日々の欠片

小海音かなた

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12/1『特別な部屋で待ち合わせ』

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 机上でスマホが鳴って震えた。映画館の指定席券が彼から送られて来た通知だった。
 明日の待ち合わせは映画館の中。一般席とは違う、隔離されたプレミアムルームの空間だ。
 私たちが一緒にいるところは誰にも見られてはいけない。でもどうしても一緒に観たい映画があるって、彼が誘ってくれた。なるべく人目につかない、個室のある映画館を選んだって。
 上映の1時間前からウェイティングルームの利用が可能らしく、少し早めに集まってデートすることにした。

 先に到着して受付を済ませ、ウェイティングルームへ入る。
「おぉ……」
 ちょっと豪華なカラオケルームみたい。
 ソファに座って彼を待っていると、帽子を目深に被り、マスクで顔半分隠れてる【怪しい人】が左手を挙げながら入室してきた。「おぅ」
「ん。ご飯は?」
「これの前メシ食う仕事だったから大丈夫。そっちは?」
「来る前に食べてきた」
「じゃあいっか」
「うん」
 マスクを外した顔を見たら、おそらく大多数の人が名前を言える彼は、とあるアイドルグループに属している。
「そんじゃまぁ、とりあえず……」
 ウエルカムドリンクを注ぎ、彼の音頭で乾杯した。
「あなた弱いんだから、そのくらいにしときなさい」
 シャンパングラスの半分ほど飲んだところで、彼に止められる。
「はぁい」
「追加オーダーもできるんだ。至れり尽くせりだね」
 テーブル脇に置いてあったメニュー表を細目で見る彼。
「コンタクトは?」
「今日はいっかなって。映画みるときは眼鏡するし」
「疲れるよね、コンタクト」
「そうなのよ。必要ないときはつけたくない」
「わかる。あ、夜は? 仕事?」
「休み。午前中で全部終わった。明日は午後から」
「じゃあ夕飯一緒に食べれるかな?」
「うん。うち来なよ。久々に料理したい」
「え、嬉しい。食べたい。手伝う」
「子供じゃないんだからいいよ」
「邪魔か」
「うん」
「ねぇー」
「冗談でしょ?」
 ふくれる私に笑いかける彼。そういうときばっかりアイドルの顔しやがって、と思うけど、可愛いから許す。
 付き合って半年。デートできた回数は数えるほどだけど、もうすでに老夫婦っぽい私たちの出会いは、とある対談記事のインタビュー。私が書く小説を彼が好きだと言ってくれたのがキッカケだ。
「つーか、あなたも変装くらいしなさいよ」
「私あなたほど顔出てないし」
「コアな人は覚えてるもんよ?」
「そうか。気をつける」
「うん。というわけで、これ。あげる」
「え、ありがとう」
 渡された袋を開封していたら、彼が説明してくれた。
「仕事で伏見稲荷行ったとき見つけてさ。好きかなと思って」
「なにこれ可愛い……!」
 狐面が刺繍されたキャップをいそいそと被る。
「どう?」
「ふはっ。似合う似合う」
「笑ったじゃん」
「顔ふたつあんだもん」
「目立たない?」
「目立つ。狐に目が行く」
「……ならいいか」
「まぁご自由にどうぞ」
 変装用に、というのはただの理由付けで、本当に気に入ると思って買ってきてくれたんだろうな。
 会えていなかった間の報告をしつつ、解放された鑑賞室へ入る。そうして、彼が見たいと言っていたアクション映画を観た。

「あー、面白かった!」
「ね! あとで感想会しよう」
「うん」
「ここいいわ。またなんか観たいのあったら誘う」
「うん、ぜひ」
「どーする? 一緒帰る?」
「え、いいよ、大丈夫。写真撮られたら大変じゃん」
「そうなんだけど」
「家でお茶しようよ。なんか買ってく?」
「ワイン飲みたい気分」
「赤? 白?」
「どっちも」
「どっちも? じゃあワインは良さげなの探していくわ」
「うん。なんかツマミ作っとく」
「はーい、じゃああとで」
 さっきもらった狐面のキャップを被って先に個室を出た。そのまま最寄り駅まで行って彼の家に向かう。といっても同じマンション内で部屋を借りてるから、単純に帰宅ルートなんだけど。
 帰路途中にある小洒落たスーパーでワインをラベル買いしてたら、彼からメッセが届いた。

S{ごめん、チーズ買ってきて。〕
S{できればワインと同じ産地のやつ。〕
S{あとはお好みで。〕

 はいはい。と心の中で返事しながらメッセを返信。

〔了解。}よ
〔一応ワイン、これ。}よ

 かごに入れたワインのラベルを撮影して、画像を送信した。

S{お、いいじゃん。〕
S{こっちもうすぐ着くから、直で来て。〕

 タクシーでも使ったのか、あとから出た彼のほうが到着が早いようだ。
 はーいと返事しながら手を挙げている猫のスタンプを送って、スマホをバッグに入れた。
 ワインの原産地と同じ地名が書かれたラベルをチーズコーナーで探す。
 そうして買い物を済ませてスーパーを出た。人通りもまばらな午後3時。
 今日はまだまだ、これからだ。
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