病ン照レワンダーランドへようこそ

笹石鳩屋

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俺はいまだ悪魔の策中らしい

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 異変は登校時からすでに始まっていた。校内では知らない者はいないほど有名なので、ちらちら見られることには慣れているが、こんなにじろじろと見られたのは初めてだった。嘲るような、あるいは恨みのこもった目に囲まれ、俺に聞こえないようひそひそと何か話している。

 教室へ入った瞬間、クラス中の視線が俺に集まった。

 「なあ鳴斗、どういうことだよ!?」

 おっぱいが俺に詰め寄って、襟元を掴んだ。

 「どういうことってどういう意味だ?」

 どうやって広めたかは知らないが、俺の本性がばれたのはたしかだろう。だが、それだけでは、目の前にいるこいつが凄い険相をしている理由にはならない。

 「とぼけんじゃねえぞ!昨日、ツブヤークをあんなに荒らしたことだよ!」

 天峯に目をやると、微笑みながらこっちを見ていた。

 つまり、俺は悪魔の策中から抜け出せていないということだろう。何も言わずにクラスメイトたちから顔を背けつつ、自分の席につくしかなかった。

 机の中に何か入っている。取り出すと俺のスマホと一枚のメモ。メモには『今日もいっしょに帰りましょうね♡』、と書かれていた。くしゃくしゃに丸めて捨てたいが、ツブヤークが先だ。

 『天峯にフラれた。俺と釣り合うような女はこの学校には他にいないし、もう価値はないな。俺がフラれたのに、校内でイチャつかれると腹が立つし、全てのリアルで充実した青春を送っている連中を爆発させてやることにした』 

 この後に書かれていた内容は見るに堪えないほど酷かった。校内の全てのカップルについて、悪意ある情報が書かれていた。二股かけている、だの、手当たり次第告白していってOKもらえたから付き合っているが、実は七人目だった、だの。

 俺の知っていることも多かったが、知らないこともいくつかあった。だが、そのほとんどが事実なのだろう。すぐさま投稿を全て削除したが、もう遅い。学校中を敵に回して、俺がまともに生活できるはずがない。

 天峯に関わってしまった時点で、すでにゲームオーバーだったということだ。

      *

 授業が始まる。俺はいつも通り号令をかける。授業も普段と何ら変わりはなく、変わったのは俺の周囲だけ。休み時間は自分の席でただじっとしていた。時折やじを飛ばされたり、絡まれたりしたことはあったが、意外にも殴られるようなことはなかった。

 だが、放課後までにまともに俺に話しかけてきた人間は三人だけだった。 
 
 「おっはよー」
 
 一時間目の後に俺の席の前までやってきて、明るく挨拶してきたのは早紀だ。
 
 「からかいにきたのか?」
 
 早紀はいつも遅刻ぎりぎりで登校するため、朝の騒動を知らないが、ツブヤークをかなり頻繁に見ているので、昨日の投稿を見ていないわけがない。それに、いつも俺の周りに集まってくるグループが俺抜きで集まっているのを見て、だいたい察しがつくと思うのだが―――
 
 「逆逆、メイトンを励ましにきたんだよっ」
 
 背中をばしばし叩かれた。俺に再び注目が集まりだす。
 
 「だって、アマミーに告白してフラれちゃったんでしょ?だったら落ち込んでるメイトンを励ましてあげなきゃ」 
 「昨日のツブヤーク、見ただろ?」 
 「うん、見たよ」
 
 よくこの重苦しい雰囲気の中で、俺と普通に会話できるものだ。よほど強いメンタルを持っているのか、もしくはよほど馬鹿なのか。
 
 「じゃあ、俺の今の状況も―――」
 「メイトンは人を傷つけるようなことは絶対にしないでしょ?だから、昨日の投稿はメイトンが自分の意思でしたわけじゃないってことくらいはわかるよ。そこそこ長い付き合いなんだしさっ」

 つくづく馬鹿なやつだと思っていた。俺が、今のように人気者になりたいと思う前から早紀は俺の傍にいて、高校に進学して今の俺になっても、義理堅く過去のことは一切喋らなかった。

