【完結】転生ヒロインと転生(?)悪役令嬢は逆ハーエンドを回避したい! 〜R18禁エンドはごめんです!〜

koromachi

文字の大きさ
71 / 139

決戦前夜(続々)

 物心ついた頃から、この家に流れる歪な空気が苦手だった。


 クロー伯爵家の嫡男として生まれたトマスは、一見母親に溺愛されて育っていた。だが、実際の子育ては乳母に丸投げされており、マチルダはトマスを可愛いと愛でるだけで、世話をしたことはなかった。

 それでも、乳母が愛情を持って育ててくれたおかげで、トマスは優しい少年に育っていた。

 だから、六つ下に妹が生まれた時は嬉しくて、たくさん可愛がろうとした。

 だが、母であるマチルダは、トマスがメーダに近づくのを喜ばなかった。トマスとメーダの乳母やメイド達に、二人を接触させないようにと命じ、トマスがメーダの側にいるのを見つけた時は、乳母やメイドが折檻された。

 ある時、母が自身の乳母をひどく打擲しているのを見たトマスは、乳母をかばい、母に声を上げた。

「やめてください、母上!どうしてこんなひどいことを!」

 マチルダはその場では悔しそうな顔をし、引き下がった。だが、翌日、乳母は姿を消した。


 それからも、母がメイドにきつく当たっている所に遭遇し、トマスが止めに入ると、母はその場では引くものの、後日、更にそのメイドにひどく当たるか、メイドが屋敷から姿を消すか、ということが続き、トマスは誰かを庇うことをやめた。

 代わりに父に訴えたが、父も母には何故か頭が上がらないようで、状況が大きく改善することはなかった。


 (メーダ、あいつも可哀想な奴だ。俺とは違い、乳母も何度も交替させられ、誰かと安定した関係を築くことができなかった)


 マチルダはトマスに向ける愛情の百分の一も、メーダには与えなかった。
 メーダが何か失敗すると、鬼の形相で怒り、泣いて謝ってもマチルダの気が済むまで許さなかった。

 一度だけ、あまりの折檻のひどさに、トマスは耐えられず、メーダを庇った。それからだった。マチルダがメーダを地下室に閉じ込めるようになったのは。

 (俺があの時、飛び出したりしなければ……あんな地下室に何度も閉じ込められることはなかったかもしれない……)

 生徒会長名の書簡が届いた時、トマスも一緒にそれを読んだ。

 (メーダ……なんてことだ…ここまで歪んでしまっていたなんて……)

 地下室に引き摺られていくメーダの泣き声を何食わぬ顔で聞きながら、トマスは自分を責めた。



「もう十分だ。これで終わりにしよう」



 両親と別れ、自室に戻ったトマスは独りごちた。


 ===========================


「おい、ドイル、お前に客だぞ。お偉い貴族様みたいだぞ。早く行ってこい」


 炭鉱でいつものように一心にツルハシを振るっていたドイルは、現場監督に声をかけられ、首をかしげながら、現場事務所へと向かった。



「お待たせしました。ドイルです」

 雑然とした現場事務所とは明らかに不釣り合いな、中性的な美しさを持った少年がそこにいた。

「やあ、元メッシー伯爵。久しぶりだね。遠慮しないで、ここに座ってよ」

 きらきら笑顔で挨拶すると、少年は向かいの椅子を薦めてきた。

「あ、あなたは、ドットールー侯爵令息様ですか……?」

「そうだよ。君をこんな所に押し込んだ張本人だよ」

 ジャンはにこにこしながら言うと、ドイルに座るように重ねて促した。

 だが、ドイルは入り口から動けないままだった。

「な、なぜ、今更こんな所に……」

「君に確認したいことがあってね。立ったままでは話しにくい。ドアを閉めて座ってくれないか」

 ジャンの笑顔にドイルは慌ててドアを閉め、恐る恐る向かいに座った。

「あまり時間がないんだ。君がブートレット公国の医師の息子だというのは本当かな?」

 ドイルは訳がわからないといった顔だったが、時間がないというジャンの言葉に切羽詰まったものを感じたのか、素直に答えた。

「はい。もとはヤーブ医院の息子で、平民でした」

「その君がどうして、カリーラン王国の伯爵に?」

「妻の……いえ、元妻のマリーネがそれを望んだからです」

「平民の君を、伯爵にと?」

「はい。私とマリーネは、マリーネが公国に物見遊山に来た時に出逢いました。いえ、正確には、馬車の窓から私を見かけたマリーネが一方的に私を欲しただけですが」

 ドイルは淡々と告げた。

「だが、平民の君が伯爵家に婿入りするのは簡単ではなかっただろう」

「私も無理だと思いました。ですが、メッシー伯爵は半ば無理矢理のようにして、私を遠縁だという子爵家の養子にし、一年ほどそこで礼儀作法等を叩きこんだ後、マリーネと結婚させました」

