一直線に暮ノ谷の方を向いて、そのまま思い切り叩く。

 暮ノ谷はその軌道を片時も見逃さず、持ち前の長身を生かしてボールを拾――えなかった。

 「あれー?もしかして~暮ノ谷さんってバレーボール苦手?身長高いのに、全然生かせてないよね~」

 暮ノ谷は鋭い目つきで麻田を睨むが、さっきボールを取り損ねたままの妙な姿勢なので、威圧感も半減というか―――

 「猫みたいな格好だよな~」

 プフッ

 おっぱいの言葉に思わず吹き出してしまった。そして、おっぱいの声は向こうまで響いていたらしく、暮ノ谷の殺気は麻田から俺の方にシフトしていた。

 こうやって誰彼構わず敵に回すから、麻田に嫌がらせされたりするんだけどな。

 それはそうと、人の身より我が身だ。絶対暮ノ谷に後で呼び出される。どういう言い訳するか考えておかないと。

 「よそ見してる場合じゃないぞ。ダンベルは待ってはくれんからなフンヌッ」

 授業は待ってくれないの間違いだろ。ダンベルはいつでも海パンゴリラを待ってるはずだ。

 海パンゴリラを怒らせたくはないので、さっさとダンベルを上げようとした時だった。

 強烈なスパイクが海パンゴリラの後頭部に直撃する。そして、気を失って、ゴリラのような巨体が体育館のフロアに倒れこんだ。

 「ごめんなさい!あたしコントロールが苦手で」
 「あ~あ。サキが海パンゴリラ倒しちゃったよ。さっすが、武術一家の娘って感じだよね~」

 早紀は両親共に有名な武道家で、その遺伝子は娘にも受け継がれている。中学の頃から、空手に柔道、剣道、合気道、様々な武道の大会で賞をとっていた。身体能力も抜群で、単なるスパイクでも大男を気絶させられるほどの破壊力をもっている。

 「それとこれとは関係ないよ。というか、先生だいじょぶなの?」
 「保健室まで運んだほうがいいかもしれないね」

 肩をさすってみたけど反応はなし。重たい体を運ぶには骨が折れそうだが、いつでも頼りになる鳴斗君であるためには仕方がないよな。

           *

 体育の授業は中断しちゃったけど、私にとっては好都合だわ。

 他の生徒があたふたしている中で、一人誰もいない教室へ向かう。

 ああ~、これだけ離れていてもメイト様の芳香が漂ってくる。

 メイト様の香りを少しも逃さないように、鼻孔に吸い込み続ける。

 教室の扉を開くとさらに匂いが濃厚になる。

 メイト様を感じる。空気を通して、私とメイト様が繋がっている。

 メイト様の席にはメイト様の制服が。私は鼻を押し付けて、そのかぐわしい香りをじっくりと堪能した後、真空の瓶をメイト様の制服でくるむ。

 瓶の蓋を開くと、メイト様の空気が一気に流れこんでくる。

 そして、汚らしい外界の空気に触れる前に蓋を閉じた。

 これでしばらくはメイト様と共に毎日を過ごせそうだわ。

 メイト様と共に起きて、ご飯を食べて、学校へ行って、帰ってきてからもメイト様で、お風呂も寝るときもいっしょなんて、幸せすぎて天にも登ってしまいそう!
しおりを挟む

処理中です...