 「あたしがみんなの誤解を解くよ。メイトンはどうしようもないクズなんだけど、他人を傷つけてまで自分の欲求を押し通すなんてことはできない小物だってことを教えてあげないと」
 「事実ではあるけども、もう少し気をつかった言い方はできないのか」
 
 早紀は出会ったときから変わっていない。今だって、自分の人間関係が危うくなるかもしれないのに、俺を助けようとしている。
 
 だから―――

 「今借りを作ると、後々返すのが面倒だ。長い付き合いなんだから、俺が面倒事が嫌いだってわかってるだろ?」
 
 無償の善意なんて反吐が出る。人に助けられればその分をきっちり返さなければならない義務が生じる、いずれ、なんてなあなあで済ませてはいけない。友だちだからといって安易に金を貸すと、それが思いもよらない災いとなることがある。善意もまた同じだ。安易に人に与えると、仇で返されることもあるのだ。
 
 それに、俺はこの状況を変えたいとは思っていない。何をしようとも元の立ち位置には完全には戻れない。それでは、意味がないのだ。俺が学校の中心で、誰もが俺の話題で持ち切りで、そうでなくては意味がない。誰からも嫌われることと、そこそこ友達がいて、そこそこモテることとは大差がないのだ。だったら、何もしなくていい。俺をもてはやしてきた連中自体には、元々興味なんてなかったのだから。

 「相変わらずなんだね」

 早紀は表情を曇らして、それから話しかけてくることはなかった。 
 
      *

 次に話しかけてきたのは意外にも暮ノ谷だった。
 
 「聞きたいことがあるんだけど」
 
 脅迫ではなく、まともに話しかけられたのは初めてのことだ。

 「これから長期的に休んだり、転校したりするつもり?」 
 「話が飛躍し過ぎだ。たしかに今日の状況は酷いけど、そこまでするつもりはさすがにない」

 俺にとっての敵は、ツブヤークに怒っている連中ではない。あの悪魔はそこが知れない。休学や転校程度で天峯から逃れられるとは到底思えないのだ。 

 「それならよかった…」

 暮ノ谷が浮かべる安堵の表情は、一年前に見た猫と戯れたときの表情と同じように自然な表情で、いつもより生き生きしているようだった。

 「ぼっち仲間になった俺への同情か?意外と優しいんだな」
 「そういうのじゃない」
 
 暮ノ谷は再びむっとした顔を作る。

 「この学校に関係なくなるからって、去年のことを言いふらされると困るのよ」

 俺は校内カップルたちの秘密を言いふらしたことになってるし、気にするのも当然のことだろう。

 「今のこの状況で俺に話す相手なんていると思うのか?」 
 「いいえ、でも万が一ということもある。私はあんたに一切同情なんてしてないから、変なことすれば容赦しないわ―――何がおかしいの?」

 笑いが込み上げてきて、つい吹き出してしまった。

 「いや…暮ノ谷は変わらないなと思って」 
 「えっ!?……嘘……だって……」
 
 なんだか今日の暮ノ谷は表情豊かだ。これまでほとんど会話を一言で切られていたから、他の表情が見られなかったのだろう。
 
 「暮ノ谷はいつも通り近づくなオーラむき出しだからさ、元々俺に興味なかったのがよくわかるってこと」

 大抵のやつらは俺に失望しているだろう。俺に対する態度は見事な掌返し。俺が利用してきたように、もてはやしてきた連中も俺自体には興味がなかったのだから。ただ、俺とつるむことで利益を得たかっただけ。

