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ジャンの計画
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「今日も面白かったなあ」
侯爵家のジャン専用の研究室で新薬の実験をしながら、ジャンは独りごちた。
クラリスをめぐる四角関係は言わずもがな、これまでお互いに興味がないことを隠しもしなかったウィルとアリスの急接近も、野次馬気分で眺めている分には実に愉快な見せ物だった。
「まあ、僕としてはエラリーを応援したいところではあるけどね」
(クラリス嬢を見てる限りでは、三人ともいいお友達って感じだもんねー)
ジャンにとってはクラリスが三人のうちの誰を選んでも、あまり大差なかった。ジャンが気になるのはイメルダだけだったからだ。
(今回の事件で、イメルダ嬢が嫌なことを思い出して辛くなるんじゃないか心配だったけど)
イメルダを見ている限り、それは杞憂に終わりそうで、ジャンはホッとしていた。
メッシー伯爵令嬢の悪計によってイメルダが襲われたあの事件の後、ジャンはメッシー伯爵家はもちろんのこと、実行犯となった二人の男子生徒も特定し、完膚なきまでに叩き潰した。
それだけでなく、徹底的な緘口令を敷き、事件のことを少しでも吹聴しようとした者がいれば、「丁重にお願い」し、絶対に変な噂が広まらないようにした。こんな時、噂を流されて傷つくのは決まって被害者である女性側だ。ジャンにはそれが許せなかった。
(おかげであの事件のことを口にするお馬鹿さんはいなくなったけど)
あの事件以来、ジャンは身体を鍛えるのをやめ、できるだけ筋肉をつけず、細身の身体を維持するように努力した。短くしていた髪も敢えて伸ばして、女性的な柔らかい雰囲気になるようにした。
(あの時のイメルダ嬢は、少しでも男っぽい感じがすると、怖がって話もできない状態だったから)
イメルダの側にいられるなら何でもする。
ジャンはイメルダに初めて会ったあの日からそう決めていた。
初めて会ったのは、十三歳になる貴族の子女が全員参加する、王宮主催のパーティーの時だった。
幼い頃から科学好きで研究にしか興味のなかったジャンは、今とは違い、長い前髪で顔を隠し、見た目に全く気を遣わずに、パーティーに参加していた。参加の目的は、貴族の令嬢達が使っている流行りの化粧品を調査することだった。
だが、冴えない見た目のジャンが話しかけても、令嬢達は鼻で笑って相手にしなかった。
何度も無視されて、いい加減諦めて帰ろうとしたジャンの前に現れたのがイメルダだった。
イメルダは、得意の語学を生かして、他国からの留学生をにこやかに案内していた。そんなイメルダの姿に、ジャンは引き寄せられるように声をかけた。
「あの、使っている化粧品のことを聞かせていただけませんか?」
突然声をかけられ、イメルダは驚いた顔を見せたが、すぐに小さく微笑むと、困った様子で眉を下げながら答えた。
「ごめんなさい、侍女達にお任せしてるので、私は化粧品のことはあまりわからないのです」
「では、このミモザの香りは香水ですか?」
「まあ、ミモザの香りがしますか?」
イメルダは目を見開くと、自分の手首に顔を寄せた。
「自宅のお庭に咲いているミモザのお花をつんで、メイド達と香水ごっこをして遊んでいたんです。私、ミモザの香りが大好きなんです」
そう言って少し恥ずかしそうに俯くイメルダから、ジャンは目を離せなかった。
それ以来、ジャンはイメルダに好かれるよう、見た目に気を遣い、社交的な振る舞いを身につけるよう努力した。
だが、近づいて来るのは、あのパーティーの時にジャンを無視した令嬢達ばかりで、肝心のイメルダとの距離は全く縮まらなかった。
そんな時、中等部の最終学年で初めて同じクラスになれて、ジャンは有頂天になり、迷わずイメルダの側にいようとしたのだった。だが、その振る舞いがイメルダを傷つける結果になってしまい、ジャンは自分で自分が許せなかった。
(それなのに、イメルダ嬢を諦めることができない。僕は本当におかしいんだろうな)
イメルダに近づこうとする男はもちろん、婚約の打診やお見合いなども、全てドットールー侯爵家の力を使って握りつぶしてきた。
(努力の甲斐あって、今ではイメルダ嬢に近づく男は一人もいないけど)
肝心のイメルダは、ジャンが隣にいることを許してくれてはいるが、常に一線を引くことを忘れていなかった。
(これだけ好意を見せていても、まだ届かないのかな)
イメルダに嫌われてはいないと思う。だが、男として好かれているかといえば、正直自信がなかった。
(でも。諦めることはできない。ずっと側にいたいんだ)
