日々の欠片

小海音かなた

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9/30『竜語⇔人語』

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 言葉の壁がなくなった。先日発表された高性能翻訳機のお陰だ。けれど私の仕事はなくならなかった。竜王の計らいだった。
『生きた人間の言葉でないと、“感情”があまりわからなくてな』
 冗談で言ったつもりのことを言葉通りに捉えてしまい、揉め事に発展するかもしれない。そういう理由があるという。
 真面目な性格のヒトが多い竜族ならではの理由だなと思った。

『翻訳の仕事はどうだ?』
『まだまだ勉強中ですが、楽しいです』
『そうか。お前が竜なら、坊の妃として迎えるのだがなぁ』
『めっそうもないです。たとえ私が竜族であったとしても、そのような光栄な立場』
 驚く私を見て、王が笑った。ご冗談がお好きなようで。
『わーかば、お待たせぇ』
『王子。待ってないですよ』
『まーた敬語』
『勝手知ったる仲なのになぁ』
『お二方がよろしくても、いい顔をしない方々もいらっしゃるのですよ』
『そうだぞ坊、親しき仲にも礼儀あり、だ』
『王はどちらの味方なんですかー』
『どちらも』
 王が笑って、王子はふくれた。

 敬語しか使わないのは、くだけた竜族語がまだ使えないって理由もあるんだけど、やっぱり世間体などもあるのである。
 一般の、しかも人間が次期竜王と親しくするのを、良しとしないヒトもいるわけで……。お二方には言わないけれど、実際嫌味を言われたこともある。人間、竜族、どちらにも。特に私は気にしてないけども。
 あとはまぁ、個人的には同族のヒトと結婚したいし、王子はやっぱり、ピィピィ鳴いてた子竜の頃のイメージが強いんだよなー。

 王子がまだ竜語も拙い子竜の頃、私たちは出会った。迷子になっていた王子を助けたのがキッカケで、それ以来、私が通訳になる前は王子がお忍びでうちに遊びに来たりしていた。
 竜語を覚えろとせがむ坊ちゃんにほだされて竜語を覚え、試験を受けて、晴れて翻訳家になったのだ。
 いまでは竜族と人間とで行われる会談やなんやらに同席して通訳している。竜族にも王家専属の通訳がいるのだけど、規模が小さい会談や狭い会場の時はスペースの都合上入れないこともあるので、私が呼ばれることが多い。
 王家のお仕事なだけに報酬はいいけど、コンスタントに仕事があるわけではないので本の翻訳もするようになった。
 人間族の漫画だったり小説だったり、竜族の本だったりを出版社の依頼で翻訳する。直訳するだけじゃなくて、物語が不自然にならないように文章を考える必要もあってなかなかやり甲斐がある。毎日が勉強って感じだけど、それも楽しい。
 あの時、迷子だった子供の竜を助けてなかったらこんな未来はなかったよなぁ、と思うと、なんだか感慨深い。

 王子はいま、竜王になるための帝王学なんかを習い始めているみたい。難しいし大変だけどやりがいがあるって喜んでた。
 一緒だねってふたりで笑って、ふたりで更に勉強に励むのだった。
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