 ジャンの顔からはいつの間にか笑顔が消えていた。

「その子爵家の名は?」

「ダムシー子爵です」

「ダムシー子爵?聞いたことがないな。公国の貴族なのかな?」

「はい。ブートレット公国の貴族です」

「そう。ところで、君はメッシー伯爵の悪事を知っていたのか?」

「詳しいことは全く。何せ平民上がりのお飾り伯爵でしたから。執務に関しては何もやらせてもらえませんでした」

 ドイルは少し自嘲気味に笑う。

「なら、何故あの時、自分は無実だと訴えなかった?」

「あの時……貴方達が屋敷に踏み込んできた時ですか。あの状況で私が何を言ったところで聞いてはいただけなかったでしょう」

「……」

 ジャンは無言で、かつての美貌を失った、少し疲れた男の顔を見つめた。

「それに、詳しいことは知らなかったとはいえ、メッシー伯爵家がおかしいことには気づいていましたから。もちろん気づいた所で何もできませんでしたが」

「僕は無実の人間を罪人に仕立て上げてしまったのか……」

 ジャンの呟きにドイルが不思議な表情で笑った。

「お偉い貴族様でも反省することがあるんですね。ですが、私は決して無実の清廉潔白な人間というわけではありませんから」

「どういう意味かな?」

 ジャンが眉を顰める。

「平民だった頃、私は少し見目がよく、比較的裕福であったのを利用して、散々女性達を弄んでは捨ててきました。中には私の子を身籠った女性もいました」

「マリーネに捕まり、伯爵家という籠に閉じ込められてからも、私は女遊びがやめられず、屋敷の使用人に手を出してはマリーネの怒りを買っていました」

「マリーネは恐ろしく嫉妬深く、私ではなく、私の相手をした使用人達にひどく当たり、次々と屋敷から追い出しました」

「三人目の時、マリーネはその、若くて美しかったメイドの顔に火箸をあてて、焼きました」  

「それを見て初めて、私は自分の罪を悔いました。これ以上犠牲者を出すわけにはいかないと、ようやく悟ったのです」

 ドイルの告白をジャンは黙って聞いていた。

「ここに送られて、最初は何て辛い罰を与えらたのかと思いましたが、だんだんと身体を動かして働くことが楽しくなってきました」

「今までの人生で真面目に働いたことがなかったので、ちゃんと働いて少なくても報酬を得て、その報酬で日々の生活を賄うということが、こんなにいいものだとは思ってもみませんでした」

「ですから、貴方様が私をここに送ったのは結果として罰にはなっていません。むしろ、あの伯爵家から逃していただき、ありがとうございました」

 そこまで一気に話し終えると、ドイルは立ち上がり、ジャンに深々と頭を下げた。

「ドイル殿。僕なら君をここから出すことも可能だが、君はそれを望まないんだね?」

「望みません。私はここで生きることを望みます」

「わかった」

 ジャンは頷くと、気になっていたことを聞いた。

「ところで、先ほど『元』妻といったけども、元伯爵夫人とは離縁が成立したのかい?」

「書類上では今も夫婦のままだと思いますが、マリーネはここに連れて来られて早々に、炭鉱の仕事よりも娼館の仕事の方がましだと言って、娼館勤めになりました。最後に会ったのがいつだったか、もう覚えてもいません」

「そうだったんだね。最後にもう一つ教えて欲しい。君の実家のヤーブ医院だが、違法薬物を製造販売したことはあるかい?」
  
 それまでとは方向の違う質問にドイルは一瞬戸惑ったが、首を横に振って答えた。

「いいえ。正直なところ、父はそれほど腕がいい方ではなく…難しい薬を作ることはできないと思います」

「そう。ありがとう。知りたかったことは全て聞けたよ。仕事中に突然すまなかったね」

 ジャンはにっこり笑って立ち上がると、ドアへと足を向けた。

「いえ、お会いできてよかったです。ドットールー侯爵令息様、お越しいただき、ありがとうございました」

 再び深々と頭を下げるドイルに手を振りながらジャンはドアをくぐった。

「あ、そうそう、何か困ったことがあれば、僕の名前を出してくれて構わないからね」

 言って去って行くジャンの背中をドイルは頭を下げたまま見送った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております