日々の欠片

小海音かなた

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5/18『種から出た葉が実を結ぶ』

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 明晰夢、という夢をいま見ている。
 夢だからなんでもあり、と思って、片想い中のアイツが現れて欲しいと願う。
 霞がかった視界の向こうから、不思議そうに辺りを見回しながらアイツが現れた。
 いつもは気持ちを知られたくなくて“友達”として接しているけど、夢の中ならきっと言える。
 そう思って口を開くけど、声が出てこない。
 私に気づいて驚くアイツ。なにか言ってるけどその声も聞こえてこない。
 音のない空間に佇む二人。
 ダメだ。またいつもみたいにからかって、悪態をついてしまいそう。
 余計なことを言いたくなくて口を手でふさぐ。しかしその隙間から、音にならなかった言葉たちが形になってポロポロとこぼれて落ちていく。
 文字の羅列は列を成し、行を形成して文章になり、空中に浮かんだ。
 その言葉は見ると悲しくなるような、ネガティブなものばかり。
 いつも私がアイツに投げつけてしまう、本心ではない言葉ばかり。
 糸のついた風船のようにその場で揺れながら単語となっていた文字が一瞬止まり、そして一斉に落ちた。
 クウに残るのは……ネガティブな言葉から抜け落ちて浮いた【す】と【き】の文字だけ。
 恥ずかしくて真っ赤になった顔を隠しながら、浮き続ける言葉を落とそうとするけど叶わない。
 【す】と【き】以外の落ちた文字に足が当たり、カツンコツンと硬い音を鳴らす。
 あれ? 音するじゃん……。
 言い訳しようと口を開いたら、正面から声が聞こえた。
「オレ……!」
 彼の声に身を固くして、背を向ける。次に紡がれる言葉を聞くのが怖くて、耳をふさいだ。
「……も……」
 彼の声に空気が震える。
 振り向けないままうつむいて、視線を床に落とした。目に入ったのは、さっき自分が彼に浴びせてしまった酷い言葉の破片。
 背後でバリンと音がする。踏まれた文字が割れる音。
 自分に近づく破壊の音、彼が近づく距離の音。
 彼が歩を進めるたびに悲しい言葉は砕け、消えていく。
 パリンバリンと大小の文字が踏み潰され、そして音が止まった。
「オレも、ずっと……伝えたかったんだ……」
 緊張で掠れる声の響きが周囲の空気を浄化する。
「オレも、――だよ、お前が」
 大事なとこだけ砂嵐に紛れたように聞こえなくて、悲しくなって振り向いた。
 目の前で苦笑する彼が、照れたように言った。
「目が覚めたら、ちゃんと言うから……待ってて」
 真剣な眼差しに吸い込まれるように夢は終わり、そして目覚めた。
「あ、起きた」
 聞こえたのは友人の声。
「なんで……」
「なんでって……勉強会しようって言って集まったのにさ、寝ちゃうんだもん、二人とも」
 友人の横でその子の彼氏が頷いた。
「お前らホント、仲いいよな」
 起き上がる私の隣で、同じようにして体を起こし目を擦るのは、さっきまで夢の中で一緒だった“アイツ”。
「眠気覚ましになんか飲みもん持ってくるか」
「さんせー。手伝ってくるから、その間にこのページの問題やっといて」
 私たちに課題を残し、友人とその彼氏は部屋を出ていく。
 夢は現実じゃないのに、なんだか照れ臭くて話せないでいたら、彼が言った。
「覚えてる? さっき夢の中で言ったこと」
 ギョッとして彼を見たら、いままでで一番穏やかな笑顔を見せた。
「二人っきりのときにちゃんと言うから、待ってて」
 いまだって二人っきりだよって返そうとしたらドアが開いた。
「おまたせー」
 ドアを開ける友人と、人数分のグラスが乗ったトレイを運ぶ彼氏。
 あぁ、そういうこと……。
「ん」
 と隣にだけ聞こえるように返事して、差し出された飲み物を受け取った。
 自家製だというレモネードは、初恋の味がした。
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