そのためにできること。
ジャンは次の一手を打つべく、その頭脳をフル回転させた。
侯爵家のジャン専用の研究室で新薬の実験をしながら、ジャンは独りごちた。
クラリスをめぐる四角関係は言わずもがな、これまでお互いに興味がないことを隠しもしなかったウィルとアリスの急接近も、野次馬気分で眺めている分には実に愉快な見せ物だった。
「まあ、僕としてはエラリーを応援したいところではあるけどね」
(クラリス嬢を見てる限りでは、三人ともいいお友達って感じだもんねー)
ジャンにとってはクラリスが三人のうちの誰を選んでも、あまり大差なかった。ジャンが気になるのはイメルダだけだったからだ。
(今回の事件で、イメルダ嬢が嫌なことを思い出して辛くなるんじゃないか心配だったけど)
イメルダを見ている限り、それは杞憂に終わりそうで、ジャンはホッとしていた。
メッシー伯爵令嬢の悪計によってイメルダが襲われたあの事件の後、ジャンはメッシー伯爵家はもちろんのこと、実行犯となった二人の男子生徒も特定し、完膚なきまでに叩き潰した。
それだけでなく、徹底的な緘口令を敷き、事件のことを少しでも吹聴しようとした者がいれば、「丁重にお願い」し、絶対に変な噂が広まらないようにした。こんな時、噂を流されて傷つくのは決まって被害者である女性側だ。ジャンにはそれが許せなかった。
(おかげであの事件のことを口にするお馬鹿さんはいなくなったけど)
あの事件以来、ジャンは身体を鍛えるのをやめ、できるだけ筋肉をつけず、細身の身体を維持するように努力した。短くしていた髪も敢えて伸ばして、女性的な柔らかい雰囲気になるようにした。
(あの時のイメルダ嬢は、少しでも男っぽい感じがすると、怖がって話もできない状態だったから)
イメルダの側にいられるなら何でもする。
ジャンはイメルダに初めて会ったあの日からそう決めていた。
初めて会ったのは、十三歳になる貴族の子女が全員参加する、王宮主催のパーティーの時だった。
幼い頃から科学好きで研究にしか興味のなかったジャンは、今とは違い、長い前髪で顔を隠し、見た目に全く気を遣わずに、パーティーに参加していた。参加の目的は、貴族の令嬢達が使っている流行りの化粧品を調査することだった。
だが、冴えない見た目のジャンが話しかけても、令嬢達は鼻で笑って相手にしなかった。
何度も無視されて、いい加減諦めて帰ろうとしたジャンの前に現れたのがイメルダだった。
イメルダは、得意の語学を生かして、他国からの留学生をにこやかに案内していた。そんなイメルダの姿に、ジャンは引き寄せられるように声をかけた。
「あの、使っている化粧品のことを聞かせていただけませんか?」
突然声をかけられ、イメルダは驚いた顔を見せたが、すぐに小さく微笑むと、困った様子で眉を下げながら答えた。
「ごめんなさい、侍女達にお任せしてるので、私は化粧品のことはあまりわからないのです」
「では、このミモザの香りは香水ですか?」
「まあ、ミモザの香りがしますか?」
イメルダは目を見開くと、自分の手首に顔を寄せた。
「自宅のお庭に咲いているミモザのお花をつんで、メイド達と香水ごっこをして遊んでいたんです。私、ミモザの香りが大好きなんです」
そう言って少し恥ずかしそうに俯くイメルダから、ジャンは目を離せなかった。
それ以来、ジャンはイメルダに好かれるよう、見た目に気を遣い、社交的な振る舞いを身につけるよう努力した。
だが、近づいて来るのは、あのパーティーの時にジャンを無視した令嬢達ばかりで、肝心のイメルダとの距離は全く縮まらなかった。
そんな時、中等部の最終学年で初めて同じクラスになれて、ジャンは有頂天になり、迷わずイメルダの側にいようとしたのだった。だが、その振る舞いがイメルダを傷つける結果になってしまい、ジャンは自分で自分が許せなかった。
(それなのに、イメルダ嬢を諦めることができない。僕は本当におかしいんだろうな)
イメルダに近づこうとする男はもちろん、婚約の打診やお見合いなども、全てドットールー侯爵家の力を使って握りつぶしてきた。
(努力の甲斐あって、今ではイメルダ嬢に近づく男は一人もいないけど)
肝心のイメルダは、ジャンが隣にいることを許してくれてはいるが、常に一線を引くことを忘れていなかった。
(これだけ好意を見せていても、まだ届かないのかな)
イメルダに嫌われてはいないと思う。だが、男として好かれているかといえば、正直自信がなかった。
(でも。諦めることはできない。ずっと側にいたいんだ)
そのためにできること。
ジャンは次の一手を打つべく、その頭脳をフル回転させた。
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