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波乱は続くよ、どこまでも

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「大公閣下、ディミトリ公世子殿下。この度は我がカリーラン王国貴族が貴国に大変ご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫びを申し上げます」


 絶望したアーゴク侯爵夫妻がシビアに連れられて退出した後、ウィルとアンソニーは大公とディミトリに深々と頭を下げた。

「ウィリアム王子、頭を上げてくれ」

「今回の件にはアーゴク侯爵夫妻の関与も大きいのだから、こちら側にも非がある」

 ブートレット大公からもディミトリからも王国を責める言葉はなかった。ウィルは、これまで友好関係を築いてきた先祖達に内心で感謝しつつ、顔を上げた。

「ありがとうございます」

「それで、これからどうする?」

 大公がウィルに問う。

「真相がわかりましたので、急ぎ王国に戻ろうと思います。明日の朝には出立いたします」

「うむ。そうであろうな」

「アーゴク侯爵夫妻はもう少し生かしておくから、何か新しい情報がわかれば早馬を出すよ」

「ディミトリ、ありがとう。協力に感謝するよ」 

「言っただろう。お互い様さ」

 ディミトリとウィルは微笑みあった。

「名残惜しいが、今は事件の解決が先だな。今晩は我らと夕食を共にしてくれ」

「身に余る光栄です。ブートレット大公の寛大なお心に感謝申し上げます」

 ウィルとアンソニーは再び頭を下げた。




 大公の言葉通り、ウィルとアンソニーは、ブートレット大公家の夕食の席に招かれていた。


 周囲を海に囲まれたブートレット公国では、新鮮な海産物が有名で、目の前には美味しそうな魚介類が並んでいた。

 美味しい料理とワインに舌鼓を打つ二人だったが、一つだけ気になることがあった。

 ディミトリの妹で、公女であるエリザベスがウィルに向ける視線だ。

 エリザベスはウィルよりも二つ年下で、公国に来た際には必ず顔を合わせてはいたが、兄と違って勉強嫌いらしく、ウィルにとっては話していて楽しい相手ではなかった。
 だが、エリザベスの方は美しいウィルに憧れているらしく、何かと擦り寄ってきては気を引こうと必死だった。



「ウィリアム、婚約者へのお土産はもう買ったのかい?」

 妹の気持ちを知っているディミトリが、遠回しに、妹に諦めるように言う。

「いえ、ま……」

 ウィルが答えようとしている所に、エリザベスが被せてくる。

「婚約者といっても、ただのお飾りなんですよね?ウィリアム様が何の興味もない方のためにわざわざお土産など」

「エリザベス、はしたないですわよ」

 大公妃が嗜めるが、エリザベスは聞く耳をもたない。

「お相手の公爵令嬢は、ニコリともしない冷たい方だと聞きましたわ。そんな方より私の方がよほどウィリアム様にふさわしいですわ」

「エリザベス、やめないか」

 急速に周囲の温度を低下させていくウィルの氷の笑顔に、大公が焦ったように咎めるが、エリザベスには届かない。

「コホン。畏れながら、エリザベス公女殿下。我が国の王太子は王太子妃になられるご令嬢をとても大切にされています」

 隣から流れてくる冷気に咳払いを一つして、アンソニーがエリザベスに控え目に反論した。

「まあ、アンソニーったら、どうしてそんな意地悪を言うの?リズ、悲しい」

 エリザベスが泣き真似をすると、周囲からは呆れたため息が漏れた。

「エリザベス、お前はもう十七歳の立派な淑女だ。そのような子供っぽい真似はいい加減止めろ」

 ディミトリが心底呆れた声で言うと、エリザベスは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「お兄様もみんなも意地悪よ!私、具合が悪いのでこれで失礼しますわ!」
 
 食事の途中にも関わらず、エリザベスは席を立って、ウィルをちらちら見ながら退出した。



「はああ。ウィリアム、アンソニー、すまなかった」

 ディミトリがげっそりとした様子で謝罪した。

「わしからも詫びよう。すまなかった」

「本当に失礼なことを……申し訳ございません」

 大公夫妻も口々に謝罪する。

「お詫びなど。私は気にしていませんから」

 エリザベスがいなくなったことで、通常運転に戻ったウィルがキラキラスマイルで答えた。

「ウィリアム王子には幼い頃から婚約者がいるからと、何度も言い聞かせているんだが……」

 大公が父親の顔で頭を抱えた。

「そうですね、公女殿下に慕われるのは大変光栄ですが、私には、王国で私の帰りを待っている大事な婚約者がおりますので」

 アリスのことを思い出したウィルが本物の笑顔で爽やかに言い切った。




「せっかくの美味しい食事が台無しでしたね」

 夕食を終え、客室に戻ったウィルとアンソニーは、ふうとため息をつく。

「ああ、全くだ」

「大公家の方々は皆さま常識的な方ばかりなのに、どうして公女殿下だけあのような(残念な仕上がりに)……」

「公女は生まれてすぐに大病を患って死線を彷徨ったからな。それで家族も周囲の人間も甘やかしてしまったようだな。ディミトリが珍しく愚痴っていたよ」

「大公ご夫妻も困っていらっしゃいましたね」

「あれでも可愛い娘なんだろう。幼い頃にアリス嬢と婚約させておいてくれた父上に感謝するよ」

 もし今自分に婚約者がいなかったら、アレが婚約者になっていたかもしれないと思うと、父である国王の慧眼に感謝しかないウィルだった。
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