日々の欠片

小海音かなた

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8/21『二足歩行の神様』

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 地面から降る雨を、子供や犬、野鳥が浴びている。それを眺めて微笑む周囲の大人……を眺めている俺。ネクタイはいっそ取ったほうがいいくらい緩めてる。
 俺があそこに乱入したら危ねーやつ扱いされっかな。されんな。俺でもあいつやべーって思うもんな。
 木陰とはいえ風は生ぬるく、噴水による打ち水効果を期待するには距離が遠い。
「あー、帰りてぇ」
 外回りに出ると言って公園でサボってる俺は、照りつける太陽を睨むように目を細めた。
 なんでこんな天気のいい日に仕事しなきゃなんないのかって、俺がそこそこな企業の社員だからだ。
 生きるために金が必要で、金を稼ぐために仕事が必要。だから仕方なく仕事してる。
 仕事が好きなやつはいいよな。やる気があって出世できるから給料もあがってさ。
 はーあ、と息を吐いた目線の先に、都会じゃ珍しい生き物が見えた。
「たぬき……」
 狸が服を着て二足歩行している。なんだかちょっと普通のとは違う雰囲気。
 自転車を引きながら一緒に歩いている女性は、狸を見てニコニコしている。
 普段なら絶対しないけど、あまりにも不思議な光景だったからつい声をかけてしまった。
「あのぅ……」
「はいっ」
 女性は少し驚いて、自転車と共にその場にとまった。
「そのたぬきは、猿回し的なそういう……?」
「ちっ!」
 女性が驚いて狸と俺を見比べ、自転車のスタンドを立てて停めた。
「違います……!」小さい声で叫ぶように言って、狸を見やった。「っていうか、みえてる、でいいですか?」
「え、はい。服着たたぬきが、二本足で歩いてる……」
 女性は狸とアイコンタクトをして、俺が座っていたベンチに誘導した。
「怪しまれるとは思いますが、聞きます。あなたは神を、信じますか?」
「へ?……あ、宗教とかそういうの、間に合ってます」
「そうではなく」
 俺と女性の間に座る狸を手で示して、女性が言った。
「この方は、たぬきの神様です」
「かみっ?」
『うむ。神様です、わし』
「しゃ、べった……」
「え、すごい。いきなり声も聞こえちゃうんですね」
『素質あるみたいだな』
「羨ましい……」
『おぬしももう、聞こえるようになったであろう』
「そうですね。集中してないと無理ですけど」
「え、え、え、え? なになになに? なんか、え? ドッキリ?」
「お兄さん、霊感ありません?」
「ガキの頃は……。お化けとか見て、毎日祈ってた。こんな力なくなれって」
「それからは」
「うーん、いつからか見えなくなったっていうか、見ないようにしたっていうか」
「なるほど。じゃあ、神仏のお姿は」
「うちの親がそういうの否定的で、神社とかお寺とか、あんまり」
「でもいまは見えている……あ、目の前にいらしたから?」
『だろうな』
「この辺に神社なんてあるの?」
「ありますよ、いくつも。園内に」
「あ、そうなんだ」
「興味がないと目に入らないんですね」
『入って来る入口によるのだろう。ルートによっては前を通らぬ』
「あ、そうなんですね」
 なんだか怪しいけど、ちょっと面白くなってきた。この子、けっこう可愛いし。
「キミはどうして見えるようになったの?」
「……あなたと同じ感じですけど、私は神社仏閣に通って、修行して、やっとお話できるようになったって感じです」
「へぇ、修行かぁ。大変だったんだ」
「それなりに」
『おぬし……』
 狸の神様とやらに、少しあきれた顔をされた。
「はい?」
『……まぁ良い。あとは二人で』
「帰られます?」
『うむ。今日もありがとうな』
「こちらこそ、ありがとうございます。またいずれ」
 女性が立って、頭を下げた。つられて俺も立ち上がる。
『あぁ、また。おぬしもな』
「はい」
 狸の神様はニコリと笑って、消えた。
「え、消えた」
「お戻りになられましたね」
「マジだったんだ、神様っての」
「嘘ついてどうするんですか」
「いや……そっか……」
 なんだか気が抜けて、ベンチに座る。噴水周辺では、親子や散歩中の人たちが何事もなく遊んでる。
「……食べます?」
 女性がカップに入ったカットスイカを差し出した。
「いいの?」
「全部はダメですけど」
「じゃあ一部、いただきます」
 今年の初スイカは瑞々しくて、食べるとなんだか元気が湧いてくるよう。先ほどまでの気怠さが軽減した。
「神様にパワーを入れていただいたので、元気になるかもですよ」
「マジか。……良かったら、色々教えてほしいんだけど」
「はぁ」
「とりあえず、名前と、年齢?」
「あ、そういう?」
 女性の答えに驚いた。俺より一回りも歳上だった。
「あ、だから神様、渋い顔してたんだ」
「年上にタメ口きいて、って?」
「うん」
 女性が「うははっ」と笑った。
 あー、なんだろう、この感じ。
 明日からちょっと、頑張れそう……。
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