日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
340 / 366

12/6『Sound Effect』

しおりを挟む
 “ピロン♪”とどこかで音が鳴る。
 耳元で鳴ったような、頭の中で聞こえたような朧気なその音を、最初のうちは気にしていなかった。誰かの電子機器が鳴ったのかな? くらいにしか思っていなかった。
 うっすら気になっていた、どこか聞き覚えのあるそれらの音が、どうやら自分にしか聞こえていないらしいと知ったのはつい最近のことだ。
「なんか最近めっちゃキョロキョロしてない? なに? 小動物なの?」
「いや……この音、どこからしてんだろうと思って探してる」
「音?」
「うん」テュル~ル~ル~♪「あ、ほら、これ」
 なにもない空を指さして言うけど、友人は不思議そうに口を尖らす。
「なにも聞こえないけど」
「えぇ?」
 耳を澄ましても今は聞こえない。でもさっきは確かに聞こえたんだ。
「おかしいなー」
「耳鳴りとか空耳なんじゃない?」
「いやー、もっと外部からハッキリ聞こえるんだけどー……あ、100円みっけ」
 チャリン♪
「あ、ほら」
「だから聞こえないっつーの。気になるならスマホでしばらく録音しときなよ」
「確かに」
 友人に提言されて実行してみたけど、確かに耳に聞こえていた音は、スマホに録音されていなかった。謎はますます深まる。
「空耳にしてはハッキリしてるんだよなー」
「耳鼻科行ってきな、耳鼻科」
「うーん……気が向いたら」
 そうやってはぐらかして先延ばしにしているからか、音は一向に消えない。
 気になりだしたら意識がそっちに向いてしまって、ついつい聞いてしまう。そうして気づいた。
 これ、子供の頃によくやってた『マジカルクエスト』の効果音だ。一定の世代なら誰もが知っている超有名RPGゲーム。その効果音が、自分が置かれた状況に見合った音として聞こえてくる。
 朝目覚めると宿屋に泊まったときの音が、金銭が増えるとコインを入手したときの音が、嫌な奴と遭遇するとモンスターと遭遇したときの音が……。
 様々なシチュエーションと聞こえる効果音がゲームとリンクしてることに気づきはしたが、ほぼ同時か現象が起こったすぐ後にしか聞こえず、その音を頼りに未来を予測できるようなことはなかった。
 だからただ聞こえるだけなんだって思ってた。
 別に気にしなければ生活に支障をきたすようなこともなく、慣れてしまえば気にならなく、むしろ当たり前になって、日常はすぐに戻ってきた。
 一向にレベルアップの音がしないは気になるけど……誕生日が来たら聞けるのだろうか。それとも、人間的に成長しないとダメなのだろうか。
 ほかになにか特徴的な効果音ってあったかなぁ、と気になって、クローゼットにしまい込んでいた携帯ゲーム機とソフトを引っ張りだして遊んでみる。
 テロレロレン♪
 いま聞こえたのは、なにか特別なアイテムを発見した音だ。
 当時は気にするでもなく聞いていた音。いまではそれが聞きたくてゲームをしている。なんだか不思議な感覚だ。しかも効果音と行動がリンクしている主人公に自分の状況を重ねてしまい、当時よりも没入感がすごい。
 明日は一限目から授業があるというのについつい思わず熱中してしまい、気づけば予定していた就寝時間を大幅に超えていた。

 テレレレン♪ テロレロレン♪
 宿屋に泊まり、体力を回復した音で目が覚めた。
 夜中までゲームをやっていたせいか、今日は朝からとても眠たい。家を出るのが遅れて、いつも乗っている電車に間に合わないかもしれず、ダッシュで駅へ向かう。
 テケテッテテテ♪ テケテッテッテ♪
 ゲーム中で主人公が走るときに鳴る音が聞こえる。目の前に昨日見ていた画面が映し出されているようだ。
 青信号が点滅しているけど……いいや、行っちゃえ、と道路を出た。
 デレレッ! デデッデデッ♪ デデッデデッ♪
 これは……敵に遭遇したときの音……?
 ひとけのない道を見渡すと、道の向こうから猛スピードでトラックが走ってくるのが見えた。運転手は眠っているのか気を失っているのか……ぐったりと椅子に身体を預けている。
 避けられるほどの距離はなく、スローモーションで流れる光景を見るしかできない。

 耳元で音が聞こえた。

 あ、これ、ゲームオーバーの……――
しおりを挟む

処理中です...