日々の欠片

小海音かなた

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9/20『コトバのチカラ』

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 昼休み、会社近くの公園で飯を食う。
 いい天気だなと空を眺めていたら、一筋の雲が近づいてきた。龍神だ。
「お疲れ様」
『うむ、そっちもな。今日は何時に帰る』
「うーん、多分定時」
『18時ころか』
「うん。遅れるようなら声かけるよ」
『うむ。ではこちらもそのように都合をつける』
「うん、どうも」
 離れて行くにつれ大きくなる雲が、しゅるるーんと空を一回りし、パッと消えた。どこか違う地域に移動したのだろう。
「しゅごいねー!」
 驚いて声のほうを見ると、幼児が瞳を輝かせていた。
「……見た?」
「しゅごい、くもさんとおしゃべりできるのねー」
 見た目と声では性別も判断できないほどの幼児。だったら成長するにつれ記憶もおぼろげになるだろう……多分。
「誰にも、内緒、な」
 無駄だろうけど約束を提示してみる。
「ないしょ!」
 うん、声がでかい。
 迷子か聞こうとしたら、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おまえ、“たーちゃん”?」
「しょう! たーちゃんはたーちゃん」
 息を吸い、口の横に手を添え声を出す。
「たーちゃんのお母さーん! たーちゃんこっちっすー! 時計台の真下のベンチー!」
 遠くでまた声がする。すぐに向かいます、とのこと。
 子連れは大変だ。
「おまえの母さん……ママか? いまから来るって」
「ママ! ママ? あれ? ママは?」
「おまえが置いて来たんだろ。いま来るから待っとけ」
 まぁ、そんなん言ってもわかるはずない。
「ふえ」
 “いまから泣きます”準備をしたので、自分の口に人差し指を当て、【言の葉】を紡いだ。
『ナクナ、マテ』
 聴いた子供がピタリと止まる。
「あぁっ! たーちゃん!」
 子供用の椅子をつけた自転車に乗って、女性がやってきた。
「ほら、ママ来たぞ」
「……あっ! ママー!」
「たーちゃん!」
 自転車を停めて女性が走り寄る。
「ダメでしょ! ひとりで! あぶない!」
「だってクモしゃんがー」
「くも?」
 多分、龍神のことだ。
「動物の形に見えるって、追ってきたみたいです」
「そうなんですね! すみません!」
「いえいえ」
 母親は俺に礼を言って頭を下げ、子供をシートに乗せ帰って行った。変に疑われなくてよかった。
 安堵と同時に腹が鳴る。
 あぁ、チカラ使ったらハラ減った。さっき昼メシ食べちまったっての。
 言の葉は諸々消費するからあんまり使いたくないが、子供には“言い聞かせ”やすいからまだマシだ。

 俺の家に代々伝わる【言の葉】は、その名の通り言葉の力で相手を服従させる法術。
 紡いだ言葉が力を宿す【指】を通過すれば発動する。力を宿す指は術者によって手だったり足だったりするらしいが、最近は手の指が起動材になるヤツしか生まれてこない。足の指は使いにくいから、遺伝子的に淘汰されていったのだろう。
 そして、その力は男にしか宿らない。
 体力を激しく消耗するから女性には過重で、生命を脅かす危険があるからだろうと推測している。
 そんな言の葉を悪事に使わないよう見張っているのが、これまた家に代々伝わる【龍神】だ。
 龍神は言の葉を与える力を持っていて、うちの先祖が龍神を助けた時に、礼として渡されたのが我が家系のルーツだと聞いている。
 龍神は見張るのに飽きたのか現代に染まったのか、あまり【見張ってこない】。かなりの放任主義だ。
 見張りとは別に仕事をしているらしいが、それがなんなのかは知らない。
 その龍神が珍しくワクワクした面持ちで帰ってきた。
『おい聞いてくれ。つい先刻、ワシの姿が見えるおなごと喋ったぞ』
「え、随分霊感強いね、その人」
『そうなのだ。繁華街の上空を飛んでいたら、やたらと声をかけてきてな。どうやらこの土地でワシを見るのが珍しかったらしい』
「だろうね。普通、海とか山にいるもんね、龍神」
『うむ。聞けば全国の神社仏閣へ赴き神仏や眷属なんかと会話をして、神仏を研究しているとか』
「へぇ~、そんな人いるんだ」
 ちょっと興味が湧いてきた。
『お前のことを話したら、興味深く聞いていたぞ』
「でしょうね……はい?」
『で、連絡先を聞いてきたから』
「ちょっと待て、なんで勝手に」
『旨そうな魂の色だったから』
「おいー」
『お前だって同じ境遇の友人が欲しいと嘆いていただろう』
「ガキの頃ね⁈ いまは別にもういいんだって」
 これな、と龍神から渡されたメモ用紙には、氏名とSNSのIDが……って待ってこれ、職場の後輩なんだけど。
 えぇー。俺が視える体質なの、身内以外知らないんだけどなー。
 頭を抱える俺を期待に満ちた目で覗き込む龍神。
 いやいや、自分からは絶対言わない。言わないよ。と決めていたのに、こっそり着いてきた龍神が見つかって結局芋づる式にバレるんだけど、それはまた別の話。
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