日々の欠片

小海音かなた

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11/10『混ざって絡んで飛ばされて』

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 とばされた。

 目が覚めて真っ先に思い出した憎い顔。
 どうやら魔法大会の詠唱戦で俺とヤツの魔法が混ざり合い、異世界転移の魔法が発動したようだ。
 巻き添えを喰らった人はいないようでホッと一息。巻き込み事故なんて起こしてた日には、戻れても戻りたくないレベルの補償対応が待っている。
 今回のコレは、ヤツに責任問題が課せられるのだろうか。無事戻れたら保険が下りるか確認しないと……。
 幸い装備は元のまま。魔法発動用のシンボルも持ってる。さてあとは、地脈に魔力が流れてるかどうか……。
 一番消費が少ない“照明”の魔法を唱えてみる。かなり暗いけどかろうじて光ってる。微弱だけど魔力が通った土地のようだ。
 変に自力で足掻くより、元の世界からの救助隊を待つ方が賢いか。
 魔力がある土地の国なら恐らく発動するはず……。
 詳細表示魔法を詠唱して周囲の情報を映し出した。
 ここは近隣の集落から離れた森の中らしい。どおりで誰もいないはずだ。
 移民の受け入れに寛容な国のようだし、助けが来るまではしばらく紛れるか……。

 住み込みバイトを見つけ、働きつつ救護を待つがなかなか来ない。転移網の端に位置している世界で探査が行き届かないのかもしれない。幸い近隣国との争いなどもない平和な国だから、さしたる不満もない……いや、一点だけある。
 とかくこの世界には甘味が足らない。どうも甘味料を作る風習がないようだ。
 どれもこれも辛いか塩っぱいか苦いか酸っぱいかで、正直萎える。
 甘党といえるほどではないが、疲れた時には欲しくなる。
 気になったら食いたくなってきた。ドーナツ、クレープ、ショートケーキ。この国にも似たやつあるけど全部おかず系。甘いの食べたい。甘味料ってどうやって作るんだろう。
 夜に一人、部屋の中で自国の図書館にアクセスしてみる。おぉ通じた。早速甘味料に関しての資料を読む。
 やっぱり甘みを有した植物を加工して抽出するのが一般的な製法らしい。さすがにこの国にない植物を生成するわけにはいかないけど、明日仕事の休憩中に図書館へ行って、植物図鑑を調べよう。使える植物あるといいなぁ。
 とかやってる内に魔力を感知して迎えに来てくれたけど、甘味料の開発が終わるまで帰還を待ってもらうことにした。

「大将」
「うん?」
「試作したいものがあるんですけど、今日のまかない、俺が作ってもいいですか?」
「あぁいいよ。助かる」
「ありがとうございます」
 バイト先の小洒落た居酒屋の厨房を借りて、自国の“おふくろの味”代表である【肉じゃが】を作る。
 食文化が自国と似ているこの国でも似たような料理があるけど、甘さがまったくない。不味くはないが物足りない。ので、自分で精製した砂糖を使って自国風の味付けにした。
 甘み文化がないこの国の人たちに、受け入れてもらえるだろうか……。
 なんて心配は杞憂に終わった。
「なんだこれ、うめぇ!」
「え、すんごい沁みる。疲れが取れるみたい」
「良かったー」
 そうそうこの味。あぁ、久しぶりに自国に帰りたくなった。
「これどうやって作った? こんな味の調味料なんてあったか?」
「甘味料を作って使ったんです。我ながらうまいことできました」
「カンミって……“アマミ”のことか?」
「そうですそうです。なんだ、この国にもあるんですね」
「“あった”んだよ。ただベタベタして口の中が気持ち悪くなるだけだから廃れた、と云われてる」
「へぇ。調理法が合ってなかったのかもですね」
「そうだな。……この料理のレシピとカンミ料の作り方を教えてくれないか。報酬ははずむ」
「あぁ、いいですよ報酬なんて。差し上げます」
「しかし……」
「俺、そろそろ自国に帰らないとなので、置き土産に」
「そうか」
「急にすみません、一人いなくなってしまいますが……」
「それは仕方がないよ、気にせず帰国してくれ」
「ありがとうございます」

 退職し、別れの朝。世話になった人たちに挨拶をして、国の敷地内を出た。飛ばされて最初に降りた森へ行くと、連絡を受けた救護隊が待機してくれていた。
「すみません、この国にない調味料の知識を置いてきました」
「砂糖だろ? ここの国にはキミが伝えるという歴史だったから、大丈夫だよ」
「え? そんなことあります?」
「そういう“運命だった”ということだね」
「じゃあとばされたのも……?」
「あれは事故。周囲への影響もなかったし、相手の刑罰もないよ。ただ慰謝料は発生するけどね」
「???」
「時空の女神も、厳しいだけじゃないってことだよ」
「はぁ……」
 なんだかよくわからないけど、全てが丸く収まったようだ。
 自国へ帰って遅れた分の勉強をしつつ、料理の研究を始めた。
 大将たちも砂糖を駆使した料理を開発しているだろうなと、少し懐かしく思った。
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