日々の欠片

小海音かなた

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9/6『凸る妹』

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 朝も早よから新婚家庭のピンポン連打する迷惑な訪問者に叩き起こされた。不審者だったら警察に通報しようとスマホを片手に、同じように叩き起こされた妻と一緒にリビングのモニターを見ると、少女が映っていた。
「ミホリ?」
「ん? ホヅミの妹?」
「そう」
 妻の、歳の離れた中学生の妹がピンポンを連打し続ける。妻はそれに出ず、電話をかけた。
『おねーちゃん! いるんでしょ⁈ 開けてよ!』
「なにしに来たの」
『家出。おねーちゃんちに住む』
「ムリ。いまから二人とも仕事だし困る」
『なんでよー、可愛い妹じゃーん』
「ムリなものはムリ。パパとママには話しておくから、帰りなさい」
『だってぇ~』
「泣いてもムリなの。こっちにも事情があるの。とにかくそこ移動しなさい、他の方々の迷惑になるから」
 モニターの後方に、鍵を開けたい住人が見えている。
『あっ』
 モニターの中でお辞儀をして、場を譲ったところで映像が消えた。
「どさくさに紛れて入って来たら、パパ呼んで強制送還するよ」
『そんなぁ』
「心配してるだろうし早く帰りな。じゃあね」
 妻がキッパリ言って電話を切った。
「……ごめん、僕のせいで」
「仕方ないじゃない。アレルギーなんだから」
「うん……」
 アレルギー。人それぞれ対象が違う僕のそれは、“女性”だ。
 幼少期のトラウマが原因で女性が苦手になり、心情が身体に現れるようになった。
 年齢や立場などは関係なく、近くにいるだけで症状が出てしまい絶望していたとき、ひとりの女性に出会った。それがホヅミだった。
 ホヅミに対してだけは何故か症状が出なかった。だからめでたく結婚できたのだけど……。
「妹に言うと、多分悪用するから」
 家族の顔合わせの際、ホヅミからそう言われた。義父と義母には事情と症状の説明をしていたけど、まだ子供だった義妹には言わない、という判断だった。
 妻は義母に連絡して義妹が来ていることを伝え、僕らは出勤の準備を進める。
 通勤のために地下駐車場へ行き、妻を乗せてマンションを出た。義妹の姿は見えなかった。
「なんで急に……」
「事情があるんじゃない?」
「……多分、邪魔しに来ただけかな」
「邪魔?」
「……あの子さ、私のこと凄く好きで」
「うん」
「結婚も未だに反対してて」
「式、来てなかったもんね」
「そ。仮病使ってドタキャンしたって」
「そりゃ強い愛情だね」
「重いのよ。私そういうの、肉親とはいえ苦手だからさ」
「あぁ、ねぇ」
 僕と結婚した決め手も、あまり他人に関心がなさそうだから、らしい。ホヅミに対しては関心も愛情もあるんだけどな。

 終業後に帰宅。さすがに義妹も諦めただろうと思った僕が甘かった。
「お義兄さーん」
「!」
 マンションのエレベーターを降りたら、義妹が廊下にいた。
「な、んで」
「オートロックには死角がたーくさん。ね、お姉ちゃんなんかより、ミホリと仲良くしません? 男の人は若い方がいいんでしょ?」
 どこ情報だと反論したいが声が出ない。なんなら身体が動かない。完全なる拒否反応。
「お、に、い、さ、ん」
 距離を縮めてくる義妹の手が触れた途端、鳥肌が立ち発疹が広がる。
「えっ⁈」
 ダメだ、眩暈。
 倒れる直前、エレベーターが開いた。
「ちょ、どうし……ミホリ!」
「お姉ちゃん!」
「は、離れて離れて! 大丈夫⁈」
 妻が駆け寄って来て、傍に膝間づいた。発作が悪化しないよう、僕の身体には触れない。
「だ、いじょ……ぅぷ」
「部屋に! あんたはそこにいて!」
 動揺する義妹を置いて、妻が僕を抱え家に入った。吐き気は消えたけど、発疹が引かない。
「ホントごめん! 叱ってくる」
「いい、気の毒」
「でも」
「夜も遅いし、泊まってもらって。同じ部屋は無理だけど」
「……わかった」
 招き入れられた義妹は泣いていた。妻は僕に了承を得て、僕の症状を説明してくれた。
「そういうことだから。今後彼に何かしたら、許せないから」
「……ホントに好きなんだ」
「じゃなきゃ結婚してない」
「私より大事?」
「そうだね、いまは」
「……」
「今日はもう遅いから泊まっていきな。でも彼とは距離を取ってね。発作出ちゃうから」
 義妹は青白い顔で頷いた。

 翌朝、義妹は実家へ帰って行った。
 聞き分けのいい子で良かった。と安心したのも束の間、また朝も早よから連打でピンポン。
 モニターを見たら、そこには男装をした義妹が立っていた。
『見た目が女の子じゃなきゃいいんでしょ?』
 ドヤァと笑う義妹。頭を抱える僕ら。
 もういっそ、このタイミングでアレルギーを克服すべき?
 と妻に言ってみたら、妻が初めて拗ねた顔を見せた。
「私以外のヒト、好きになったりしない?」
 あぁ、可愛い。こんな可愛い妻の一面が見れるなら、義妹の襲撃も悪くない。
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