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3/3『いつかの旅立ち』
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十六回目の誕生日を迎えて、主治医からも「もう大丈夫」とお墨付きをもらった。小さい頃からの持病は、体力がつくにつれて消えたらしい。
父と母は大変喜んで、誕生日の夜にはこれからお城に行って勇者にでもなさられるんじゃないかってほどのご馳走が並んだ。
大げさだなぁ、とは言えないくらい、私の命は危険にさらされていたのだ。
カメラが趣味のパパが撮りためた写真をタブレットで見る。
「あら、マカちゃんコイちゃん」
「二匹も小さいな~。こんなだったっけ」
「いまだってそんなに変わらないでしょ」
私はキッチンカウンターに置かれた水槽を見た。
パパが懸念していた【大きくなりすぎるとフナになる】説は回避して、マカちゃんは真っ赤なまま、コイちゃんは錦鯉模様のまま、水槽の中で暮らしている。大きさは最初の十倍くらい。
『あれから十年か、僕らも随分長生きだなぁ』
「長寿だと三十年くらい生きるって」
『へぇ~。それはすごいわね』
「あなたたちもそうあってよ」
『そればかりは自分ではどうしようもないもの』
「サポートするし。一応、金魚も診てくれる獣医さんは見つけてあるんだよ」
『へぇ、それは親切だね』
『じゃあ、具合悪いときは言っていい?』
「もちろん。なにか不満があったら遠慮なくどうぞ」
元気になれたし、今度は私が二匹のわがままを聞く番だ。
『別になにもないよ』
『うん、とっても満足』
「それは良かった」
『パパさん、また心配そうに見てるよ』
「いいよ、気にしなくて。ふたりと話せるの、信じてないから」
『まぁ仕方ないわよね、特殊能力みたいなものでしょ』
「そうだね。ほかの金魚さんとは話せないから、特別なんだろうね」
『へぇ、そうなんだ』
『私たちがほかの人間と喋れないのと一緒かしら』
「あぁ、そうかも」
さんにんでふふっと笑う。
マカちゃんコイちゃんの口からは、気泡がぷくぷく。
「ご飯もうすぐできるわよ」
「はぁい」
ママの宣言に返事をして、マカちゃんコイちゃんのご飯を準備する。色々試してみたけど、これが一番食べやすくて美味しいみたい。
「足らなかったら教えてね」
言いながら水槽にご飯を入れる。
『ありがとう』
『いただきます』
マカちゃんコイちゃんは水面に浮かぶご飯の粒を一粒一粒口に入れていく。入れたばかりのカリカリ食感と、水を含んだふにゃふにゃ食感を楽しむらしい。
人間でいうところの、揚げ物と煮物、みたいな感じかな。と思いながら椅子に座ったら、夕食は揚げ物と煮物だった。マカちゃんコイちゃんと同じように食感の違いを楽しんでみる。面白い、こういう食べ方もあるんだ。
ふふって笑ったら、ママとパパが私を見た。
「ごめん、思い出し笑い」
なにか突っ込んで聞かれる前に伝える。
「学校のお友だちか?」
パパの質問に「うん」と答える。“学校の”じゃないけど、友達は友達だ。
「サクサクとフニャフニャの違いを楽しんで食べるんだって」
「へぇ。面白い考えだね」
やたら嬉しそうなパパ。子供のころぽつりと言った“友達が欲しい”旨の言葉を未だに覚えているらしい。もうそんなのとっくに解消してるんだけど……。
「今度うちに連れてきたらどうだ? ママお手製のご飯、ふるまってもらおうよ」
「あー、うん。まぁ、聞いてはみる」
私とママは苦笑い。グイグイ来すぎてちょっと面倒ね、って顔。
その“お友達”、一緒に住んでるんだけどね。
マカちゃんコイちゃんが言ってたっていうと、パパはあんまりいい顔しない。現実主義者。空想的な出来事を真っ向否定。
ママはその辺理解があって、ママは喋れないけどそういうこともあるかもね、って言ってくれるから助かる。
パパは私のことを“小学生の子供”みたいに扱うけど、私ももう高校生だし、そろそろそういうのやめてほしい。心配してくれてるのはわかってるんだけどね。
夕食を終えてマカちゃんコイちゃんのところへ。食べ残したご飯は汚れの原因だから、もう食べないって確認して網ですくう。
「水質平気? そろそろ替える?」
『私は平気。あなたは?』
『僕も大丈夫。いつもと同じで平気だよ』
「じゃあ、あさっての土曜ね」
『うん』
『お願いします』
「うん。じゃあ、部屋戻るね」
階段をのぼって自室へ。マカちゃんコイちゃんが部屋にいたらなって思うけど、ママもパパも可愛がってるからもう少し我慢。
大学合格して一人暮らしできるようになったら一緒に引っ越してもらおう。
小さくて病弱だった私はもう普通の女子高生。金魚すくいの水槽から移転したふたりと同じように、いつかここを巣立っていく。
