日々の欠片

小海音かなた

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7/25『天然氷』

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 暑い。
 アホみたいに暑い。
 ありきたりだけど【年々暑くなってる】気がする。

 夏は嫌いだ。汗はかくし日焼けはするしプールの授業はあるし。水着なんてものに着替えるくらいなら、多少先生に睨まれてもサボるほうがマシ。
 夏休み中開放されている学校になんかもちろん行くはずもなく、日傘の影に隠れながら道を歩く。アスファルトからの照り返しが熱い。
 ふと見た道の先で、魅力的なフラッグが風にはためいている。波の背景に赤い“氷”の文字。
 おぉー、夏の風物詩。
 店先に出ている手書きの看板には、親切にメニューと価格が書かれてた。
 お財布の中の残金を確認してからお店に入る。店内は狭くカウンター席のみ。お客さんは私だけ。
「いらっしゃいませー。一名様で」
「はい」
「こちらのお席どうぞー」
「ありがとうございます」
 カウンター下の空間にバッグを入れて椅子に座る。
 メニューには魅力的な写真とお品書きがたくさん。いま一番食べたい味のものをチョイスして注文した。
 カウンターの中でショリショリと涼し気な音がする。
「はい、いちご練乳ミルクお待たせしました~」
 原型をとどめたイチゴ入りのシロップにたっぷりの練乳。山盛りに削られた氷は、なんだか不思議な色合いだ。
「うわ、なんか輝いてる」
 急いで写真を撮って、手を合わせていただきますしてスプーンを握る。
「雪女が天然氷室で作ってる氷なんですよー」
「へぇー」
 店主の冗談に笑いつつ、かき氷を食べる。うわー、美味しい! 食べ進めるごとに身体の熱が冷えていく。
「雪女のパワー入りなんで、一週間くらいは涼しいですよ。ただ食べ過ぎると凍っちゃいますけど」
「へぇ。凍ったらどうなるんですか? 死んじゃう?」
「死には至らない程度のパワーを入れてる、って言ってたんで大丈夫でしょうけど、自然解凍しないと身体に支障が出るって。冷凍したお肉とかもそうでしょ?」
「パックにドリップ出ちゃってる感じ?」
「あ、そうそう。ってお客さん、勢いよく食べ過ぎ。気を付けて」
 店主が言って、ほのかに暖かい暖房器具をテーブルの上においた。
 見ると器を持った左腕の肘から手首の間が少し凍りかけている。
「うわっ」
「あぁ、急に動かないで。割れたら大変」
 店主が私の左腕をそっとおさえた。体温が熱く感じる。
「霜が取れるまで待ってりゃ元通りになるから。かき氷は外気温では溶けないし、ゆっくりね」
 白く凍った箇所が徐々に溶けて、元の肌色になった。ちゃんと動くし柔らかい。
「こっ、こわっ! コワないですか⁈」
「うん、だからうち、テイクアウト禁止なの」
 店主が指さした先にいくつかの張り紙。
【テイクアウト禁止】【一気食い禁止】【食べ残し禁止】
「……食べ残し禁止なのは、呪いがかけられるからとかですか?」
「ううん? 体内に入れないまま捨てると、下水管が凍っちゃうから。水の温度くらいじゃ溶けないんだよね」
「内臓、平気なんですか?」
「大丈夫なように調整して作ってるんだって、不思議だよね」
 店主は笑うけど私は笑えない。とんでもない食べ物に出会ってしまった。
「お湯が少しぬるく感じるかもだけど、感じるだけで実際の温度を肌が浴びてるから、熱くしすぎないようにしてくださいね、火傷するから」
「凍傷になったり火傷したり、忙しいですね……」
「そうなの。あと、一週間以内に二杯食べるとホントに凍えちゃうから、次食べたいときは一週間以上空けてからご来店ください」
 念のための記録として、インスタントカメラで写真を撮られた。余白には今日の日付と食べた味の種類。店主が確認用に保管してるらしい。
「次回来店時にこれ出してくれたら、トッピング割引するんで、ぜひ」
 そのクーポンに、店主が今日の日付を書いた。なるほど、念には念を、か。
 外に出たら、あんなに暑かったのに少し涼しく感じる。外気温が下がったわけじゃなくて、冷風が身体に巻き付いてるみたい。
 店の看板をよく見たら、“山奥の氷室直送・雪女が作った天然氷使用”って小さく書かれてた。こんなのパッと見わかんないって。
 また暑くなったら食べにこようかな。
 誘えるほど仲のいい友達はいないから多分また一人だけど、気楽でいいや。
 道向かいの歩道を、小学生の男の子二人組が叫び声をあげながら駆けて行った。髪がびしょびしょで、ビニールの巾着袋を持ってるからプール帰りだとわかる。
 雪女特製の氷をプールに入れたら、水が凍ってプール中止になるかなぁ。
 店主に見つからないようにコッソリ持ち帰る方法を考えながら歩いてたら家に着いた。
 洗面器に45度のお湯を入れて手をつけたら確かにぬるくて、でも肌の色は赤く変わってる。お水につけても凍りはしなかったから、やっぱり氷を持っていかないとプールは凍らせられないや。残念。
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