日々の欠片

小海音かなた

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5/5『甘い秘密』

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 社内で有名な人がいる。
 高身長高学歴、端正な顔立ちで成績はトップクラス。人望も厚いけどクールで気高くて女性は近寄りがたい。そんな男性。
 憧れている女性社員はたくさんいて、私もその中の一人。でも部署が違って全く接点がないから、ロビーでたまに見かけられればラッキー、って感じ。
 そういえば挨拶すらしたことないから声を聞いたこともない。。
 ほんとにそんな、希薄な関係性だったんだ、あの日までは。
* * *
 えっ! 待って! 無理! 此崎(このさき)さんじゃん!
 スイーツが有名なカフェで隣のテーブルに案内されたのは、社内で有名な“あの人”だった。
 まさかこんなところで遭遇するとは。
 と、とりあえずお目当てのケーキを注文しよう……。
 近くにいた店員さんに声をかける。
「本日のケーキセット、ダージリンティーをミルクで」
「かしこまりました」
 店員さんが私の注文を取ってすぐ、此崎さんに向き直る。
「お決まりでしたらどうぞ」
「本日のケーキセットはまだありますか」
「申し訳ございません、こちら本日分終了してしまいまして……」
(えっ!)
 多分おそらく十中八九、私の注文が最後の一個だ。うわマジか。譲りたい……。
「では……こちらのケーキセットを、ブレンドで」
「かしこまりました」
 えっ、これってもしかしてもしかしなくても、話しかけるチャンス、なのでは?
「……あのぉ……」
 勇気を出して恐る恐る声をかける。
「はい」
「此崎さん、ですよね……」
「……はい」
「あ、怪しいモノではありません。えっと……これ」
 バッグの中の名刺入れから名刺を渡した。
「……あぁ……社内の……」
「はい。突然すみません。もしよろしければ、私が注文した“本日のケーキ”、半分いかがですか?」
「えっ……」
 一瞬見せた笑みが眩しくて、私のハートに矢が刺さった。はぅっ!
 しかしここで任務完了なわけではない。
「その代わりと言ってはなんですが、此崎さんがオーダーなされたケーキのお写真を撮らせていただきたくて」
「えぇ、それは、かまいませんが」
「実は私、副業をしておりまして……あ、会社の許可は得ています」
 名刺入れのもう一つのポケットから、筆名が書かれた名刺を出して渡した。肩書は“スイーツライター”。
「‼」
 その名前を見た此崎さんの反応に、予感が芽生えた。
「もしかして……」
「存じております。そして拝読しております」
 こちらを向いて頭を下げる此崎さん。わわわ、みんなこっち見てるよ⁈
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
 会話する私たちを見た店員さんが、こちらへやってきた。
「よろしければ、テーブルお付けしましょうか?」
「はい、お願いします」
 此崎さんの返答に店員さんは笑顔でテーブルと椅子を移動させてくれた。隣り合わせだと食べづらいから、と此崎さんは席を移動して、斜め向かい側の椅子に座る。
 待って、無理。こんな間近で対峙するの初めて。お顔がお美しい……。
 運ばれてきたケーキセットはどちらも可愛くて美味しそう。撮影してからケーキをシェアした。味なんてわからないよ~って思ってたけど、いざとなったら職業スイッチが入るようで、しっかり味わえた。
 店を出る前に店舗の責任者さんとお話しさせてもらって、掲載の許可を得る。このときが一番ドキドキするんだよね。過度なサービスがないようにアポなしで行くことが多いから……。今回のお店は取材慣れしていて話がスムーズで安心した。
 経費で落ちるから、と、此崎さんの分の伝票ももらって会計する。女性に奢られるの此崎さんは嫌かもだけど、記事にする以上払わせられない。
 快く了承してくれたけど内心良く思ってないかなぁって心配してたら、店を出たあと丁寧にお礼を伝えてくれて恐縮した。
「こちらも二種類の味を堪能できたので、良かったです」
「お仕事上で、ということは重々承知しているのですが、お礼がしたいので、連絡先を交換していただけますでしょうか」
「えっ、はい、ぜひ!」
 思いがけずプライベートの連絡先を交換してしまった。
 駅に着くまでの間、此崎さんオススメのお店を教えてもらったり、これから取材に行く予定のお店を教えたりした。
「もしよろしければ、今度ご同席いただけませんか? 男性だけだと入れない店舗がありまして……」
「はい、ぜひ。あそこですよね」
 いま話題の店舗名を挙げたら、此崎さんは大きくうなずいた。
「期間限定のメニューがありまして、来週の土曜などはいかがでしょうか」
「はい、大丈夫です」
 さすが営業部トップ。アポとりもスムーズだ。
 社内では甘党なのを隠しているからと、私たちの関係も内緒になった。
 二人だけの秘密――。
 なんて甘露な響きなんだろう。
 嬉しくて、頬がゆるゆるの甘々になった。
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