日々の欠片

小海音かなた

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8/28『奏でる指揮官』

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 【指揮官面接会場】と表示されているドアを開け、部屋に入る。
 30センチ角の白い線が縦横均等に並び、正方形の模様をなしている。線は照明らしく、部屋全体に張り巡らされた青い壁と床に反射して、部屋全体がぼんやり青白く光っている。
『中央のテスト用フィールドにお立ちください』
 壁の一部から声が聞こえた。ドアの正面にある大きな窓の外で、担当官が喋った言葉がマイクを通し室内に響いていた。
「は、はい」
 緊張して少しつっかえつつ返答。
 四角い部屋の中央に設けられた丸い【フィールド】。その円の中に、不思議な機械が置かれている。
 スタンド付きのそれは音を奏でるキーボードのようだが、鍵盤はない。コードが繋がれた板の右手側からは垂直方向に、左手側からは水平方向に伸びるアンテナが出ている。
『操作方法は先ほどお渡しした資料の通りです。実際に操作してみないと感覚が掴めないと思うので、10分程度、練習がてら操作してみてください』
「はい」
『その間、不明点にはお答えしますので、なにかあればお声がけください』
「はい」
 頭の中が操作資料でいっぱいすぎて、同じ返答しかできない。窓の外にいる面接官たちの顔も見られない。
『電源入れます』
 プツン、と小さく音が鳴った。板と垂直の空中に、半透明の映像が浮かぶ。テスト用のチュートリアル画面だ。
 両手を挙げて、アンテナの近くへ。
 プュイィーーーーン♪
 ニュースでよく聞く、独特の音が鳴った。
 実際の音って、こんななんだ……。
 不謹慎かもしれないけど、なんだかワクワクしてきた。
 手の位置を変えながら、脳内で資料を反芻する。

 右手で音階を調整。
 攻撃を当てる位置が指定でき、【対象】の急所に当たればダメージが大きく、外れるとダメージが小さい。
 感覚を掴むために手を動かしていたら、空中のモニターにターゲットマークが現れた。正確に狙えるよう、まずは右手に集中。
 意外と動きがそのまま反映されるんだな……微調整にも反応早い……さすが政府産。

 次に左手。音量を調整する。
 手をアンテナに近づけると小攻撃、遠ざけると大攻撃できる。
 音量の大小が攻撃力と攻撃音符の大小と連動していて、耳や目でもパワーが確認できる。

 アンテナから手を遠ざけてパワーを溜める。勢いよく近づけると最大になった音符が対象に飛んでいき当たって弾け、対象の体力ゲージが大幅に削られた。
 しかし、アンテナに手を近づけても次の音符が飛ばない。モニター下部の攻撃ゲージが空になっているのが原因だ。
 ゲージの回復は早いけど、連続で溜め攻撃できるほどではない。機体に影響を及ぼすから、と書かれていたけど、もう少し改良してほしいな。
 攻撃ゲージが半分くらい溜まったところで、小~中攻撃を繰り返す。
 両手を動かし、対象に音符が当たるようになってきたところで約束の10分が終わった。
『それでは、試験を開始します』
 手元のモニターが消え、目の前の大きな窓がモニターに変わった。
 映っているのは海辺の街並みと、最近頻繁に出没するようになった【侵略者】の姿。今回の【対象】だ。
『こちらは実際の映像を元に作られた、シミュレーター用のCGです。仮想なので実際にダメージを受けることはありませんが、実戦同様体力ゲージは攻撃の度合いによって減っていくので、そのおつもりで』
「はい」
『ご武運を』
 モニターでカウントダウンが始まり、終わる。同時に映像が動き出した。
 対象からの攻撃は、アンテナから一定の距離を保って作った音符を盾にして弾く。
 攻撃は単調で、かわしながら小~中攻撃ができる。しかし向こうも攻撃を避けるから、なかなかダメージを与えられない。
 ここでこう、曲げたいっ!
 音符を投げたあとに音階を調整すると、カーブを描いて逃げた対象に当てられると知った。
 なんだ。いつも視てた映像では直線攻撃だけだったけど、器用な動きできるんじゃん。資料に書いといてよ。
 となれば、相手の防御をくぐるのは簡単だ。
 対象が出したシールドの直前で右手を大きく振ると、音符が弧を描いて対象に当たった。
 対象から放たれた攻撃球は防御音符をスライドすることで跳ね返し、対象に当てられる。
 ははっ。子供のころやったビデオゲームみたい。
 両手を動かすサマは、奏者というより指揮者に近い。あぁ、だから【指揮官】って呼ばれてるのか。
 自分の手から生み出される心地よいメロディに耳を傾けていたら、対象の体力ゲージが尽きた。制限時間を大幅に残し、試験が終わる。
 テスト用だし、簡単な設定にされてるんだろうな。
 もうちょっと操作したかったなと思いつつ見た窓の外で、面接官たちがザワザワしていた。
 マイクがオフられているから声は聞こえないけど、なんか、やらかしちゃったかなぁ……。
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