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大天使、再び
しおりを挟むレイの住処は門から程近い巨木の中である。
木の内側を削り、最低限生活ができるように整えられた内部は見る人によっては手狭で貧乏臭いと顔を顰めるだろうが、レイはこの素朴さと生活感の溢れる暖かさが気に入っていた。
レイの一日は自分の畑で採れた作物で作った野菜ジュースを飲むことから始まるが、保冷室にいくつかの野菜が切れていることに気付き、畑に向かう準備を始めた。
「ふん~♪ふんふ~♪」
のんびりと鼻歌を歌いながら身を整え、玄関の古びた木の扉を開けたレイは至近距離に人が立っているのに驚き、ぴゃっと飛び上がった。
「!?」
ウィリアムだった。
レイは高い位置にある顔を驚きの眼差しで見上げ、率直な疑問を口にした。
「何故貴方がここにいるのです?」
そう問いに、ウィリアムは気まずそうな顔で視線を下に逸らす。
「⋯⋯先日の地下牢のある廃墟を探したがレイが居なかったから、偶然通りがかった悪魔から居場所を聞き出した」
「よく悪魔が素直に教えてくれましたね?」
「⋯⋯⋯まあ、多少揉めたが、致し方ない。言っておくが先に手を出してきたのは向こうだぞ?俺はこれでも平和的に声を掛けたのだ」
一生懸命自分は悪くないことをアピールする大きな天使が可愛く思えて、レイはにこやかな笑顔のまま会話を続ける。
「ということでしたら貴方を咎める理由はありません。その悪魔の自業自得ですから。それで、今回の来訪目的は何ですか?また帳簿に書かなくては」
「⋯⋯⋯⋯」
途端に黙り込む天使の表情は暗く、苦渋に満ちていた。
しかしいつまでも黙ってはいられないと覚悟を決めたようで、顔を上げ、じっと目の前にいる悪魔の黒い眼を見つめ、重苦しい口調で低く言葉を紡いだ。
「お前を⋯⋯殺しに来たんだ」
数秒の沈黙が流れた。
こういう時の相手の反応は大体二通りに分かれる。
一つは相手の言葉を疑い、それが本当だと分かるや恐怖し命乞いをする者と、もう一つは理不尽に命を奪おうとする者へ怒りと共に抵抗する者──
しかし黒髪の悪魔は類稀なる例外だったようだ。
驚きに眼を見張りながらも、その口から出てきたのは気の抜けるような
「まあ、大変」
である。
本当に状況を理解しているのか疑いたくなるような反応だが、ウィリアムは先日の交流でこのレイという悪魔についてちょっとは分かっているつもりだったので、本来ならば事の重大さと深刻さを教え込ませるところを溜息一つで終わらせた。
「⋯⋯お前は、そういう奴だよな⋯⋯」
「えっ、ダメでしたか?すみません、ご期待通りの反応ではなかったようで⋯⋯もう一度やり直しましょうか?今度は渾身の命乞いをお見せします」
「⋯⋯いや、いい」
こんな時に──いや、こんな時だからだろうか。
ウィリアムは込み上げてくる衝動のままに笑いを零した。金色の瞳が柔らかく細まる。
レイは当初の予定を思い出してウィリアムに尋ねた。
「これから外の畑まで野菜を採りに行くのですが、一緒に来ますか?それとも家の中でお待ちになりますか?」
ウィリアムは目を丸くして眼下にある美麗な顔を見つめた。
「畑があるのか?」
「ええ。土いじりが趣味なもので、数種類の野菜を育てているのですよ」
「同行しても構わないだろうか?魔界の菜園を見てみたい」
頷きながらも少し恥ずかしそうな様子のレイである。
「想像されているような立派なものではありませんよ。個人が趣味でしているくらいですから⋯⋯」
「いいや、それで構わない。天界にも農園があってだな、魔界の食物は天界のものと比べてどのような違いがあるのか興味がある」
「それは私も気になります。きっと天界の野菜は噛み付いたり毒を撒き散らしたりしない良い子ちゃん達なのでしょうねぇ」
「野菜が、噛み付く⋯⋯?毒を撒き散らす⋯⋯?」
野菜という名詞の後に続いた有り得ない動詞に頭に疑問符を浮かべながらレイの後を着いて行くウィリアムは、次第に見えてきた畑に顔を引き攣らせた。
キィィエァァァァア
キシャァァァァア
オ゛⋯⋯ッ、オ゛オ゛ォ⋯⋯
畑に近付くに連れて、到底人の喉から発するものとして有り得ない音が大きくなっていく。
レイは奇声を上げる魔界植物をニコニコしながら見つめ、後ろを振り返ってウィリアムに待つように言うと、一人柵を乗り越えて中に入って行った。
ウィリアムの背丈を遥かに超える植物は刃のような花が咲いていたり、茎から分かれた蔓のようなものが触手のようにうねっていたり、異音を発したりと随分と奇抜である。
「俺の知っている植物と違う⋯⋯」
唖然と立ち尽くすウィリアムの耳が土を踏みしめる音を拾った。
密集する植物達の中からレイが採れた野菜と共に姿を現した。
「お待たせしました。良い出来ですよ」
そう言って見せてくれた丸くて赤い野菜は、カゴの中からウィリアムの顔にガンを飛ばしていた。
野菜と目が合うという三百年という長い天生の中で初めて起きる現象に困惑しながらも、ウィリアムはぎこちないながら笑みを返した。
「⋯⋯おいしそう⋯⋯だな?」
収穫に喜ぶ悪魔の為にありとあらゆる突っ込みを放棄してその場に適した言葉を選んだ彼を誰か褒めてあげてほしい。
丹精込めて育てた野菜を褒められてレイは嬉しそうだ。
「帰ったらウィリアムにも野菜ジュースを作って差し上げますからね」
「そ、それは楽しみだ⋯⋯」
帰路に着きながらウィリアムは心の中でそっと神に祈りを捧げた。
無事に明日の朝日を拝めますようにという切実な祈りだった。
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