みんなで長生きして楽しく過ごせたらいいなと思いながら、苦手な数学の参考書を開いた。
父と母は大変喜んで、誕生日の夜にはこれからお城に行って勇者にでもなさられるんじゃないかってほどのご馳走が並んだ。
大げさだなぁ、とは言えないくらい、私の命は危険にさらされていたのだ。
カメラが趣味のパパが撮りためた写真をタブレットで見る。
「あら、マカちゃんコイちゃん」
「二匹も小さいな~。こんなだったっけ」
「いまだってそんなに変わらないでしょ」
私はキッチンカウンターに置かれた水槽を見た。
パパが懸念していた【大きくなりすぎるとフナになる】説は回避して、マカちゃんは真っ赤なまま、コイちゃんは錦鯉模様のまま、水槽の中で暮らしている。大きさは最初の十倍くらい。
『あれから十年か、僕らも随分長生きだなぁ』
「長寿だと三十年くらい生きるって」
『へぇ~。それはすごいわね』
「あなたたちもそうあってよ」
『そればかりは自分ではどうしようもないもの』
「サポートするし。一応、金魚も診てくれる獣医さんは見つけてあるんだよ」
『へぇ、それは親切だね』
『じゃあ、具合悪いときは言っていい?』
「もちろん。なにか不満があったら遠慮なくどうぞ」
元気になれたし、今度は私が二匹のわがままを聞く番だ。
『別になにもないよ』
『うん、とっても満足』
「それは良かった」
『パパさん、また心配そうに見てるよ』
「いいよ、気にしなくて。ふたりと話せるの、信じてないから」
『まぁ仕方ないわよね、特殊能力みたいなものでしょ』
「そうだね。ほかの金魚さんとは話せないから、特別なんだろうね」
『へぇ、そうなんだ』
『私たちがほかの人間と喋れないのと一緒かしら』
「あぁ、そうかも」
さんにんでふふっと笑う。
マカちゃんコイちゃんの口からは、気泡がぷくぷく。
「ご飯もうすぐできるわよ」
「はぁい」
ママの宣言に返事をして、マカちゃんコイちゃんのご飯を準備する。色々試してみたけど、これが一番食べやすくて美味しいみたい。
「足らなかったら教えてね」
言いながら水槽にご飯を入れる。
『ありがとう』
『いただきます』
マカちゃんコイちゃんは水面に浮かぶご飯の粒を一粒一粒口に入れていく。入れたばかりのカリカリ食感と、水を含んだふにゃふにゃ食感を楽しむらしい。
人間でいうところの、揚げ物と煮物、みたいな感じかな。と思いながら椅子に座ったら、夕食は揚げ物と煮物だった。マカちゃんコイちゃんと同じように食感の違いを楽しんでみる。面白い、こういう食べ方もあるんだ。
ふふって笑ったら、ママとパパが私を見た。
「ごめん、思い出し笑い」
なにか突っ込んで聞かれる前に伝える。
「学校のお友だちか?」
パパの質問に「うん」と答える。“学校の”じゃないけど、友達は友達だ。
「サクサクとフニャフニャの違いを楽しんで食べるんだって」
「へぇ。面白い考えだね」
やたら嬉しそうなパパ。子供のころぽつりと言った“友達が欲しい”旨の言葉を未だに覚えているらしい。もうそんなのとっくに解消してるんだけど……。
「今度うちに連れてきたらどうだ? ママお手製のご飯、ふるまってもらおうよ」
「あー、うん。まぁ、聞いてはみる」
私とママは苦笑い。グイグイ来すぎてちょっと面倒ね、って顔。
その“お友達”、一緒に住んでるんだけどね。
マカちゃんコイちゃんが言ってたっていうと、パパはあんまりいい顔しない。現実主義者。空想的な出来事を真っ向否定。
ママはその辺理解があって、ママは喋れないけどそういうこともあるかもね、って言ってくれるから助かる。
パパは私のことを“小学生の子供”みたいに扱うけど、私ももう高校生だし、そろそろそういうのやめてほしい。心配してくれてるのはわかってるんだけどね。
夕食を終えてマカちゃんコイちゃんのところへ。食べ残したご飯は汚れの原因だから、もう食べないって確認して網ですくう。
「水質平気? そろそろ替える?」
『私は平気。あなたは?』
『僕も大丈夫。いつもと同じで平気だよ』
「じゃあ、あさっての土曜ね」
『うん』
『お願いします』
「うん。じゃあ、部屋戻るね」
階段をのぼって自室へ。マカちゃんコイちゃんが部屋にいたらなって思うけど、ママもパパも可愛がってるからもう少し我慢。
大学合格して一人暮らしできるようになったら一緒に引っ越してもらおう。
小さくて病弱だった私はもう普通の女子高生。金魚すくいの水槽から移転したふたりと同じように、いつかここを巣立っていく。
みんなで長生きして楽しく過ごせたらいいなと思いながら、苦手な数学の参考書を開いた。
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