63 / 139
波乱は続くよ、どこまでも
しおりを挟む
「大公閣下、ディミトリ公世子殿下。この度は我がカリーラン王国貴族が貴国に大変ご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫びを申し上げます」
絶望したアーゴク侯爵夫妻がシビアに連れられて退出した後、ウィルとアンソニーは大公とディミトリに深々と頭を下げた。
「ウィリアム王子、頭を上げてくれ」
「今回の件にはアーゴク侯爵夫妻の関与も大きいのだから、こちら側にも非がある」
ブートレット大公からもディミトリからも王国を責める言葉はなかった。ウィルは、これまで友好関係を築いてきた先祖達に内心で感謝しつつ、顔を上げた。
「ありがとうございます」
「それで、これからどうする?」
大公がウィルに問う。
「真相がわかりましたので、急ぎ王国に戻ろうと思います。明日の朝には出立いたします」
「うむ。そうであろうな」
「アーゴク侯爵夫妻はもう少し生かしておくから、何か新しい情報がわかれば早馬を出すよ」
「ディミトリ、ありがとう。協力に感謝するよ」
「言っただろう。お互い様さ」
ディミトリとウィルは微笑みあった。
「名残惜しいが、今は事件の解決が先だな。今晩は我らと夕食を共にしてくれ」
「身に余る光栄です。ブートレット大公の寛大なお心に感謝申し上げます」
ウィルとアンソニーは再び頭を下げた。
大公の言葉通り、ウィルとアンソニーは、ブートレット大公家の夕食の席に招かれていた。
周囲を海に囲まれたブートレット公国では、新鮮な海産物が有名で、目の前には美味しそうな魚介類が並んでいた。
美味しい料理とワインに舌鼓を打つ二人だったが、一つだけ気になることがあった。
ディミトリの妹で、公女であるエリザベスがウィルに向ける視線だ。
エリザベスはウィルよりも二つ年下で、公国に来た際には必ず顔を合わせてはいたが、兄と違って勉強嫌いらしく、ウィルにとっては話していて楽しい相手ではなかった。
だが、エリザベスの方は美しいウィルに憧れているらしく、何かと擦り寄ってきては気を引こうと必死だった。
「ウィリアム、婚約者へのお土産はもう買ったのかい?」
妹の気持ちを知っているディミトリが、遠回しに、妹に諦めるように言う。
「いえ、ま……」
ウィルが答えようとしている所に、エリザベスが被せてくる。
「婚約者といっても、ただのお飾りなんですよね?ウィリアム様が何の興味もない方のためにわざわざお土産など」
「エリザベス、はしたないですわよ」
大公妃が嗜めるが、エリザベスは聞く耳をもたない。
「お相手の公爵令嬢は、ニコリともしない冷たい方だと聞きましたわ。そんな方より私の方がよほどウィリアム様にふさわしいですわ」
「エリザベス、やめないか」
急速に周囲の温度を低下させていくウィルの氷の笑顔に、大公が焦ったように咎めるが、エリザベスには届かない。
「コホン。畏れながら、エリザベス公女殿下。我が国の王太子は王太子妃になられるご令嬢をとても大切にされています」
隣から流れてくる冷気に咳払いを一つして、アンソニーがエリザベスに控え目に反論した。
「まあ、アンソニーったら、どうしてそんな意地悪を言うの?リズ、悲しい」
エリザベスが泣き真似をすると、周囲からは呆れたため息が漏れた。
「エリザベス、お前はもう十七歳の立派な淑女だ。そのような子供っぽい真似はいい加減止めろ」
ディミトリが心底呆れた声で言うと、エリザベスは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「お兄様もみんなも意地悪よ!私、具合が悪いのでこれで失礼しますわ!」
食事の途中にも関わらず、エリザベスは席を立って、ウィルをちらちら見ながら退出した。
「はああ。ウィリアム、アンソニー、すまなかった」
ディミトリがげっそりとした様子で謝罪した。
「わしからも詫びよう。すまなかった」
「本当に失礼なことを……申し訳ございません」
大公夫妻も口々に謝罪する。
「お詫びなど。私は気にしていませんから」
エリザベスがいなくなったことで、通常運転に戻ったウィルがキラキラスマイルで答えた。
「ウィリアム王子には幼い頃から婚約者がいるからと、何度も言い聞かせているんだが……」
大公が父親の顔で頭を抱えた。
「そうですね、公女殿下に慕われるのは大変光栄ですが、私には、王国で私の帰りを待っている大事な婚約者がおりますので」
アリスのことを思い出したウィルが本物の笑顔で爽やかに言い切った。
「せっかくの美味しい食事が台無しでしたね」
夕食を終え、客室に戻ったウィルとアンソニーは、ふうとため息をつく。
「ああ、全くだ」
「大公家の方々は皆さま常識的な方ばかりなのに、どうして公女殿下だけあのような(残念な仕上がりに)……」
「公女は生まれてすぐに大病を患って死線を彷徨ったからな。それで家族も周囲の人間も甘やかしてしまったようだな。ディミトリが珍しく愚痴っていたよ」
「大公ご夫妻も困っていらっしゃいましたね」
「あれでも可愛い娘なんだろう。幼い頃にアリス嬢と婚約させておいてくれた父上に感謝するよ」