 そんなものは友情だとも人間関係だとも呼べない。

 以前と変わらず興味のない相手として接してくる暮ノ谷の方が、他の連中よりも関係性があるということが、おかしかったのだ。

 「勘違いさせないでよ!」
 
 暮ノ谷は声を荒げて、そのまま俺の席から離れていった。

 俺には理由に見当もつかなかった。俺をちやほやしない人間は、利用しようとしない人間は、考えが読めないから苦手だ。
 
 だが、嫌いじゃない。

      *

 
 最後に来たのは中村という小柄な男子だ。昼休みに、相談があると言って、弁当片手に俺は中庭まで連れ出された。

 「人の気配がないな」

 中庭のベンチに二人並んで腰かける。

 「僕、一人で食べること多いから、人目につかない場所を探してて、ここを見つけたんです」

 中村はクラスではあまり喋らず、存在感が薄い。全くといっていいほど話したことはなかったのだが、俺と面と向かってまともに喋れることには少し驚いた。

 「それで砂上君に相談したいんだけど、僕、昨日、告白されたんです」
 
 珍しいこともあるものだ。中村なんて恋愛とは無縁の世界で生きているとばかり思っていた。

 「誰に?」

 まあ大方ブスが付き合っているという事実を得たいがための苦肉の策か、罰ゲームか何かでからかわれてるか、どっちかだろうが。

 「……麻田…さん」 
 「は?…麻田ってあの麻田か?」 
 「そう、同じクラスの麻田さんです」 
 「フラれた俺のメンタルを追い詰めるための嘘じゃないだろうな?」 
 「信じてください!」
 
 中村ふぜいが麻田に告白されるとは思えない。第一、毎日のように麻田は中村を馬鹿にしていた。

 「からかわれたんじゃないのか?」 
 「僕も最初はそう思って、訊いてみたんです」

 中村って意外とずけずけと喋るんだな。

 「……だけど、麻田さんは本気の気持ちだって、今朝、これを渡してきて…」

 中村が今食べている弁当を見せてきた。

 「まさか、麻田が作ったってことじゃないだろうな?」

 料理なんて全然作れないんだけどー、とか日頃から言ってたが、あれは料理できないって言ってるけど実はそこそこ作れちゃう私可愛いでしょアピールだったのか?

 ……いや、麻田の性格でそんなに手の込んだことはしない気はする。
 
 だったら、誰かに入れ知恵された、とか……

 「おいしいですよ」

 味なんて誰も訊いてねえよ。

 「どうせ俺はみじめな独り身のイケメンだよ…」
 「自分を貶したいのか自慢したいのかどっちかにしてよ」
 「まあそれはともかくとして、付き合ってそれでハッピーエンドじゃないか」

 中村は大きく首を振った。

 「まだ返事はしていないんです。だから、数々の告白を断ってきた砂上君にどうやって麻田さんをフればいいのかを教えてほしい」
 「フる?お前ごときには一生縁のないはずの女から、告白されたんだぞ。宝くじの当選券をどぶに捨てようとしてるようなもんだ。宝くじがまた当たる可能性なんて、ほぼゼロに等しい。今、身に余る幸運を掴んでおかないと後悔することになるぞ」
 「僕は麻田さんのことが好きにはなれない」

 中村は真剣な顔で深く息を吸い込んだ。そして、大声で叫ぶ。

 「なぜなら、僕は二次元の女の子しか愛することができないんだ!」

 完全敗北だ。
 
 俺はこんなやつよりモテていない。
 
 どう考えてもおかしいだろ! 

 俺はこいつよりも顔はいいし、身長も高いし、コミュ力もある、空気も読める。しかも、こいつよりおしゃれだし、同年代の女子が好みそうな話題は大体ついていけるんだぞ。
 
 なのに…なのに……何で俺のほうがモテていないんだよ!

 しかも、麻田からの告白を断るだと?

 たしかにあいつと何を話したか全く思い出せないほどつまらない会話しかできないやつだが、それでも顔だけは、そこそこにいい。

 「普通に付き合えよ。別に麻田が好きじゃなくてもいいだろ」 
 「好きでもないのに、付き合うなんて、そんなの失礼だよ」 
 「いいか、告白したその場でフラれるのと、しばらく付き合ってからフラれるのでは、さして変わらん。それに付き合えば、あの麻田が自分のものだって自慢できるんだぞ。今のお前の地位も改善される。もう馬鹿にされることはないんだぞ」

 互いに思いが通じ合っているカップルなんてほんの数パーセントだ。たいていは邪な感情が混じっている。両想いなんて高望みはしないほうがいいに決まっている。

 「はあ…」 

 大きなため息とともに中村は立ち上がった。

 「砂上君に相談した僕が間違えてたよ」

 俺は誰もいない中庭に残されたので、落ち着いて弁当を食べ終えることができた。 
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