もし今自分に婚約者がいなかったら、アレが婚約者になっていたかもしれないと思うと、父である国王の慧眼に感謝しかないウィルだった。
絶望したアーゴク侯爵夫妻がシビアに連れられて退出した後、ウィルとアンソニーは大公とディミトリに深々と頭を下げた。
「ウィリアム王子、頭を上げてくれ」
「今回の件にはアーゴク侯爵夫妻の関与も大きいのだから、こちら側にも非がある」
ブートレット大公からもディミトリからも王国を責める言葉はなかった。ウィルは、これまで友好関係を築いてきた先祖達に内心で感謝しつつ、顔を上げた。
「ありがとうございます」
「それで、これからどうする?」
大公がウィルに問う。
「真相がわかりましたので、急ぎ王国に戻ろうと思います。明日の朝には出立いたします」
「うむ。そうであろうな」
「アーゴク侯爵夫妻はもう少し生かしておくから、何か新しい情報がわかれば早馬を出すよ」
「ディミトリ、ありがとう。協力に感謝するよ」
「言っただろう。お互い様さ」
ディミトリとウィルは微笑みあった。
「名残惜しいが、今は事件の解決が先だな。今晩は我らと夕食を共にしてくれ」
「身に余る光栄です。ブートレット大公の寛大なお心に感謝申し上げます」
ウィルとアンソニーは再び頭を下げた。
大公の言葉通り、ウィルとアンソニーは、ブートレット大公家の夕食の席に招かれていた。
周囲を海に囲まれたブートレット公国では、新鮮な海産物が有名で、目の前には美味しそうな魚介類が並んでいた。
美味しい料理とワインに舌鼓を打つ二人だったが、一つだけ気になることがあった。
ディミトリの妹で、公女であるエリザベスがウィルに向ける視線だ。
エリザベスはウィルよりも二つ年下で、公国に来た際には必ず顔を合わせてはいたが、兄と違って勉強嫌いらしく、ウィルにとっては話していて楽しい相手ではなかった。
だが、エリザベスの方は美しいウィルに憧れているらしく、何かと擦り寄ってきては気を引こうと必死だった。
「ウィリアム、婚約者へのお土産はもう買ったのかい?」
妹の気持ちを知っているディミトリが、遠回しに、妹に諦めるように言う。
「いえ、ま……」
ウィルが答えようとしている所に、エリザベスが被せてくる。
「婚約者といっても、ただのお飾りなんですよね?ウィリアム様が何の興味もない方のためにわざわざお土産など」
「エリザベス、はしたないですわよ」
大公妃が嗜めるが、エリザベスは聞く耳をもたない。
「お相手の公爵令嬢は、ニコリともしない冷たい方だと聞きましたわ。そんな方より私の方がよほどウィリアム様にふさわしいですわ」
「エリザベス、やめないか」
急速に周囲の温度を低下させていくウィルの氷の笑顔に、大公が焦ったように咎めるが、エリザベスには届かない。
「コホン。畏れながら、エリザベス公女殿下。我が国の王太子は王太子妃になられるご令嬢をとても大切にされています」
隣から流れてくる冷気に咳払いを一つして、アンソニーがエリザベスに控え目に反論した。
「まあ、アンソニーったら、どうしてそんな意地悪を言うの?リズ、悲しい」
エリザベスが泣き真似をすると、周囲からは呆れたため息が漏れた。
「エリザベス、お前はもう十七歳の立派な淑女だ。そのような子供っぽい真似はいい加減止めろ」
ディミトリが心底呆れた声で言うと、エリザベスは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「お兄様もみんなも意地悪よ!私、具合が悪いのでこれで失礼しますわ!」
食事の途中にも関わらず、エリザベスは席を立って、ウィルをちらちら見ながら退出した。
「はああ。ウィリアム、アンソニー、すまなかった」
ディミトリがげっそりとした様子で謝罪した。
「わしからも詫びよう。すまなかった」
「本当に失礼なことを……申し訳ございません」
大公夫妻も口々に謝罪する。
「お詫びなど。私は気にしていませんから」
エリザベスがいなくなったことで、通常運転に戻ったウィルがキラキラスマイルで答えた。
「ウィリアム王子には幼い頃から婚約者がいるからと、何度も言い聞かせているんだが……」
大公が父親の顔で頭を抱えた。
「そうですね、公女殿下に慕われるのは大変光栄ですが、私には、王国で私の帰りを待っている大事な婚約者がおりますので」
アリスのことを思い出したウィルが本物の笑顔で爽やかに言い切った。
「せっかくの美味しい食事が台無しでしたね」
夕食を終え、客室に戻ったウィルとアンソニーは、ふうとため息をつく。
「ああ、全くだ」
「大公家の方々は皆さま常識的な方ばかりなのに、どうして公女殿下だけあのような(残念な仕上がりに)……」
「公女は生まれてすぐに大病を患って死線を彷徨ったからな。それで家族も周囲の人間も甘やかしてしまったようだな。ディミトリが珍しく愚痴っていたよ」
「大公ご夫妻も困っていらっしゃいましたね」
「あれでも可愛い娘なんだろう。幼い頃にアリス嬢と婚約させておいてくれた父上に感謝するよ」
もし今自分に婚約者がいなかったら、アレが婚約者になっていたかもしれないと思うと、父である国王の慧眼に感謝しかないウィルだった。
0
あなたにおすすめの小説
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる